「I Feel the Earth Move(アイ・フィール・ジ・アース・ムーブ)」「The Locomotion(ロコモーション)」……1960~70年代のアメリカの音楽シーンを代表するソングライターのひとり、キャロル・キングの半生を数々のヒットナンバーで綴ったミュージカル『ビューティフル』が開幕した。
2013年にサンフランシスコで幕を上げ、翌年にブロードウェイへ上陸。日本初演は2017年。今年の再演は水樹奈々・平原綾香のW主演をはじめ、初演時とほぼ同じキャストが再結集しての公演となる。
開幕直前、水樹・平原それぞれの公開ゲネプロを鑑賞した。
写真提供:東宝演劇部
- 『ビューティフル』あらすじ
- ニューヨークに住む16歳の少女キャロル・キング(水樹奈々/平原綾香)。作曲家になる夢をもつ彼女は、母・ジニー(剣幸)の教師になる勧めを振り切ってプロデューサーのドニー・ガーシュナー(武田真治)に曲を売りこみに行き、認められてプロとしての道を踏み出す。大学時代に出会った劇作家志望のジェリー・ゴフィン(伊礼彼方)と恋に落ち、結婚。キャロルの曲にジェリーが詞を書く形で公私共にパートナーとなる。「ゴフィン&キング」の音楽はアメリカの60年代ヒットチャート常連の仲間入りを果たし、幸せで順調な人生はいつまでも続くかと思われた。
しかし時代は移り、音楽シーンにシンガーソングライターが増え始めると、その状況と関係は少しずつほころびを見せ始める。
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おなじみのヒットナンバーが続々と!「ジュークボックス・ミュージカル」
ミュージカルのために書き下ろした楽曲ではなく、既存曲を使った作品を「ジュークボックス・ミュージカル」という。ABBAの音楽で綴る『マンマ・ミーア!』などが有名だが、『ビューティフル』もこれにあたる。
平原綾香、武田真治
声優であり歌手活動もする水樹奈々と、シンガーソングライターである平原綾香。声質もキャラクターも違うはずなのに、舞台に立っている姿はともに16歳の、目を輝かせて「音楽でみんなを幸せな気持ちにしたい」と夢見る少女だった。子どものようにあどけない歌声、可愛らしい若き日のキャロル。70年代の音楽に乗って舞台が回転し、物語の世界へと入っていく。
水樹奈々、伊礼彼方
シュレルズやザ・ドリフターズ、リトル・エヴァなど、当時実在したシンガーたちのヒット曲が次々と生まれていくようすが描かれる。それを登場人物たちがミュージカルナンバーとして歌い上げていくたびに心が躍る。とくにシュレルズの「Will You Still Love Me Tomorrow?(ウィル・ユー・ラブ・ミー・トゥモロー)」はゴージャスで見応え充分。まさにジュークボックスに聞き入るような楽しさだ。
ドラマティックな人間模様
『ビューティフル』は演技の部分、登場人物の繊細な心の動きも丁寧に描かれている。
キャロルが「彼が私のものだなんて信じられる?」と言うほど、二枚目で自信に満ちている夫、ジェリー。伊礼彼方演じるジェリーは、ちょっとした心の機微が表情だけで伝わってくる。初々しいふたりの恋。まるでひとつの楽器のようにぴったり寄り添い、音楽を作る。
平原綾香、伊礼彼方
キャロルは妊娠し、結婚。キャロルとジェリーは次々とヒット作品を世に出し続ける。そして音楽だけで充分な収入を得られるようになると、それまでは仕事を掛け持ちし、キャロルの音楽に歌詞をつける時間すら足りなかったジェリーは「これからふたりでたくさんの音楽を聴きに行き、新しい曲を生み出そう」とキャロルに告げる。しかしキャロルは「これからは子どもと3人の家庭生活を過ごす時間をつくろう」と言う。「私たちはチームなだけじゃなくて、家族」というキャロルの思いを受け止められないジェリー。こうして生まれた小さなほころびが、やがて切ない結末へとつながっていく。ふたりの関係に微かな亀裂が入るこの場面の、役者たちのリアルで濃やかな演技にぜひ注目を。
水樹奈々、伊礼彼方
水樹奈々
当時ブロードウェイにあったブリル・ビルディングには多くの音楽会社が入っていて、そこで多くのソングライターたちがしのぎを削っていた。作中のキャロルたちも、このビルに音楽制作の場所を構えている。その隣の部屋で働くカップル、作曲家のバリー・マン(中川晃教)と作詞家シンシア・ワイル(ソニン)は、キャロルたちと良きライバル、よき友として登場する。実在の彼らも盟友だったという。
(左から)伊礼彼方、平原綾香、ソニン、中川晃教
中川晃教、ソニン
ソニンはシンシアの個性的なキャラクターを好演。中川演じる茶目っ気のあるバリーと共に、圧倒的な歌唱力で魅了する。そして最初は嚙み合わないように見えたシンシアとバリーが徐々にしっくりと結ばれていくさまと、一緒に居過ぎたがゆえに距離が生まれていくキャロルとジェリーの姿が、折り重なるように描かれていく。後半、ひとりでニューヨークを出ることにしたキャロルが、ドニー、バリー、シンシアにプレゼントする曲「You’ve Got a Fried(ユーヴ・ガット・ア・フレンド/邦題:君の友だち)」は、このシーンのために書かれたかのようなはまり具合。4人の歌声に涙がこぼれた。
(右から)水樹奈々、ソニン、中川晃教、武田真治
「人前で歌うなんて恥ずかしくて」「私みたいな普通の人が」「綺麗じゃないから」と、キャロルはあちこちで自分に自信がないという台詞を言う。華やかなヒットメーカーのイメージとはかけ離れた生真面目で親しみやすい性格だった彼女が、ある曲を歌うことをきっかけにコンプレックスを脱ぎ捨てる瞬間がある。
この場面を「歌で演じきる」水樹と平原。キャロル・キングが“ソングライター”から“シンガー”として生まれ変わったと感じさせる、素晴らしいシーンだ。
平原綾香
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キャロルたちの初日挨拶
11月5日に平原綾香、同6日に水樹奈々のキャロルがそれぞれの初日を迎えた。カーテンコールではキャスト全員が舞台に登場。各々がコメントを述べた。
「『自分の思い通りにならない人生だったとしても、人は必ず美しいものを見つける』。どんな時代でも私たちは心の豊かさだけは失ってはいけないと思っています。これからも“音楽のハグ”をいっぱい届けたい」(平原)
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「カンパニーが一丸となって、3年ぶりの再演を迎えられたことを本当に嬉しく思っています。このままの勢いでさらに情熱的に、さらにビューティフルに、そしてさらに、笑顔あふれる作品を皆さんに届けていかれるように、千秋楽まで突き進んでいきたいと思っております」(水樹)
公演情報
ミュージカル『ビューティフル』