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小林十市 連載エッセイ「南仏の街で、僕はバレエのことを考えた。」【第28回】フランスでの日常に戻って。

小林 十市

ベジャール・バレエ・ローザンヌ(BBL)のスターダンサーとして世界中の舞台で活躍。
現在はBBL時代の同僚であった奥様のクリスティーヌ・ブランさんと、フランスの街で暮らしている小林十市さん。

いまあらためて、その目に映るバレエとダンスの世界のこと。
いまも色褪せることのない、モーリス・ベジャールとの思い出とその作品のこと−−。

南仏オランジュの街から、十市さんご本人が言葉と写真で綴るエッセイを月1回お届けします。

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マルセイユの空港を出た時、妻子と約3ヵ月半ぶりに再会し嬉しいはずなのに心をどこかに置いてきた感じがした(嬉しいですよ、もちろん)……パリからマルセイユ行きの乗り継ぎまでの時間が結構長く、睡眠不足と空腹と頭痛で身体も気持ちも重たかった。

日本での仕事を終えてフランスに戻ってきた僕がオランジュに着いた翌日から、なんとクリスティーヌがリヨンのコンセルヴァトワールでベジャールさんの作品『二重の影の対話』の指導をするため2週間滞在することになっていて、再会したのに直ぐ離れることになった。もうスタジオもないので教えもないし、とりあえずは主夫として娘の朝ごはんを作ってお弁当も作って、犬の面倒をみて、掃除洗濯その他の雑用をこなし、もちろんずーっと乗りたかったバイクに乗ってリュックサックに入るだけの買い物をしに行ったりと割とやることが多いのに心の満たされなさを感じないわけにはいかず、その心がポテチを貪り食うという行動に反映されていたように思う。だって袋菓子開けて食べながらテレビ見てると落ち着くんだもん(笑)。

僕は7月の後半、日本に帰国する前は69kgあった体重が、3ヵ月半もの間、日本で美味しいものをたくさん食べていたのに66kgになってフランスに戻って来たのです! 日本では基本1日2食だった。朝は母がしっかり作ってくれる和朝食を食べて、昼は踊っているか指導をしているかで食べる時間がなく、夜は会食もしないので家にまっすぐ帰り早めの夕飯を取るという生活リズムだった。あとこれはもちろんダンサーとして「舞台で踊った!」という影響が一番あるわけなのですが、せっかく絞れた身体を精神統一できない自分の弱さのせいで失うわけにはいかない! なんとかしなくては!

と、

自主練を再開するわけではなく、週末に娘と一緒にクリスティーヌがいるリヨンへ遊びに行くことに。
心が定まらない時は環境を変えるのも良いことです(笑)。

オランジュからリヨンは電車で2時間。クリスティーヌがリヨン出身というのもあるし僕も現役時代に何回もこの街で踊っているし結構好きな街で今までもちょくちょく遊びに来ている。街はクリスマスのイルミネーションで明るく綺麗で、美味しいものを食べてクリスマスプレゼント用の買い物をしてあっという間に過ぎた週末だった。

例えば「宇宙旅行」をして地球に戻ってきたら、しばらくは普通の生活に戻り馴染むまで時間がかかるのではないだろうか? 宇宙で撮った動画や写真を眺めたり……そう、僕にとっての宇宙は「舞台」なのです! あのDance Dance Dance @ YOKOHAMA 2021で過ごした日々が強烈すぎて南仏に戻っても引っ張られていた。なのでまったく自主練をしようという気持ちになれず、それでも動かないといけないと思い始めたのが……↓ 

カードボードキックチャレンジということだったり、ボクシングジムでやるようなトレーニングや、木人椿(もくじんとう)という物を使って鍛えるカンフーっぽいこととか、とにかく踊り以外のことで身体を動かし始めたのです。まあ、なんかやってますアピールっぽいインスタパフォーマンスだと自分で思っています……でも僕はハマるとできるまで追求します(笑)。

別に「暇」なわけじゃないんだけど、何をやっても何かをやっているという感覚が掴めず、落ち着かず「人は人、自分は自分」などということまで引っ張り出してきてなんとか自分の在り方を安定させようとしていた感じです。

そして、クリスティーヌの仕事ぶりを見に再びリヨンへ。(今度は1人で)
ソーヌ川沿いにある立派な建物の「リヨン国立高等音楽・舞踊学校」Conservatoire national supérieur musique et danse de Lyon)。

作品を踊るのは3年目の選ばれた生徒たちで、これはジル(・ロマン)とクリスティーヌに振付けられたパ・ド・ドゥなんだけど、ここでは3組のカップルがセクションごとに分担して踊ることになっている。

2週目の後半なのに、なんかおぼつかない感じの踊りだなと思った。ベジャールさんの作品は基礎はもちろんクラシックなのだけど、そうではない動きもあり、使い分けの仕方がスムーズにいかないと違和感を感じる。いい経験にはなるだろうけど踊りこなすにはもっと時間が必要なんだろうなあと思う。 

グループの中に元東京バレエ学校の生徒さんで板谷すみれさんという女の子がいて一生懸命練習していました♪

クリスティーヌはまだ3週おきに治療があるけど、今、こうして教えているのって良いことではないかなあって思いました。大変そうだったけど。

8年前にフランスに来た時はコンセルヴァトワールのような場所で教えてみたいと思い(給料のある生活をもう一度したかったというのもあって)、結構フランス全土のコンセルヴァトワールに履歴書送ったりしたんですけどね、今は……やはり自分が踊りたい気持ちのほうが強いかなあ。

そんなこんなで、日本から戻って2週間何もしなかったわけですが、この後リヨンから戻り自主練を再開しました。

僕のインスタグラムを見ていただくとピルエットの動画があってなんとなく空間の感じが掴めると思うのですが、スタジオにあった床を家の居間に敷いて個人レッスンができるくらいのスペースは確保できました。

自分にも都合が良い空間です。

僕の自主練は、まず柔軟をして、そして毎回ではないんですけど、穣くんに了解を得て録画させてもらった「Noismメソッド」のフルクラスの映像。それを見ながら稽古をする。Noismメソッドは1時間ちょっとあるので、それだけで終わることもある。 

いくつかエクササイズを抜粋してやる時は、その後に縄跳びと木刀で素振り。

そしてバーエクササイズ。

という順番。

これで大体1時間半くらい。

で、いまこの自主練に必要なのが、チャコットさんが出している名称なんていうかわからないけどすごく汗をかけるやつを着るのがポイント。
やはり汗をかかないと(笑)。

バーをやっていると、なんというか落ち着けるとあらためて認識。

 *

さて、娘の高校もクリスマスバケーションに入るという1週間前……。

もしも、パリ・オペラ座バレエ公演のチケットが取れたらパリに小(プチ)旅行に行きたい。とクリスティーヌが言い出した。親子3人で最後にパリに行ったのは2017年の秋頃だったから久しぶりにいいかと思ったし、クリスティーヌが行きたいというのだがら叶えてあげたいとも思いました。そしてバスティーユではヌレエフ版『ドン・キホーテ』を上演中で、でも行くなら絶対ガルニエ宮のほうでしょう?! と検索してみたら「アシュトン/エイアル/ニジンスキー」というトリプルビルを演っていた! けれども3人分の席を見つけるのが超難しい。ほとんど売り切れ。年末には行けないし無理そうだなと思っていたら奇跡的にクリスマス前の23日に幾つかの席が残っていて3つ並びの席があったので即購入し、そこから移動手段/宿泊先といろいろ決めていったわけだけど、オランジュからパリは13本のTGV(高速鉄道)が通る。その最初の2つがすでに満席! そして一番遅い時間のTGVでなんとか往復分の席が取れたので一安心……ホテルはもちろん寝るだけなので安宿を(笑)。

クリスマス前のパリは混雑していた。どこへ行くにもワクチンパスポートが必要で、もちろんPCR検査もしてくれるけど有料になっていて145€から50€かかる。

僕は2回目の接種が7月半ば頃だったからまだワクチンパスポートは有効でとりあえず面倒なことはあまりなかった。オランジュにいたらあまり外食もしないので関係ないけど、リヨンでもここパリでも滞在中は外食なので毎回ワクチンパスポートが求められる。それは劇場や美術館でも同じこと。最近フランスでは多くの偽ワクチンパスポートが出回っているらしい。

パリ・オペラ座公演鑑賞の当日、お知らせメールが届いた。「フレデリック・アシュトンの作品『ラプソディ』の上演者の中に陽性者が出たので『ラプソディ』はキャンセルになりますが残りの2作品は上演します。オーケストラからも陽性者が出たので舞台稽古で録音した音源で上演されます。チケット代は全額払戻させていただきますのでぜひ劇場へお越しください。」という内容のメールでした。びっくり! 

『ラプソディ』は生で観たことがなかったので楽しみにしていたんだけど公演そのものがキャンセルにならなくて良かった。 

シャロン・エイアルさん(僕は初めて観る振付家)がオペラ座のために創作した作品『牧神の午後』はとても良かった。休憩なしで続けてニジンスキーの『春の祭典』。この作品も生で観るのは初めて。これは僕がベジャールさんの『春の祭典』を踊って来たからっていうのがもちろん根底にあるんですけど、ずーっと浮かんじゃうのねベジャールさんの振りが(汗)。で、やはり自分はベジャールさんの『春の祭典』が世界一! だと思っているので難しいですね。素で観るのって。

生演奏で「春の祭典」聴きたかったなあ……と思いつつ、正味50分の公演は終わったのでした。仕事場がガルニエ宮でって最高ですよね。ちなみにクリスティーヌがオペラ座バレエ学校の生徒だった時はまだ学校がガルニエ宮の中にありました。僕は『ニーベルングの指環』と『M』の2作品をガルニエ宮で踊っています。 

さて、いろいろあった2021年も終わろうとしています。

人生は一年ごとにそんなに簡単にまとめられるものではないから、なんて言って締めくくろうかなあ。

焦っても結局何も起こらないしどうにもならないので、やはり日頃自分に言い聞かせている、感謝をして「今を大事に」しか無いのかなあ……。
こうして衣食住あって生活できているわけですから。(パリ市内では結構沢山の人が路上生活をしています)

「こうしたい」という理想はあるのですが、そこへ行くための道は真っ直ぐでは無いので、やはり焦らず、心に余裕を持って生きていきたい。
そう思います。

みなさま、良いお年をお迎えください。

これパリからオランジュへ戻るTGVの中で書いています。
電車の不具合で40分遅れです。フランス万歳! メリークリスマス!

今月もお読みいただきありがとうございます!

小林十市

★次回更新は2022年1月27日(木)の予定です

この記事を書いた人 このライターの記事一覧

元ベジャール・バレエ・ローザンヌ、振付家、俳優。 10歳より小林紀子バレエシアターにてバレエを始める。17歳で渡米し、スクール・オブ・アメリカン・バレエに3年間留学。20歳でスイス・ローザンヌのベジャール・バレエ・ローザンヌに入団。以後、数々の作品で主役をはじめ主要な役を踊る。2003年に腰椎椎間板変性症のため退団。以後、世界各国のバレエ団でベジャール作品の指導を行うほか、日本バレエ協会、宝塚雪組などにも振付を行う。また舞台やテレビ、映画への出演も多数。 2022年8月、ベジャール・バレエ・ローザンヌのバレエマスターに就任。

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