京都バレエ団「くるみ割り人形」第2幕より ©︎テス大阪 田中聡
パリ・オペラ座バレエ元エトワールのカール・パケットが、2018年の大晦日にバスティーユでアデュー公演をして引退。翌年夏に、もう一つのアデューを、この京都バレエ団の『ジゼル』で行った時、「ダンサーとして一区切り、この後、どんなことをしたいですか?」と聞いた。その答えが鮮明に記憶に残っている──それが、つまりはこの公演。パケットの発案により、ファブリス・ブルジョワが振付けた、はじめて観る子どもたちも無理なく楽しめる全幕バレエだ。
あの時、パケットはその後について、「後進の指導をしていきたい(現在、パリ・オペラ座バレエ学校教師)」ということともう一つ、「僕の息子たちは、僕が主役で踊っている舞台を観に来ても途中で眠ってしまうんだよね」と、子どもでも退屈せずに楽しめるバレエ公演をしたいと話してくれたのだ。そしてほどなく、ナレーションを入れてわかりやすくした上に、上演時間をコンパクトにした『はじめての白鳥の湖』をパリでブルジョワの振付で実現。なんとこれは2シーズンで10万人の観客を動員したという。そして2作目が、2023年4月にパリ、シャトレ劇場で制作された、この『くるみ割り人形』だ。パケットが同日にパリのモガドール劇場でドロッセルマイヤーとねずみの王様を踊るなか、ブルジョワとエリック・カミーヨが京都に滞在して指導、本番を迎えた。
京都バレエ団「くるみ割り人形」第1幕より ©︎テス大阪 田中聡
通訳のアッヅォリ=下川真樹による優しい語り口でのナレーションが流れ、クリスマスパーティーの場面へ。クララを踊ったのは藤川雅子。長年活躍するベテランダンサーだが、もともとの可愛らしい顔立ちで少女であることが自然。クララの友人たちを、夏の『卒業舞踏会』でクスッとさせる三つ編み女生徒を踊った平古場菜穂がやはり髪に針金を入れたヘアスタイルでコミカルに楽しませてくれるなど、それぞれ個性を持ったキャラクターに仕上げられていたのも良い。フリッツの妹尾充人の端正な踊り、フリッツの友達役の岸言和とともに伸び盛りの若手男性らしいフレッシュな魅力を感じさせたのも印象的。コロンビーヌとアレルキンとして踊られることの多い人形の部分は、パーティーの見せ物としてクララとフリッツがお面を着けて踊る、この趣向も面白い。
京都バレエ団「くるみ割り人形」藤川雅子(クララ) ©︎テス大阪 田中聡
パリではパケットが踊っているというねずみの王様は長身の伊藤大地が存在感を持って。ムーンウォークを披露するなど、見せ場もたっぷりで、子どもたちにとっても恐くなくて(?)、笑いを誘うねずみの王様だった。そして王子は鷲尾佳凜。格好良く戦い、そして優しげにクララをエスコートする。クララを導くように踊る雪のコール・ド・バレエもバレエ独特の“白”の魅力をよく体現していた。
京都バレエ団「くるみ割り人形」第1幕より ©︎テス大阪 田中聡
京都バレエ団「くるみ割り人形」第1幕より ©︎テス大阪 田中聡
第2幕のお菓子の国もオリジナリティーが溢れる。それぞれがフランスにゆかりあるお菓子の踊りになっているのもワクワク感を増した。
幕開け、クロワッサンに乗って現れるのはお菓子の国の女王、ドラジェの精(北野優香)。ピンクのストンとしたワンピース姿で、すぐに金平糖のヴァリエーションの曲で踊る。優しげでどこか憂いを感じさせるメロディーに北野の魅力がとてもよく合っていた。
京都バレエ団「くるみ割り人形」北野優香(ドラジェの精) ©︎テス大阪 田中聡
スペインは“ホイップクリームとレモンシャーベット”の踊りということで、レモンイエローの衣裳の3カップルが踊る。中国の踊りは“大麦糖”の踊り、妹尾と岸がよく動く身体で基本に誠実に。トレパックは“ベルランゴ飴”の踊りということで、おじいちゃん(塚本士朗)がアタフタと、女性2人(池田梨菜、朝野菫子)と共に踊る。また、パストラル、“ピンクのキャンディボンボン”の踊りは“あし笛”を8人の女性で。頭の何倍もありそうなとても大きなピンクのリボンが印象的。続くアラビアは“美食家のねずみの王様”の踊り。ねずみの王様の伊藤が白いエプロンを着けてケーキを作る。途中でお尻を掻いたり、ユーモラスなしぐさが笑いを誘った。花のワルツは“砂糖菓子(フリアンディーズ)”のワルツで、白いチュチュにカラフルな飾りをつけて、6カップルプラス女性6人の群舞。
京都バレエ団「くるみ割り人形」第2幕よりスペイン(ホイップクリームとレモンシャーベットの踊り) ©︎テス大阪 田中聡
京都バレエ団「くるみ割り人形」第2幕よりロシア(ベルランゴ飴の踊り) ©︎テス大阪 田中聡
京都バレエ団「くるみ割り人形」第2幕よりパストラル(ピンクのキャンディボンボンの踊り) ©︎テス大阪 田中聡
京都バレエ団「くるみ割り人形」第2幕よりアラビア(美食家のねずみの王様の踊り) ©︎テス大阪 田中聡
京都バレエ団「くるみ割り人形」第2幕より砂糖菓子(フリアンディーズ)のワルツ ©︎テス大阪 田中聡
そしてクララと王子のグラン・パ・ド・ドゥ。金平糖のヴァリエーションの曲は、第2幕はじめにドラジェの精が踊っており、ここでクララが踊ったのは、パキータでソリストのヴァリエーションとして踊られるニコライ・チェレプニン作曲の曲(サンクトペテルブルグのオーソドックスな版では、ソリストの第4ヴァリエーション)。金平糖のヴァリエーション同様にチェレスタを使い奏でられる憂いを含んで可愛らしさもある曲で、チャイコフスキーの曲ではないけれど、意外なほどにこの場面に馴染んでいた。ブルジョワは、以前、『ドン・キホーテ』でもアムール=キューピット(男性が踊った)のヴァリエーションにこの曲を使っていたのも思い出した。王子の鷲尾は丁寧な身体の使い方、見せつけない品の良さに好感。クララの藤川も、長い手脚、恵まれたスタイルを活かしながら、夢を見る少女の儚げな可愛らしさを体現してくれて良かった。
京都バレエ団「くるみ割り人形」第2幕よりクララと王子のグラン・パ・ド・ドゥ 藤川雅子、鷲尾佳凜 ©︎テス大阪 田中聡
休憩を入れても2時間弱、はじめて観る子どもたちも楽しめたのではないだろうか。
(2023年12月24日、ロームシアター京都メインホール)
公演記録
有馬龍子記念京都バレエ団
『くるみ割り人形』
2023年12月24日(日)
ロームシアター京都 メインホール
■構成・演出・振付・指導
ファブリス・ブルジョワ
■指導
エリック・カミーヨ
■指揮
井田勝大
■演奏
京都市交響楽団