Photos:Ballet Channel
いまから70年前の1950年、日本がまだ戦後の混乱のなかにあった時代のこと。
履きつぶされた1足のトウシューズを偶然見つけた20歳の青年が、それを見よう見まねで作り始めたところから、その会社の歴史は始まったといいます。
私たちバレエ・ダンス愛好者にとってはあまりにも有名な、トウシューズやウェアの老舗メーカー「チャコット」。
2020年1月で創業70周年を迎えた同社が、記念のプレゼンテーション展示会「Chacott 70th Brand Exhibition」を開催しました(2020年1月21〜23日 於:東京・ベルサール渋谷ガーデン)。
展示会は〈BALLET〉〈BALANCE〉〈DANCE〉〈ARTSPORTS〉〈COSMETICS〉の5つのブロックで構成されていました
印象的だったのは、今回の展示には「これまでの70年」を振り返るような回顧的な要素がほとんどなく、「これからどう展開していくのか」という同社の”現在”と”未来”に焦点を絞っていたこと。
そして会期中に行われた馬場昭典代表取締役会長によるプレゼンテーションや、展示そのものを通して謳われていたのは、「クローズからオープンへ」という同社のこれからの方向性でした。
バレエやダンスは今後も基軸ではあり続けるけれど、その限定的な市場のみにとどまらず、バレエやダンスや芸術の芯にある「美しさ」をもっと一般化していきたい。
踊る人はもちろんのこと、広く生活者一般の人生を豊かにするものとして、企業ブランドを拡張していきたい。
そうした意志が、明確に示されていました。
会場にはプロのダンサーたちなど招待客が次つぎと訪れて大盛況。
バレエウェアやトウシューズやコスメなどのアイテムがずらりと並び、心躍る楽しさだった展示会のようすを取材してきました。
いざ、展示会場へ!
まず目に飛び込んできたのは、場内を統一するピンク×ブラックのツートーン。
これまでの「チャコット」と言えば、まず思い浮かぶのはロゴカラーの緑色。
しかしこれからはイメージカラーをピンクにしていくとのことで、”白地に緑”だったショッパーも、このニューカラーに一新されていました。
会場入口には新しいショッパーをずらりと並べたディスプレイ!
「ゴンゴン! ゴンゴンゴン!」
大きな音がして振り向くと、そこにはトウシューズ職人さんによる実演ブースが。
この職人さんは、かつて英国フリード社でトウシューズ作りの修行を積み、「Rising Sun(ライジング・サン)」という素敵な職人名(*)を与えられたシューメーカーの高野昌幸さん。その手際の良さを、少しだけ動画にも収めてみました↓
*フリードのトウシューズには職人ごとに「マーク」があり、例えばイカリのマークの職人は「アンカー」、王冠マークの職人は「クラウン」等と呼ばれる
〈COSMETICS〉メイク用品コーナー
まずはコスメティクスコーナーを拝見。
1997年に舞台メイク用として発売開始されたコスメティクスは、いまやユーザーの6割以上が舞台以外で”普段使い”をしているという人気商品。なかでもトップセラーのアイテムは「パウダー」「化粧下地」「メイク落とし」の3つなのだそう。
こちらも人気のカラーパウダー。パレットで見たままの色が肌の上でも発色すると評判
〈ARTSPORTS〉芸術スポーツコーナー
新体操の日本ナショナル選抜チーム「フェアリージャパン」のジャージも手がけています
新体操やフィギュアスケート、チアダンス、バトントワーリングといった「美しさを競うスポーツ」のウェアやアイテムも製造・販売。とくに新体操については、2019年~2022年まで日本ナショナル選抜チーム「フェアリージャパン」のスポンサーでもあるチャコット。アスリートでありながらバレリーナのような体型の選手たちに美しくフィットするジャージや、世界各国に輸出されているという手具(ロープ、フープ、ボール、クラブ、リボン)の数々に、目を奪われました。
筆者が個人的にとくに感動したのは、この「ボール」。
触ってみると、女性の手で掴むのにちょうどいい程度の弾力が。でもこの弾力を可能にするまでには、長年の試行錯誤が必要だったそう。というのも、新体操のボールは衣裳や演技とコーディネイトするため色とりどりの「塗装」が必要ですが、じつは普通の塗料は乾くと硬くなってしまうため、まずは「伸縮性のある塗料」の開発が必要だったとのこと!
またこのボール、手に取ってみると、意外なほどしっかりとした重みがありました。そしてぺとぺとした感触と相まって、手に吸い付くような使い心地。この「吸い付き具合」もまた、選手がより良いパフォーマンスができるようにと研究・開発を重ねた結果なのだそう。
その匠の技を読者のみなさんにもお伝えすべく、動画を撮ってみました↓
〈DANCE〉社交ダンスなど
続いて「DANCE」のコーナーへ。ここは主に社交ダンスの衣裳やレッスンウェアが展示されていました。
近年ではバレエの舞台衣裳でも高い評価を得ている同社ですが、その製作の技術はもともと社交ダンスの衣裳作りで培われたものだそう。
ディスプレイされている衣裳1点1点を間近で見ると、非常に豪華なのにフォルムはすっきりしていてとてもエレガント。
ビジューたっぷりで、会場内でひときわ輝いていた衣裳。こんなドレスが似合う背中になってみたい……
〈BALLET〉&〈BALANCE〉バレエコーナーほか
そしてついにたどり着きました! バレエコーナー。
可愛らしいミニチュチュがお出迎え
発表会やコンクール用の衣裳も、近年では「買う」から「借りる」に需要が移っているため、同社ではこの冬から新たにオーダーメイドクオリティのレンタル衣裳を提供する「エトワール・ライン」をスタート。じつは上の写真のミニチュチュは、会場奥の商談用スペースにあったこれらのレンタル用衣裳をミニチュアにしたものでした!
創業以来、同社の中心を担ってきた「バレエ」。
70周年のヴィジュアルを飾ったのはパリ・オペラ座バレエのオニール八菜さん
上のヴィジュアルで八菜さんの着ているお花のチュチュが、会場にディスプレイされていました!
70年目からの新たなスタートとなる2020シーズンのテーマは”Bloom”(花)。このお花のチュチュが象徴するように、今シーズンは月ごとに花をテーマにしたレッスンウェア・アイテムがラインアップされるそう。
また、ふと下を見ると、こんな夢のあるアイテムが。
花柄がプリントされた色とりどりのバレエシューズ。可愛い!(今のところ非売品だそうです)
これは欲しい! かかと部分に花柄やレースをあしらったトウシューズ(こちらも今のところ非売品だそうです)
こうした”いままでありそうでなかった”バレエシューズやトウシューズにも、これまでの”当たり前”を打ち破り、これからに向けて発想をオープンにしていこうという同社の意気込みが感じられました。
他にもこんな素敵なアイテムが。ドイツ伝統のシュニール織ブランドFEILER(フェイラー)とコラボした、今春発売予定の数量限定デザインハンカチ
レオタードの上にタイツをはく派のダンサーに嬉しい、股上センターに縫い目のない「センターシームレスタイツ」。ブラックは女性たちのデイリーユースにも大人気だそうです
このバレエコーナーには、2足ほど、バレリーナが実際に使用したトウシューズが特別展示されていました。
1足目はこちら↓
マーゴ・フォンテインのトウシューズ! 間近で見ると想像以上に足幅が細く、あの気品に満ちたポワントワークを支えていたつま先は、こんなにも華奢だったのかと実感。
(ちなみにシューズの後ろの手紙は、シューメーカーのフリード氏に宛てたもの。チャコットの創業年と同じ1950年に書かれたことを示す日付が入っていました)
そして2足目はこちら↓
新国立劇場バレエ団プリンシパル、米沢唯さんのサイン入りトウシューズ。
なんとチャコットは現在、米沢さんと一緒にトウシューズを共同開発中とのことが発表されました!
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そしてバレエコーナーと融合するように設置されていたのが〈BALANCE〉コーナー。
バレエウェアの技術や素材、ディテイルを活かしたフィットネスラインを展開するコーナーですが、メインにディスプレイされていたのはいずれもタウンユースもOKなデザインのものばかり。色味の優しさや素材のしなやかさなどに感じられる”バレエテイスト”に、チャコットならではのオリジナリティを感じました。
靴下みたいに編まれたスニーカー。履きやすそう!
トレーニング・グッズいろいろ。右奥の「goopo(グーポ)」は本来バレリーナが踵を伸ばしたり足首を柔らかくするためのアイテムながら、昨年には背筋を伸ばす、体感を鍛えるなどの「健康グッズ」として大ヒット。Yahoo!のトップニュースに掲載されて欠品が相次ぐなど、大きな話題となりました
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取材を終えて。
筆者の個人的な話になりますが、幼い頃からバレエを習いたくて習いたくて、大学生になり自分でアルバイトをして、ついにバレエを習える!となった時に最初に向かった先がチャコットのお店でした。初めてお店のなかに入った瞬間に目に映ったレオタードやトウシューズ、そして胸にじわりと広がった嬉しさは、いまでもはっきりと覚えています。
バレエやダンスやスポーツに使うためのアイテムは、第一義的にはやはり「機能性」を求められるもの。その一つひとつの「機能」を、こんなにも可愛く、スタイリッシュにカタチにしているーー。広い展示会場のなかで胸を張るようにディスプレイされていたアイテムの数々に、今後より広い世界を目指していくというチャコットの、それでも変わらない「踊る人たちの夢や努力を支えたい」という愛情を感じました。