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法村友井バレエ団「アンナ・カレーニナ」法村珠里&今井大輔インタビュー〜情熱的で、孤独。アンナとウロンスキーの愛には“濁り”があります

若松 圭子 Keiko WAKAMATSU

撮影:尾鼻文雄

大阪を拠点に活動する法村友井バレエ団が、2024年10月26日に『アンナ・カレーニナ』を上演します。ロシア貴族の愛と悲劇を描いたトルストイの長編小説を原作に、チャイコフスキーの音楽で綴るドラマティックなバレエ作品です。同団がレパートリーとするのは、1979年オーストラリア・バレエで上演されたアンドレ・プロコフスキー版。2006年にプロコフスキー氏を招聘してバレエ団初演、今回は9年ぶりの上演となります。

9月下旬にバレエ団の通し稽古を取材。第1幕の通しを終えたばかりのアンナ役・法村珠里(ほうむら・じゅり)さんとウロンスキー役・今井大輔(いまい・だいすけ)さんに、作品や役作りについて話を聞きました。

STORY
1870年代のサンクトペテルブルク。ロシア政府の高官を務める夫のカレーニン、幼い息子セリョージャと暮らすアンナ・カレーニナは、ある日モスクワ駅で青年将校のウロンスキーと出会う。アンナの美しさに惹かれたウロンスキーの熱のこもったアプローチを最初は拒んだアンナだったが、次第に激しい恋に落ちていく。やがてアンナは家庭を捨て、ウロンスキーとともに過ごす道を選ぶのだが、その幸せは長くは続かなかった。

Interview
法村珠里&今井大輔

左:法村珠里(アンナ役)、右:今井大輔(ウロンスキー役) 撮影:尾鼻文雄

法村珠里 Juri HOMURA
法村友井バレエ団団長・法村牧緒と宮本東代子の間に生まれる。法村友井バレエ学校特別クラスで学び、18歳でモスクワ舞踊学校へ。2年間の留学を経て法村友井バレエ団に入団し、ほとんどの作品で主役またはソリストを踊る。2008年『眠れる森の美女』で主役デビュー。おもな出演作品に『騎兵隊の休息』『白鳥の湖』『シンデレラ』『エスメラルダ』『クレオパトラ』『ロメオとジュリエット』などがある。2015年『アンナ・カレーニナ』のアンナ役が評価され、平成27年度(第70回)文化庁芸術祭賞舞踊部門優秀賞を受賞。
今井大輔 Daisuke IMAI
5歳より法村友井バレエ学校にてバレエを始め特別クラスで学ぶ。法村牧緒、杉山聡美に師事。その後大阪芸術大学で堀内充らに師事。振付作品が卒業制作学長賞を受賞し、首席にて卒業。2013年に法村友井バレエ団に入団し『騎兵隊の休日』『フランチェスカ・ダ・リミニ』などを踊る。2018年『エスメラルダ』で主役デビュー。おもな出演作品は『くるみ割り人形』『シンデレラ』『白鳥の湖』など。2021年『ロメオとジュリエット』のロメオ役の演技が評価され、令和3年度(第76回)文化庁芸術祭賞舞踊部門新人賞を受賞。
今日が初通しと聞きましたが手ごたえは?
今井 全体の流れを見ながら踊ることができて良かったです。続けて踊るとかなりハードですが、本番に向けての課題も見えましたし、どんどん詰めていこうと思います。
今回、今井さんは初めてウロンスキーを演じますね。
今井 びっくりしました。僕は『アンナ・カレーニナ』の初演から出演させていただいています。最初は駅のシーンで荷物を運んでいるポーターの役。再演では舞踏会のコール・ド・バレエを踊りつつ、ウロンスキー役は大変そうだなと思って眺めていて(笑)。
法村 まさかその役を自分が踊ることになるなんてね。
今井 踊れると聞いてワクワクすると同時に、少しだけ不安もありました。じつは膝を怪我して今年の1月に手術をしたので、今回の『アンナ・カレーニナ』がバレエ団での復帰第一作目なんです。稽古開始までに間に合うか心配でしたが、しっかりとリハビリ期間を経て、稽古も順調に進んでいます。現在、プロコフスキー版を上演しているのは、おそらく世界でも法村友井バレエ団だけと聞いています。つまりウロンスキー役を演じられるダンサーの数も限られている。舞台で演じるのがとても楽しみです。
法村 私がアンナを踊らせていただくのは今回が3度目。バレエ団のレパートリーの中でもとても大切にしている演目で、踊るたびに歴史に残る名作だと感じます。

撮影:Satoshi Tanaka(TES OSAKA)

アンドレ・プロコフスキー版『アンナ・カレーニナ』はドラマティックなストーリー展開や印象的な演出とともに、シンプルかつダイナミックな振付も大きな魅力です。
法村 第1幕後半のアンナとウロンスキーが結ばれるまでのパ・ド・ドゥなど、踊りがいのある場面がたくさんあります。テクニックで見せるだけでなく表現力も必要なので、他の作品と比べても振付の難易度は高いですね。
今井 初役なので振りを覚えるだけでも苦戦しましたけれど、振りを全部身体にいれてから踊ってみて、初めてパ・ド・ドゥ全体の流れが伝わってきた時は驚きました!
法村 これを踊れるのはダンサーとして光栄だよね。
今井 確かに!「すごい」以外の言葉が見つからないのがもどかしいです。

撮影:Satoshi Tanaka(TES OSAKA)

珠里さんは平成20年度新国立劇場地域招聘公演(2009年)からアンナ役を演じています。当時プロコフスキー氏から受けた指導で、印象に残っているものはありますか?
法村 私は当時ご健在だったプロコフスキー先生から、直接振りを入れていただきました。先生からはよく「愛の表現の仕方をもっと研究するように」と指導を受けました。私は当時まだ20代だったので、愛の表現って言われても何をどうやったらいいの?と戸惑うばかり。経験不足は頑張りで補うことしかできませんでした。でも2回目(2015年)に演じることになった時にスッと役に入れて、アンナが私の中に染み込んでいるのが分かったんです。そこから気持ちにも余裕が持てるようになりました。今でもアンナを踊ると、振りをとおして先生の作品への思いやバレエを愛する深さが伝わってきます。当時、先生がどのような思いをもって指導してくださっていたのかも少しずつ分かってきました。

撮影:Satoshi Tanaka(TES OSAKA)

お二人は今回のようなドラマティックな作品を踊る時、どうやって役作りに取り組んでいますか?
今井 僕はどの作品でも同じで、最初に音楽を聴いて、自分の役のセリフを考えてから稽古に入ります。セリフもひとつに決め切ることはしません。稽古が始まってからも「今日はあのセリフを喋っているイメージで踊ってみよう。前回はこのセリフを喋ってみたけれど、これに変えたらどうかな」と考えを巡らせます。それを稽古前に「今日はこんな感じでいきまーす」と珠里さんに伝える。すると珠里さんも「はいはーい!」と(笑)それを受けてくれるんです。
法村 (笑)
今井 これだ!というセリフがみつかるまで、毎回いろいろ演じてみていますよね。
法村 そう。一緒に踊っていると「あ、変えてきたな!」ってすぐわかる。

撮影:Satoshi Tanaka(TES OSAKA)

珠里さんは、今井さんの役への追及を見守り、受け止めながらアンナ像を考えていくのですか?
法村 私と大くん(今井)は感覚が似ているところがあるので、ふたりが向かっている方向も一緒じゃないかなと思っているんです。彼が新しいアプローチをしてくるたびに、どんどん良くなっていくのを肌で感じるし、彼の成長がこっちにガツンと伝われば、私もそれを受けてどんどん先へ進める。多くの作品を一緒に踊ってきたパートナーだからこそ築けた信頼関係だと思っています。でも、慣れすぎてしまったための問題もあって。
今井 現在、僕たちの課題は「キュンキュンし合わないといけない」ことなんです。手が触れてドキッとする瞬間や抱き合うシーンでも、姉弟みたいに「はいはい」って(笑)。
法村 挨拶みたいな感じになっちゃう。
今井 しっくりいきすぎて、もはや老夫婦みたいです(笑)。第1幕のアンナとウロンスキーはお互いに強く惹かれ合ってしまったために、周りがまったく見えていない、それが後半の悲劇を招くことに繋がっていくのでね、キュンキュンは大事ですよ。
法村 お互い頑張らないとね。

撮影:Satoshi Tanaka(TES OSAKA)

それぞれの役、キャラクターについて聞かせてください。アンナには家庭がありますが、夫のカレーニンと我が子のセリョージャを捨てて、ウロンスキーとの愛を選んでしまいますね。
法村 アンナは恋愛を経験しないまま結婚したのかもしれません。カレーニンはアンナに対して愛情がないわけではなかったと思うのですが、彼女はそこに気づけなかった。幸せな結婚生活のなかに、満たされない思いを抱えていたのでしょう。ウロンスキーの登場は、愛情に飢えていたアンナの心のすき間を埋めてくれた。手と手が触れただけでハッとするようなときめきを感じ、彼を受け入れた瞬間、熱い感情が一気にあふれ出てしまうんです。情熱的だけれど、孤独や寂しさを抱えている人物。そう考えて演じています。
今井さんはウロンスキーをどう解釈しますか。
今井 彼はまだ若い青年だから、感情のままに突き進んでしまったんだろうなと思っています。彼もまたアンナと同じく、駅で出会った瞬間になにかを感じたんでしょうね。それでもう、自分の思いを止められなくなってしまった。頭では自分の身分や立場のこともわかっているはずなのに。
法村 第2幕、互いに燃え上がって周りが見えなくなった二人は駆け落ちし、ウロンスキーの別荘に身を寄せます。本当の幸せの中心にいる我が子から目をそらして、別のものを求めてしまう。でも彼女にとっては、この時期がいちばん幸せだったのではないかと思います。
今井 この後、ウロンスキーはアンナに対して日に日に冷たくなっていくんです。ちょっとずつ、ちょっとずつ関係性が崩れていく過程は演じていても苦しくなります。お客様もかなりしんどい気持ちを体験することになるかもしれません。

撮影:Satoshi Tanaka(TES OSAKA)

二人の関係に亀裂を生むのは、夫のもとに置いてきた我が子に会いたいと思うアンナの母性ですね。
法村 初めてアンナを演じた時は子どものいる生活がイメージできなくて、どう接したらいいのかも、抱っこの仕方すらわかりませんでした。今は私も結婚して子どもがいるし、大くんにも家庭があるので、親にとって子どもという存在がどれだけ大きいかわかります。アンナは息子のことを思い出して、どうしても会いたい、抱きしめたい思いに駆られます。そしてその思いをウロンスキーに話してしまうのですが、彼女のそういうところが彼をいらつかせるんですね。「君はすべて捨てると覚悟を決めて一緒に来たはずだろう?」と。
今井 そんな彼女が面倒になって、「ふうん……じゃ、もういい」って。そういうところが若いんですよ、ウロンスキーは。
法村 彼女の愛は深すぎるから、若いウロンスキーには重たく感じてしまうのよね。
今井さんはウロンスキーの気持ちに共感できますか?
今井 うーん……役の気持ちに近づけるよう努力はしていますけれど、共感できるかできないかの二択だったら「できない」ですね。僕としてはウロンスキーを嫌われ役として演じきれたら成功だと思っているので、お客様からも「こうなったのもお前のせいだ!お前が悪い!」って言われるのを覚悟しています。
法村 自分にはない部分を持つキャラクターほど、演じるのが面白かったりしない?
今井 そうですね。バレエは日常でありえない経験ができる。殺したり殺されたり、何回も結婚したり。
法村 私もアンナの考え方すべてに共感することは難しいので、もし現実の私が不倫したらどんな気持ちになるだろうと想像してストーリーを作ります。大くんにストーリーを伝えると、「じゃあ僕はこうします」と受けてくれるので、踊って試してみるんです。
今井 珠里さんとは深い話し合いができる。僕が役作りで迷った時は支えてもらって、時には僕のほうが支えたりしながら作っていくのは楽しいですよ。
意見がぶつかった時はどうやって解決していますか?
法村 そういえば私たち、ぶつかったことないよね。
今井 ないですね。珠里さんも言っていたように、僕も二人の目指す方向は近くにあると感じているからかもしれない。
法村 大くんのように見ているところが一緒で、同じ思いでゴールに向かえるパートナーはなかなか出会えないと思う。私たち、小さいころからずっと一緒だったし、この関係を大切にしていきたいです。
今井 僕は法村友井バレエ学校出身。珠里さんとは同じクラスで踊っていました。ちっちゃい時からずっと、珠里さんは頼りになる優しいお姉ちゃんです。

通し稽古の指導は「アンナ・カレーニナ」再振付を務める杉山聡美さん。それぞれの役の立ち位置や移動のきっかけを指示するとともに、プロコフスキー版特有の装置転換や照明による演出意図を分かりやすく説明。ダンサーの共通認識を深める稽古がなされていました。立ち役一人ひとりに「モスクワはすごく寒い。汽車から降り立った瞬間の温度差をしっかり感じて表現して」など具体的な指導も 撮影:Satoshi Tanaka(TES OSAKA)

最後に今回の見どころや意気込みを聞かせてください。
今井 開幕1分後には、みなさんきっと「なんだこれは?!」ってびっくりすると思いますよ。『アンナ・カレーニナ』の象徴でもある巨大な汽車が、舞台の奥から走ってくるんです。想像を軽く超える迫力なので期待してください! ピーター・ファーマーがデザインした美術は、初演からバレエ団で大切に保管して使い続けているものです。衣裳も豪華ですし、オーケストラの生演奏も堪能してほしいですね。団長の法村牧緒が言う「総合芸術」としてのバレエは、作品性や踊りの素晴らしさはもちろん、音楽、衣裳、装置から照明にいたるまでのすべてが合わさって完成します。お話はちょっと重たいけれど、総合芸術として多くの方に楽しんでいただきたい。あと、登場人物の誰かに感情移入して観てもらえたら嬉しいです。
法村 たとえば『ロメオとジュリエット』ならば二人の愛が美しく描かれているけれど、この『アンナ・カレーニナ』で描かれるのはちょっと濁った愛です。アンナとウロンスキーのあいだでは熱く燃え上がっていても、傍から見れば否定的に捉えられてしまう関係ですし、視野が狭くなっているために罪のない周辺の人々をも巻き込んでしまう。日常でも起こりうる、人間のリアルで面白いところを描写している作品だと思います。愛のかたちはひとつじゃなくて、気持ちや状況が変化すれば相手の気持ちも変わっていくもの。それはこの物語の鍵でもあるし、お客様によってさまざまな感じ方ができる物語です。

撮影:尾鼻文雄

公演情報

法村友井バレエ団『アンナ・カレーニナ』

【日時】
2024年10月26日(土)
開演 18:00(開場 17:00)

【会場】
フェスティバルホール

【キャスト・スタッフ】
アンナ・カレーニナ 法村珠里
アレクセイ・ウロンスキー伯爵 今井大輔

アレクセイ・カレーニン公爵 奥田慎也
エカテリーナ・シチェルバスカヤ(キティ) 村上萌実
コンスタンチン・レーヴイン 上村崇人
ウロンスカヤ伯爵夫人 堤本麻起子
ステファン・オブロンスキー公爵(スティーヴァ) 法村圭緒
ダリア・オブロンスカヤ(ドリー) 佐野裕子

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芸術監督・演出:法村牧緒
指揮:江原功
演奏:関西フィルハーモニー管弦楽団

【詳細・問合せ】
法村友井バレエ団 公演情報ページ

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