“Contemporary Dance Lecture for Ballet Fans”
多文化時代のダンス(バレエ編)〜それは伝統的表現か、差別なのか〜
バレエはフランス的・ロシア的などいろいろあっても、基本的に一本の大きな太い流れがある。
どこの国であれ、バレエといわれれば『白鳥の湖』や『ジゼル』など、ほぼ共通の作品のワンシーンが頭に浮かぶだろう。
しかし「コンテンポラリー・ダンス」といわれて、これ、と共通のビジュアルはなかなか浮かんでこない。
それは『〜食わず嫌いのためのコンテンポラリー・ダンス案内〜 第0回』でも書いたように、コンテンポラリー・ダンスとは特定のダンスのスタイルを指したものではなく、「限りなく広がってしまったダンススタイルを総称するもの」だからだ。
こうなった原因のひとつは、コンテンポラリー・ダンスが演劇や映像や建築など様々なアートを取り入れ、そして伝統舞踊や民族舞踊、流行のダンスなどと、なかば無秩序に融合しながら表現領域を広がっていったためである。
そうやって「外部」からの刺激がダンスを活性化してきた。
しかし「外部」への知識不足や無理解、あるいは世の中の移り変わりとともに、いくつかの表現が「差別」につながると批判されることがある。
今回はそうした「外部」への広がりと、差別につながる表現について、2回にわたってみていきたい。
今回はバレエについて見ていこう。
特に近年は長く普通とされてきた伝統的な表現が「差別的」だと指摘され、世界の有名バレエ団からの声明が相次いでおり、最もホットなトピックのひとつとなっているのである。
バレエの中の伝統舞踊・民族舞踊
●植民地時代と重なる
クラシック・バレエはヨーロッパやロシアを中心に発達してきたが、様々な国や地域の文物を採り入れた作品も多い。
『ラ・バヤデール』や『海賊』のような、ヨーロッパ人にとっての「異国」が舞台になる作品もあれば、『くるみ割り人形』『眠れる森の美女』のように劇中のディヴェルティスマン(余興)として多彩な国をモチーフに踊られるものもある。
これらはバレエに華やぎを与え、趣向を凝らしたダンスを楽しめるので、バレエの大切な醍醐味となっている。
ただこれらの時代背景には、ヨーロッパが世界中に展開していた植民地政策がある。
バレエが発達した時期と、植民地の拡張時期は、ぴったりと重なるのである。
15世紀後半から17世紀後半の大航海時代にいち早く冒険に乗り出したスペインとポルトガルが巨利を得た。アステカ帝国やインカ帝国は滅亡し、戦国時代の日本に布教&貿易にくるほどだった。
17世紀からは没落するスペインやポルトガルと入れ替わるように、イギリスやフランス、オランダ等が台頭してくる。ロシアも周囲のスラブ諸国を併合して18世紀にはシベリア、そして南下政策で清(中国)やバルカン諸国、トルコへ触手を伸ばす。
バレエが発達したのは、17世紀のルイ14世以降。これは世界各地を植民地化するぶんどり合戦が始まり、ヨーロッパにもたらされた富と無縁ではない(もちろん産業革命で生み出された工業製品の発達もあるが、これも植民地を経由することで利益を生んでいった)。
舞踊史の研究者でこういうことをいう人は多くはない。しかし日本のモダンダンスが明治以降の急速な近代化と戦後の高度成長、そしてコンテンポラリー・ダンスが昭和のバブル経済と不可分であるように、ダンスが人と社会に直結している以上、経済とも関わってくるのは当然の話であり、バレエの芸術的価値を貶めるものではない。
●「未開の土地の珍品」を愛でる
こうした世相の中で、アジア・アフリカ・中東・南米など世界中に及ぶ植民地からもたらされる「未開の地の変わった文物」は、大いに人々の興味を引いた。
生活用品から芸術品まで、異国の収集物を集めて鑑賞することが流行し、「ヴンダーカマー(驚きの部屋)」 と呼ばれた。個人の蒐集部屋から始まり、やがて商業的に規模が拡大し、後の博物館の土台のひとつとなる。
そして「異国の地の変わった文化、エキゾティックな魅力に溢れた美男美女」は、ヨーロッパにはない生と性の魅力に溢れた存在として描かれた。
モノクロの写真や映像と違い、バレエの世界は絢爛豪華な色彩の世界。美しくエネルギーあふれる肢体の男女が愛憎の火花を散らす…….。
ロマン主義によって王侯貴族から妖精の世界にまで想像力を広げていったバレエは、植民地主義によって今度は「異国」(キリスト教国以外の国全部)へと「妄想の楽園」を広げていったのである。
そこで今回(前編)では、バレエを重点的に、以下のような分け方で見てみよう。
異国の描かれ方、取り入れ方の分類である。
- 【バレエの中の「異国」の描かれ方】
-
- その1:「近い異国」のバレエ
- その2:「遠い異国」のバレエ(想像)
- その3:「異国情緒」をディヴェルティスマンに採り入れたバレエ
その1:「近い異国」のバレエ
●皆が知っている「異国」
20世紀になると船や鉄道が拡充し、作家やアーティストも世界を旅行するようになった。なかでも東欧や北欧、地中海の国々など、「そんなに遠くもなく伝統舞踊・民族舞踊が生きている地域」は、手軽に行けて適度にエキゾティックな土地である。
ここならばよく理解した上で作品の舞台にでき、伝統舞踊を作中に取り込むのも容易だ。
19世紀の宮廷で大流行していたハンガリーの「チャルダッシュ」というダンスは、『ライモンダ』やポーランドが舞台の『コッペリア』等に登場する。
『ラ・シルフィード』は舞台であるスコットランドの踊りが満載だ。
バレエ・リュスにも『シェエラザード』『クレオパトラ』など数々のエキゾティックな作品があるが、ヨーロッパの観客には『春の祭典』『火の鳥』といった「ロシア物」だけで充分にエキゾティックな存在だった。
ちなみにロシア伝統舞踊の代表として「コサック・ダンス」がよく使われるが、本来はウクライナの伝統舞踊である。その昔侵攻してきたモンゴル帝国の兵の武術を採り入れて発達した物といわれている。
―― この続きは電子書籍でお楽しみいただけます ――
※この記事ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています。