文/海野 敏(東洋大学教授)
第2回 グラン・フェッテ(2)
■美しいグラン・フェッテの条件
『白鳥の湖』や『ドン・キホーテ』など古典全幕バレエを何度も見ている方は、ダンサーによってグラン・フェッテ32回転の印象がずいぶん違うのをご存知でしょう。もちろん、バレリーナの身長やプロポーションなど身体条件の違いもありますが、ここではテクニックのみに注目して、美しいグラン・フェッテの条件を考えてみます。
ダンサーにとっては長く苦しい鍛錬が必要なのですが、鑑賞者の視点で美しいグラン・フェッテを語ることは、さほどむずかしくありません。簡単に言えば「均整がとれていて、安定していて、立体感があること」です。もっとも、これはグラン・フェッテにかぎらず、クラシック・バレエのポーズとパのすべてに言えることです(バレエの様式美の原理については、この連載でいずれお話したいです)。
参考記事:バレエカレッジ特別講座「鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!」
まず、美しいグラン・フェッテは軸脚(通常左脚)が安定しています。ポアント(爪先立ち)の位置が、回転するにつれてふらふらと移動してしまうのは好ましくありません(技としての移動は後述します)。軸脚と動脚を振りのばしたときの角度は、45度以下ではせせこましく感じられ、90度つまり水平に近い方が広々として立体的に見えると思います。ただし、これはメソッドの違いや、回転速度、合わせ技にもよるので、90度より小さいから美しくないとはかぎりません。
胴体は、体幹を貫く垂直軸と骨盤の水平面が、回転中つねに保持されているのが理想です。また両肩を結ぶラインが水平に保たれているのも美学的な理想ですが、これは世界のトップダンサーでもむずかしいです。両腕では自然な感じの曲線を造り、抱えた空間のボリュームを保っていると優雅に感じます。
頭部は、顔を客席に向けている時間が長く、後頭部をなるべく観客に見せない方がメリハリがつきます。顔をできるかぎり正面を向き続け、ぎりぎりですばやく回転させて胴体に追いつかせることを「顔を付ける」と言いますが、この動作がグラン・フェッテの美に厚みを加える気がします。
リズムも大切です。2拍で1回転のリズムが音楽とぴたりと合うことで、グラン・フェッテはいっそう輝きます。
■グラン・フェッテの速度と応用技
グラン・フェッテは、ふつうアレグロ(1分間120~168拍)で演じられます。しかし、バレエ・コンサートでは、オーケストラがグラン・フェッテの部分だけ演奏を加速させて、ものすごいスピードで回転することもあります。筆者は、ニーナ・アナニアシヴィリがプレスト(1分間168~200拍)で踊るのを見たことがあります。
グラン・フェッテには応用技がたくさんあります。
第1に、軸足の踵を上げたままの連続回転です。回転するとき爪先立ち(ポアント)になりますが、ふつうは1回転ごとにいったん踵を着地するところ、踵を上げたまま一度にぐるぐる2回転以上してから着地する応用技です。2回転をダブル、3回転をトリプルと言い、32回転にダブルを数回はさむ演技はもうおなじみになりました。
さらに4回転以上できるスーパー・テクニッシャンもいます。筆者がこれまでに目撃した最高数は、ジェニファー・ゲルファンドの6回転です。映像では2018年、まだ十代の大矢夏奈さんが『パキータ』のコーダで、冒頭7回転のピルエットから入り、グラン・フェッテも途中5回転を入れている映像が、バレエファンのあいだに拡散しました。
©️Młody Duch Tańca / Youth Spirit of Dance
第2に、回転しながらの移動です。グラン・フェッテはポアントの位置をずらさず定点で行うのが基本ですが、回りながらなめらかに移動する技もあります。客席へ向って前方へ進む技と、上手奥から下手前へ舞台を横切って進む技があり、後者はマルシェ・アン・ディアゴナルと言います。
第3に、回転しながらの方向転換です。1回に360度以上回って胴体の向きを少しずつ変えてゆき、何回かで正面に戻る技で、シャンジェ・ディレクシオンと呼ばれています。例えば、420度ずつ回転すると、6回で正面に戻ります。
第4に、両腕の変則的なポジションです。通常のグラン・フェッテでは、両腕は横に伸ばした位置と胸の前で輪を作る位置を往復しますが、応用技として、両手または片手を腰にあてる、両腕を水平に伸ばしたまま動かさない、片手を頭上に掲げるなどのパターンがあります。
最後に、グラン・フェッテは左脚を軸にした右回りがふつうですが、右脚を軸にした左回りを得意とするバレリーナもいます。
(発行日:2019年5月25日)
次回は…
第3回は「ピルエット」です。グラン・フェッテとならぶ華麗な回転技ですね。発行予定日は、2019年6月25日です。
第4回は「グランド・ピルエット」を予定しています。