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【第8回】ウィーンのバレエピアニスト 〜滝澤志野の音楽日記〜「ピアノ協奏曲を弾く、ということ」

滝澤 志野

ウィーン国立バレエ専属ピアニストとして、バレエダンサーを音楽の力で支えている滝澤志野さん。
彼女は日々の稽古場で、どんな思いを込め、どんな音楽を奏でているのでしょうか。

“バレエピアニスト”というプロフェッショナルから見たヨーロッパのバレエやダンサーの“いま”について、志野さん自身の言葉で綴っていただく月1連載。
日記の最後には、志野さんがバレエ団で弾いている曲の中から“今月の1曲”を選び、バレエチャンネルをご覧のみなさんのためだけに演奏した動画も掲載します。

美しいピアノの音色とともに、ぜひお楽しみください。

ピアノ協奏曲を弾く、ということ

あっという間に師走がやってきました。2019年ももうすぐ終わってしまいますね。この時期のウィーンの街はキラキラと彩られ、劇場の周りもこんなに華やか。

クリスマスマーケットも街じゅうで開かれていて、ウィーンの街全体が宝石箱のよう。

劇場から徒歩3分、カールスプラッツのクリスマスマーケット。楽友協会、コンツェルトハウスからも歩いてすぐなので、音楽家仲間によく会います。

こちらは、フライウンクのクリスマスマーケット。

寒空の下、友人たちと肩を寄せ合い、あたたかいグリューワインを飲みながら語らうというのが、この季節の楽しみ。

さて、今年のウィーン国立バレエ団のクリスマスと年越しは、『海賊』と『コッペリア』。年明けすぐに『オネーギン』も始まるので、相変わらず忙しい年越しです。いま、私は『海賊』の通し稽古を担当していますが、11月には、エドワード・クルッグ振付『ペール・ギュント』公演で、グリーグのピアノ協奏曲を弾いていました。

ピアノ協奏曲。それはピアノを弾く人間なら、いつかは弾いてみたい「憧れ」ではないでしょうか。バレエでいうなら、全幕物の主役といったところでしょうか。

バレエ公演では、ピアノ協奏曲が使われる演目が比較的多く、日々の稽古で共に音楽を作り上げていけることもあり、バレエピアニストはピアノ協奏曲を弾く機会が多いのです。(なので、劇場によってはコレペティでありながら、ソリストの資質も求められます)

私が初めてピアノ協奏曲を弾いたのは、劇場に就職して2年目の冬、デヴィッド・ドーソン振付『A Million Kisses to my Skin』という作品でした。バッハのピアノ協奏曲1番。話を頂いた時には夢のように嬉しかったのものの、実際、公演が近づいてくると、さきほど書いた「憧れ」という感情からはほど遠く、プレッシャーと不安が重くのしかかってきたのです。ここは音楽の殿堂、観客2000人、オケは別名ウィーンフィル……。

私がピアノ協奏曲のソリストのような大役を務めるとき、声を大にして宣伝したり、友人たちにチケットを斡旋したりできないのは、ひとえにプレッシャーが大きく、ただ自分のことだけに集中したいからであります……。開演前に胃が痛くて、「私はこんなところで何をしているのか。どうして生まれてきてしまったのか」と思いつめたこともありました。(いざ、本番が始まってしまうと、そんな思いは大抵どこかにいき、ただ音楽の中に在るという感じですが)

バッハのピアノ協奏曲を弾く日が近づいて来た頃、バレエピアニストの大先輩、米田ゆりさんに不安な胸の内を打ち明けたところ、こんなことを話して頂いたことが忘れられません。「オーケストラの人は、協奏曲のソリストに『この指とーまれ』という演奏してもらいたいと思っている。『この指止まらんかい』ではなく、『この指でよければ止まって頂けませんでしょうか』でもなく」。この指とーまれ。自分が自然にリーダーシップを取りながら周りと調和して皆で幸せになる。あれから50公演以上コンチェルトを弾いてきたいまも、ゆりさんのおっしゃったお言葉を心で反芻し、自分に問いかけます。

このような極限での仕事に「慣れた」と言える日はこの先も来ないかもしれません。でも、自分の足元だけを見て必死に登山しているうちに、いつか絶景が広がる場所に立てているのかもしれない。だから、恐れずに勇気をもって一歩一歩進んでいくしかない。

『ペール・ギュント』は、元々ルグリ監督が、演目発表記者会見で「ウィーンの保守的な観客からはブーイングが飛ぶかもね」と飄々と語っていましたが、ふたを開けてみると、こんなに観客に愛されたモダン作品も珍しいのでは、というくらい評判がよく、チケットはいつも完売。立ち見席を求める人が劇場半周取り囲む人気演目に育ちました。

3シーズン14公演弾いてきましたが、これでこの作品とはお別れ。こんなに素敵な音楽体験を積み重ねられたこと、一瞬一瞬が過去になってしまうことが悲しく、最終公演では、ピアノ協奏曲2楽章の美しい前奏を聴いていたら、涙が溢れて困りました。ストリングスから始まり、チェロ、オーボエ、ホルン、それぞれ二小節ずつのソロから最後にピアノにバトンが手渡される美しいグリーグの調べ。もしかすると、この瞬間、私は山の上の絶景を見て涙したのかもしれませんね……。

今月の1曲

今月の動画は、『ペールギュント』公演前にオケピで指ならししている様子を。1年ぶりの上演でしたが、オーケストラとのリハーサルは(もちろん)なく、当日ハンブルクから到着された指揮者のサイモンとも1年ぶりの再会で、10分ほどオケピに来てくれて、要所のみ確認しました。照明さんが譜面灯を灯していたり、淡々と皆が自分の仕事をしているのが劇場らしいですよね(笑)。

※ウィーン国立バレエ団『ペール・ギュント』公演、2020年1月13日(月)21時〜、クラシカ・ジャパンで放映されるそうです!是非ご覧になってくださいね。

2019年12月20日 滝澤志野

★次回更新は2020年1月20日(月)の予定です

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ドラマティック・ミュージック・フォー・バレエ・クラス3
ウィーン国立バレエ専属ピアニスト 滝澤志野

ドラマティック・バレエの名曲に加え、ウィーンのダンサーたちのお気に入りの曲や、ひたむきに稽古するダンサーたちにインスパイアされた曲をセレクト。ピアノの生演奏でレッスンしているかのような臨場感あふれるサウンドにこだわりました。

●ピアノ演奏:滝澤志野
●監修:永橋あゆみ(谷桃子バレエ団 プリンシパル)
●発売元:新書館
●価格:各3,960円(税込)

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ドラマティック・ミュージック・フォー・バレエ・クラス1&2 滝澤志野  Dramatic Music for Ballet Class Shino Takizawa (CD)
バレエショップを中心にベストセラーとなっている、滝澤志野さんのレッスンCD。Vol.1では「椿姫」「オネーギン」「ロミオとジュリエット」「マノン」「マイヤリング」など、ドラマティック・バレエ作品の曲を中心にアレンジ。Vol.2には「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「オネーギン」「シルヴィア」「アザー・ダンス」などを収録。バー、センター、ポアント、アレグロなど、初・中級からプロフェッショナル・レベルまで使用可能なレッスン曲集です。
●ピアノ演奏:滝澤志野
●Vol.2監修:永橋あゆみ(谷桃子バレエ団 プリンシパル)
●発売元:新書館
●価格:各3,960円(税込)

この記事を書いた人 このライターの記事一覧

大阪府出身。桐朋学園大学短期大学部ピアノ専攻卒業、同学部専攻科修了。2004年より新国立劇場バレエ団のピアニスト。2011年よりウィーン国立バレエ専属ピアニストに就任。 レッスンCD「Dramatic Music for Ballet Class」Vol.1、2をリリース(共に新書館)。国内のバレエショップを中心にベストセラーとなっている。

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