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【レポート】ウクライナ国立民族舞踊団来日公演オンライン記者会見

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左から:ソフィア・ロヒン(ダンサー)、ヴィクトル・サヴァドスキー訪日団団長、ガリーナ・ヴァントゥフ芸術監督、 オレクサンドル・シニューク(ダンサー)©MIN-ON

キーウを拠点に活動を続けるウクライナ国立民族舞踊団が2023年6月13日に来日し、ツアーを行っている。2カ月にわたり全31都市をまわる長期ツアーだ。オンラインでの記者会見が実施されたのは開幕直前の6月16日、来日直後のヴィクトル・サヴァドスキー訪日団団長ガリーナ・ヴァントゥフ芸術監督、ダンサーのソフィア・ロヒンオレクサンドル・シニュークが、代表質問及び参加記者からの質問に答えた。

会見の冒頭では、主催の民音(一般財団法人民主音楽協会)より今回の日本公演実現の経緯が説明された。昨年2月24日に戦争が始まった際、20年前に日本ツアーを行ったウクライナ国立民族舞踊団の人々と、その際に団を率いて来日したミロスラフ・ヴァントゥフ総裁の安否を気遣い、SNSを通じて繋がったことが明かされた。日本側スタッフはその後実現したポーランド公演を訪ね、彼らの「芸術の目的は、人々を幸せにすること」という言葉に、「芸術の目的は、人々を結びつけること」と応え、日本公演が決定されたという。実際に来日が可能なのか、300着にも及ぶ衣裳をどう輸送するのか心配の種は尽きなかったようだが、ワルシャワへのバス移動、国境における13時間もの待機などの困難を乗り越えての来日となった。

2023年6月17日に行われたマチネ公演より ©MIN-ON

記者会見の内容、記者とのやりとりは以下の通り。
※読みやすさのため一部編集しています

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まず、訪日団団長のヴィクトルさんからご挨拶をお願いします。
ヴィクトル・サヴァドスキー訪日団団長 お集まりいただいたみなさん、ありがとうございます。私たちと民音との付き合いは20年以上となりますが、今回、昔からの友人のように、まったくその20年間のブランクがなかったかのように非常に良い雰囲気で再会することができました。
なぜならば、私たちの目的、伝えたいことは同じであり、はっきりとしている。そこが民音さんと一致しているからです。
この1年余り、みなさんがどこでどのように過ごされていたのか、実際のところ市民生活はどんな様子で、舞踊団の活動はどう続けていらしたのか、お話しいただけますか。
サヴァドスキー団長 生活はこの1年半でがらりと変わりました。侵攻が始まった当初は不安で、どうしたらいいかわからないという気持ちでいっぱいでしたが、割と早く落ち着き、どうすればいいのかという道が見えてきました。
去年の3月14日には、早くもヨーロッパ・ツアーに出かけました。そのときはポーランドやドイツ、イタリアなど数カ国を回り、1カ月以上公演を続けました。しばらくすると、キーウ周辺の状況が少し落ち着いたように見えたので、拠点とするキーウの劇場での練習、公演を再開しました。もちろん、外国だけでなく、ウクライナ国内の公演もこなしています。
普段の生活が再開したとはいえ、もちろん元どおりとは程遠いものでした。鳴り響く空襲警報の中で練習や公演を中止せざるを得ないことも続いています。それはダンサーたちの精神的な、また肉体的な疲労にも繋がりますが、何よりも大好きな仕事をしているということが原動力となっています。私たちを待っている観客のみなさんのためにも、続けなければならないと思っています。国外だけではなく、国内のウクライナの観客も、私たちを待ち望んでいる。それも、私たちの一つの力となっているのです。

ヴィクトル・サヴァドスキー訪日団団長 ©MIN-ON

コロナ禍という命が脅かされる局面で、芸術に意味はあるのかという問いが突きつけられました。そこに追い打ちをかけたのがロシアによる侵攻です。みなさんは、戦時、非常時における芸術の役割をどのようにお考えですか。
オレクサンドル・シニューク 戦争、パンデミックという二つの言葉が出ましたが、確かにパンデミックのときは私たちが普段取り組んでいたコンサートは上演できず、家での練習のみとなりました。最良のコンディションを保つことは非常に難しいことでした。でも、パンデミックはいずれ終わるという自信がありました。必ず元に戻ると、観客のみなさんに向けて映像を撮ってもいました。
しかし、戦争が起きると芸術家たちは世界中にバラバラになってしまった。避難している人たちもいるし、施設が壊されて、練習も公演もできないという状態も続いています。ただ、どんな困難な状況でも、信じること、みなさんに強い希望を与えることを忘れずに、踊り続けています。たとえ戦争でも、自分の国を守らなければならないときでも、人は歌を歌い、踊りを踊ってきました。ウクライナが自分の領土を守るときも、歌や踊りが力になると信じています。日々、鳴り響く空襲警報の中で、半日しか練習できない日もあります。それでも私たちは、ウクライナの文化、ウクライナの精神を伝えなければならないと思っています。
戦争が始まってからも海外ツアーを続けてきましたが、どこの国でも温かい歓迎を受け、ウクライナ人だけでなく、どこの国の人たちも私たちを強く支持してくれているということがよく伝わってきました。それを原動力に、私たちダンサーは100%、200%の力を出し切っていこうと思います。
ウクライナ国内ではどこの町でも、可能な限り訪れていますが、どこへ行っても、満員の客席を見ると大変な励みになります。逆に、私たちの踊りをご覧になった観客の方々から必ず、「ありがとう」「本当に力になりました」「希望をもらいました」という声が寄せられます。この活動を可能な限り、続けていきたいと思っています。

オレクサンドル・シニューク ©MIN-ON

日本にはどのような印象をお持ちでしょうか。
ガリーナ・ヴァントゥフ芸術監督 これまで世界中をツアーして、アメリカ、カナダやヨーロッパ各国も回りました。日本は今回が3回目。でも2回目と今回の3回目の間には20年間のブランクがありました。最初に日本に来たときの印象は、とても強く、一生忘れられないものとなりました。日本は非常にユニークな国です。それは技術の発展だけではありません。最も驚き、印象に残ったのは、人々の姿勢です。みなさん、非常に温かく私たちを迎えてくれました。まずは、今回の来日を実現してくださった民音さんに感謝の気持ちを申し上げたいです。初めて来日する若いダンサーもいますが、彼らにはぜひ日本の良さを見て、感じてほしい。来日したばかりなので、練習と身の回りのことで精一杯ですが、日本人のおもてなしの精神、私たちを温かく迎え入れてくれた気持ちがずっと変わらないのは確かなことです。

ガリーナ・ヴァントゥフ芸術監督 ©MIN-ON

今回の日本ツアーにはどのようなお気持ちで臨まれますか。また、日本と日本の観客に期待することはありますか。
ソフィア・ロヒン 31都市を巡るという非常に長いツアーは、私にとって新たな経験であり、どのような気持ち、どのような経験になるのか、とても楽しみにしています。
私たちは一つひとつの踊りに心を、魂を込めて踊っているので、観客のみなさんにはそれがどのように伝わるのか、私たちとは違う見方をされるのか、とても楽しみにしているんです。私たちは一つひとつの踊りでストーリーを伝えようとしています。言葉ではなく、踊りだけで伝わるのかと、大いに期待しています。
個人的な話ですが、一人ひとりのダンサーにはちょっとしたおまじないのようなものがあり、例えば私は民族衣裳でリボンをつけるとき、必ず青と黄色を右と左に分けてつけるんです。そういった細かいところもみなさんに見ていただきたいですね。

ソフィア・ロヒン ©MIN-ON

ウクライナ国立民族舞踊団ならではのプログラム、構成の狙い、演出や衣裳の見どころなどを教えてください。
ヴァントゥフ芸術監督 どこの国の公演でも、大いに責任を感じて準備を進めるのは同じですが、今回の日本の場合は特別な訓練をして、非常に強い責任感をもって臨みました。
今回のプログラムでは、なるべく、ウクライナの全国の文化を伝えたいと思っていました。このプログラムで、ウクライナの地理や歴史を学ぶことができるようにという狙いもあります。まさに、一つひとつの違う地方の踊りや衣裳を紹介しています。さらに、私たちの歴史を伝える演目も組み込んでいます。残念ながらすべてを持ってくることはできませんでしたが、最も興味深い、有益な演目が揃っています。踊りには言葉が必要ないので、どこの国でも伝わるものだと信じています。

2023年6月17日に行われたマチネ公演より ©MIN-ON

日本人の伝統はもてなしの心、または恥の文化などと表現されることがあります。同様にウクライナの魂を一言で表現するとどのような言葉になりますか。
ロヒン ウクライナをひと言で表現すると、「豊かさ」。それは自然の豊かさだけではなく、人間の心の豊かさという意味でもあります。日本のおもてなしや、思いやりにも通じるものかと思います。
シニューク 「美しさ」です。ウクライナは美しい。女性が世界一美しい、というだけでなく、自然の美しさ、人の心の美しさでもあります。
サヴァドスキー団長 「一生懸命さ」。ウクライナは一生懸命に生き、一生懸命に恋をし、一生懸命仕事をする。ウクライナ人には、何事にも一生懸命な気持ちであることが大いにあると思います。
ヴァントフ芸術監督 皆の発言はロシアによる侵攻前から言えることでしたが、いまのウクライナは、「強さ」や「不屈」、「負けない精神」がもっとも強い印象です。ウクライナの勝利を信じる気持ちが、今のウクライナを表現する言葉だと思います。
侵攻後、新作は作られていますか。
ヴァントフ芸術監督 いままさに二つの新作を作ろうとしています。戦時とはいえ、団の活動や生活は続けなければ。戦時だからといって戦争をテーマにする必要はないと思っています。いずれウクライナが勝つと信じているので、勝利ののち、みなさんに新しい演目を観ていただきたいと思います。
ウクライナの民族舞踊とその音楽の、他にはない独特の魅力について教えてください。
ヴァントフ芸術監督 どこの国の人も自分の国の音楽や踊りに誇りを持っていると思いますが、私たちの魅力は、やはり「感情」です。エモーションを踊りに込めることで、私たちのウクライナへのウクライナの強い思いを踊りに込めている点が特徴ではないかと思います。

©MIN-ON

レパートリーには、他の共和国の民族舞踊も入っているのでしょうか。
ヴァントフ芸術監督 私たちの正式名称には、国立民族舞踊、つまり、ウクライナの踊り、ナショナリティ、民族という言葉が含まれています。ウクライナ国内にいるときは、他の国の踊りも踊りますが、他の国においてはウクライナの踊りに絞られます。旧ソ連時代には、ロシアの踊りも踊っていましたが、いまとなってはもちろん、一切踊りません。とにかく、ウクライナの踊りにのみ集中して、ウクライナのことを紹介したいという気持ちが強くあります。
教育機関についても教えてください。
ヴァントフ芸術監督 附属の学校があります。6歳から10年かけての子どもたちが学びます。そこではもちろんクラシック・バレエ、民族舞踊、また演劇も学びます。附属学校は、現総裁のミロスラフ・ヴァントフが創設したもので、非常にユニークな教育システムとなっています。
卒業後はさらに2年間、私たちが「スタジオ」と呼ぶ教育機関で学びます。附属学校の卒業生だけでなく、直接入学することも可能です。ウクライナ全国から来た生徒だけでなく、カナダなどからの留学生も在籍し、私たちが現在上演している演目を中心に学んでいます。
スタジオでの過程が修了すると、卒業証が授与されます。この卒業証は全世界で非常に高く評価され、卒業生の多くは世界各地の舞踊団に所属しています。私たちの舞踊団への入団は狭き門で、卒業生がみな入団できるとは限らないのです。
1937年にウクライナ国立民族舞踊団の前身ができ、いまの形になったのが1951年、また現在の総裁が就任されたのが1980年と伺っています。舞踊団の歴史を簡単に教えてください。
サヴァドスキー団長 1937年にヴィルスキーがボロトフとともに舞踊団を設立した当時は、ソ連が一時的に各民族への注目度を高めていた時期であり、ソ連の各府共和国に民族舞踊団が作られた時代でもありました。その中でウクライナでは、民族舞踊とはいえクラシックに基づいた踊り方をしています。この長い歴史の中で80カ国以上の公演を実施し、世代はいくつも変わりましたが、ウクライナの精神を伝えるという思いは変わっていません。

©MIN-ON

戦争が始まったときの心境、また海外公演をスタートしたときの心境を教えてください。
サヴァドスキー団長 確かに、2月24日の時点では、3人以外は皆自分の故郷などに帰り、今後の指示を待つのみでしたが、早くも3月14日からのツアーが決定し、皆、少しずつ戻り始めました。ですが、そのヨーロッパツアーは、皆でキーウに集まることなく、西部のリーフに集い、そこから出発しています。
ヴァントフ芸術監督 ツアーが決まったものの、どんな演目を上演するか、どの衣裳を着るかまったく決まっていなくて、何のリハーサルもなく出発しました。さらに不安だったのは、最初のポーランドの公演以外はツアーの日程が未定で、次にどこに行き何をするのか、まったく決まっていなかったことです。すべて前例のないことでした。しかし、それより使命感のほうが強く、私たちはウクライナの文化を伝えなければならないという気持ちでした。
美しい衣裳の特徴、その刺繍についても教えてください。
ヴァントフ芸術監督 ウクライナの民族衣裳について、ひと言ではとても説明できません。全国にいろんな模様、刺繍があり、それぞれの地域ごとに異なっています。カルパチア地方などは、さらにその中に様々な民族がいて、すぐ隣の村でも民族衣裳が異なるんです。私たちのプログラムにはウクライナ全国の踊りが組み込まれているので、当然、民族衣裳も、いろんな地方の民族衣裳を紹介しています。
ウクライナの民族衣裳のヴィシヴァンカには刺繍がよく使われます。その刺繍の仕方も、やはり地方によって異なり、例えば今回の公演のポスターに3人の女性が写っているものがありますが、それぞれウクライナ中央の衣裳、ザカルパッチャ地方というカルパチア山脈のヨーロッパ側の地方の衣裳、そしてポジーリャという地方のもので、色も形も、刺繍の模様もそれぞれです。私たちウクライナ人はひと目見ればわかるものですが、中にはどこのものだかわからないものもあり、日本人のみなさんには判断できないかもしれませんね。

©MIN-ON

最後に伺います。ダンサーの中で従軍された方はいますか。また、侵攻後、所属ダンサーの数の変化はありましたか。
サヴァドスキー団長 侵攻後、ダンサーではありませんが、演奏家で志願して軍隊に入った人がいます。私たちのような国立舞踊団のダンサーたちには動員は免除され、志願しない限り動員されることはありません。決して逃れているわけではなく、私たちには別の使命があります。前線での戦いだけでなく、こういった文化活動も大事な戦いだというのがウクライナ政府の考えで、政府からは文化活動に専念するようにという指示が出ています。
ヴァントフ芸術監督 2月24日以降に一時的に避難した団員たちは全員戻ってきていますので、団員数に関しての損失は、ありません。侵攻後に引退した人もいますが、それは年齢的な理由での引退です。

2023年6月17日に行われたマチネ公演より ©MIN-ON

公演情報

ウクライナ国立民族舞踊団 スピリット・オブ・ウクライナ

【日時・会場】
6月17日(土)14:00/18:30 日本特殊陶業市民会館 フォレストホール
6月18日(日)14:00 日本特殊陶業市民会館 フォレストホール
6月19日(月)18:30 あきた芸術劇場ミルハス 大ホール
6月22日(木)14:00 ロームシアター京都 メインホール
6月23日(金)18:30 神戸国際会館 こくさいホール
6月26日(月)14:00/18:30 フェスティバルホール
6月27日(火)14:00 フェスティバルホール
6月29日(木)14:00/18:30 新潟テルサ
6月30日(金)18:30 ホクト文化ホール(長野県県民文化会館)
7月2日(日)13:00/17:00 ザ・ヒロサワ・シティ会館(茨城県立県民文化センター)
7月3日(月)18:30 札幌文化芸術劇場hitaru
7月4日(火)18:30 旭川市民文化会館 大ホール
7月6日(木)18:30 大宮ソニックシティ
7月8日(土)15:00 三重県文化会館 大ホール
7月10日(月)18:30 カルッツかわさき ホール
7月11日(火)14:00/18:30 文京シビックホール 大ホール
7月13日(木)19:00 川商ホール(鹿児島市民文化ホール)
7月14日(金)18:30 長崎ブリックホール
7月16日(日)14:00/18:30 市民会館シアーズホーム 夢ホール(熊本市民会館)
7月18日(火)14:00/19:00 福岡サンパレスホテル&ホール
7月19日(水)14:00/19:00 北九州ソレイユホール
7月20日(木)19:00 宮崎市民文化ホール
7月22日(土)14:00/18:30 市川市文化会館
7月23日(日)14:00 相模女子大学グリーンホール
7月25日(火)18:30 広島文化学園HBGホール
7月26日(水)18:30 KDDI維新ホール
7月27日(木)18:30 米子コンベンションセンター
7月28日(金)18:30 岡山市民会館
8月1日(火)18:30 松山市民会館 大ホール
8月2日(水)18:30 高知県立県民文化ホール オレンジホール
8月4日(金)18:30 レクザムホール(香川県県民ホール) 大ホール
8月7日(月)14:00/18:30 神奈川県民ホール
8月8日(火)18:30 J:COMホール八王子

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