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公開中!映画「ミッドナイトスワン」内田英治監督インタビュー〜これはバレエ映画です。だからバレエファンにぜひ観てほしい

阿部さや子 Sayako ABE

「ミッドナイトスワン」9月25日(金)全国ロードショー 配給:キノフィルムズ

草彅剛がトランスジェンダーとして生きる主人公・凪沙役に挑んだ話題の映画『ミッドナイトスワン』が、2020年9月25日(金)より公開中だ。

貧困、格差、性的マイノリティ、育児放棄など、この社会のそこかしこにある様々な問題を背負い、生きていく人々の物語。
そしてもうひとつ、大きなテーマとして描かれているのが「バレエ」である。

Story
トランスジェンダーの凪沙(草彅剛)は、新宿のショーパブで働いている。ある日、実の母親の育児放棄に遭っている親戚の少女・一果(服部樹咲)を預かることに。ずっと社会の片隅に追いやられてきた凪沙と、親の愛を知らず孤独の中で生きてきた一果。最初は相容れず反発し合うふたりだったが、しだいに互いにとって唯一無二の存在となっていく。
バレエと出会い、眩く成長していく一果。彼女を見守りながら、凪沙の中に母性が芽生える。
“母”になりたいーー凪沙がとった、命がけの選択とは。

この作品のヒロインである一果は、孤独な日々を過ごす中でバレエ教師の片平実花(真飛聖)と出会い、バレエを教わり始めた時から、人生が大きく変わっていく。
そしてみるみる才能を開花させた彼女が『白鳥の湖』第2幕オデットのヴァリエーションや『アルレキナーダ』のヴァリエーションを踊る場面は、作中のハイライトでもある。

本作をオリジナル脚本で手掛けたのは、映画『下衆の愛』やNetflix作品『全裸監督』の内田英治監督
一果役を選ぶにあたってはバレエ経験を前提にしたオーディションを行い、まだ演技経験のない新人の服部樹咲を抜擢。作中のバレエシーンを見ると、服部自身がきちんと稽古を積んできているリアルなバレエ少女であることがよくわかる。また作中に登場するコンクールの場面などのディテイルに目を光らせてみれば、本作においてバレエの要素がいかに重視されているかを感じられる。

「『ミッドナイトスワン』はバレエ映画です。だからバレエファンのみなさんにぜひ見てほしい」

そう語る内田監督に話を伺った。

内田英治監督 ©︎Ballet Channel

バレエはアジア人によく似合う

なぜ、この作品のテーマに「バレエ」を取り上げようと思ったのですか?
内田 僕はもともとバレエが大好きなんです。最初は十数年前に新国立劇場にオペラを観に行って、すっかりはまってしまったのがきっかけ。そこから「ついでにバレエも観てみたら面白いかな?」と思って、マクミランの『ロミオとジュリエット』を観に行ったんですね。そうしたらたまたまその日に男性ダンサーが怪我をしてしまったらしく、開演5分前くらいに「本日は代役が踊ります」とアナウンスが。それで出てきたのが、何と熊川哲也さんだった(笑)。
それはまたすごい時に居合わせましたね!
内田 ええ、すごい贅沢な時に。それでまあ、とくに何の予備知識もない状態でバレエを観ていたのですが、これは本当におもしろいな、と。独特だなと思ったんです。他の踊りとは全然違う。だからいつかバレエを映画にできたらいいなと、10年くらい思い続けてきました。その間、さらに山岸凉子先生のバレエ漫画を読んだりするにつれて、舞台で観る踊りだけでなく、その裏側にある背景にも興味が湧いてきたんですね。ぶっちゃけ、厳しい世界じゃないですか。「ああ、これはもう絶対に撮りたい」と、ますます強く思うようになりましたよ。バレエ映画ってこれまでにもたくさんありますけど、大半は欧米人が演じているものですよね。でも僕は、アジア人のバレエ映画を撮りたかった。元はヨーロッパの文化であるバレエが、日本でこれだけ多くの人に愛されているというのがまずおもしろいし、アジア人にすごく似合うと思うんですよ、バレエって。
監督は、バレエのどういうところがアジア人に似合うと思いますか?
内田 僕は技術的なことはよくわからないのですが、単純に黒髪とか、アジア人特有の表情が、すごく合っていると思う。バレエって、舞台に上がったものは優雅で華麗ですけど、そこにたどり着くまでは決して楽しいだけではなくて、むしろ苦しみしかないとすら言えるのかもしれない。容姿とか体型とか身体条件とか、現代的な視点からすればハラスメントとも捉えられ得るような、本人の努力ではどうにもならない壁と闘わなくてはいけない面もあるでしょう。そんな苦しみに耐えて頑張っていくというところが、良いか悪いかの議論は置いておいて、アジア的な文化とすごくフィットしていると思う。
だから『ミッドナイトスワン』のオーディションの時も、一果役の樹咲ちゃんが踊る姿を見ただけでポロッと涙が出てきた。目の前の踊りだけでなく、その背景が見えてくるから。この踊りにたどり着くまでに、どれだけの道のりがあったんだろうって。バレエのそういう部分が、僕は本当に好きですね。

その一果役を射止めた服部樹咲さんですが、監督はオーディションでひと目見た瞬間に「この子が一果だ」と思ったそうですね。
内田 今回は全部で1000人くらいの候補者を見たのですが、まず最低条件として、バレエ経験があること。その中で、まずはバレエ監修の千歳美香子先生に、3段階にレベル分けしていただきました。まだ初歩的なレベルにある方と、中間レベルの方と、頑張れば世界の舞台に挑戦できるかもしれないレベルの方というふうに。その結果、3つ目のレベルにあると言えるのは4人しかいませんでした。1000人中4人。でもバレエってそういうものですよね。樹咲ちゃんはその4人のうちの1人でした。
樹咲さんが他の候補者と違っていたのはどんなところですか?
内田 踊りにも感じるものがありましたし、もう存在感が凄かった。オーディション時にはまだ小学6年生だったのですが、とてもそうは見えませんでしたし。僕はいわゆる役者じゃない素人の演技が好きなんですけど、彼女はまさにそれを満たしていました。とにかくあの存在感。「これはもう、ただカメラで撮っただけでも絵になるな」と思いましたね。そして踊らせてみたら、涙が出た。最後に残った4人の技術的な差は、正直僕にはわかりませんでした。みんなとても上手だったので。でも、やっぱり存在感としか言いようのないものが、樹咲ちゃんは圧倒的だったと思います。
よく「存在感がある」とか「華がある」という言い方をしますけれど、それはバレエなど舞台に立つ人にはすごく必要なものであると同時に、努力ではどうにもならないものでもありますね。
内田 本当にバレエというのは、ある意味で恐ろしい世界だなと思ってます。例えば芸能界であれば、とくに何もしなくても売れる人は売れるということが起こり得る。でもバレエでは、それは絶対にないわけですよね、おそらく。実力がないのにトップダンサーになれるなんてことは、たぶんあり得ない。少なくとも人並外れた努力は絶対に必要で、その意味ではアスリートに近いものがあるなと。いや、すごい世界だと思います。

撮影風景より

しかし、そうしてバレエの技術もしっかり見た上で選ばれただけあって、一果がバレエを踊るシーンはとても良かったです。まだ大きく花開く前のバレエ少女だけがもつ香りのようなものもあって。
内田 この映画では、芸能界での知名度や人気ではなく、バレエを踊れるかどうか、その踊りが一果にふさわしいかどうかという目線だけでヒロインを起用できたことが、いちばん大きかったかもしれませんね。普通はなかなかそうはいかなくて、ヒロイン役となればバレエ経験よりも「売れている女優」を主演に据えないと、みたいなことになる。だから今回は踊るシーンでも、スローモーションとか足のアップとかは一切使っていません。普通はそうやってごまかすんです。足だけは本物のダンサーを撮ったりして。でもこれは一果の踊りを正面からドーンと撮っています。ちゃんと全身を映している。
しかも、一果ちゃんは映画の最初のほうよりも最後に踊る場面のほうが、確実に踊りが上手くなっていますよね。つま先やアームスの使い方も、さらに綺麗になっていて。
内田 ああ、よくわかりましたね。そうなんですよ。あれは、実際に時間が経過してるんです。最後の場面を撮影したのはつい最近です。コロナで撮影が延期になったので。前のほうのバレエシーンを撮った時から数えると、8ヵ月くらい経っていることになりますね。だから少し大人にもなっているし、撮影できなかった期間にジャイロキネシスみたいなトレーニングをして、筋肉も鍛えています。樹咲には「次に撮影する時には、もっと上手くなっていないとダメだよ。映画的にもおかしいことになるからね」と散々言っておいたんですよ。本人は「はい、はい」って言ってましたけど(笑)。
一果は口数が少なくて、いつも淋しい目をした女の子ですが、踊っている時はとても自由で大胆になれるという感じを、樹咲さんはよく出していますね。
内田 そう、踊りだすと途端に輝く。でもバレエをやっている方ってそういう人が多いですよね。そういうのがまた、バレエの素晴らしいところです。

バレエ教室の中で起こる小さな出来事の一つひとつも、「確かにこういうことあるな!」というリアルさがありました。
内田 事前に取材をしたんですよ。バレエ教室に通って、本当に世界を夢見て稽古に励んでいる少女たちに。みんなに「いまバレエができなくなったらどうする?」と聞いたら、「生きていけない」と。中学1〜2年くらいの、普通だったらまだ無邪気に遊んでいるような年頃の子たちが、「バレエがなければ生きていけない」って言うんですよ。何だこの世界は? どんな世界なんだこれは?! と思いましたよね。いつかまた絶対に、今度はバレエだけにフィーチャーした映画を撮りたいです。

「白鳥の湖」こそ、凪沙や一果の願望やストーリーにふさわしい

「ミッドナイトスワン」はバレエの世界の一面を描くと同時に、性的マイノリティや貧困、格差、暴力、育児放棄といった社会的なテーマが細やかに織り込まれた作品でもありますね。
内田 最初はバレエだけの映画を作ろうとしていて、凪沙が中心となるトランスジェンダー等の話は、また別の脚本だったんです。それを今回はミックスして作ったような形なので、確かにこの作品には「バレエ」と「社会問題」というふたつのテーマがあります。でも実際、いまの時代は貧困家庭も多くて、そのぶん好きなことができない子どもたちもたくさんいますよね。彼ら・彼女らが、自分たちにはどうすることもできない社会的な問題のために、やりたいことや好きなことを諦めなくちゃいけないのは可哀想すぎる。この映画のラストシーンは、そんな思いから生まれました。
見る人によって、いろいろな想像が膨らみそうなラストシーンでした。これから映画を見る読者のために、これ以上は書かないようにしておきますが……。もうひとつ監督にぜひ伺ってみたかったのが、タイトル『ミッドナイトスワン』にもあるように、なぜ『白鳥の湖』をモチーフにしたのか、ということです。
内田 じつは、当初はそれほど『白鳥の湖』にこだわってはいなかったんです。でも、いろいろな方に話を聞くと、とにかく日本人は『白鳥の湖』が好きだと。確かにバレエ公演でも、最近流行りのシネマで観るバレエでも、『白鳥の湖』は本当によく上演されています。「ああ、そうか。この『白鳥の湖』がとにかく好きというのも、すごく日本らしいところだな」と。僕はあくまでも“日本の”バレエ映画を撮りたかったので、「じゃあスワン・レイクでいこう!」となりました。
最後の最後まで悩んだのは選曲です。いちばん有名な『白鳥』のメインテーマを入れるかどうか。すごくベタだし、聞けば誰もがバレエだ、『白鳥の湖』だとわかる曲じゃないですか。だからすごく悩んだのですが、最終的には入れないことにしました。
でも、最初から意図していたわけではなかったけれど、『白鳥の湖』の物語じたいがこの作品にはすごくリンクしてますよね。凪沙や一果の願望、世界観、ストーリーラインが、とても似ていると思う。
オデットと王子が出会う湖はどんな場所なのかということや、あのオデットのソロがどんな場面で踊られるものなのかといったことを知っているバレエファンがこの映画を見ると、他の人には気づき得ない物語が立ち上がってくる部分はあると思います。
内田 なるほど。バレエを知っている人が見ると、物語が膨らむんですね。ぜひそう書いておいてください(笑)。本当に、バレエファンの方にぜひ見ていただきたいので。

とくにどのようなところを見てほしいですか?
内田 一果が諦めずにバレエに向かって手を伸ばし続けて、ついに飛び立っていくところ。このテーマは映画『リトル・ダンサー』とも同じなんですよ。主人公はバレエがずっと大好きなんだけど、習えるような環境にはなくて、でも理解者を得たところから、みるみる輝きを放ち始める。そして言わば社会の底辺で生きる人々の夢や希望を乗せて、広い世界へと飛び立っていく。だからこの映画を見てバレエを始める子どもたちがいたら最高だなと思うし、とにかく「バレエ」とか「トランスジェンダー」といった言葉を聞いて「難解そうだ」とは思わないでほしい。これは娯楽映画です。ひとりの少女がバレエと出会い、一生懸命に向き合って、成長していく話です。だから「キャプテン翼」とそんなに変わらないよと言いたいです(笑)。

監督・脚本:内田英治(うちだ・えいじ)
ブラジル・リオデジャネイロ生まれ。週刊プレイボーイ記者を経て1999年「教習所物語」(TBS)で脚本家デビュー。2014年「グレイトフルデッド」は国内外の多くの主要映画祭で評価され、つづく16年「下衆の愛」はテアトル新宿でスマッシュヒットを記録。世界30以上の映画祭で上映された。近年ではNetflix「全裸監督」の脚本・監督を手がけた。

上映情報

『ミッドナイトスワン』
■9月25日(金)全国ロードショー
■配給:キノフィルムズ
■出演:
草彅剛
服部樹咲(新人) 田中俊介 吉村界人 真田怜臣 上野鈴華
佐藤江梨子 平山祐介 根岸季衣
水川あさみ・田口トモロヲ・真飛 聖
■監督/脚本:内田英治(「全裸監督」「下衆の愛」)
■公式WEBサイトURL: midnightswan-movie.com

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