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【動画つき】「イノック・アーデン」インタビュー①秋山瑛(東京バレエ団)~これは愛と選択の物語。アニーの心を探りながら役に近づきたい

若松 圭子 Keiko WAKAMATSU

動画撮影:星野一翔(STARTS)・奥田祥智(オクダ企画)/編集:星野一翔(STARTS)
※動画テロップ注:南江祐生の「ゆう」は示すへんに右

2025年3月7日(金)~16日(日)新国立劇場 小劇場で上演中の『イノック・アーデン』。原作はヴィクトリア朝の桂冠詩人アルフレッド・テニスンによる物語詩。その音楽的韻律に感銘を受けた作曲家のリヒャルト・シュトラウスが後に音楽を紡ぎました。
原作の言葉と音楽を忠実に再現した今回のステージは、3人の登場人物をダンサーが踊り、イノックの人生を2人の俳優が語ります。演出・振付は、舞台『レイディマクベス』『カスパー』をはじめ、新国立劇場バレエ団『マクベス』など多くの作品を生んでいる国際的振付家、ウィル・タケット田代万里生中嶋朋子が朗読を、東京バレエ団の秋山瑛生方隆之介南江祐生がダンサーとして出演します。

出演者の中から、ヒロインのアニー役を演じる秋山瑛さんにインタビューしました。リハーサル動画と合わせてお楽しみください。

秋山瑛(あきやま・あきら)  埼玉県出身。7歳よりバレエを始める。2012年に東京バレエ学校を卒業後、リスボン国立コンセルヴァトワールで2年間学ぶ。卒業後はイタリアのラ・カンパーニャ・バレット・クラシコに入団。16年東京バレエ団入団、22年プリンシパルに昇進。24年芸術選奨文部科学大臣賞新人賞受賞。©Ballet Channel

秋山さんは、バレエ以外の舞台出演は今回が初めてだとか。
秋山 はい。台本というものをはじめていただきました。『イノック・アーデン』は、幼いころから仲の良かったイノック、フィリップ、アニーという3人の男女が織りなす愛の物語です。南江祐生さんがイノック、生方隆之介さんがフィリップ、私はアニーという女性を演じます。
ダンサーと俳優は、それぞれのパートをどのようにコラボレーションするのでしょうか。ダンサーがセリフを言う場面もあるのですか?
秋山 3人の言葉は俳優の田代万里生さんと中嶋朋子さんの朗読で語られ、私たちはそれを踊りで表現します。そこにピアニストの櫻澤弘子さんによる生演奏が加わるのですが、自分の出番だけ出てきてパフォーマンスするのではなく、6人が『イノック・アーデン』の世界に共存して、一緒にひとつの物語を紡いでいくようなイメージです。
音楽はリヒャルト・シュトラウス。アルフレッド・テニスンの物語詩に音楽性を感じて作られたと聞いています。
秋山 海沿いの村を舞台にした『イノック・アーデン』にぴったりの音楽です。最初の曲をはじめて聴いた時、私は音の中に「波」を感じました。楽譜を見せていただいたら、音符もまるで波のように、ザーッと並んでいるんですよ。壮大な音楽の中に切なさや希望を感じさせるフレーズがあって、アニーの心情を考える助けにもなっています。

©Ballet Channel

リハーサルはどのように進められているのでしょうか?
秋山 振り写しは一週間くらい前(※編集部注:取材は2月下旬)から始まりました。今回のリハーサルの特徴は、音楽と朗読の打合せから始めるところです。演出・振付のウィル・タケットさんとピアニストの櫻澤さん、俳優のスタンドイン(*)の方の4人が台本と楽譜を照らし合わせながら、この場面の朗読は2人でどう割り振るか、どの音から話しはじめてどのフレーズまでに読み終えるのかなどタイミングを決めてからダンサーの振り写し、そして合同リハーサルに入ります。
(*スタンドイン:立ち位置やきっかけを確認する代役)
朗読とピアノの擦り合わせが最初だというのは面白いですね。
秋山 ウィルさんは俳優さんの声もひとつの音楽だと捉えていらっしゃるので、2つの音のバランスを見てから全体を演出されるのだと思います。彼の台本は、左ページにピアノ譜が、右ページにはそこで語られるセリフが日本語と英語訳で書かれています。例えばウィルさんがひとつのセリフの中に間(ま)を取りたいと思った時は「このセリフ、この音とこの音のところに間をとりたいのだけど、日本語として違和感なくちゃんと伝わる?」とすぐ確認できるようになっているんですよ。
言葉を扱う俳優のみなさんとの稽古はどうですか?
秋山 プロの俳優さんの声のエネルギーには圧倒されます。言葉を魂ごといただいているようで、それを受けて踊る私たちダンサーのエネルギーも大きくなるのを感じます。

©Ballet Channel

秋山さんが今回演じるアニー役について聞かせてください。最初に台本を読んだ時の印象は?
秋山 正直に言うと戸惑いました。二人の女性の間で揺れる男性を愛してしまう役、例えばジゼルやニキヤのような人物なら何度か演じさせていただきましたし、一途にひとりの人を思う気持ちに共感できます。でも、夫は船で旅立ったまま行方知れずとはいえど、別の男性と再婚して子どもまでもうけるアニーの心情が理解できるだろうかと。お客さまにもアニーは薄情な女だと思われてしまうかもしれないし、なによりも私自身がこの感情のままでアニーを演じたくはないと感じました。
アニーを理解するために工夫していることは。
秋山 場面を追いながら彼女がした選択を一つひとつ整理して、なぜそれを選んだのか考えています。出かけたまま戻らないイノックの帰りを信じて待つアニーが、フィリップの愛を受け入れる決断をするまでには、彼女の中でいくつもの葛藤があったはずです。結婚したのは子どものためや生活のためかもしれないし、純粋にフィリップの愛情を感じて受け入れたのかもしれません。
この作品は愛の物語であると同時に、選択の物語でもあります。人生は選択の積み重ねですよね。自分の選択が正しいかはその時にはわからないし、時には最後までわからないこともある。アニーのその時の心情を理解して、役に近づいていこうと思います。

©Ballet Channel

今回のように、秋山さんは普段も役を演じる前に準備して臨むほうですか? それともその場の感情を大事に演じるほうですか?
秋山 最初は自分でキャラクターを想像し、頭の中でリハーサルしてみます。でもそのままの役作りで舞台に上がることはありません。東京バレエ団『かぐや姫』のリハーサル中に、演出・振付の金森譲さんが「ものごとはリアクションで進んでいる」とおっしゃっていましたが、日常も舞台での出来事も同じだなと思います。こちらのアクションに相手がどうリアクションをとるかで、それを受け止める私のリアクションも変わる。自分ひとりでは決められないところが、演技の面白いところだと思います。
最後に、バレエやコンテンポラリー作品を観たことがない観客に向けて、秋山さんが思うバレエの魅力を教えてください。
秋山 以前、ミュージカル『ロミオ&ジュリエット』を観に行かせていただいた時、歌とダンスとお芝居のエネルギーが舞台上でひとつになるのが素晴らしくて、観ていて楽しくて、ミュージカルに夢中になる方の気持ちがわかりました。
言葉を喋らずに、音楽、照明、舞台美術、そして身体表現だけですべてを伝えるのがバレエです。だからもしかしたらミュージカルファンの方やバレエを観たことのない方の中には、バレエを「セリフがないからわかりにくいだろうな」とか、「登場人物の気持ちが分かるように歌ってくれればいいのに」と思う方がいるかもしれません。
でもバレエの魅力はむしろそこにあるのだと思います。言葉がないことでお客さまは想像力を自由に働かせることができますし、音楽と身体表現をとおして言葉では伝えきれないような感情も視覚的に、そして感覚的に受け止めることができる。一人ひとりが自由に解釈できたり想像を膨らませられる部分がたくさんある、その部分も含めて楽しんでいただければ嬉しいです。

公演情報

「イノック・アーデン

【日時】
2025年3月7日(金)〜16日(日)

【会場】
新国立劇場 小劇場(東京都渋谷区本町1‐1‐1 京王新線「初台」駅下車)

【出演】
田代万里生
中嶋朋子

秋山瑛
生方隆之介
南江祐生
(東京バレエ団)

演奏
櫻澤弘子

【スタッフ】
原作:アルフレッド・テニスン
作曲:リヒャルト・シュトラウス
翻訳:原田宗典
演出・振付:ウィル・タケット

企画製作:tsp Inc.

公式HP

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