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【リハ動画あり】牧阿佐美バレヱ団プリンシパル、青山季可。最後の全幕主演を前に思うこと【牧阿佐美バレヱ団「ジゼル」特集②】

阿部さや子 Sayako ABE

動画撮影・編集:古川真理絵(バレエチャンネル編集部)

2025年6月14日(土)・15日(日)、牧阿佐美バレヱ団が『ジゼル』全幕を上演します。同団は1955年にアントン・ドーリン/アレクサンドラ・ダニロワ振付による第2幕を初演、1959年には橘秋子・牧阿佐美の演出振付による全幕を初演。現在は1985年に新制作した版に改訂を重ねたものを上演しています。

2015年以来10年ぶりとなる今回の上演には、いくつかの話題があります。まずはパリ・オペラ座バレエのブルーエン・バティストーニ(エトワール)とアンドレア・サーリ(プルミエ・ダンスール)がゲスト主演すること。16日(土)の夜公演では牧阿佐美バレヱ団プリンシパルの青山季可がジゼルを演じ、同じくプリンシパルの清瀧千晴が初役でアルブレヒトを踊ること。そしてこの公演が、青山季可が牧阿佐美バレヱ団で全幕主演を務める最後の舞台になることーー。

橘バレヱ学校の生徒だった時代から、子役として牧阿佐美バレヱ団の舞台に立っていた青山季可さん。とりわけ『ドン・キホーテ』でキューピッド役を踊った11歳の季可さんの姿は、観客に鮮烈な印象を残しました。その後2001年に同団入団し、2006年『白鳥の湖』で主役デビューして以降は、数々の作品に主演。バレエ団を代表するプリマとして踊り続けてきた道のりに、今回の『ジゼル』全幕で、ひとつの区切りをつけようとしています。

5月半ば、牧阿佐美バレヱ団の稽古場で『ジゼル』のリハーサルに臨む青山季可さんに、今の率直な思いなどを聞きました。

青山季可(あおやま・きか)大阪府出身。3歳でバレエを始める。川上恵子バレエ研究所、AMステューデンツ、橘バレエ学校で学び、 英国ロイヤル・バレエ・スクール、ハンブルク・バレエ・スクールに留学。2001年牧阿佐美バレヱ団に入団。2006年「白鳥の湖」で主役デビュー。同団を代表するプリンシパルとして、数々の作品に主演している。 ©Ballet Channel

Interview
青山季可(6/14夜 ジゼル役)

牧阿佐美バレヱ団が前回『ジゼル』を上演したのは2015年。季可さんはその時もタイトルロールを演じましたが、今回10年ぶりにこの役に取り組んでいて、自身の中に何か変化を感じますか?
青山 ジゼルは村娘としての第1幕と精霊ウィリになってからの第2幕で踊りのスタイルや雰囲気がまったく変わりますけれど、私はこれまでずっと、第2幕のほうに苦手意識を持っていました。でも今回は、その第2幕の踊りに大きなやりがいを感じています。牧阿佐美先生がご存命だった時に、いつも「円を使って踊りなさい。縦、横、斜め、すべての方向を使って、空間に円を描くように踊るのよ」とおっしゃっていました。その言葉が本当にしっくりくる作品だなと、今あらためて実感しています。今回はこれまで以上に、一つひとつの動きを丁寧に踊れたらと思っています。

「ジゼル」第2幕のリハーサルにて。アルブレヒト役は清瀧千晴さん ©Ballet Channel

今回の『ジゼル』は、季可さんが「牧阿佐美バレヱ団で全幕主演を務める最後の舞台」と発表されています。逆に言えば、主役以外の役やガラ公演などの舞台には引き続き出演すると理解してよいのでしょうか……?
青山 キャスティングしていただければ、もちろん踊りたいと思っています。ただ、すでにバレエ団のアシスタントミストレスもさせていただいていますし、橘バレヱ学校のほうにも携わっているので……ダンサーとしての活動を今後どのくらい続けていけるのか、現時点では未知数というのが正直なところです。
このタイミングで「全幕主演を最後にしよう」と決めたのはなぜでしょうか?
青山 40歳を迎える頃から、いつも「この舞台が最後になるのかもしれない」と思いながら踊ってきました。とくに最近は海外からのゲストやバレエ団の若いダンサーが主役を踊り、私は出演しないことも増えてきて、「コンスタントに舞台に立っていないと、身体をキープするのは難しいんだな」と感じることもありました。私はずっと古典バレエを中心に踊ってきて、『ジゼル』は思い入れのある作品のひとつでもあります。年齢的な面を考えても、大好きなこの古典作品でひとつの区切りをつける機会をいただけたのは、本当にありがたいことだと思っています。

©Ballet Channel

季可さんは2001年に牧阿佐美バレヱ団に入団。2006年『白鳥の湖』で主役デビューを飾って以来、バレエ団の主要レパートリーのほぼすべてに主演するなど、トップダンサーとして踊り続けてきました。
青山 振り返ると、私は先生方から「よくできているわよ」と褒められたことはほとんどありません。自分でも、「私はできないことばかりだな」といまだに思う毎日です。それでも、以前は言われてもわからなかったことが、今になってようやく腑に落ちる瞬間がたくさんあって。子どもの頃から今日に至るまで、根気強く私を導いてくださっている先生方には、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

牧阿佐美バレヱ団は、日本人が身体をどう使えば美しく見えるのかということを、わずかなニュアンスにもこだわって追求し続けているバレエ団です。上体のクロスの仕方など、本当にちょっとしたことですが、その繊細な魅力を体現できるダンサーでありたいと思いながら踊ってきました。舞台に立とうと立つまいと、私の人生がバレエから離れることは決してないと思います。これまで教わってきた大切なことを、踊る限りは自分の身体で表現したいですし、後輩ダンサーや子どもたちを指導する際にも、しっかりと伝えていきたいです。

これまで踊ってきたなかで、自身の転機になったと思う作品や、とくに心に残っている役を教えてください。
青山 私はすごく不器用で、変化したり成長したりするのにいつも想定以上の時間がかかってしまうのですが、そんな自分の表現の幅を大きく広げてくれたもののひとつは、プティ作品だと思っています。とくに『アルルの女』のヴィヴェットや、『ノートルダム・ド・パリ』のエスメラルダなどを演じた経験は、生々しい人間性、生身の人間の感情を自分の中から引きずり出すことを教えてくれました。もちろん(プティ作品の指導者)ルイジ・ボニーノさんはきっと「季可、まだまだ足りていないよ!」とおっしゃると思いますけれど、それでもプティ作品から学んだことは、今回の『ジゼル』にも活かせるような気がしています。

「ノートルダム・ド・パリ」青山季可(エスメラルダ)、菊地研(カジモド)©鹿摩隆司

ヴィヴェットやエスメラルダは季可さんにとてもよく似合っていて、強く心に残っています。
青山 ありがとうございます。『ノートルダム・ド・パリ』のエスメラルダは、叶うことならもう一度踊ってみたかったなと思いますけれど、作品じたいがなかなか上演の機会がないので、1回でも経験できたのは幸せなことでした。そしてその意味では、『アルルの女』のヴィヴェットを2回演じられたのは幸運だったと思います。『アルル』は主人公の男性フレデリに注目が集まりますけれど、雑誌「ダンスマガジン」のインタビューで(文芸評論家の)三浦雅士さんが「フレデリはヴィヴェットあってこその役だと思う」と言ってくださったことが、大きな励みになりました。私がヴィヴェットをどう演じるかによって、フレデリの見え方が変わってくる。それは『ジゼル』のような作品でも、きっと同じだと思います。

「アルルの女」青山季可(ヴィヴェット)、水井駿介(フレデリ)©Hidemi Seto

他にも心に残っている作品はありますか?
青山 牧阿佐美先生が創ったオリジナルのバレエ作品――たとえば『時の彼方に ア ビアント』のカナヤや、『飛鳥 ASUKA』の春日野すがる乙女(かすがのすがるおとめ)を踊れたことも、素晴らしい経験でした。阿佐美先生は、役のイメージや歩き方などの所作的なことは細かく教えてくださいましたが、そこから先は自分で想像をふくらませ、役を作り上げていくことが必要でした。「自分で作ることができる余地」みたいなものが古典作品よりも大きくて、学びがたくさんありました。

「飛鳥 ASUKA」青山季可(春日野すがる乙女)、清瀧千晴(岩足)©鹿摩隆司

古典作品についてはどうですか? 転機になったもの、忘れられない経験になったもの等はありますか?
青山 古典はもう、どれとは選べないくらい、私にとって重要な作品ばかりです。2006年、23歳で初めて『白鳥の湖』オデット/オディールを踊ったことは特別以外の何ものでもない体験でしたけれど、当時の私はまだ、何もかもが追いついていない状態だったなと思います。そこから一つひとつ役をいただくたびに、一歩一歩を積み重ねて、ようやく今にたどり着いたというのが自分自身の実感です。たとえば『ライモンダ』第3幕を踊った時に、身体のラインの出し方を自分なりに発見したり……そうして少し進んだかと思えば、時々ちょっと後戻り。そんなことを繰り返しながら、ゆっくりゆっくり歩んできました。

「白鳥の湖」青山季可(オデット)、清瀧千晴(ジーグフリード)©山廣康夫

「ライモンダ」青山季可 ©鹿摩隆司

今後は後進の指導にますます注力していくとのこと。自身がこれまで学び、吸収してきたことの中で、とくに大切に伝えていきたいと思っていることは何ですか?
青山 橘バレヱ学校やAMステューデンツの生徒たちによく注意しているのは、身体の使い方や、全身のポジションのバランスなど、とても細かくて基礎的なことです。そうしたディテイルにこだわることで、単なるステップやポーズの連なりだったものが、円のようになり、「踊り」になっていく。バレエの美しいラインや動きは本当に細かなことの積み重ねで生まれるのだと思いますし、精神力や集中力、そして舞台に立った時の佇まいのようなものも、そこから育まれていくのではないでしょうか。
今の季可さんが、あらためて「バレエって楽しいな」と思う瞬間は?
青山 積み重ねてきたことの、結果を感じられた時。私は時間がかかるけれど、それでも地道に積み重ねていけば必ず変われると信じて、バレエを続けてきました。だからほんの小さな筋肉の動きひとつでも、変化を実感できた時はすごく嬉しくなります。
牧阿佐美バレヱ団や、バレエ団で一緒に踊っている仲間のみなさんは、季可さんにとってどのような存在ですか?
青山 私は子役の頃からずっと、牧阿佐美バレヱ団で踊らせていただいてきました。だからここが私の場所。ここで踊り続けることができて、本当に幸せだと思っています。
そして私が舞台の真ん中に立っていられるのは、大切な仲間たちが一緒に踊ってくれるからです。主役デビューして間もない頃、先生が常々、「ダンサーたちはみんな『自分も主役を踊りたい』と思いながら、あなたと一緒に踊ってくれているのよ。主役を踊るとはそういうこと。そのありがたさは、しっかり心に留めておきなさい」と言ってくださいました。その言葉の意味が、今は身に沁みてわかります。私が踊れるのは、一緒に踊ってくれるダンサーたちのおかげです。みんながいてくれてこその牧阿佐美バレヱ団だと思っています。
季可さんのことを応援しているファンのみなさんへ、この機会に伝えたいことはありますか?
青山 私は子役として、9歳の時に『くるみ割り人形』のクララを、11歳の時に『ドン・キホーテ』のキューピッドを踊らせていただきました。長年にわたって牧阿佐美バレヱ団の舞台を観てくださっているお客様は、その頃の私の印象を、今でも覚えてくださっているかもしれません。あの経験があったからこそ今の私があり、とても感謝しているいっぽうで、「青山季可はキューピッドを踊ったあの時がピークだった」と思われたくない……そんなコンプレックスも心のどこかにいつもあって、そこから脱却したいという思いで、ずっと踊ってきました。

今回の舞台でひとつの区切りをつけて、これまでと同じようには踊らなくなった時、もしかしたらすごく寂しい気持ちになるのかもしれません。でも、そんなふうに考えすぎるとカチカチに緊張してしまうので、今回はみなさまに『ジゼル』という作品を楽しんでいただくことだけに集中して、踊るつもりです。こんなにも長い間、全幕の主役を踊らせていただけたこと、その一つひとつの舞台をたくさんのお客様が見守ってくださったことに、感謝の気持ちしかありません。少しでも良い舞台をお届けできるように、心を込めて、今の私のジゼルを精一杯演じたいと思います。

「ジゼル」青山季可 ©山廣康夫

公演情報

牧阿佐美バレヱ団「ジゼル」全幕

日時

2025年

6月14日(土)開演13:30/終演15:30

6月14日(土)開演18:00/終演20:00

615日(日)開演13:30/終演15:30

会場 東京文化会館 大ホール
詳細・問合 牧阿佐美バレヱ団 公演情報ページ

 

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