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小林十市 連載エッセイ「南仏の街で、僕はバレエのことを考えた。」【第29回】スマホを置いて、SNSから離れて。

小林 十市

ベジャール・バレエ・ローザンヌ(BBL)のスターダンサーとして世界中の舞台で活躍。
現在はBBL時代の同僚であった奥様のクリスティーヌ・ブランさんと、フランスの街で暮らしている小林十市さん。

いまあらためて、その目に映るバレエとダンスの世界のこと。
いまも色褪せることのない、モーリス・ベジャールとの思い出とその作品のこと−−。

南仏オランジュの街から、十市さんご本人が言葉と写真で綴るエッセイを月1回お届けします。

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「Qu’est ce que tu vas prendre comme bonnes resolutions cette annee?(今年の抱負は?)」とクリスティーヌに聞かれ、反射的にパッと答えたのが「rester calme(落ち着くこと)」……だった。落ち着くといっても行動とか身体的なことではなく、どちらかというと思考を落ち着けることだよなと後に思う。

12月31日から日付が変わり2022年1月1日になったのに何の特別な感情も湧かず変わりなく生きていている。
毎日思考だけが過去や未来に飛び「今」という時をぼかす。僕は「舞台」という幻想を追っている時がいちばん「生きている」感覚があるのに、この日常での自分は何を思いどこにいるのだろう?

いつもではないけれど、ちょっと不安定な自分の在り方に困った時に使うオラクルカードを持っている。「日本の神様カード」というもので、定まらない精神状態の時に神様からアドバイスをいただくのだ。なので今回も深呼吸し心を落ち着けて聞いてみた……。僕は質問を心で唱えてカードを切る、すると必ず1枚落ちてくるというかカードの束からスッと出てくるのだ。

出てきたのは「宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)」カードだった。
そこにはこう記されている。「ただ見よ。風を見、季節を見るのです。感覚を開いて、眼力を身につけなさい。全てに季節があります。いつ何をすればよいかがおのずとわかってくるでしょう。」と。

パッと浮かんだのは「インスタグラムとツイッターをやめてみよう」ということだった。
じつは12月にもインスタはしばらく控えようと思っていたんだけどできなかった。そう思ったのには娘のことが関係している。あれは10月だったか? クリスティーヌから連絡を受けて話を聞くと、娘が涙ながらにこう言ったのだ。「自分はスマホ依存症で、何に対しても無感情な反応しかしない自分が怖くなった。だからSNSを控えたほうがよいだろうと気がついた」と。そんなことを思うんだ!? という驚きと共に娘の成長に感心したのだけど、僕が日本から戻った11月後半にはすでにそんな感じではなくなっていて、普通にスマホを使う娘がいた。そしていまもクリスティーヌと娘の間では「スマホを置け!」バトルが繰り広げられている。

きっとどこの家庭でも一緒ではないだろうか? いまの時代、子どもたちが外で遊ばなくなった率が昔から比べると高い気がする。外で遊ぶ=五感を研ぎ澄ます、ことにも繋がると自分は思う。外へ出て何かを感じとるというのは、自分が引いたカードが告げる「ただ見よ」というところへ繋がる気がする。だから僕はSNS断ちをしようと決意をした。とりあえずインスタもツイッターもこの連載が掲載される1月27日まで封印!と始めてみたけれど、最初の数日はスマホを触ると無意識にインスタアイコンを開いてしまい慌てて閉じるということを数回繰り返し、自分がいかにインスタグラムに依存しているかがわかった(笑)。なので毎朝、母と弟に朝の挨拶をし、メールをチェックしたら、あとはスマホを見ないようにした。不思議だ、昔はスマホなんか持っていなくてこうだったのに、いまこうしてインスタを見ないだけで何の情報も入って来ず、自分が世界から遠く離れて孤立してしまった感じがして不安になる。

僕は庭に出て刀を持ち呼吸する。自分に集中しよう。自分の宇宙を探索する旅に出る。

僕は真面目な昭和男児なのだ……きっと。
ヨーロッパでの生活が長いけれど、つねに昭和な日本人が自分のベースにある気がする。
祖父の影響。落語、剣道、居合道、大きな器、思いやりとユーモアと自然体。

ベジャールさんの持つ「ジャポニズム」的なものに僕はピタッとハマったのかもしれない。
三島由紀夫の本を読んだことだとか、瞑想をすることだとか、輪廻思想だとか宗教だとか禅だとか伝統だとか、僕の中にあるのはすべてベジャールさんの影響からだ。

魂はグループで生まれ変わると何かの本で読んだことがある。
過去生において、ベジャールさんと僕はお互いにどこかの藩の侍だったのかもしれない。
そこでは僕がベジャールさんの魂に「刀は腕で斬ろうとするのではなく肩で斬る。もっと言えば股関節で斬るということだね、股関節には上半身と下半身をつなぐ部分があり丹田に力をためる。股関節から反射指令が肩に伝わって肩関節で斬り下ろす。これが自然の体の働きなんだ」と教えていたかもしれず、そして現生においてベジャールさんが僕に同じことを教える。ベジャールさんよく言ってたなあ、「丹田」って……。

もっといろいろ聞いておけばよかったと後悔することが多い。あんなに近くにいたのに、あんなにツーショットも撮ったのに(笑)、あんなに多くの作品を作ってもらったのに。いつも明日があると思うからいけないんだ。

デジャヴというのは、その魂が同じ生を繰り返すから起こる現象ではないか? 時は過去から未来へ流れているわけではなく、時は一つのものとして存在し、魂は必要な人生にその都度アクセスし生まれ変わり経験を積む……とすれば少しだけ後悔したことを変更できる可能性が生まれたりするのではないだろうか?
今度は少し大人になった自分をベジャールさんに見てもらいたい……なーんて思ってもそれはわからない。わかるのは自分が亡くなったら真っ先に師匠の元へ行き「バカですみませんでした!」と謝ることだ(笑)。

空(くう)を見つめる……空を見つめる時間が増えた。普段ならインスタでもやっているであろう時間に(笑)。本棚の前に立つ。いままで読んだ本のタイトルを見るだけで思考の旅ができる。でも僕の目的は精神の雑念を鎮めるところにあるわけだから思考さえも消し去りたいのだ。

人は満たされている時が試されている時なのだ。

さて、自宅スタジオでの(居間空間)個人レッスンが始まった。
元オランジュバレエスクール生徒2人。いまのところ毎週水曜日。こんな感じでも充分良いのだそうだ。あとは看護師さんをしている元オランジュバレエスクール大人クラスの人が1人。
どんな感じになるのかなあ? と思っていたがレッスンし始めるとわりといつも通りだった(まあそうだよね)。ただ自分的には自宅なので「仕事モード」に気持ちを転換するのが難しくつらい。やはりバイクに乗ってスタジオへ行って準備して受入体制を作ったほうが割り切れる。

なので「じゃあ毎週お願いします」と言われても困るわけなので、レストランへ行くようにその都度、その時のメニューで、その時支払いで、とつねにその時一回きりというのが理想。だってスタジオをやっている時とは違うのだから。僕はあるシチュエーションに束縛されず自由に動き回りたいのだ。

ペガサスだから(動物占いってありましたよね)。

僕は庭に出て刀を持ち呼吸する。

今月はミストラルな日が多い。かなり強め。
ミストラルとは、フランス南東部に吹く地方風。
アルプス山脈からローヌ河谷やデュランス川流域を吹いて加速度を増し、カマルグ周辺の地中海に吹き降ろす寒冷で乾燥した北風である(ウィキペディア参照)。

そうなんです。だからとても冷たい。気温が2度でも体感温度マイナス4度とかってなる。そんなミストラル。
その突風が庭の木の枝を折った。
やれやれ、どうするのこれ? 自分がこのあと始末しなきゃならないじゃないか!
庭仕事。苦手。面倒。
このミストラルで犬の排出物も乾燥してコロコロだ……すくったシャベルから転がり落ちる、そして僕は言う。「くそ!」

先月、パリ・オペラ座の公演でシャロン・エイアルさんが振付けた『牧神』を踊るマリオン・バルボーを観た時、彼女をインスタでフォローをしているので何かテレビに出ている人を生で観た時の感動に近いものがあった。インスタってそういう意味ではテレビのような影響力もあるのだろうなあと思う。いまではほとんどのアーティストが使っているツールな気がする。

ダンサーとスマホ。問題点があるのも事実。
例えば僕もそうなんだけど、稽古を録画して自己完結してしまう人が多いかもしれない。

指導者としても活動する自分としては皮肉なことだけど、ダンサーとしての自分の言い分は、自分の良し悪し含め安心できるから!?ではないか? 指導者が信頼できないわけではなくそれが自分の趣味趣向でインスタ映えするかしないかの判断に近いかもしれない……わからない、適当に言ってます(いうな!)。

画面越しに見るものがすべてではないわけで……だから五感を研ぎ澄ますという行為は大事なのかもしれない。稽古風景を撮らない・記録しないと決めて稽古するのと、撮ってあるから後で見れば大丈夫っていう意識で踊るのには、大きな差があると思う。脳のフル回転。肌から感じる。空間を、相手を、感じ、見て、指先ひとつの動きや、とても繊細な小さなことを感じながら踊る。

ね、そのほうが素敵な感じがする。

スマホを置いて、時間を気にせず歩いてみよう。
きっと何か感じることがあるはず……。

とはいうものの、僕はこの連載が掲載される1月27日にはインスタ復帰するつもりでいる。(知り合いの投稿にいくつもの「いいね!」をすることになるかもしれない)

「行動が極端すぎる!! ただ投稿しないだけじゃなくてストーリーも載せないしインスタそのものをやめちゃうの!?! バカじゃないの!」と娘に言われた……どうも娘の同級生で4人の男子が僕のインスタのファンなのだそうだ。回し蹴りとかピルエットとかの。「お前のトーチャンすげーな!」らしい(笑)。

でも3週間はやらないと決めたので実行する。あと数日じゃないか……。

インスタにあげるようなピルエット動画をここに。

ということで、2022年もよろしくお願い申し上げます。
今月もお読みいただきありがとうございます !

小林十市

★次回更新は2022年2月27日(日)の予定です

この記事を書いた人 このライターの記事一覧

元ベジャール・バレエ・ローザンヌ、振付家、俳優。 10歳より小林紀子バレエシアターにてバレエを始める。17歳で渡米し、スクール・オブ・アメリカン・バレエに3年間留学。20歳でスイス・ローザンヌのベジャール・バレエ・ローザンヌに入団。以後、数々の作品で主役をはじめ主要な役を踊る。2003年に腰椎椎間板変性症のため退団。以後、世界各国のバレエ団でベジャール作品の指導を行うほか、日本バレエ協会、宝塚雪組などにも振付を行う。また舞台やテレビ、映画への出演も多数。 2022年8月、ベジャール・バレエ・ローザンヌのバレエマスターに就任。

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