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【第5回】ウィーンのバレエピアニスト 〜滝澤志野の音楽日記〜「芸術監督が代わる、ということ」

滝澤 志野

ウィーン国立バレエ専属ピアニストとして、バレエダンサーを音楽の力で支えている滝澤志野さん。
彼女は日々の稽古場で、どんな思いを込め、どんな音楽を奏でているのでしょうか。

“バレエピアニスト”というプロフェッショナルから見たヨーロッパのバレエやダンサーの“いま”について、志野さん自身の言葉で綴っていただく月1連載。
日記の最後には、志野さんがバレエ団で弾いている曲の中から“今月の1曲”を選び、バレエチャンネルをご覧のみなさんのためだけに演奏した動画も掲載します。

美しいピアノの音色とともに、ぜひお楽しみください。

芸術監督が代わる、ということ

ウィーンの秋は、いつも唐突にやってきます。
昨日まで夏日だったのに、ガラッと空気が変わり、風に冷たさが混じる。
今年の秋も、そんな風に始まりました。

2019/20シーズン始動。マニュエル・ルグリ監督任期10年目、彼の最後のシーズンがいよいよ始まりました。
シーズン初の公演は、ルグリ版「シルヴィア」。

©︎Shino Takizawa

昨年11月に初演したこの作品は、ルグリ監督が築いてきたバレエ団の結晶であり、宝のような作品。大きな歓声と拍手が劇場を包み込みます。

©︎Shino Takizawa

シルヴィアと同時に、今月末のトリプルビル、11月初演のジュエルズの稽古も始まり、忙しくも活気ある毎日を過ごしていたある日、大きな出来事が起こりました。
来シーズンから新監督に就任されるマーティン・シュレプファー氏のご意向で、今シーズン限りで解雇される団員が本人たちに伝えられたのです。

その団員数は少なくはありませんでした……。毎日長い時間を共にし、芸術の極みを志す仲間は家族のような存在。唐突に解雇を言い渡された仲間たちを思うとつらく、その衝撃は想像以上に大きなものでした。

私たちの劇場では、1999年以降に契約した者は生涯契約ではありません。なので、監督が代わるというのは、こういうことも大いにあり得るのです。

新監督とは昨シーズンに、全員面談がおこなわれました。シュレプファー氏は芸術監督としても長いキャリアを持つ方ですから、もちろんとても注意深く決断されたのだと思います。

ダンサーのみならずバレエマスターもピアニストも解雇対象になりましたが、欧州ではバレエ団を去ると、ほとんどの人が別の国のカンパニーに移ります。
国をまたいでの引越はもちろん楽なものではなく、とても大きな転機になりますし、文字通り、また新たなチャレンジになります。

だけど、私たちの職業、そして芸術の道というものは、そもそもそういうものなのかもしれません。

ウィーンは新監督のもと、新しい志を掲げたカンパニーに生まれ変わるのでしょう。そしてウィーンを離れる仲間たちには、それぞれ別の場所に、よりふさわしい居場所があるということ。みんなきっと、自身にとって最善の道を見つけていくに違いありません。そしていつの日か今のことを振り返った時に、「あれが飛躍へのターニングポイントだった」と言える日がきっとくるのではないかと思います。

私がかつてウィーンに導かれたのも、運命としかいいようがない「ご縁」によるものでしたし、そもそものきっかけは、人生に訪れた大きな別れでした。

当時、すべてを失ったように感じていた私に、ある人がかけてくれた言葉があります。

「前向きに生きている限り、人生は最善」

この言葉を、いまも信じています。

私自身も今後の道はわかりませんが、なるべくニュートラルな気持ちで、真摯に志高く、自分らしく芸術に向かい合える道を追求していこうと思います。

そして、いまの私にできることは、ウィーン国立バレエ芸術監督 マニュエル・ルグリとの最後の1年を、日々大事に慈しんで過ごすことです。

©︎Shino Takizawa

今月の1曲

今月の1曲は何を弾こうと思った時、気づいたらこの曲が頭に流れていました。

「パッヘルベルのカノン」。

ウィーン国立バレエ団の素敵なレパートリー(イリ・ブベニチェク振付「ル・スフル・ドゥ・レスプ〜魂のため息〜)の終曲であるこの曲を聴くと、ここを去ったダンサーたち、今一緒にいる仲間たち、みんなの顔が思い出され、祈りに似た気持ちが生まれます。

愛しい人たち、すべての人の未来に幸あれ!!!

私がよくひとりで朝に練習している劇場の屋根裏スタジオにて

2019年9月20日 滝澤志野

★次回更新は10月20日(日)の予定です

 

ドラマティック・ミュージック・フォー・バレエ・クラス1&2 滝澤志野  Dramatic Music for Ballet Class Shino Takizawa (CD)
バレエショップを中心にベストセラーとなっている、滝澤志野さんのレッスンCD。Vol.1では「椿姫」「オネーギン」「ロミオとジュリエット」「マノン」「マイヤリング」など、ドラマティック・バレエ作品の曲を中心にアレンジ。Vol.2には「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「オネーギン」「シルヴィア」「アザー・ダンス」などを収録。バー、センター、ポアント、アレグロなど、初・中級からプロフェッショナル・レベルまで使用可能なレッスン曲集です。
●ピアノ演奏:滝澤志野
●Vol.2監修:永橋あゆみ(谷桃子バレエ団 プリンシパル)
●発売元:新書館
●価格:各3,888円(税込)

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大阪府出身。桐朋学園大学短期大学部ピアノ専攻卒業、同学部専攻科修了。2004年より新国立劇場バレエ団のピアニスト。2011年よりウィーン国立バレエ専属ピアニストに就任。 レッスンCD「Dramatic Music for Ballet Class」Vol.1、2、3、「Dear Tchaikovsky~Music for Ballet Class」、「Dear Chopin〜Music for Ballet Class」をリリース(共に新書館)。国内のバレエショップを中心にベストセラーとなっている。2023年7月大阪・東京で初のピアノソロリサイタルを開催。初のピアノソロアルバム「Brilliance of Ballet Music~バレエ音楽の輝き」も同時発売。

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