ウィーン国立バレエ専属ピアニストとして、バレエダンサーを音楽の力で支えている滝澤志野さん。
彼女は日々の稽古場で、どんな思いを込め、どんな音楽を奏でているのでしょうか。
“バレエピアニスト”というプロフェッショナルから見たヨーロッパのバレエやダンサーの“いま”について、志野さん自身の言葉で綴っていただく月1連載。
日記の最後には、志野さんがバレエ団で弾いている曲の中から“今月の1曲”を選び、バレエチャンネルをご覧のみなさんのためだけに演奏した動画も掲載します。
美しいピアノの音色とともに、ぜひお楽しみください。
2021年を振り返って
2021年が終わろうとしています。みなさまにとって今年はどんな年だったでしょうか。私はこの一年、実働時間がいつもの半分くらいだったように感じます。それもそのはず、2020年11月から2021年5月末まではいっさい公演ができず、人とも会えず、国境も閉まって身動きが取れないロックダウン生活で。公演の稽古はずっとしていましたが(いつ再開されるかわからなかったので、常に準備万端にしている必要がありました)、公演はいつも中止され、常にどこか冷めた気持ちを抱えていた気がします。初夏になり、やっと欧州が復活したと思ったら、今度は日本に緊急事態宣言が発令され、日本でも公演できず。そして、8月にはウィーンで手術を受け、9月は仕事を休み家でひとりピアノを弾く日々。やっと公演に復活できたと思ったら、11月から去年以上のコロナ禍の波が押し寄せ、またロックダウン、公演中止に……。まるで、カラボスによってかけられた魔法で、深い森のなかで眠っていたような……そんな一年だったように思います。
先日の雪の日に。魔法をかけたのはカラボスではなく、ロットバルトだったのでしょうか。
でも、素敵なこともありました。第一に、夢みていたチャイコフスキーのCDをリリースできたこと、日本でオンラインコンサートを開催していただけたこと。クラブハウスアプリでいろんな方とお話しできたこと、久々に南仏を旅できたこと、10月には初めてオペラ座の舞台上でダンサーたちと共演できたこと、そして何よりも、手術を受けて健康を取り戻せたこと。パワー全開だったわけではないけれど、道は穏やかな光で照らされていたのだな、と思います。
CD「Dear Tchaikovsky」
チャイコフスキーとブラームス色の12月
さて、12月13日にロックダウンが解除になり、オペラ座の公演も再開されました。今月、私が弾いているのは、12月の『オネーギン』、2022年1月プレミアの、バランシン振付『Liebeslieder Walzer(ラブソングワルツ)』の稽古。先月、バランシンの記事を書いたばかりですが、新たにもう一作品が私のレパートリーに追加されました(今シーズンは『デュオ・コンチェルタント』『シンフォニー・イン・C』に続き3作品めです)。『Liebeslieder walzer』はブラームス作曲のワルツ小品集に振付けられたもので、4組の男女のダンサー、四声の声楽とピアノ連弾によって上演されます。通常のバレエ作品と違うことは歌詞がついていることでしょうか。歌詞を読み、踊りの情景に思いを馳せたり、楽譜からいろいろと音を拾って弾く作業も楽しくて。ドイツ語なので、より作品に没入しやすいかもしれませんね。
Liebeslieder Walzerの楽譜。
チャイコフスキー(『オネーギン』)とブラームス。先月のビゼーやストラヴィンスキーを含めて、今シーズンは音楽面で充実感を味わっています。
12月といえば、世界中のバレエ団で『くるみ割り人形』が上演されますが、ウィーン国立バレエでは、ここ3年間上演していません。ルグリ監督はクリスマス時期に『くるみ』を上演するのがあまり好きではないと話しており、『眠れる森の美女』『リーズの結婚』『ライモンダ』『海賊』『オネーギン』などの華やかなレパートリーを上演していました。今年のクリスマスは『オネーギン』です。
『オネーギン』舞台稽古の様子。
クランコ版『オネーギン』は、すべてにおいて完成度が高い作品だと弾くたびに感嘆させられます。前回まではソリストパートを、今年は群舞パートを担当しているのですが、群舞もじつによくできていて飽きさせません。チャイコフスキーの楽曲で構成された音楽、そして編曲もそれはそれは素晴らしく、まるでチャイコフスキーが全幕を作曲したかのようですよね。ピアノ曲やオペラで有名なメロディが散りばめられているのも魅力のひとつなのでしょう。ディヴェルティスマンが一切なく、構成がオペラ的であるのもこの作品の品格と物語性を高めている理由のひとつだという気がします。
今年はソリストの稽古におつきあいしないため、例年では考えられないほどゆったりした毎日を送っています。『オネーギン』には公演でもピアノパートがないですしね。ルグリ時代は毎年全幕作品を担当していて、またオケピに入ることも多かったので、本当に忙しく(それがとても楽しかったのですが!)、劇場の閉館日であるクリスマスイブだけ家で疲れを癒す、という感じでした。
シュトレンやクリスマスクッキー(バニレキプフェル)を焼いたりして。
12月にこんな楽しみを味わえているのは、コロナ禍の期間限定なのでしょうね……。
ウィーンの伝統文化として世界に誇る舞踏会も、2年連続中止が決まってしまい、まだまだ先は読めませんが、だからこそ、今しかできない何かも見つけていけると素敵ですね。
今月の1曲
いま弾いている『オネーギン』もブラームスも素敵なのですが、せっかく12月なので、クリスマスソングを弾こうかと思います。私はクリスチャンの家に育ち、クリスマスは毎年家族と教会で静かに過ごしてきた思い出があります。でも、東京でピアニストになってからは、12月になるとあちこちで賑やかなクリスマスソングを弾かなければならず、そのことに違和感を覚えていたのです。それはクリスマスとは似て非なる何かのような気がして。欧州に来てみると、街にBGMは流れておらず、クリスマスは静かに過ごす雰囲気があります。ここにいると子どもの頃のカルチャーを取り戻せているような気がするのです。でも、久しぶりに弾きたくなりました。クリスマスソング。優しい光が降り注ぐクリスマスをイメージして弾きました。
2021年も音楽日記におつきあいいただき、ありがとうございました。
どうぞ心あたたまる素敵なクリスマスを。そして、良いお年をお迎えくださいね。
2021年12月20日 滝澤志野
★次回更新は2022年1月20日(木)の予定です
- 【NEWS】 配信販売スタート!
- 滝澤志野さんのベストセラー・レッスンCD「Dramatic Music for Ballet Class」(ドラマティック・ミュージック・フォー・バレエ・クラス)、大好評のvol.1に続き、vol.2&3の配信販売がスタートしました!
New Release!
Dear Tchaikovsky(ディア・チャイコフスキー)〜Music for Ballet Class
ウィーン国立バレエ専属ピアニスト 滝澤志野
ベストセラーCD「ドラマティック・ミュージック・フォー・バレエ・クラス」でおなじみ、ウィーン国立バレエ専属ピアニスト・滝澤志野の新シリーズ・レッスンCDが誕生!
バレエで最も重要な作曲家、チャイコフスキーの美しき名曲ばかりを集めてクラス用にアレンジ。
バレエ音楽はもちろん、オペラ、管弦楽、ピアノ小品etc….
心揺さぶられるメロディで踊る、幸福な時間(ひととき)を。
●ピアノ演奏:滝澤志野
●監修:永橋あゆみ(谷桃子バレエ団 プリンシパル)
●発売元:新書館
●価格:3,960円(税込)
★収録曲など詳細はこちらをご覧ください
- ドラマティック・ミュージック・フォー・バレエ・クラス1&2&3 滝澤志野 Dramatic Music for Ballet Class Shino Takizawa (CD)
- バレエショップを中心にベストセラーとなっている、滝澤志野さんのレッスンCD。Vol.1では「椿姫」「オネーギン」「ロミオとジュリエット」「マノン」「マイヤリング」など、ドラマティック・バレエ作品の曲を中心にアレンジ。Vol.2には「白鳥の湖」「眠れる森の美女」「オネーギン」「シルヴィア」「アザー・ダンス」などを収録。Vol.3ではおなじみのバレエ曲のほか「ミー&マイガール」や「シカゴ」といったミュージカルナンバーや「リベルタンゴ」など、ウィーンのダンサーたちのお気に入りの曲をセレクト。ピアノの生演奏でレッスンしているかのような臨場感あふれるサウンドにこだわった、初・中級からプロフェッショナル・レベルまで使用可能なレッスン曲集です。
- ●ピアノ演奏:滝澤志野
●Vol.2、Vol.3監修:永橋あゆみ(谷桃子バレエ団 プリンシパル)
●発売元:新書館
●価格:各3,960円(税込)