“Contemporary Dance Lecture for Ballet Fans”
ダンスと舞台美術〜最大の強みを生かし切れぬ人のために〜
舞台美術は、日本のダンスの最も弱い部分のひとつといえる。
ダンス教育もダンサー自身も、身体の動きを重視するあまり、舞台全体の演出デザインに重きを置かない人・理解しようとしない人が多いのだ。
だが舞台空間の多くを占める舞台美術は、当然、作品の出来に影響を与える。
なかには舞台美術が作品そのもの、といえるものまである。
ここでは「ダンサーに力を与え、ダンサーの力を受けて作品をさらに輝かせていく舞台美術」の本当の力を掘り下げていこう。
若いダンサー達のケーススタディたらんと、今回はとくに魅力的な舞台美術の実例を多めにした。そして編集部も過去最多の映像資料を貼ってくれた!
世界のダンスフェスから選び抜いた、オレ以外にはできないであろうラインナップなので、ガッツリと読んでいってくれ!
重要だが、省かれることも!?
●舞台美術、それはデカい
ロマンティック・バレエにおいては設定が宮殿や深い森の中が多く、妖精や魔法がバンバン出てくるので、舞台美術が貧相だと一気に学芸会感が増してしまう。
とはいえ昔の日本は、バレエといえども書き割り(絵)がほとんどで、一流バレエ団の来日公演でも日本用に作った美術での公演が普通だった。
しかしNBS 日本舞台芸術振興会によるいわゆる「引っ越し公演」すなわちダンサーのみならず海外の一流劇場で使われている舞台美術ごと日本に運んできて、現地で見るのと変わらない公演が始まると、そのあまりの違いに日本のバレエファンは衝撃を受けた。
一流の舞台は一流のダンサーだけではなく、やはり一流の衣裳や舞台美術とともに成り立たせていくことを目の当たりにしたのである。
現在の日本では、舞台美術も大幅に改善されて、海外の一流バレエ団と遜色のない衣裳や美術のバレエ団も増えている。また舞台美術専門のレンタル会社もあり、お財布にもエコにも優しい環境が整えられてきた。
ちなみにこの「引っ越し公演」が、ホテル代の高騰や税制の変更によって継続不能になりそうな窮状をNBSの公式サイトで訴えているので、財政的に余裕のある人はよろしく頼む。
●マリウス・プティパ『ラ・バヤデール』の神殿崩し
もともとバレエは1841年初演の『ジゼル』の時代から、この世ならぬ者の浮遊感を出すため、あるいは観客を驚かせるために、ダンサーを宙吊りにして空中を移動させるなどのスペクタクル演出は普通にあった。
しかし特筆するべきは『ラ・バヤデール』のいわゆる「神殿崩し」だろう。
領主の娘ガムザッティは、恋敵である寺院の踊り子(ラ・バヤデール/バヤデルカ)のニキヤが毒蛇に噛まれて死ぬよう仕組んで成功させ、勇士ソロルと結ばれる。その結婚式は神の怒りに触れ神殿ごと大崩壊をおこし、すべてが瓦礫の下に葬られてしまう。
こういうラストは歌舞伎でも「屋体崩し」といって、舞台の見せ方のひとつとなっている。
ソロルは、勇士の割に目の前でニキヤを襲う死の罠を見抜けず、打ちひしがれてアヘンを吸って逃げ込んだ先が「影の王国」(第5回で解説)……かなりのボンクラだ。
最後に首謀者のガムザッティと共に瓦礫の下敷きになっても、まあしょうがないかなという気にはなる。
だがこのラストの「神殿崩し」は省略して上演されることも多かったのである。
だって準備とか大変だし。
そもそもソロルとニキヤは「影の王国」で再会を果たしており、いちおうドラマ的には悲恋ながらも一段落しているのだ。
「スペクタクルのせいで恋の余韻が吹き飛んでしまう。最後の神殿崩しは、蛇足なのでは」という考えも、まあ筋は通っている。
●ローラン・プティ『若者と死』のパリ市街
こういうことはよくあって、ローラン・プティの代表作のひとつ『若者と死』も同じ目に遭っていた。
若い青年画家の苦悩を描いた傑作。初演のジャン・バビレ以降、ミハイル・バリシニコフなど男性ダンサーなら一度は挑戦してみたくなる魅力に溢れた作品だ。
恋人から拒絶され、パリの屋根裏部屋で絶望して死を選ぶ青年画家。すると恋人は髑髏の仮面をかぶって死の使いとして再び登場する。そして仮面を青年にかぶせ、青年を追い立てるように後ろから指をさすのだ。
この最後のシーンで屋根裏部屋のセットはすべて吊り上げられて飛んでいってしまう。舞台美術のジョルジュ・ワケヴィッチは、背後にネオンきらめく華やかなパリの街並みを出現させ、その上を青年に歩かせたのである。
青年はあれほど焦がれた恋人にもパリにも受け入れられることなく、独りで死への道を登っていく……狙いはなるほど理解できる。
ただこれも観客としては、青年が悲しみにのたうち回り苦悩が極まって自死してしまう姿で、もう相当におなかいっぱいになっている。
屋根裏部屋のままで幕が下りても、かえってじっくり余韻にひたっていられたのだった。
もっとも日本人は原典を大事にする気風があるので、比較的ラストもちゃんと上演することが多かった印象だけれども。
4つに分ける舞台美術の効用
さて舞台美術の効用を、ここではこのように分けてみる。
- 〈舞台美術の効用〉
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- その1:舞台美術は世界を作る
- その2:舞台美術は時間を作る
- その3:舞台美術はコンセプトを作る
- その4:舞台美術は動きを作る
それぞれについてみてみよう。
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