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【リハーサル動画あり】バレエ×日本舞踊「信長」①藤間蘭黄インタビュー〜13年前、初めて見たルジマトフ。その姿は“本能寺”そのものでした

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2023年10月25日(水)~26日(木)に東京・浅草公会堂で開催される、バレエ×日本舞踊の舞踊劇『信長-SAMURAI-』。日本舞踊家の藤間蘭黄が作・演出・振付を手がけ、2015年の初演以来ロシアや日本で再演を繰り返してきた大ヒット作です。

戦国の魔王・織田信長を演じるのは、カリスマ的な人気を誇る大スター、ファルフ・ルジマトフ
信長に国を譲る斎藤道三と、信長の忠臣でありながら最後には主君を葬る明智光秀には、藤間蘭黄(二役)。
そして天下取りを夢見る木下藤吉郎豊臣秀吉を、外国人初のボリショイ・バレエ第1ソリストとして活躍した岩田守弘が演じます。

本番を間近に控えた10月某日、藤間蘭黄さんと岩田守弘さんのリハーサル現場を取材。終了後、藤間蘭黄さんに創作秘話や今回の上演にかける思い等を聞きました。

取材:阿部さや子(バレエチャンネル編集部)
文:加藤智子(フリーライター)

藤間蘭黄(ふじま・らんこう)江戸時代から続く日本舞踊の家に生まれ5歳から祖母、藤間藤子(重要無形文化財保持者)、母蘭景より踊りの手ほどきを受ける。6歳で初舞台。16歳で藤間流名取となり、長唄、能楽、囃子、茶道の研鑽も積む。曽祖母や祖母から伝わる古典の継承とともに、ゲーテの「ファウスト」を一人で演じる『禍神』、オペラ「セビリアの理髪師」の舞台を江戸に移した『徒用心』など創作作品も積極的に発表している。2015年芸術選奨文部科学大臣賞。2016年文化庁文化交流使として10ケ国14都市で公演、ワークショップ、レクチャーなどの活動を行う。2019年度日本芸術院賞、2020年紫綬褒章。五耀會同人。 ©️Ballet Channel

子どもの頃から鍛錬してきた「古典」の動きを持ち寄って

『信長』が初演されたのは2015年。その後ロシアや日本で幾度も再演を重ねてきた人気作品ですね。
これほど再演される作品になろうとは、私自身がいちばん驚いています。日本舞踊の新作では、非常に稀なことだと思います。それができた理由は、ひとつには中身。つまり筋立てがシンプルでわかりやすいのが良かったのではないでしょうか。日本人であれば信長のことは大体わかっていますし、ロシアで上演した時も、解説とも言えないくらいの詩的なテキストを字幕で映しただけで、みなさんよく理解してくださったんですよ。
もうひとつには、役それぞれにぴったりの演者がいたこと。何と言ってもこれが強かったのではないかと思います。
信長(NOBUNAGA)役のルジマトフさん、秀吉役の岩田守弘さんとの出会いということですね。
奇跡的な出会いだったと思います。この作品に関していえば、信長についての作品を作りたくてルジマトフさんを選んだのではありません。ルジマトフさんを初めて見た時に、「ああ、この人は信長のようだ」と感じ、彼を信長にした作品を作りたいと思ったところから、創作が始まったのです。
そうだったのですね! いつ、どこでルジマトフさんを見たのですか?
2010年にルジマトフさんが『阿修羅』という作品を踊られた時です。音源は録音でしたが、邦楽の鼓、小鼓、太鼓、笛という4つの楽器による四拍子という音楽。その真ん中で阿修羅のイメージで踊るルジマトフさんは、もう“本能寺”にしか見えなかった。
そのイメージが、『信長』という作品を創作する起点になったと。
そうです。しかも、その『阿修羅』の振付を作ったのが岩田守弘さんだったんですよ。岩田さんは、『信長』では秀吉役を演じるだけでなく、バレエシーンの振付を手掛けてくださっています。

岩田守弘さんとのリハーサル風景 ©️Ballet Channel

その振付について。『信長』では、日本舞踊とバレエという異なるスタイルの踊りが、互いに拮抗しているというよりも溶け合って、ひとつの作品世界を成立させていると感じます。他ジャンルとのコラボレーションはともすれば「それぞれ別のダンスを見ている」という印象にもなりがちですが、本作の振付を作る際に何か工夫をしたのでしょうか?
2015年、最初に『信長』をこしらえようと話をした時に、3人で合言葉のように言っていたのは「古典が大事」ということでした。我々が先人から学んだ古典の手法を活かした作品にしましょうと。ですから私も、日本舞踊の古典から逸脱しない振付をしました。彼らがやっているのも、クラシック・バレエの基本をしっかり踏まえた上での振付です。逆にいうと私たち3人とも、古典の、しかも子どもの頃からずっと稽古をして身体に染みついているその動きを持ち寄ったわけです。それが成功につながったのではないかなと思います。
ルジマトフさんが演じる信長だけ、役名が「NOBUNAGA」と欧文表記になっているのはなぜですか?
私の“信長”観を表すために、そうしました。信長は、それまでに存在していた侍たちとも、そのあとに出てきた侍たちとも、まったく異質な存在だと思うんですよ。他の国どころか、他の星からいきなりやってきたかのように、考え方も生き方も既存の型にはまったく収まらない人物が現れた。これは伝説ですが、信長は自分の父親の葬儀に、帯の代わりに荒縄を巻き、瓢箪をぶら下げて現れ、抹香をぶちまけたといいます。眉をひそめる人も山ほどいたと思いますが、彼にはそれができてしまうんですね。「この人は何か違うぞ」と思わせるオーラを持った人物だったのではないでしょうか。

『信長』ファルフ・ルジマトフ 撮影:©️瀬戸秀美

確かに、言われてみればルジマトフさんほど信長感(?)のあるバレエダンサーはいないなと感じます……。ところで先ほどリハーサルしていたのはどのような場面だったのでしょうか?
最初のパートは、信長と光秀、そこに秀吉も加わって3人で舞うシーンです。光秀と秀吉が一家の家来となったことを表す場面で、それぞれのソロもあります。
その後、信長の比叡山焼き討ちの場面が続き、私が演じる光秀は、秀吉と同じように比叡山に攻め入るような顔を見せておきながら、周りのお坊さんたちを逃す。それが信長に見つかって折檻され、坂本の領地を取り上げられ、さらには秀吉の家来として中国攻め(*1)に行けと言われ、惨憺たる気持ちで平伏します。そして光秀とは対照的に、総大将になった秀吉が、素晴らしい陣羽織を着て意気揚々と跳び出していくんです。

*1:天正5年(1577年)以降、織田信長が秀吉に命じて宇喜多・毛利両氏の勢力圏である中国地方を攻めた戦い

最後のほうでは、蘭黄さん演じる光秀が、岩田さんの秀吉に斬られてしまったように見えました。
そうです、そこがクライマックスである「本能寺の変」からのくだりです。光秀は本能寺で信長を自害に追い込むけれども、すぐに秀吉が中国大返し(*2)で戻ってきます。そしてこれは史実とは違いますが、光秀は秀吉に斬られて息絶えます。この場面が作中でいちばんの大立ち回りとなります。

*2:天正10年(1582年)6月、備中高松城の戦いにあった秀吉は、本能の変により信長が自害したことを知るや、速やかに毛利氏との講和を成立させる。そしてすぐに全軍を率いて京都へ向かい、光秀軍を撃破した

迫力満点の大立ち回り、そして運命がくっきりと分かれた二人の鬼気迫る表情……ここはオペラグラス必須 ©️Ballet Channel

蘭黄さんは、作品前半では斎藤道三役も演じますね。
戦国乱世のお話ですから、当初は他にもいろいろな人物を登場させて、演じ分けようと考えていたんですよ。でも最終的に、斎藤道三と明智光秀だけに絞りました。なぜかというと、まず斎藤道三という人は、信長が台頭する前に最も天下人に近いところにいた一人でした。彼は娘婿である信長の器量を見込んで、美濃一国譲り状というのを書く。勝った者が領地を取る戦国時代にあって、普通はあり得ない話です。これは面白いなと思いました。つまり、一つ前の世代の侍が、次の新しい世代の侍に時代を譲り渡す。そういう感じが出るといいなと思い、最初に斎藤道三を演ることにしました。

次に演じる光秀は、斎藤道三の持っていた“昔ながらの侍の気質”というものを受け継いだ、最後の侍だと私は思うのです。足利将軍の家来でありながら、信長に請われて家来となる。要するに二股です。そうやって自分としては一生懸命信長に支えていたにも関わらず、その主君はいろいろと非道なことをする。そしてそれを諌めるたびに折檻され、もうこのままでは自分の身が危ない、信長を倒すしかないと思うに至る。そこにはやはり、斎藤道三の流れを継ぐ、昔ながらの武士の気持ちがあったのではないでしょうか。時代の先駆者である信長にどうしても馴染むことができず、ついには倒してしまった。そういうことではないかと思います。

©️Ballet Channel

人と人が国境を超えて分かり合える。それが文化や芸術だと思う

日本舞踊家としての目線から感じる、ルジマトフさんや岩田さんの魅力とは?
岩田さんはもう50歳を過ぎて、ルジマトフさんに至っては還暦。それでも弛みない努力によってあの身体をキープし、踊り続けるための努力をされている。「生きること=踊ること」というほどに、すべてが踊りに向いているのです。跳ぶ高さとか回転の速度は、若い人に比べたら違ってくるかもしれません。けれど、お二人にはそれを凌駕する中身がある。本当に素晴らしいことだと思います。
初演から8年。今回リハーサルをしていて、さらなる進化を感じることはありますか?
9月にサンクトペテルブルクで、ルジマトフさんと岩田さんと3人でリハーサルをしてきました。その際に2015年と2017年の舞台映像を見ながら稽古をしたのですが、私だけのことを言うと、映像の中の自分がもう、下手なんです。2019年の舞台映像を見た時も、「もうちょっと上手くやろうよ……」と思いました(笑)。でもそれは、自分の踊りがその頃よりも進化してきているということではないかと思います。実際、もう十数回も道三や光秀を演じてきていますから、自分の中で役がどんどん醸成されてきているのも感じます。

初演というのは、勢いでできる面があります。創作のエネルギーがぱあっと出る。多少不細工なところがあっても、それを凌駕するエネルギーがあるんです。ところが再演となると、そこには初演をご覧になった方もいます。すると、「ちょっといびつなところがあったけれど、勢いはあったよね」では許されません。いびつなところは綺麗に整えて、なおかつ勢いも保たねばならないということです。そして日本では4度目の上演となる今回をご覧になる方は、以前よりもっと深いものが観たい、これまでとは違う色が観たいと思われるでしょう。そうした期待にもお応えできる舞台をお見せしなくてはと思っています。

©️Ballet Channel

蘭黄さんに以前インタビューした際、日本舞踊は年齢を重ねても上達していけるのが良いところで、なんと95歳のお弟子さんもいるというお話を伺って心に残っています。その意味で、蘭黄さんご自身はいま、舞踊家としてどのようなステージにいると感じていますか?
日本舞踊家は息が長いと言われますが、それでも旬というものはあります。例えば、1曲のなかで3回座る振付があるとして、素晴らしい舞踊家であれば、足が思うように動かず1回も座れなかったとしても、まるで3回座ったかのように踊ってみせる方もいます。しかしそれがベストかというと、決してそうではありません。やはり3回座るべきものは、ちゃんと3回座る。基礎をしっかりと行えてこそ、真に豊かな表現ができるようになるのです。それが私のこれからの10年間ではないかと思っています。
先ほどのリハーサルを見ていても、片脚を大きく上げてもまったくグラグラせずにピタッ!と止まったり、秀吉に斬られて後ろざまにゆっくり倒れていったりと、蘭黄さんの体幹の強さに驚きました。日本舞踊家も、お稽古とは別に何かトレーニングをするのでしょうか? 例えばバレエダンサーが毎日のクラスの他に、ストレッチや筋トレ等をするように。
トレーニングというのは、とくにしません。日本舞踊に必要な身体は、踊ることでできてくるものではないかと思います。

体幹の強さ、すみずみまで神経の行き届いた無駄のない動きは、バレエファン目線から見ても惚れ惚れする美しさ ©️Ballet Channel

ロシアのウクライナへの軍事侵攻はバレエなど舞台芸術の世界にも大きな影を落とし、分断が生まれています。今回でいえば、ルジマトフさんはウズベキスタン出身ですがロシアで活動しているダンサーです。招聘するにあたって、何か考えたことや、感じたことはありますか?
それはあります。今回の公演は、もともとは2020年に京都で上演しようと日程まで決まっていたのに、コロナ禍のために実現しませんでした。そしてようやく実施できると思ったら、今度は戦争が始まってしまった。年齢のことを考えれば、私たち3人が揃って踊れる時間はもうあまり残っていないのは明らかです。それなのに、『信長』という作品がさらに遠くなってしまった……そんな気がしました。
けれども、ルジマトフさんはダンサーであって、戦っているわけではありません。またおっしゃる通り彼はウズベキスタンの出身で、ダンサーとしての人生をロシアで送ってきた。それだけのことです。そう考えて、今回の上演に向けて動き出しました。
私は、「芸術が、芸術が」と振りかざすのはあまり好きではありません。でも、人と人が国境を超えて分かり合えるのは、政治ではなく文化・芸術ではないかと思います。お互いの文化を尊重し合う心があれば、通じ合えると信じています。
岩田さんは、この『信長』を踊り手として最後の舞台と考えているそうですね。
岩田さんに今回の出演交渉をしたとき、彼は最初「踊れない」とおっしゃいました。「振付でも何でも協力は惜しまないけれど、自分が踊れるかどうかはわからない」と。その後、ちょっと身体を動かしてみて、「ソロはできないかもしれないけれど……」となり、結局、秀吉をめいっぱい踊ってくださることになりました。
ところがあるとき突然、「本当にこれが生涯最後の舞台です」とおっしゃったのです。ダンサー人生の最後に、『信長』を選んでくださった。そのことに心から感謝しています。ですからこの舞台を台無しにすることは絶対にできません。必ず成功させたいと思います。
このキャストで『信長』を観られるのも、これが最後ということですね……。
格好いいことを言ってしまえば、いつだって「これが最後」と思って舞台に立っています。でも『信長』については、その通りです。ルジマトフさんは、冗談か本気かわかりませんが、「90歳まで信長を演る。歩けなくなったら馬に乗って花道を出るから」とおっしゃっていますけれども(笑)。
作品を次の世代へと繋いでいくのは大事なことですが、いっぽうで「この人のこの役」というものがあるのも、仕方がないことです。ですから今回の公演を、私自身も、とても大事に思っています。

岩田守弘さんと ©️Ballet Channel

公演情報

「日本舞踊の可能性」vol.5『信長―SAMURAI―』

【日時】
2023年10月25日(水)19:00、26日(木)15:00

【会場】
浅草公会堂

【演目】
第1部
藤間蘭黄 長唄『松の翁』
長唄:杵屋勝四郎・杵屋栄八郎 連中
​岩田守弘『生きる』
ファルフ・ルジマトフ『レクイエム』

第2部
『信長―SAMURAI―』
作・演出:藤間蘭黄
振付:藤間蘭黄 岩田守弘
作調・作曲:梅屋巴 中川敏裕
笛手附:鳳聲千晴
衣裳:落合宏理
照明:足立恒
美術:河内連太

【出演】
NOBUNAGA:ファルフ・ルジマトフ
秀吉:岩田守弘
道三・光秀:藤間蘭黄

演奏
鳳聲千晴(笛)
堅田喜代(小鼓)
藤舎千穂(大鼓)
梅屋巴(太鼓)
藤舎朱音(蔭囃子)
中川敏裕(十三弦)
岡崎敏優(十七弦)

ナビゲーター:桂吉坊​

【詳細・問合せ】
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