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小林十市 連載エッセイ「南仏の街で、僕はバレエのことを考えた。」【第34回】旅の思い出……そして東京バレエ団「ドン・キホーテ」を観てきました。

小林 十市

ベジャール・バレエ・ローザンヌ(BBL)のスターダンサーとして世界中の舞台で活躍。
現在はBBL時代の同僚であった奥様のクリスティーヌ・ブランさんと、フランスの街で暮らしている小林十市さん。

いまあらためて、その目に映るバレエとダンスの世界のこと。
いまも色褪せることのない、モーリス・ベジャールとの思い出とその作品のこと−−。

南仏オランジュの街から、十市さんご本人が言葉と写真で綴るエッセイを月1回お届けします。

🇫🇷

ヴァカンスが近いこの時期。フランス国鉄のストライキに困惑する人も多いはず。
けれど今日は時間通りに来て順調に運転を続けている。僕はオランジュに住んでいるので、帰国する時に便利な方法はアヴィニョンTGV駅からTGVに乗って直行でパリのシャルル・ド・ゴール空港の駅まで行き(3時間と15分で着き、空港では出発まで約3時間ほどの時間がある)、そこから飛行機のチェックインをするのが一番早い。

でも、それはフランス国鉄がストをしない、していないのが条件。以前、冬休みに帰国しようとした時のことだ。僕は今日のようにアヴィニョンからTGVに乗りシャルル・ド・ゴール空港へと向かっていた。途中黄色いベストの人たちのマニフェストでリヨン駅で長いこと停車していた。(黄色いベスト運動は2018年11月から、労働条件の改善や政府への反発などを理由としたストライキでフランスの色々な街や場所で行われていた)飛行機の国際線は最低1時間(1時間半?)前にはチェックインを済ませていなければならない。にもかかわらず僕がチェックインカウンターへ着いたのが搭乗30分前だ! 想像していただけるだろうか? TGV車内での焦り(笑)。空港の駅に着いて走った走った(汗)。この時最高に運が良かったのはスーツケースを持っていなかったこと。約2週間あるかないかの実家滞在だったのでリュックサックひとつで来たのが幸いだった。エールフランスの係員に最初はもう遅いですと言われたけれどスーツケースを持参していないと知ると「急いで!」と通してくれたのでした。けれど搭乗口に来てみたら!?! 自分が予約した席に既に人が座っているという!! そして満席状態でビジネスクラスも空きがない。なのでどうにも僕を乗せる事が出来ないのだというではないですか!! ここまで来て日本へ帰れないのか? そう諦めかけた時「乗客で一人具合が悪くなり、飛行機を降ります」という。「なのでエコノミークラスだけどその席へどうぞ」と!(僕はこの時プレミアムエコノミーを予約していた)機内に入り座席に着くと通路側でとりあえず良かったと腰を下ろした……けれど何故? その誰かは具合が悪くなったのだ? と考えてしまった。本当に降りたっぽいと思ったのは、どうもその人のスーツケースを飛行機から出しているようで、その後しばらく待機していたから。ある種の狐につままれた感はあるものの、自分は強運だと思ったのだった……。

そんなことがあったので、それ以来帰国するときはマルセイユ空港からパリで乗り継いで行く方法をとっていた。(マルセイユの時はクリスティーヌの車で1時間くらいの距離。まあアヴィニョンTGV駅まで行くのもクリスティーヌの車だけど家からはこちらのほうが近い)

現役時代から移動はしょっちゅうしていた。なのでいろいろな国の空港も知っていたし、旅は慣れているつもりだった。あれはいつだったか? 僕がまだベジャール・バレエにいた頃。やはり冬休みで帰省中だった。年が明け、3日だか4日だかの頃パリ経由でジュネーヴ、そしてローザンヌまでの帰路。この時パリでは記録的な積雪が続いていた。まずパリ空港付近の上空で長い間旋回して、「大雪で着陸できないのでロンドンのヒースロー空港まで行きます」となった。ヒースロー空港に着陸すると乗客は降りられないので機内で缶詰状態に。僕はこの時、マイルで往路か復路をビジネスクラスにアップグレードができ、ちょうど復路をビジネスクラスで取っていたのだ。なので窮屈な思いをせずに待つことができた。しかもキャビンアテンダントにナンパされ!? 何かダンサーという僕に非常に興味を持ってくれたようで、結構いろいろなことを聞かれずっとその人としゃべっていたんです。(まだ二重顎やお腹も出ていなかった頃だし……なにそれ)

そしてその時その人に、同じ機内に三浦友和さんと山口百恵さんが乗っているんですよと聞き、チラッと覗きに行きました。

ヒースローには3時間ほど停まっていてそこから再びパリ、シャルル・ド・ゴール空港へ飛んだ。この時点でジュネーヴ行きの飛行機には乗れないのがわかっていたし、実際飛んでいたのかどうかも今となっては定かではない。さてとりあえず着陸はできたけれど、そうとうな混雑で飛行機がゲートへ着くまで2時間かかった。そこから一連の流れで入国審査があってスーツケースを取りに行くのだがそこでも1時間以上待ち、けれども一番最初に出てきたスーツケースは三浦夫妻の物であった。(控えよ一般人たち!)

さて、乗り継ぎできなかった乗客たちは、日本航空が割り当てた空港内のホテルへ移動することになっていた。そのミニバスを待つこと更に1時間以上! その時、翌日の飛行機の行き先と時間も貼り出されていた。
僕のジュネーヴ行きは昼の12時何分かだったので、充分な時間があった。

ホテルの部屋に着いたのが夜中の1時過ぎだった。ゆっくり湯船に浸かったのを覚えている。ゆっくりできない可哀想な人たちもいて、朝の6時出発の便とかもあった。

さて翌日。再び空港のチェックインカウンターへ。とりあえず飛ぶらしい。
すべての手続きを終えてゲートで搭乗する時を待っていた。すると……今度はジュネーヴで雪! そのせいで飛行機がキャンセルに! そこからスーツケースを取り戻し、僕は真っ直ぐ空港の駅へ行き、パリ市内のリヨン駅へ向かった。リヨン駅もすごく混雑していた。そこでローザンヌ行きのTGVの空きを確かめ、なんと最後の座席を確保し無事にローザンヌまでじつに48時間かけてたどり着いたのでした。

この話、久しぶりに思い出して、思い出していく過程で以前どこかに書いたっけ? って思ったんですけどそんなことなくて、もしかしたら何かのトークショーで話したかもしれない? って。すごく誰かに話したって思い出があるので(笑)。

今のところTGV順調です。ここ10日間くらいフランス各地で猛暑日が続き、昨日もフランス国鉄からメールで「水の用意を忘れずに!」っていうのと、猛暑で少し運行状況に支障あるかも? とあったので心配していたのですが……。この分なら余裕でしょう。

さて今回の帰国は東京バレエ団にてベジャール作品の指導をするため。前回のDance Dance Dance @ YOKOHAMA 2021以来の日本です。この記事が掲載される6月27日から稽古が始まるので、それまでに何か書かないと!(笑)

前にもありましたけど移動中に文章を書く作業は結構好きですね。あっという間に時間が過ぎるので。(書いては読んで書き直しとかしているので……)

もうすぐパリのユーロディズニーがある最寄りの駅、Marne-la-Vallee Chessyに着くはずです。そうすれば次がシャルル・ド・ゴール空港第2ターミナル駅。

それにしても去年のコロナ禍の時よりもやはり人は増えてますね。チェックインしてからの手荷物検査とか並ぶし、なんかピリピリしてる人もいるし、面倒だし、穏やかではない……。搭乗してから離陸まで約1時間待ちました。これも他の飛行機の離着陸が多く管制塔からの指示待ちとかの理由で。

日本到着!
みなさんは厚生労働省が薦めるアプリケーションで、MySOSというのをご存じですか? そのアプリに個人情報、質問票、誓約書、ワクチン接種証明書、搭乗72時間前のPCR検査の陰性証明などを予め事前登録すると、そのアプリケーションの画面を見せるだけで入国審査が素早くできるんです。去年はまだ帰国後に自宅待機を14日間求められ、そのアプリに毎日連絡があったりとかしました。幸い僕はホテル滞在を経験しなかったですけど、到着して3日から6日間のホテル滞在をした人もいましたね。

なので飛行機を降りてから、相変わらず結構歩くんですけど、アプリを見せて入国審査を済ませ、スーツケースよりも早く出られました。

でも日本はまだまだマスクの着用が義務付けられているんですよね? フランスだと医療機関以外はマスクの義務付けがなくなっているので、それでもマスクをしている人は数人見かけますけど、ほとんどの人は着けていないです。

東京はまだ梅雨明け前で、ちょっと蒸す感じですが雨もそんなに降らないし、でもこれから暑くなるってニュースで言ってましたね。

機内でスティーヴン・スピルバーグ版『ウエスト・サイド・ストーリー』を観たんですけど、踊りが皆シャープでダイナミックでエネルギッシュでいいですよね。ベルナルド役の人のパッセ・トゥールがすごく印象に残っています(そこ?)。カメラちょっと下から撮ってったかな? ポンって跳んで空中にいる感じがカッコよかった。1回巻き戻して見ちゃった。あとブロードウェイミュージカルを映画化した『イン・ザ・ハイツ』も観ました。歌って踊れてって最高ですよね。

僕は、中学校の卒業アルバムに「自分はアメリカへ行ってミュージカルスターになるんだ!」って書いたんですよね……恥ずかしいけど今言うの。留学中はほぼすべてのミュージカルを観に行きました。タップも習ったりしたなあ……。

そういえば中学3年生の時の修学旅行の余興で、自分と他に2人で、シブがき隊の「ZIG ZAG セブンティーン」という曲で、自分が振付とちょっと歌をアレンジして披露したんです……恥ずかしいけど今言うの。歌って踊ってはそれ以来ないですが、人を楽しませることはいつも好きでした。ああ、自分が出演した『グッバイ・チャーリー』と『カラミティ・ジェーン』という音楽劇がありましたね。あの2つのお芝居も楽しかった思い出♪

では、もう少し旅の思い出話を。

1990年。ベジャール・バレエに入ってから初めての日本公演! 当時まだ60数名のダンサーがいたので、移動も2つか3つのグループに分けての移動だった記憶。その頃の飛行機にはエコノミークラスが2階にあるタイプの機体があって、その時ダンサーたちは皆2階席にまとめて詰め込まれた感じだった。それで毛布と枕を持って空いている床で横になったりしていたんですけど、今はそんなこと許されないですよね?(笑)なんか昔のほうが規制がゆるかった感じはしますね。

あと、その来日公演でのすべての公演を終えて、ベジャールさんの作品『モーツァルト・タンゴ』で踊ったタンゴのチームだけ残り、あれは確かデザイナーの花井幸子さんのためにどこかのホテルで踊った記憶。それが終わってスイスへ戻る便で、まだその頃は機内に個人用画面なんてない時代で、映画は大きなスクリーンに映し出されるタイプだった。その時やっていたのが『タイタニック』で、冒頭部分ではおばあさんがしゃべっていて昔を回想する場面で、そこから僕は寝てしまって、起きた時にはまたそのおばあさんが喋っていた(笑)。なので真ん中部分の映画を全然観ていなかったという……。でも今調べたら『タイタニック』は1997年の映画なので、そうするとその記憶は1998年の来日公演の時になる! その頃も個人用画面って無かったんだ? 1998年の時は日本からスイスに戻って、エビアンで1公演だけあってシーズンが終了し、その後夏休みで再び日本に戻ってきたんですよね。今だったらそんな疲れるようなことはしないですけど(笑)。あとこれは1994年の来日公演の時にバレエ団と一緒にいたフランス人のサクソフォニストがパスポートではなくフランスの身分証明証で来てしまい、案の定入国できず折り返しフランスへと飛んで帰ったという……。ジュネーヴ−パリ間はそれで通過できてしまったので気が付かなかったらしいです。

最後に、2001年にモントリオールへ行った時に、もう直ぐ着陸しますよという時に一部のダンサーたちの間で枕投げバトルになって、それが最終的にBBLグループ全員での大騒ぎになり、最初笑っていたキャビンアテンダントも怒り出し、周りの乗客にも迷惑をかけて大変なことになりました。ベジャールさんはファーストクラスで前のほうにいたので知らなかったと思うんですけど、んー、でもベジャールさんにその後なんか言われたとか怒られた記憶ないんですよね……。航空会社からは怒られたみたいです、ジェネラルマネージャーが……。

まあ、こんな話で終わるのもなんですからもう一つ。

さっき花井幸子さんのサイトを拝見して、経歴のところを見まして、そこに1990年に「Ve Vue」ブランドを発表ってあるんですね、たぶんそれを記念しての会だったのでしょうか? そう思うのですが、ホテルの大きな会場に舞台設置して、そこでタンゴを踊ったんです。ヨーラン・スヴォルベリがいてミッシェル・ガスカールにケヴィン・ヘイゲン、パトリック・ド・バナにレイモン・フラワーズ、マーティン・フレミング、そして自分。だから7人か。記念品でマグカップを頂いたのですが、今でも持っています。確かそのカップの裏に「Ve Vue」って書いてあったような……。

ローザンヌからだと空の玄関はほとんどジュネーヴ空港でしたね。たま〜にチューリッヒの空港を使っていたけど。本当にいろいろな国に行きました。90年代の自分のパスポートにはスタンプがいっぱいだったから。みなさんは全部のページって使い切ったことありますか? 僕は一つの10年パスポートで全ページスタンプだらけってあります。

今日は、恩師である小林紀子先生・功先生のところへご挨拶に伺い近況報告。

そして連載用に写真が無いじゃないか! と思う。(空港の駅で撮った2枚だけ)
それを母に言ったら「ウルトラマンの写真でも載せればいいじゃないの」と!
まさか〜載せるわけないじゃん!……って言ったんですけど……。

ジャーン! シン・ウルトラマン・ボレロ(笑)
(僕は帰国してから「シン・ウルトラマン」の映画を観て、それ以来フィギュアで写真を撮って遊んでいた)

いや、ちゃんと連載用に何かないかな? と、東京文化会館へ赴きました。
でもってセルフタイマーで1枚!

いいえ、別に写真を撮りに来たわけではなく、今回帰国してから「都合の合う時に観に来てください」とお誘いを受けたので、東京バレエ団の『ドン・キホーテ』を観に。

そして、たまたま選んだ日が、なんと! 5月に逝去された飯田宗孝先生の四十九日にあたる日でした。

本番前に、芸術監督である斎藤友佳理さんがダンサーたちを集め、円陣を組んでみんなで飯田先生に想いを馳せました。その場にいられた自分。キューピーさん(飯田宗孝先生の愛称)に呼ばれたかもしれないと思い感慨深い瞬間でした。
客席について舞台を眺めた時に、前回ここで金森穣くんの作品『かぐや姫』で舞台に立たれていた飯田先生が目に浮かびました。

『ドン・キホーテ』全幕を生で観るのは、留学時代以来!? ABT(アメリカン・バレエ・シアター)の『ドン・キ』を観たのが最後だったかもしれない。

いやあ、とても良い公演でした! 観ていて飽きないし楽しい。
思ったのが、東京バレエ団のみんな、舞台回数をこなしているからか踊りに迷いがなく思い切りが良い! 踊りも大きい!
とくに主役の2人、秋元康臣くんと、涌田美紀さん! とても良かったです♪
闘牛士たちも!

そして観ていて思わずにやけてしまったのが、エスパーダの宮川新大くん、ジプシーの娘の伝田陽美さん。(スケールの大きな踊りを観た時にニヤってしちゃうでしょう?)

フランスだと今なかなかこういうちゃんとしたクラシック・バレエって観られないのかもしれない? と一瞬思いましたが……。
いや、自分が知らないだけか……。パリ・オペラ座バレエはもちろん、トゥールーズのキャピトル・バレエ、ボルドーのオペラ座、あとどこ? コンテンポラリーはたくさんやってるけどね。

ということで、クラシック・バレエの後はベジャール作品もよろしくお願いします!
みなさん、来月の東京バレエ団「ベジャール・ガラ」、お楽しみに!

今月もお読みいただきありがとうございます♪

小林十市

★次回更新は2022年7月27日(水)の予定です

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元ベジャール・バレエ・ローザンヌ、振付家、俳優。 10歳より小林紀子バレエシアターにてバレエを始める。17歳で渡米し、スクール・オブ・アメリカン・バレエに3年間留学。20歳でスイス・ローザンヌのベジャール・バレエ・ローザンヌに入団。以後、数々の作品で主役をはじめ主要な役を踊る。2003年に腰椎椎間板変性症のため退団。以後、世界各国のバレエ団でベジャール作品の指導を行うほか、日本バレエ協会、宝塚雪組などにも振付を行う。また舞台やテレビ、映画への出演も多数。

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