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【SPOTLIGHT】ダンサーズ・ファイル〈9〉伊藤杏珠〜未来に向けて踊りたい!~

曽根 可穂里

みなさま、現在クラウドファンディング実施中「SPOTLIGHT 私たちは踊りたい〜若きバレエダンサーたちのステージ&ドキュメンタリー」配信プロジェクトを応援してくださり、本当にありがとうございます。

このステージ&ドキュメンタリーに登場する全11名のダンサーたちを一人ひとり紹介するインタビューをお届けしていきます。

「あんず」という可愛らしい名前がよく似合う、可憐な雰囲気の伊藤杏珠(いとう・あんず)さん。時には悔しさをバネに努力を重ねて、壁を乗り越えてきた芯の強さが、インタビューを通して伝わってきました。

伊藤さんは3歳でバレエを始め、2016年にハンガリー国立バレエ・スクールに入学。2019年に卒業後はオーランド・バレエ・スクールで学び、今年2月にはナッシュビル・バレエからトレイニー(研修生)の契約を得ていましたが、コロナのため取り消しとなってしまいました。それでも「小さい頃からずっと憧れていた」という海外で踊る夢を諦めず、ベルギー・アントワープ王立バレエ学校への入学許可をつかみ取ります。9月から入学予定だったもののいまだ出発の見通しが立っておらず、現在はお姉さんのいる兵庫県で過ごしています。

愛媛と香川でバレエを学んだ少女時代

「あんず」というお名前、とても可愛らしいですね。どんな由来があるのですか?
伊藤 私は広島で生まれたのですが、広島にはおじいちゃんとおばあちゃんが住んでいて。おじいちゃんは、畑がすごく好きで、趣味でいろいろな野菜や果物を育てていました。私が生まれたときにちょうど、杏の木がすごく大きく立派に育っていたらしく、「あんず」という名前はどうかな?と。それで家族で話し合って、この名前に決めたそうです。
バレエを始めたきっかけは?
伊藤 4つ上の姉がバレエを習っていて、母がレッスンの送り迎えをするときに、私も毎回ついていっていました。姉を見て「すごく楽しそうだな、私も習いたいな」と思っていて。それで3歳になったとき、バレエを始めさせてもらいました。私は小さい頃から動くことが好きで、よく走り回ったり、活発な子どもだったそうです。バレエの他にピアノとサッカーも習っていたのですが、母に「どれが一番好き?」と聞かれて、迷わずバレエと答えました。バレエをしている時間が、何よりも楽しかったです。
広島のバレエ教室に通われていたのですか?
伊藤 生まれたのは広島ですが、住んでいたのは愛媛で、3歳から小学校4年生までは、愛媛のお教室に通っていました。小学校4年生からはコンクールにも出るようになり、どんどんバレエが好きになって。「もっとたくさんバレエができる教室へ移りたいな」と考え、母といくつかのお教室の発表会を観に行きました。そして、バレエの楽しさを教えてくれた元のお教室に感謝しながら、香川にあるバレエスタジオGEMへ移籍することを決めました。
どんなことが決め手になって、そのスタジオを選んだのですか?
伊藤 発表会の舞台で生徒のみなさんがすごく輝いているように見えたし、体験レッスンに行ったときも、主宰のオーストリア人の先生の細やかな指導にとても惹かれたんです。「私もすぐにでもここへ通いたい!」と思いました。
愛媛から香川のお教室へ通うのは大変だったでしょうね。
伊藤 あの頃は本当に忙しい生活でした。朝は愛媛の学校に行って、帰りは母が車で迎えに来てくれて。香川のスタジオまでは片道1時間以上。車の中で着替えを済ませて、お弁当も食べて、スタジオに着いたらすぐにレッスンが始まりました。週に5日はその生活で、大変ではあったけど、「バレエをやめたい」と思ったことはありませんでした。舞台で踊る楽しさのほうが、何倍も大きかったから。

バレエスタジオGEMへ移籍後、初めての発表会にて

ハンガリーへ留学前、日本で最後の舞台にて。オーストリア人の先生とパ・ド・ドゥを踊らせていただきました。緊張しましたが、先生の丁寧な指導のおかげで楽しむことができました

ハンガリー国立バレエスクール時代

これまでのバレエ人生の中で、転機となったできごとはありますか?
伊藤 中学2年生のジャパン・グランプリです。コンクールに出るようになってからそれまではずっと、良い成績をいただけていて。ジャパン・グランプリにも毎年出場していたのですが、中学2年生のときに、初めて予選落ちしてしまったんです。それがすっごく悔しくて。そろそろ海外留学を考えていた時期だったこともあり、すっかり自信をなくしてしまいました。だけど、それをきっかけにレッスンや生活を改めて、さらにバレエを頑張るようになって。結果的には、その年にハンガリー国立バレエスクールのオーディションに合格できて、留学することになりました。
留学が決まったときのお気持ちは?
伊藤 嬉しくてたまらなかったです。嘘なんじゃないか、と思うくらい。信じられなくて、「本当に私が合格ですか?」と何回も確認した覚えがあります。私は小さい頃から、海外に行きたい、という気持ちが強かったんですね。バレエの面でもそうだけど、ヨーロッパのお洒落な雰囲気にずっと憧れていました。本当はオーディションを受けるのも迷っていたくらい、あのときは自信がなかったけど……母が「とりあえず受けてみなよ」と、背中を押してくれました。
ハンガリー国立バレエスクールはどのような場所でしたか?
伊藤 2016年の9月に入学したのですが、その2ヵ月前の7月にも2週間のサマースクールに参加していて。初めて訪れたときに一番びっくりしたのは、学校の規模の大きさです。とても広い敷地内に、バレエスタジオ、図書館、寮、それに舞台もあるんです。とにかく本当に大きくて、日本とは規模が違うな、と感じました。私は3年間在学して、最初の2年間は寮生活、最後の1年はアパートで一人暮らしをしていました。

イタリアのコンクールにて。お客さんの温かい拍手がとても心に染みました

スクールでは、どんなことが身に付きましたか?
伊藤 一番はやっぱり、言語です。私は14歳で7年生に入ったのですが、それはかなり珍しいことだったようで、同学年の子たちは2~3歳上の子ばかりでした。みんなはすでに言語には不自由していない中、私は英語が全然話せなくて。あるとき、言語の壁が原因で悔しい思いをして、「やっぱり自分のことは自分でしなければいけないな」と痛感しました。それで英語もハンガリー語も、しっかり学ぼうと決心したんです。
言語はどのように学んだのですか?
伊藤 英語は、私の母の妹が英会話の先生だったので、電話でレッスンをしてもらいました。ハンガリー語の教室にも通って、ハンガリー人とはできるだけハンガリー語で話そうと努力したり、少しずつ覚えていきました。バレエスク―ルの先生もハンガリー人だったので、詳しく説明するときには、ハンガリー語だけで話すことも多くて。せっかく教えてくださっていることをちゃんと理解したいなと思い、英語だけでなくハンガリー語も頑張りました。

いつも誰よりも応援してくれる母と、ハンガリーで。留学1年目に訪れてくれたときは英語が話せなくて頼りなかったと思いますが、卒業公演を観に来てくれた時にはしっかりと街を案内できました。母の喜んでいる姿を見れて、本当に幸せでした

バレエ生活はいかがでしたか?
伊藤 舞台の機会が本当にたくさんあって、いろいろな作品を踊らせていただきました。1年目から小品集に出させていただいたり、『くるみ割り人形』では葦笛の踊りをパ・ド・トロワで踊らせてもらったり。ヴァリエーションを踊る機会もありましたし、最終学年にはパ・ド・ドゥやコンテンポラリーも踊らせていただけて、たくさん良い経験をさせてもらいました。ヨーロッパの学校の中で一番、と言ってもよいのではないかと思うくらい、公演数が本当に多いスクールでした。

卒業公演はブダペストのオペレッタ劇場で踊らせていただきました。歴史ある舞台に立てるだけでワクワクしました

卒業公演のあと、担任の先生と

オーランド・バレエ・スクール時代

卒業後の進路はどのように決めましたか?
伊藤 ハンガリー国立バレエスクールの最終学年はとくに公演数が多く、各地へ遠征したりと本当に忙しくて、あまりオーディションを受けに行けなかったんです。ハンガリー国立バレエカンパニーのオーディションは受けたのですが、ご縁がなくて。でも、そのまま日本に戻ってしまったら、いままで勉強してきたことが無駄になってしまう気がして……引き続き海外でバレエができる環境を探していました。そうしたら、アメリカのフロリダ州にあるオーランド・バレエ・スクールのオーディションならまだ間に合うと知って。受験させていただいたら、合格をいただけて、2019年の9月半ばからアメリカへ行くことになりました。行き先はバレエ団ではなくバレエ学校だけど、まずは海外に残ることを優先させたかったので、入学を決めました。
オーランド・バレエ・スクールはどのようなところでしたか?
伊藤 レッスン量が多くて、とてもハードでした。午前中は朝から1クラス受けて、そのあとポワントのレッスンと、バランスボールなどを使うコンディショニングのクラス。午後はキャラクターダンス、そしてそのあとにもまたもう1クラスあったり。カンパニーの公演にも毎回出させていただいていたので、公演があるときはそのあと夜までリハーサルをしていました。

「くるみ割り人形」でスペインを踊らせていただいたとき。オーランドではいつもカンパニーのダンサーの方々と一緒に舞台に立つことができ、緊張感がある中でたくさんのことを学びました

コロナで何が起こったか

そして、世界的なパンデミックが起こり、杏珠さんの身にはなにが起こりましたか。
伊藤 私はとにかく早くバレエ団に就職したいと思っているので、今年は1月から、アメリカで現地のカンパニーのオーディションをいくつか受けていました。その中で、2月にナッシュビル・バレエから研修生の契約をいただけて。念願だったバレエ団で踊れるチャンスを得られて本当に嬉しかったのですが、オーディションでカンパニーへ行ったときに、「ビザを発給できるかわからない」と言われていたんです。そのような中で、さらにコロナが起こってしまい……結局、「今回の入団は諦めてほしい」とメールが届きました。ショックでしたし、残念でしかなかったけど、「うまくいかないかもしれないな」と覚悟していたことではありました。
帰国したのはいつのことですか?
伊藤 3月です。オーランド・バレエ・スクールの期中に帰ってくることになってしまったので、スクールには約半年間しか在学できませんでした。オーランドは、アメリカ国内でも最後のほうに感染者が出たので、私がまだ現地にいた頃は、街にもあまり変化はなくて。それでもスクールが無期限で閉鎖することになり、周りの日本人の友達もみんな日本に帰っていったので、「これはそれほどの緊急事態なんだ」、と。日本にいる家族も、「一度帰ってきたら?」と心配してくれていたので、帰国することにしました。
ベルギー・アントワープ王立バレエ学校にはどのような経緯で入学が決まったのですか?
伊藤 8月の半ばごろ、ビデオ審査のオーディションをしていただきました。アメリカのバレエを経験してみて思ったのは、やっぱり私はヨーロッパで踊りたいな、と。カンパニーの雰囲気や踊りのスタイルが自分に合っている気がするし、生活をするにあたっても、あの美しい街並みが大好きで。じつはオーランド・バレエ・スクールのオーディションを受けていたときにも、ベルギー・アントワープ王立バレエ学校のオーディションを受けていて、その時も入学許可をいただいていたんです。だけど、当時は「アメリカで踊ってみたい」という気持ちがあったから、選ばなくて。今回は「またオーディションをしていただけませんか」とメールをしてみたら、運良く見ていただけることになり、合格をいただけました。本当は9月から入学する予定だったのですが、ビザの取得が難航中。いまは来年から行けたらいいな、と思っているところです。
先が見えない不安から、気持ちが沈んでしまうことはありませんでしたか。
伊藤 落ち込むことはあまりありませんでした。オーランドにいたときに、すごくホームシックになってしまって……だから日本に帰ってこれて、会いたい人に会えてラッキーだな、と(笑)。でも、ベルギーに行くことを迷った時期はありました。世界がこんなことになってしまって、先が見えなくて不安だし、それに日本にいれば教えの仕事もできるし。でも、まだまだ自分が踊っていたいな、という気持ちのほうがやはりずっと大きくて。

ハンガリーで出会った尊敬するパートナーと、初めてグラン・パ・ド・ドゥを踊ったとき。放課後に毎日たくさん練習をして、一体感のある踊りができたと思っています

将来の夢はありますか?
伊藤 バレエを踊って、お客さんのことを楽しませたい。それが小さい頃からの夢だったから、絶対に叶えたいな、と思っています。そのためにも、できるだけ早く、プロのバレエダンサーになりたい。バレエで働けるのなら、もうそれ以上に幸せなことはない――そう思っているので。
今回の「SPOTLIGHT」プロジェクト、どんな気持ちで踊りますか?
伊藤 私はバレエ団に所属していないし、日本にいると、舞台のお誘いをしてもらえることがあまりありません。今回は素晴らしい機会をいただけて、やっぱり人との繋がりは大切だな、とあらためて感じました。この素敵な企画をまた来年や再来年……その先にも繋げられたらいいな、と思っています。未来に向けて、踊りたいです!
\伊藤杏珠さんに質問!今回のステージでは何を踊る?!/
私は、『パリの炎』のグラン・パ・ド・ドゥと『パキータ』のヴァリエーションを踊ります。

今回はどちらも初めて踊らせていただく作品で、緊張もありますが、とてもワクワクしています。『パリの炎』を一緒に踊る栗原柊くんは東京に住んでいて、直接会って練習ができなかったので、リハーサルはずっとZoomの画面越し。音楽をかけて踊るにも少し時差が発生してしまったり、何かと大変ではありましたが、楽しく進めることができました。

『パキータ』で踊るのはジャンプや回転がたくさん盛り込まれた難しいヴァリエーション。自信を持って踊れるよう頑張りたいです!

\SPOTLIGHTダンサーズに質問! 伊藤杏珠さんの魅力とは?!/

杏珠ちゃんは、脚のラインがとてもきれい。しかもそのきれいな脚を持て余すのではなくて、いかに生かすかを考え抜いている踊りだと思います。自分の長所をきちんと捉えて踊りのなかで見せられるのが、すごいところです。(川上環)

配信情報

「SPOTLIGHT 私たちは踊りたい〜若きバレエダンサーたちのステージ&ドキュメンタリー」

●配信期間:2020年10月18日(日)20時 〜 2020年12月31日(木)23時59分
※配信される映像はアーカイブ視聴が可能です。視聴券の購入により、いつでも、何回でもご覧いただけます。

●視聴チケット発売日(有料 1,500円):2020年10月8日(木)
購入はこちら

●主催・制作・お問合せ:〈バレエチャンネル〉編集部
Email:info@balletchannel.jp
Tel:070-4035-1905

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