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【第6回】ウィーンのバレエピアニスト 〜滝澤志野の音楽日記〜

滝澤 志野

ウィーン国立バレエ専属ピアニストとして、バレエダンサーを音楽の力で支えている滝澤志野さん。
彼女は日々の稽古場で、どんな思いを込め、どんな音楽を奏でているのでしょうか。

“バレエピアニスト”というプロフェッショナルから見たヨーロッパのバレエやダンサーの“いま”について、志野さん自身の言葉で綴っていただく月1連載。
日記の最後には、志野さんがバレエ団で弾いている曲の中から“今月の1曲”を選び、バレエチャンネルをご覧のみなさんのためだけに演奏した動画も掲載します。

美しいピアノの音色とともに、ぜひお楽しみください。

ジャンプ・インは、ある日突然やってくる

舞台・音楽関係の仕事をしていると、時どき降りかかってくる”ジャンプ・イン”(急な代役)。リハーサルなしで舞台に立たなければいけないのは過酷だけど、自分がやらないとその日の幕が上がらないかもしれない非常事態。今回はそんな経験をお話ししたいと思います。

遡ること5年前、 私の人生にもジャンプ・インがやってきました。2014年5月、ウィーンで初演されたバランシン振付『アレグロ・ブリランテ』。曲はチャイコフスキーピアノ協奏曲3番。ゲストピアニストが弾くはずだったのが、本番4日前になって彼が突然キャンセル。翌朝のオーケストラリハーサルに私がジャンプ・インして弾く羽目になり、その流れで3日後のプルミエ公演も依頼されたのです。

でも、これはさすがに即決ができなかった。ここは音楽の殿堂、2000人の観客、記念すべき初演の夜、そしてオケは(別名)ウィーン・フィル。私は、決断を監督と指揮者に委ねました。おふたりが、私に出来ると言ってくれるなら、それを信じて引き受けようと。(まぁ彼らにしたら他に選択肢がないので、私に託すしかなかったのですが・笑)

それからの3日間、あまり寝ることも食べることもせず、すべての時間とエネルギーを練習に費やした私は、あともう1日これが続いたら身体がもたない、早く本番がきてほしい! と思っていました。実際、体重もかなり落ちていました。

オーケストラピットにて

そして迎えた本番。気持ちは不思議と穏やかで、クリアな水のように澄んでいました。周りの方々への感謝の気持ちや、こんな素敵な曲をこんな場で弾ける喜びに溢れ、変な緊張も不安もありませんでした。自分をここまで追い詰めて、寝食を忘れて努力し続けた経験は後にも先にもなく、やれることは全部やった、という自負(開き直り?)もあったと思います。

『アレグロ・ブリランテ』のカーテンコールのようす

本番はきっと、バレエの神様が来てくれたのでしょうね……。

憧れの「マイヤリンク」に挑戦、そして…

そして今週もちょっとしたジャンプ・インが。ウィーンのハンガリー大使館でオーストリアとハンガリー友好のためのチャリティ・ソワレが予定されていて、そこで『マイヤリンク』から何か弾いてほしいという電話がかかってきました。

本番まで1週間。

これはジャンプ・インというほどではないけれど、本来、このようなチャリティ・ソワレはずいぶん前から企画されているはずで、1週間前に打診されるのは何か事情があるのでしょう。『マイヤリンク』は、オーストリアのルドルフ皇太子が愛人と拳銃自殺した史実に基づいて作られた、全編がリストの難曲で紡がれるバレエ。ピアノ一本では弾いたことがなかったし、1週間あっても楽ではありません。でも、チャイコの時のことを思ったらなんだってできる。それに、『マイヤリンク』はいつか全幕録音したいという密かな夢も持っていたのだから、これはギフトかもしれない。

『マイヤリンク』の楽譜

『マイヤリンク』から自由に1曲選べるなら、あれしかない。

ルドルフとマリーが拳銃自殺をする直前の、ラストのパ・ド・ドゥ。

曲はリストの超絶技巧練習曲。時間がないのに私はどうしてこんな難曲を選ぶのか? 茨の道しか歩けないのか?! と我ながら呆れるけれど、やっぱりマイヤリンクから何か1曲なら、この曲以外あり得ないのです。

原曲はリストの超絶技巧練習曲「夕べの調べ」

劇場のバレエスタジオから見える風景。奥に見えるのが王宮の一部。『マイヤリンク』の物語の大半はこの王宮で起こったこと。ここウィーンで、このバレエを弾けるという幸福

1週間で譜読みして暗譜して、なんとかギリギリ仕上げた……と思ったら、開演3時間前に、主催者から電話が。なんと、

「出演予定のオペラ座の歌手がキャンセルしたので、もう1曲何か弾いてほしい。オーストリアかハンガリーに関するバレエ曲をお願いします」

と言われたのです。

マイヤリンクを弾けるかもギリギリなところに! テーマをも指定してくる!
……ここまでくると、ほとんど笑い話です。

もう、毒喰らわば皿まで! と、オーストリアを代表する作品「こうもり」の楽譜を掴んで、めぼしい曲をipadで写真を撮り、メドレーにして弾くことにしました。

10分で用意した楽譜がこちら

練習する時間がないので、それぞれの曲の調性を書き込んで、それを頼りに本番で即興で転調していくという綱渡りっぷり。オーストリア人とハンガリー人の前で、こうもりの名曲やチャルダッシュを弾くという厚顔無恥ぶりに冷や汗。

チャリティ・ソワレのようす ©️Ashley Taylor

マイヤリンクを弾いている時はルドルフ皇太子の感情にリンクしてしまい、悲しみに襲われた ©︎Ashley Taylor

身を削って弾いたチャイコフスキーピアノコンチェルト、1週間で憧れに挑んだ『マイヤリンク』、ぶっつけ本番で披露した「こうもり」メドレー。短時間で自分の限界に挑戦した思い出は、クオリティを考えると恐ろしいのですが、それでも清々しいものであり、一つひとつの経験が私を成長させてくれて、次に繋がっていっている気がします。

ダンサーも音楽家もジャンプ・インすることによってスポットライトが当たり、信頼も得られる大きなチャンスにもなるのです。リスクも大きいですが、舞台人なら思いきって舞台に飛び込むしかない。こんな経験を頂けることもギフトですよね。

今月の1曲

今月の一曲はもうこれを録るしかなかった!『マイヤリンク』より ルドルフとマリーの拳銃心中自殺ラスト・パ・ド・ドゥをお聴きください。

2019年10月20日 滝澤志野

★次回更新は11月20日(水)の予定です

 

ドラマティック・ミュージック・フォー・バレエ・クラス1&2 滝澤志野  Dramatic Music for Ballet Class Shino Takizawa (CD)
バレエショップを中心にベストセラーとなっている、滝澤志野さんのレッスンCD。Vol.1では「椿姫」「オネーギン」「ロミオとジュリエット」「マノン」「マイヤリング」など、ドラマティック・バレエ作品の曲を中心にアレンジ。Vol.2には「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「オネーギン」「シルヴィア」「アザー・ダンス」などを収録。バー、センター、ポアント、アレグロなど、初・中級からプロフェッショナル・レベルまで使用可能なレッスン曲集です。
●ピアノ演奏:滝澤志野
●Vol.2監修:永橋あゆみ(谷桃子バレエ団 プリンシパル)
●発売元:新書館
●価格:各3,960円(税込)

この記事を書いた人 このライターの記事一覧

大阪府出身。桐朋学園大学短期大学部ピアノ専攻卒業、同学部専攻科修了。2004年より新国立劇場バレエ団のピアニスト。2011年よりウィーン国立バレエ専属ピアニストに就任。 レッスンCD「Dramatic Music for Ballet Class」Vol.1、2をリリース(共に新書館)。国内のバレエショップを中心にベストセラーとなっている。

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