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【第3回】ウィーンのバレエピアニスト 〜滝澤志野の音楽日記〜

滝澤 志野

ウィーン国立バレエ専属ピアニストとして、バレエダンサーを音楽の力で支えている滝澤志野さん。
彼女は日々の稽古場で、どんな思いを込め、どんな音楽を奏でているのでしょうか。

“バレエピアニスト”というプロフェッショナルから見たヨーロッパのバレエやダンサーの“いま”について、志野さん自身の言葉で綴っていただく月1連載。
日記の最後には、志野さんがバレエ団で弾いている曲の中から“今月の1曲”を選び、バレエチャンネルをご覧のみなさんのためだけに演奏した動画も掲載します。

美しいピアノの音色とともに、ぜひお楽しみください。

レジェンドの功績を讃えて

先月末、ウィーン国立バレエ団は「ヌレエフガラ」を最後に、2018/19シーズンを終えました。待ちに待った夏休みです。

「ヌレエフガラ」カーテンコールにて ©️Shino Takizawa

ルドルフ・ヌレエフ。1961年に西側へ亡命したこの伝説的な天才ダンサーは、ご存じの通りここウィーンでも、『白鳥の湖』(1964年)や『ドン・キホーテ』(1966年)といった世界にその名を轟かす作品を生み出しました。また20代からキャリアの最後までウィーンに客演して踊り続けた彼は、ウィーン国立歌劇場においても特別な存在として、輝き続けています。

今年の公演プログラム ©️Shino Takizawa

ですからウィーンでは毎年、シーズンの最後を飾る特別公演として「ヌレエフガラ」を上演。ヌレエフの創った作品とともに、彼に関連のある振付家の作品を上演しています。

公演ポスター ©️Shino Takizawa

芸術が受け継がれていく瞬間

今年の「ヌレエフガラ」では、私は本番でパトリック・ド・バナ振付『OCHIBA』を弾く機会を頂きました。

『OCHIBA』カーテンコールにて。マニュエル・ルグリ、ニーナ・ポラコヴァ、パトリック・ド・バナと ©️Shino Takizawa

またヌレエフ振付の作品のなかでは、私は『ロメオとジュリエット』より寝室のパドドゥと、『眠れる森の美女』第2幕より王子のソロを担当し、稽古に毎日携わってきました。

『眠り』第2幕の王子のソロというのは、全幕上演では割愛されがちな間奏曲に、ヌレエフが新たな息吹をもたらした名シーン。自身が類まれな踊り手だったヌレエフは、それまで女性ダンサーの影に隠れがちな存在だった男性ダンサーに、こんなにも美しくて長い踊りの見せ場を創り、光を当てたのです。

このソロには技巧的にも芸術的にも高度なものが要求されますから、踊るのは旬のプリンシパル、もしくはゲストが踊りにきてくれるものと思っていました。

ところが、配役されたのは、入団1年目のダンサー、ナブリン・ターンバル君!

そのキャスティングには、誰もが驚きました。というのも、彼はそれまで、まだ一度もソロを踊ったことがありませんでしたから。そして同時にこのソロは、歴史に残る大エトワール、マニュエル・ルグリその人を代表する踊りとしても、人々の記憶に刻まれている踊りです。そのルグリが、これを初めて「ヌレエフガラ」でウィーンの若いダンサーに……彼に踊らせたことは、大きな意味があるでしょう。

『眠れる森の美女』のリハーサル風景 ©️Shino Takizawa

稽古初日、ルグリ監督はナブリンにこう伝えました。

「君はこれを踊るべきだ。毎日稽古するから大丈夫だよ」。

2回の稽古で振り入れされた彼は、技術面では問題のある箇所はなさそうです。監督は軽々と踊る彼に驚きつつ、この抜擢は正しかったのだと満足そう。そしてヌレエフの意図とスタイルを説明しながら細かいところを直していき、ナブリンはルグリから教わることのすべてを、純粋な目と心で吸収していきます。

ウィーンでは現在、『ドン・キホーテ』『くるみ割り人形』『白鳥の湖』『ライモンダ』という4つのヌレエフ版全幕作品を上演しています。今回の『眠り』に限らず、こうしたヌレエフ作品を上演する時はルグリ自身がとても細かく指導するのですが(子役に至るまで、彼が振り入れします)、これは「文化の継承」なのだと感じています。ヌレエフ世代の代表であり、ヌレエフを師と仰ぐマニュエル・ルグリが、芸術監督としてウィーンに来たことは、定められた運命だったのかもしれません。

「ヌレエフガラ」本番。自身の出番前、ナブリンのソロを舞台袖から見つめるルグリ ©️Shino Takizawa

輝かしいデビューを飾ったナブリン ©️Shino Takizawa

私はウィーンに来た当初、ヌレエフ版の音楽の使い方に馴染めず、自分の演奏を踊りとうまく噛み合わせることもできず、随分苦しみました。でも、このバレエ団にいる限り、ヌレエフ版は避けては通れない道。ここで仕事をするようになって8年の月日が経ち、すっかり洗脳されたのか、いまではこの版がしっくり馴染んで自分の手の内にあるという気がします。作曲家が意図したテンポと上演テンポにズレがあることには100%同意というわけではないけれど、それもヌレエフの味であり、芸術性だと思っています。

ルグリはヌレエフのユニークなキャラクターや彼の逸話をたまに私たちに話してくれます。それらは彼の個性的な芸術性に印象が重なります。ヌレエフとルグリ、運命が重なり、バレエ界に光をもたらした二人の偉大なダンサー。この時代に生き、彼らの芸術が脈々と受け継がれていくのを間近で感じられることの幸を、重く受け止めています。

今月の1曲

今月の1曲は、『眠れる森の美女』ヌレエフ版第2幕より王子のソロ(間奏曲)をノーカットでお届けします。艶やかなヴァイオリンソロで奏でられるこの曲は、ピアノで聴くと一抹の物足りなさがあるかもしれませんが、稽古風景を想像して聴いていただけると幸いです。

2019年7月20日 滝澤志野

★次回更新は8月20日(火)の予定です

 

ドラマティック・ミュージック・フォー・バレエ・クラス1&2 滝澤志野  Dramatic Music for Ballet Class Shino Takizawa (CD)
バレエショップを中心にベストセラーとなっている、滝澤志野さんのレッスンCD。Vol.1では「椿姫」「オネーギン」「ロミオとジュリエット」「マノン」「マイヤリング」など、ドラマティック・バレエ作品の曲を中心にアレンジ。Vol.2には「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「オネーギン」「シルヴィア」「アザー・ダンス」などを収録。バー、センター、ポアント、アレグロなど、初・中級からプロフェッショナル・レベルまで使用可能なレッスン曲集です。
●ピアノ演奏:滝澤志野
●Vol.2監修:永橋あゆみ(谷桃子バレエ団 プリンシパル)
●発売元:新書館
●価格:各3,888円(税込)

この記事を書いた人 このライターの記事一覧

大阪府出身。桐朋学園大学短期大学部ピアノ専攻卒業、同学部専攻科修了。2004年より新国立劇場バレエ団のピアニスト。2011年よりウィーン国立バレエ専属ピアニストに就任。 レッスンCD「Dramatic Music for Ballet Class」Vol.1、2をリリース(共に新書館)。国内のバレエショップを中心にベストセラーとなっている。

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