
注目の舞台のもようを現地からお届けする「英国バレエ通信」。執筆は連載「鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!」の著者でもある海野敏さん(舞踊評論家・東洋大学教授)です。
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英国ロイヤル・バレエ「シンデレラ」
今シーズン、英国ロイヤル・バレエが12月初めから1月中旬にかけて上演したのは、2023年春に美術・衣裳を一新した『シンデレラ』である。確かに、このきらめきと華やぎに満ちたおとぎ話はクリスマス・シーズンにふさわしい。金子扶生とフランチェスカ・ヘイワードの主演日を選んで2回鑑賞した。

ロイヤル・バレエ「シンデレラ」金子扶生(シンデレラ)©Andrej Uspenski
この『シンデレラ』は、1948年にフレデリック・アシュトンが作った英国初の全幕バレエであり、以後ロイヤル・バレエが大切に上演し続けてきた定番中の定番。日本でも新国立劇場バレエ団がレパートリーとしており、1999年から数年間隔で再演を繰り返しているので、バレエファンにはお馴染みの作品だろう。全3幕の上演時間は休憩2回を含めて約3時間。

ロイヤル・バレエ「シンデレラ」金子扶生(シンデレラ)©Andrej Uspenski
金子のシンデレラに魅了された。第1幕、箒を相手に踊るソロは、その盤石な安定感と足甲の美しさに思わずため息をついたほど。第2幕、舞踏会に遅れて到着し、舞台中央7段の階段をポアントで1歩ずつ下りるシーンにもうっとりした。筆者はこれまでアシュトン版『シンデレラ』で、吉田都、小野絢子、ヴィヴィアナ・デュランテ、アリーナ・コジョカルなどの名演を見てきたが、新たに金子の名演が記憶に刻まれた。

ロイヤル・バレエ「シンデレラ」金子扶生(シンデレラ)、ウィリアム・ブレイスウェル(王子)©Andrej Uspenski
王子はウィリアム・ブレイスウェル、仙女はマヤラ・マグリ。第2幕では五十嵐大地の道化が回転・跳躍の連続で観客の喝采を浴び、佐々木万璃子の夏の精も落ち着いた演技でよかった。
ヘイワードのシンデレラ、セザール・コラレスの王子は、金子とブレイスウェルの組とだいぶ印象が異なるが、こちらも魅力的だった。あえて比較するならば、金子とブレイスウェルからは張りのある引き締まった美を感じたのに対し、ヘイワードとコラレスからは優しく温かな愛の交歓を感じた。観客の反応からは、「フランキー」と愛称で呼ばれるヘイワードの人気がよく分かった。この日の仙女はイツァール・メンディザバル、道化はマルコ・マシャーリ。

ロイヤル・バレエ「シンデレラ」フランチェスカ・ヘイワード(シンデレラ)、セザール・コラレス(王子)©Andrej Uspenski
筆者が新デザインの美術・衣裳を生で鑑賞したのは、今回が初めてである。第1幕、四季の精の踊りで色鮮やかなアニメーションが投影されたり、大時計の秒針が動いたり、プロジェクションの活用が新しい趣向。衣裳は、主役から脇役までロイヤルらしいシックで落ち着いた配色がよい(注1)。第2幕、背景の宮殿の浮き出すような立体感のあるデザインがとても魅力的。第3幕、空へと長く延びる階段は「2人はいつまでも幸せに暮らしました」を視覚的に象徴して効果的だ。

ロイヤル・バレエ「シンデレラ」 ©Andrej Uspenski
【2024年12月4・7日、ロンドン、ロイヤル・オペラハウス(メインステージ)】
イングリッシュ・ナショナル・バレエ『くるみ割り人形』
クリスマスのバレエといえば『くるみ割り人形』である。以下、この冬にロンドンで上演された3つの『くるみ割り人形』を紹介したい。
イングリッシュ・ナショナル・バレエは新制作の『くるみ割り人形』を上演。芸術監督アーロン・S・ワトキンとキューバ出身の振付家アリエル・スミス(注2)の共同振付・演出で、驚くような奇抜さはないが、たいへんしっかり作り込まれている。今後長く上演し続けることができる優れたプロダクションだった。

イングリッシュ・ナショナル・バレエ「くるみ割り人形」リース・アントーニ・ヨーマン(くるみ割り人形)©Johan Persson
舞台は20世紀初頭のロンドンで、冒頭に煙突掃除夫と婦人参政権活動家が登場するのは『メアリー・ポピンズ』へのオマージュだろう。クリスマス・パーティーの後、少女クララが夢の中で大人になり(ダンサーが交替)、お菓子の国へ旅をする筋立て。夢は現実世界とつながっていて、クララの叔母が雪の女王となり、煙突掃除夫がトレパークを踊り、クララの母と父が金平糖の精とそのパートナーになる。また、第2幕の踊りが各国のスイーツに対応していて、スペインの踊りは「トゥロン」(スペインのアーモンド菓子)、アラビアの踊りは「サハラブ」(甘いミルク飲料)、中国の踊りは「タンフールー」(飴をかけた果実の串団子)などの趣向がとても楽しい(注3)。

イングリッシュ・ナショナル・バレエ「くるみ割り人形」イヴァナ・ブエノ(クララ)、フランチェスコ・ガブリエレ・フローラ(くるみ割りの王子)©Johan Persson

イングリッシュ・ナショナル・バレエ「くるみ割り人形」マジパンの踊り ©Johan Persson
ディック・バードの美術・衣裳が豪華かつ洗練されており、物語世界の構築に大きく貢献していた。例えば、クララとくるみ割りの王子が乗って空中を移動する氷の橇と、それを牽くクリスタルのタツノオトシゴがエレガントで洒落ている。プロジェクションの技術も、魔法で放たれるきらめきやネズミの走る黒い影など、何種類もの手法を要所で上手に使い分けていて効果的だった。

イングリッシュ・ナショナル・バレエ「くるみ割り人形」©Johan Persson
この『くるみ割り人形』は、約2400席の劇場で1か月間にわたって、何と39回も上演された。私の見た回のキャストは、子どものクララ=ミリセント・オーナー、大人のクララ=カーチャ・ハニュコワ、くるみ割りの王子=ミゲル・アンヘル・マイダナ、クララの母/金平糖の精=ジュリア・コンウェイ、クララの父/金平糖のカヴァリエ=ガレス・ホウ。仲秋連太郎がくるみ割り人形役、渕山俊平が煙突掃除夫役で活躍していた。

イングリッシュ・ナショナル・バレエ「くるみ割り人形」エマ・ホーズ(金平糖の精)、アイトー・アリエッタ(金平糖のカヴァリエ) ©Johan Persson
【2025年1月8日、ロンドン、コロシアム劇場】
バーミンガム・ロイヤル・バレエ『くるみ割り人形』
バーミンガム・ロイヤル・バレエの冬のロンドン公演も、恒例の『くるみ割り人形』である。約5300席のロイヤル・アルバート・ホールで6回の上演で、こちらもチケットはよく売れていて空席は少なかった。ピーター・ライト版をもとにデヴィッド・ビントレーが改訂し、さらに広大な同ホールに合わせて手を加えた2018年のプロダクションである。

バーミンガム・ロイヤル・バレエ「くるみ割り人形」©Annabel Moeller
開演前、舞台中央にドロッセルマイヤーの工房が建っていて、ずっと何かを作る音が聞こえ、窓には人影が映り、煙突から煙が上がっている。客席の子どもたちを惹きつける工夫であろう。開演すると、ドロッセルマイヤーがドイツ訛りで話す英語のナレーションが入り、序曲の演奏が始まる。オーケストラは舞台後方の2階の高さ(パイプオルガンの前)で演奏するので、鮮やかな音色を楽しめた。

バーミンガム・ロイヤル・バレエ「くるみ割り人形」©Annabel Moeller
迫力があったのはクリスマス・ツリーが巨大化する場面で、高い天井から客席の頭上へ直径3メートルほどもある大きなオーナメント・ボールが5、6個下りてくる演出。オーケストラの両側には縦長の大きなスクリーンがあり、クララの夢の世界に入ってからは、雪の松林の風景や、各国の踊りに対応した玩具の人形などが映し出された。ホールの広い空間をうまく活用している。

バーミンガム・ロイヤル・バレエ「くるみ割り人形」

バーミンガム・ロイヤル・バレエ「くるみ割り人形」平田桃子(金平糖の精)、マチアス・ディングマン(王子)©Drew Tommons
私が見た回のキャストは、金平糖の精=栗原ゆう、王子=ラクラン・モナガン、クララ=淵上礼奈。日本人ダンサーの活躍が頼もしい。
【2024年12月30日、ロンドン、ロイヤル・アルバート・ホール】
アコスタ・ダンサ『ハバナのくるみ割り人形』
元ロイヤル・バレエのプリンシパルのカルロス・アコスタは現在バーミンガム・ロイヤル・バレエの芸術監督だが、同時に2015年、若いダンサーを集めて舞踊団「アコスタ・ダンサ」(Acosta Danza)を結成し、キューバのハバナを拠点に活動している。このカンパニーの新作『ハバナのくるみ割り人形』をロンドンで鑑賞した。
『くるみ割り人形』は、ドイツやロシアの裕福なブルジョワ家庭のクリスマスを想定して演出されることが多い。アコスタはこれを、ハバナの農園の庶民的な家庭で行われるクリスマス・パーティーに作り変えた。
チャイコフスキーの音楽を、すべてラテン風に編曲してあるのが大きな特徴。生演奏ではなかったが、トレス・ギターやキューバン・リュートを使い、シンコペーションのリズムで奏でられるチャイコフスキーはノリがよくて楽しかった。
第1幕、パーティーの場面はかなりコミカルで、明るく陽気な演出。ドロッセルマイヤーに相当する「エリアス小父さん」は大型自動車(シボレー)に乗って登場し、さまざまなマジックを披露。パーティーでは、大人も子供も木製サンダルを履いてタップダンスのように踊る(注4)。くるみ割り人形は口髭を生やして帽子をかぶったキューバ革命のゲリラ兵士の格好をしている。
第2幕、お菓子の国でのディヴェルティスマンも、アコスタがそれぞれ独自に振付をしている。しかし、「金平糖のパ・ド・ドゥ」だけはクラシックの振付をそのまま使用。ゲストで元イングリッシュ・ナショナル・バレエのプリンシパル、ローレッタ・サマースケールズが金平糖の精、アコスタ・ダンサのプリンシパル、アレハンドロ・シルヴァがくるみ割りの王子を演じた。
【2024年12月10日、ロンドン、サウスバンク・センター(クイーン・エリザベス・ホール)】
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(注1)美術・衣装の新デザインは、イギリスの伝統的なコテージ・ガーデン(田舎風の庭)をテーマとしたもので、クラシックな花柄や植物文様がふんだんに使われていた。なお、仙女が物乞いとして登場するときの、藪を背負ったような衣装は、従来のイメージと異なるため好みが分かれるであろう
(注2)アリエル・スミスは、本連載第42回、第43回、第44回に続き、4回連続での登場となった。ロンドンのバレエ界でいかに活躍しているかが分かると思う。
(注3)トレパークはウクライナの「マキヴニク」(ケシの実を使ったクリスマスを祝うロールパン)、あし笛の踊りはドイツの「マジパン」、メール・ジゴーニュとポリシネルたちの踊りは英国の「リコリス・オールソーツ」(カラフルなキャンディー)、花のワルツは「バタークリームの薔薇」、そして金平糖の精のパ・ド・ドゥは「シュガープラム」(クリスマス定番の砂糖菓子)という趣向。これらのお菓子は、クララがパーティーのためにドロッセルマイヤーの経営する菓子店で購入したという設定である。
(注4)木製サンダルを履いた踊りは、キューバのフォークダンス「チャンクレタ」を元にしている。また、アシュトン版『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』の木靴のダンスへのオマージュも感じられる。
★次回はロイヤル・バレエの『オネーギン』などをレポート。更新は2025年3月15日(土)の予定です