【リハ動画あり】牧阿佐美バレヱ団「ジゼル」特集①青山季可×清瀧千晴クロストーク〜アルブレヒトは、ジゼルのように、自分に正直に生きたかった

「ジゼル」クロストーク
青山季可（ジゼル）×清瀧千晴（アルブレヒト）

牧阿佐美バレヱ団が『ジゼル』全幕を上演するのは10年ぶりですね。

青山　『ジゼル』はバレエ・ブランの名作ですし、バレリーナなら誰もが憧れる作品。ありがたいことに、私はバレエ団に入団して初めて『ジゼル』に出演した時から、ジゼル役を踊らせていただいてきました。初めて踊った時のようなフレッシュさを、今回も多少出せるといいな……とは思いますけれど（笑）、悲しみとか、愛情とか、人生経験を重ねてきたからこそ見えるようになったものを表現できたらと思っています。

青山季可（あおやま・きか）大阪府出身。3歳でバレエを始める。川上恵子バレエ研究所、AMステューデンツ、橘バレエ学校で学び、 英国ロイヤル・バレエ・スクール、ハンブルク・バレエ・スクールに留学。2001年牧阿佐美バレヱ団に入団。2006年「白鳥の湖」で主役デビュー。同団を代表するプリンシパルとして、数々の作品に主演している。 ©Ballet Channel

清瀧　僕は今回初役でアルブレヒトを演じます。外部での舞台では経験がありますが、牧阿佐美バレヱ団の全幕で、しかもオーケストラの生演奏でアルブレヒトを踊るのは今回が初めてです。少し話が逸れるようですが、僕は3歳からバレエを始めて、同時に音楽家の両親のもとでピアノなどの楽器も習っていました。バレエが大好きでがむしゃらにレッスンしながらも、家族がみんな小柄なので、もしも身長があまり伸びなければ、バレエではなく音楽の道に進もうと思っていたんです。でもありがたいことに、自分が踊りたいと思うような役を目指せるくらいの身長にはなれたので、高校2年生でロシアのボリショイ・バレエ・アカデミーに留学。そこでリハーサルから本番までを目の当たりにして圧倒されたのが、ボリショイ・バレエの『ジゼル』でした。
その時から夢の役のひとつだったアルブレヒトに、今回いよいよ挑戦するチャンスをいただきました。シンプルに嬉しい気持ちと、同じだけのプレッシャーも感じています。

清瀧千晴（きよたき・ちはる）群馬県出身。3歳より館林バレエスタジオにてバレエを始める。日本ジュニアバレエ、AMスチューデンツを経て、橘バレエ学校入学。2003年ボリショイバレエ学校へ奨学生として留学。2007年、橘バレエ学校を卒業し、牧阿佐美バレエ団に入団。現在プリンシパルとして様々なレパートリーに主演。 ©Ballet Channel

『ジゼル』という作品のどんなところに魅力を感じますか？

青山　女性ダンサーにとっては、やはりあの“白の世界”。神秘的で美しいウィリたちの群舞を踊れるのは、とても幸せなことだと思います。私は『ジゼル』の群舞は経験がないのですが、『白鳥の湖』第2幕のコール・ド・バレエを踊った時のことは忘れられません。ものすごく集中力が必要で、精神的にも鍛えられて。牧阿佐美先生もよく「白の群舞の時は、リハーサルの前と後でみんなの顔が違うわね」とおっしゃっていましたけれど、本当に顔だけでなく体つきまで変わってくるくらい、集中力が求められます。

清瀧　僕がこの作品ならではのおもしろさだと思うのは「対比」です。生身の人間模様を描く第1幕と、霊的な世界を描く第2幕という対比もありますし、第1幕の中だけでも、ペザント・カップルの何の翳りもない幸せな愛と、ジゼルとアルブレヒトの決して結ばれない運命の愛という対比があります。
それから、音楽のドラマ性。個人的にいつも「ああ……！」と感動するのは、第2幕でヒラリオンがウィリたちに殺される場面の一連の音楽です。ヒラリオンは何の嘘もなくただひたむきにジゼルのことを愛していた善良な人間で、本来なら報われるべき存在ですよね。そんな人物がひたすら踊らされて、どんなに命乞いをしても許されず、ついに崖から突き落とされてしまう残酷なシーンなのに、音楽は意外なほど明るい印象の旋律なんです。最初は短調でちょっと恐ろしげな雰囲気ですが、途中で転調して長調になる。すると、まるでウィリたちがヒラリオンを死に追いやることを楽しんでいるかのように見えてきて、いっそう「なんて残酷で怖い場面なんだ……」と感じます。それも、まさに対比だと思う。音楽と、そこで行われていることの対比が、場面の状況や感情をくっきりと浮き上がらせている。

青山　確かにそうかもしれません。第1幕の狂乱の場でも、ジゼルとアルブレヒトがいちばん幸せだった時の音楽とステップが、対比的に繰り返されますよね。それがあの場面の悲しさをよりいっそう際立たせている気がします。

©Ballet Channel

「踊り」の面についても聞かせてください。『ジゼル』の振付のおもしろいところや、難しいところは？

青山　振付としては一見シンプルですし、とくに第1幕の前半はほのぼのとした農村の雰囲気を見せたいと思うのに、思いのほか振りが詰まっていて……見た目の印象とは違って、踊ってみるとハードだなといつも感じます。

清瀧　他の演目に比べると、『ジゼル』は振付に使われているパの種類がぐっと少なくて、全体的にとても基本的なテクニックで構成されていると思います。でも、だからこそ難しい。ごまかしのきかないシンプルなパの繰り返しや組み合わせで音を埋めていかなくてはいけないし、それが単調に見えてもいけないし。

青山　例えば第1幕の最初のほうで、恥じらって家に帰ろうとするジゼルを、アルブレヒトが引き留める動きを2回繰り返すところ。とてもシンプルな動作だから、何も考えずにやってしまうと、2回とも同じに見えて退屈な印象になってしまうと思うんです。そういう部分こそ、お互いの気持ちとか呼吸によって、毎回何かしらの違いが見えることが大切だと思う。

清瀧　まさに。ステップがシンプルだからこそ、より内面性が必要になってくるんですよね。

なるほど……。シンプルな動きだからこそ、そこに何にもないと、何でもないものになってしまうと。

清瀧　そうなるともう、まるでレッスンの延長みたいになってしまいます。群舞の場面も同じで、コール・ド・バレエのダンサーたちはごく基礎的なステップを高速で繰り返しているのですが、そのステップの一つひとつが何かを表現していないと、作品として成立しない。そこが難しさだと思います。

©Ballet Channel

©Ballet Channel

続いて役作りについて。ジゼルとアルブレヒト、それぞれの人物像をどのように捉えているかを聞かせてください。

清瀧　アルブレヒトはよく軽率で浮ついた男だと言われますが、僕は個人的に、貴族である彼は社会的に多くの制約を課せられた立場で、自分の本当の感情を表に出せないまま育ってきた人物だと思っています。いっぽうジゼルは自然に囲まれた農村で、踊ったり縫い物をしたり、自分の好きなことを謳歌しながら育ってきた。そんなジゼルに出会ったことで、アルブレヒトは初めて自分の気持ちに素直になれたのだと思います。自分に正直に生きたいと望んだこと、それは彼の属する社会でも、彼女の生きる世界でも、受け入れられないことだった。だけどアルブレヒトにとってはそれが真実だったから、ジゼルは命を失っても彼を許したのだと、僕は解釈しています。ジゼルによって命を救われたアルブレヒトが、その後の人生をどう歩むのか。そんなことも考えながら、リハーサルに臨んでいます。

©Ballet Channel

青山　そんな千晴くんのアルブレヒトが惹かれた要素が、私のジゼルの中に、ちゃんと見えるようにしたい。それが今回、私が思い描いているジゼル像です。正直で、嘘がなくて、明るくて、純粋。千晴くんの演じるアルブレヒトが好きになってくれたジゼルは、そういう女の子だと思っています。対照的なのがバチルドで、彼女とアルブレヒトは互いの家どうしの関係性のために、政治的な結婚をしようとしている間柄。バチルドとは正反対の雰囲気を持っているのが、ジゼルなのだとも思います。

清瀧　ジゼルは自然に近い存在で、バチルドは自然から乖離した存在。二人はそれぞれ生きている社会が全然違っていて、アルブレヒトはバチルド的な社会から離れたい、ジゼルのように自分の人生を謳歌したいと思っている。僕はそんなふうにイメージしています。

青山　ジゼルにとって、ロイス（＝アルブレヒト）はどこから来たのかわからない青年だったけれど、それでも彼の目の中に、自分に対する真実の気持ちがちゃんと映っていると信じられた。だからアルブレヒトの正体が暴かれた瞬間も、貴い身分のバチルドに対して「彼は私の婚約者です！」と訴えることができたと思うんです。そういう強さを持てたのは、アルブレヒトの愛を本当に信じていたから。そんなジゼルの心情をベースにして、第1幕を演じたいと思っています。

©Ballet Channel

それぞれの役を演じる上で、おもしろさや難しさを感じていることは？

清瀧　いまアルブレヒト役に取り組んでいて実感しているのが、この役は『白鳥の湖』のジーグフリード王子よりも難しいというか、考えさせられることが多いということです。ジーグフリードの場合は、彼がどんな環境で、どんな人たちに囲まれて生きていて、母である王妃から何を言われ、どんなプレッシャーや葛藤を抱えて湖に向かうのか……という、人物像の前提になる背景が第1幕でちゃんと描かれていますよね。その後も、彼の変化や成長のきっかけになる重要なシーンを段階的に踏んでいけるから、演じている自分の感情も無理なく積み重ねていけるんです。ところがアルブレヒトの場合はそういう背景描写が省かれていて、いきなりジゼルとの関係性から始まるし、バチルドたちが現れたかと思うと、ほとんど突然のようにジゼルの死が訪れます。そして次に幕が開いた時にはもう魂の世界。場面の数が少なくて、しかも都度完結してしまうから、そのぶん自分がどう演じるかでキャラクター像もストーリーもまったく変わってくる気がします。

青山　とくにアルブレヒトは、演じ方しだいで人物像がまるで変わりますよね。表面的に演じてしまえば、単なる“嫌な人間”になってしまうし。

清瀧　もちろんそういうアルブレヒト像でも物語としては成立するけれど、まさに「演じ方しだい」というのがこの役の難しさであり、おもしろさだと思う。自分の属する社会の中で、みんなに理解されて真っ直ぐに生きられる人もいれば、本心に従うことが許されず批判の的になる人もいる。それは今の時代もまったく同じだと思うので、アルブレヒトの人間性をどう表現するかということに、僕はすごくやりがいを感じています。

©Ballet Channel

青山　ジゼルのほうは、もしかしたら、アルブレヒト役ほど深く掘り下げて考えないほうがいいのかもしれないと思っていて。私は考えすぎるとドツボにはまってしまうからというのもあるけれど（笑）、彼女はいつでも優しくて、明るくて、純粋な心の持ち主。そんな人物像を、シンプルに演じられたらと思っています。

清瀧　それは本当にそうかもしれません。僕が勝手に思い描いているジゼル像は、自然の中で愛情豊かに育った素直な女の子。だから命を落とすほどのショックを与えたアルブレヒトを、それでも許すことができるのだと思う。

青山　その“許し”の場面、つまり第2幕のジゼルをどう表現するかも、すごく大切だと感じています。肉体はないけれど、彼を守り、包み込む愛。そんな母性的なものを表現したいと思うけれど、やりすぎるとお母さんみたいになってしまう。そのバランスが難しいところです。

清瀧　確かに……。でもそう考えると、ジゼルは少し『ロミオとジュリエット』のジュリエットと似ているのかもしれませんね。大きな悲しみや絶望がいきなり降りかかってきた時に、彼女たちは一気に大人になる。ジュリエットもジゼルも、それだけの器を持った女性とも言えると思う。

青山　ジゼルは一見か弱そうに見えるけれど、その芯には強さがあると思う。

清瀧　ジゼルは自分に素直に生きていける強さを持っている。でも、アルブレヒトはそうじゃない。だから彼はジゼルに惹かれたのかもしれません。

©Ballet Channel

そうした人物像を動きや踊りで表現するために、意識していることや工夫していることはありますか？

青山　身体の角度とか、腕の開き方とか、本当にちょっとしたことで伝わり方が全然違ってくるので、演技ってとても繊細なものだなといつも思います。例えば第1幕冒頭で登場したばかりのジゼルが、アルブレヒトを探すけれど姿が見えず、諦めて帰ろうと振り返ったらそこに彼がいた、という場面。あの一連の動きや表情をごく自然に見せられたらすごく素敵だと思うけれど、その「自然に」というのが、なかなか難しくて……。

清瀧　本当に難しい。あのような場面を、それこそ自然体でサラッと演じればそれでさまになる人もいれば、身体の持って行き方や角度などを緻密に作り上げていく人もいるけれど、季可さんの場合は後者ですよね。細かいところまで詰めて詰めて、修正して修正して、本番に向かっていくタイプ。

青山　不器用なんです……。だからすごく時間がかかる。

清瀧　たぶんそれは、その人の持つ身体性にもよるのかなと思うんです。季可さんは、骨格的にバレエのポジションはものすごく綺麗なラインが出るけれど、「自然な動き」とか「何気ない仕草」をするためには、バレエ的なポジションをいい塩梅で崩さなくてはいけないことがある。そのバランスを見つけるまでが大変そうだけれど、時間をかけて丁寧に作り上げていくからこそ、季可さんの表現はいつもお客様の心に届くんだろうなと思っています。

©Ballet Channel

その意味では、清瀧さんはどちらのタイプですか？ 演技を緻密に作り上げていく派か、それとも自然体でサラッと演じる派なのか。

青山　千晴くんは、女性の動き方を見て合わせてくれるという感じがします。もちろん、男性がリードしなくてはいけないところは、ちゃんとリードしてくれるけれど。

清瀧　そうですね。僕はバランスをすごく考えているかもしれません。お客様から見て、役柄としての二人の関係性がきちんと成立するように。だから自分の演技をあまり事前に決め込まず、相手の女性の表現を見て、ならば僕はこう応じよう……というスタンスで演じています。ただ、それは季可さんも同じだと思う。僕がその時に表現したものに対して、ちゃんとリアクションを返してくれる。

青山　確かに、そういう面も自分の中では大事にしているかもしれません。最初にアルブレヒトと対面するシーンなど、第1幕前半は、幸せなひとときの絵をしっかり見せられるように考え抜いて作りたい。でもそこから先――アルブレヒトの裏切りを知った時、彼の表情を見た時の気持ちは、その瞬間に湧き上がってきた感情やありのままの表現を、大切にしたいと思っています。

それはなぜでしょうか？ 最初の幸せなひとときは練り上げた演技で見せたいけれど、そこから先はありのままに演じたいと思うのは、なぜなのでしょうか。

青山　なぜでしょう……。ただ、前回ジゼルを演じた時に、牧阿佐美先生が狂乱の場面をすごく時間をかけて見てくださったんです。そのご指導が、余計なものを削ぎ落としていく方向だった気がしていて。

清瀧　先日その場面のリハーサルをした時に、ミストレスの先生が季可さんに「そこはちゃんとできている」とおっしゃっていましたよね。だからたぶん季可さんのジゼルは、狂乱の場が軸になっているのだと思う。

青山　そうかもしれません。本番直前まで、本当に徹底的に指導していただいたんです。だからゲネプロの日に阿佐美先生が着ていた白いワンピースまで、鮮明に覚えています。思い出すと、涙が出てきてしまうのだけど。

©Ballet Channel

©Ballet Channel

牧先生の指導の中で、とくに心に残っているアドバイスは？

青山　阿佐美先生は、振付のテクニック的な部分についておっしゃることはあまりありませんでした。それよりも、例えばジゼルが最初に家のドアを開けて出てくるところとか、足を一歩出すその出し方とか、歩く時に体重を乗せる位置だとか、そういう何気ないところに重きを置いて指導をしてくださいました。そのことが、いま自分が踊りたいバレエにつながっているなと思います。

清瀧　ただ「駆け寄って座る」という動きを指導していただくだけで1日が終わったこともありましたよね。

青山　ありました。先生は、観客の目に少しでも違和感を残さないことを大事にしていらしたのだと思います。あと、阿佐美先生がよくおっしゃっていたのは、「自分の手が1ミリ違うだけで、遠くから見たら10センチ違う。そして舞台ではその差がさらに広がるから、1ミリが本当に大切なのよ」ということ。これはどの作品でも大事なことだと思いますけれど、とくに『ジゼル』のような古典作品では、より一層気をつけなくてはと思っています。

清瀧さんは、今回アルブレヒトを演じる上で、とくに大切にしたいシーンはありますか？

清瀧　これは他の作品にも言えることだと思いますが、やはり「登場」と「終わり」の場面は、とくに大事にしたいです。まずは登場の仕方――どういう感情で、どういう佇まいで出ていくのか。それによって、お客様の印象が決まると思っています。そして、終わりの場面も。朝が来て、ジゼルが消えて、舞台上にアルブレヒトただ一人が残される。そこでこの物語は終わります。今回は芸術監督の三谷恭三先生が、そのラストシーンを少しアレンジしてくださることにもなっているので、より大切に表現したいと思っています。

青山　『ジゼル』は三谷先生にとっても、谷桃子先生の引退公演で谷先生と一緒に踊った大切な作品。深い思い入れを持っていらっしゃるから、きっと素敵なシーンになると思う。

清瀧　三谷先生にもご指導をいただけるのは、すごくありがたいことだと思っています。それから今回は、季可さんが牧阿佐美バレヱ団で全幕に主演する最後の舞台です。寂しいけれど、そのパートナーを任せていただけたのは本当に光栄なこと。季可さんにとっても、僕にとっても、ダンサー人生のひとつの節目になる『ジゼル』を、大切に演じたいと思います。

©Ballet Channel

★牧阿佐美バレヱ団『ジゼル』特集② 青山季可さんSPインタビューは近日公開！

公演情報

牧阿佐美バレヱ団「ジゼル」全幕