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【レポート】ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)来日記者会見〜ダンサーが「踊るだけ」の時代はもう終わり。優れた身体と頭脳で作品に応答する姿を観てほしい

阿部さや子 Sayako ABE

写真左から:エミリー・モルナー(NDT芸術監督)、髙浦幸乃(NDT1ダンサー)、唐津絵理(愛知県芸術劇場芸術監督/Dance Base Yokohamaアーティスティックディレクター) ©️Ballet Channel

2024年6月30日(日)〜7月13日(土)に国内3都市で全5公演を行うネザーランド・ダンス・シアター(NDT)が来日。開幕直前の6月27日(木)、エミリー・モルナーNDT芸術監督、NDT1で活躍する日本人ダンサーの髙浦幸乃、本公演の統括プロデューサーである唐津絵理愛知県芸術劇場芸術監督/Dance Base Yokohamaアーティスティックディレクターによる記者会見が開催された。会場は東京・港区のオランダ王国大使館。

最初にヒルス ベスホー・プルッフ大使が挨拶。「NDTは国際的な集団で、まさにオランダらしいダンスカンパニー。パフォーマンスを通して独自の経験を提供し、思考を促し、対話を生む芸術団体です。私は妻と共に5月に日本に来たばかりですが、日本とNDTの共通点は“伝統と革新の融合”をDNAに持つところだと思う。日本はオランダの文化政策でフォーカスしている国のひとつ。これから様々な支援の可能性や交流の機会があるでしょう」と語った。

ヒルス ベスホー・プルッフ大使 ©️Ballet Channel

続いて唐津統括プロデューサーが本公演の企画を説明した。「2016年頃から毎年オランダや欧州各国に足を運び、様々な作品を実際に観て、どの作品を日本に紹介するのがよいかエミリー(・モルナー)さんと共にずっと検討してきた」という唐津氏。今回5組の振付家による5作品から各公演3作品ずつ組み合わせて上演すること、しかもその組み合わせは全5回公演すべて異なることについては、「来日公演が減ってきている日本において、世界最先端の振付家とNDTのダンサーが作り出す素晴らしい作品をひとつでも多く日本のみなさまに届けたい」という思いからモルナー監督に交渉、実現に至ったものである旨が語られた。

唐津絵理統括プロデューサー ©️Ballet Channel

「パンデミックで少し期間が空いてしまいましたが、互いに深い敬愛の念で結ばれた日本というこの彩り豊かな国にぜひまた戻ってきたいと思っていました。今回のプログラムはNDTの芸術的ビジョン、多様で革新的な精神を感じていただける内容。5作品ともNDT1のために作られたもので、私たちのカンパニーのダンサーたちの技術と表現力の幅広さ、世界中で絶え間なく進化を遂げるコンテンポラリーダンスの現在地をご覧いただけたら」と語ったのは、2020年に同カンパニー芸術監督に就任したエミリー・モルナー。上演する5作品について、まずNDTのアソシエイト・コレオグラファーであるクリスタル・パイトの『Solo Echo』は「ひとりの人物を複数の視点から描き出し、人生という流れゆく時の旅路を眺めていく作品」、マルコ・ゲッケ『I love you, ghosts』は「ゲッケ特有の激しく繊細な動きと強烈な感情が特徴で、NDTが現在拠点にしているアマーレの劇場の壮大さと、そこに微かに感じられる旧拠点ルーセント劇場の面影を捉えた作品」。日本で本格的に紹介されるのは今回が初めてとなる振付家シャロン・エイアールとガイ・ベハールによる『Jakie』は「官能的なものと未知なるものが見事なコントラストの中に融合する空間で、催眠術のような効果をご覧いただくダンス」、ガブリエラ・カリーソの『La Ruta』は「時空間が宙吊りになった映画的な世界観の中で、私たちの想像力の限界に挑むような作品」、そしてウィリアム・フォーサイス『One Flat Thing, reproduced』は様々な動作や“キュー”(きっかけ出し)のシステムが絡み合う、複雑な機械のような作品」と、それぞれ印象的な言葉で紹介した。

「日本の観客のみなさまに、思考を刺激し、感情を突き動かされるような、忘れられない体験をお届けしたい」とエミリー・モルナー芸術監督 ©️Ballet Channel

NDT1で現在活躍している日本人ダンサー3名のうち最も在籍年数が長い髙浦幸乃は、2013年にNDT2、2015年にNDT1入団。今回上演される5作品すべてに出演し、そのうち3作品にはオリジナルキャストとして携わったという。例えばガブリエラ・カリーソによる『La Ruta』のクリエイションは、「最初の3週間ほどキャスト全員が朝から晩までスタジオにこもり、ワークショップというかたちでアイディアを出し合って作りました。大道具、小道具、衣裳がバーッと並べられた空間で、ガブリエラから出されたお題に従い、ダンサーたちが“ミニ仮装大賞”みたいな感じで(笑)そのシーンを即興でやってみせる。そうして出されたアイディアの中でガブリエラが『このシーンはもっと深くできそうだ』と感じたものを、次の日にさらに深めていくという感じで出来上がっていった」とのこと。またそれと対照的なのがシャロン・エイアール&ガイ・ベハールの『Jakie』で、「この作品はシャロン自身が即興で踊ったものをビデオ撮影して、そこから振りを起こすかたちで振付されたもの。彼女の魅力がにじみ出てくるような作品だと思います」と、NDTで踊るダンサーたちの日常や、そのクリエイティブな環境の一端が垣間見えるエピソードを語った。

髙浦幸乃 ©️Ballet Channel

続いて会場に集まった記者たちとの質疑応答が行われた。主な内容は以下の通り。

記者1 モルナー監督に伺います。NDTは長年にわたりイリ・キリアンやポール・ライトフットといった振付家が芸術監督を務め、自身も作品を発表しながら他の振付家にも委嘱するかたちで公演活動を行なってきました。しかしモルナー監督は、自身の振付活動はストップして、芸術監督の仕事に専念しています。振付家が監督であることと、振付家ではない人が監督であること、その大きな違いとは何でしょうか?
モルナー 創設当初のNDTはいわば“反乱分子”の集まり、つまりそれまでとはまったく違う創造性を目指す人たちの集まりでした。内部にも振付を作る人は何人もいましたが、やはり外部からクリエイターを招き、自分たちのために新しくて創造的なものを作ってもらうという活動をしていた。私はそういうNDTの側面を再興したいと思っています。またカンパニー創設から60年が経ったいま、自分たちの責務とは何かということも考えています。NDTのように規模の大きな組織はダンス界においてどのように運営されるべきか、そしてどのように振付家の支援をしていくべきか。それらを考えていくと、一人の振付家の作品だけを中心にしてやっていくのではおそらく回らない。もちろんハウスコレオグラファーもいますが、さらに様々なクリエイターの作品を届けていくことが重要だと考えています。
記者2 唐津さんに伺います。NDTは年間10作品もの新作を発表しているとのこと。本当に数多くのレパートリーがあるなかで、今回の5作品を選んだ理由を教えてください。
唐津 選択には本当に悩みましたが、条件的な制約もありましたし、「これとこれを一緒に上演するのは難しいだろう」といった組み合わせの問題ももちろんありました。最終的には、まず2019年のNDT来日公演でご紹介したアソシエイトコレオグラファーのマルコ・ゲッケとクリスタル・パイトの作品はぜひもう一度お見せしたいと思い、決めました。それからフォーサイス作品は、エミリーさんがフォーサイス率いるフランクフルト・バレエ出身ということもあり、そのDNAをもう一度日本に伝えたくて選んだものです。またせっかくの機会なので、日本のみなさんがこれまで観たことのない作品も絶対に入れたいと選んだのが、エイアールの『Jakie』です。そして以上の4つはどれもムーヴメントを中心とした抽象的な作品。その中に、ネザーランド・ダンス・シアターの“シアター”的な要素もひとつ入ると良いのではと思い、演劇的な作品である『La Ruta』を選びました。

©️Ballet Channel

記者2  モルナー監督へ。先ほどの質問と関連して、かつて「キリアン作品ならNDTが本家本元」というふうに特定の振付家の作品によってカンパニーが特徴づけられていた時代から、モルナー監督は様々な振付家の作品を上演する、より多様性のあるカンパニーへと変化させました。そのように舵を切ったことで、ダンサーたちは何か変化しましたか?
モルナー 変化したと感じています。私たちのカンパニーはまず「身体表現」が中心にあるということが重要で、振付家たちは「どういう身体表現か可能か」をリサーチをするためにNDTに来ている側面がある。これはつまり、ダンサーたちがただ踊ればよかった時代はもう終わったということです。フォーサイスが作ってきた作品がそうであったように、そこにただ「形」があるのではなく、何らかのアイディアがあって、それをどう形にするかが問われていく。現代のダンサーは、優れた身体能力だけでなく素晴らしい頭脳も持っていて、そのアイディアからどういう形が出てくるのかという思考の部分から振付家と対話することができます。そしてこれは主体性の問題でもあります。振付家の声だけが重要なのではなく、ダンサーたちがその身体と頭脳で、どのように作品に応答していくか。NDTはそれを観ていただけるカンパニーに仕上がっていると思います。

また、ダンサーたちが優れている以上、振付家にもそれだけのものが求められます。となれば、ひとりの振付家がたくさんの作品を作るのは大きなプレッシャーになるでしょう。いまはダンサーとのやり取りもますます複雑かつ密になってきています。やはり、誰か特定の振付家が作品を作り続けるよりも、多様な振付家を招いて作品を作る環境を整えて、振付の発展とダンサーの技術の向上の相乗効果をはかりたいと考えています。

©️Ballet Channel

記者2 髙浦さんにもお聞きします。いまモルナー監督のお話にあったようなカンパニーの変化を、ダンサーの立場からはどう感じていますか? また、今回5作品とも踊る髙浦さんは、例えば群馬公演は3演目とも出演するとのこと。振付家によってまったくスタイルの異なるスタイルの作品を次々と踊りこなすために心がけていることや、切り替えのコツはありますか?
髙浦 エミリーさんが監督になってから、スタジオでどういうふうにリサーチしていくのか、どういうふうに作品作りに携わるのかが、すごく重要視されるようになりました。そういう考え方が、公演本番を迎えた時にもまだ私たちの頭や身体の中には残っています。つまり毎回同じように踊ることが公演の目的ではなくて、ステージ上でもその作品をリサーチし続ける。それがパフォーマンスに繋がるというモチベーションで、今は踊っています。3作品続けて踊るのはもちろん大変ではありますが、幕間休憩の間に次の作品のリサーチモードに入るという感覚ですから、異なるスタイルの作品を続けて踊ることが難しいと思うことはあまりありません。ただ、作品によって身体のトレーニングの仕方が少しずつ違うので、そこはバランスよく鍛えなくてはいけないと思っています。

©️Ballet Channel

記者3 コンテンポラリーダンスの社会的意義について、モルナー監督に伺います。コンテンポラリーダンスはもちろん身体表現ですが、同時にその時代の空気やメッセージ、言葉では伝えられない重要なものを凝縮した、非言語のジャーナリズムでありメディアでもあると思います。その意味において、NDTではコンテンポラリーダンスと社会のつながりをどのように強化していきたいと考えているのか、監督のビジョンを聞かせてください。
モルナー 最初にひとつ言えるのは、私たちの活動は、個別具体的な政治性よりも、普遍性を目指しているということです。とくに身体知、つまり身体の知識のようなものにフォーカスすることで、言語化して理解することができない身体のあり方や、社会、世界のあり方を感じられる。それがダンスの魅力だと思っています。

また、アートへの取り組み方の問題もあると思います。例えば、それが民主的に作られているかどうかということ。お互いに言葉が通じないダンサー同士でも、お互いに体重を預け合って安心して作ることができる信頼関係があるかどうか。 あるいは非常に抽象的な表現を観客に投げかけて、そこに自由な解釈が生まれるかどうか。こうしたダンサーたちとの取り組みや、劇場で観客と向き合うことなど、私たちの実際的な活動じたいに社会性は現れると考えています。

最後にひとつ付け加えるなら、私たちのアイデンティティは、ひとつの作品、ひとりの振付家にあるのではなく、身体のクリエイティブという哲学にこそある、ということです。例えば今回上演する5作品は、観た後にまったく異なる感覚を抱くでしょう。そういう創作を可能にしている哲学じたいが私たちのアイデンティティであり、ご質問のような社会的インパクトにもつながるのではないかと思います。

©️Ballet Channel

記者4 いまの質問に関連して、現在ヨーロッパでは、演劇はもちろんオペラの世界まで、ロシアへのアンチテーゼや難民問題など、政治を作品に盛り込むことが当たり前になってきています。先ほどのモルナー監督の答えはつまり、NDTでは作品に政治を持ち込まない、ということでしょうか。
モルナー 扱わない、ということではなく、より深い次元で扱おうとしていると考えていただけたらと思います。例えば「戦争」というものがあるとしたら、戦争そのものを逐語的に表現するのではなく、そのもっと奥にある、戦争に至るエネルギーじたいを扱うことができないかを考えるということです。その問題を余白を残しつつ扱うことで、より多様な視点や議論が生まれるのではないか。あるテーマがあった時に、深く感情の次元でそれを扱うことで、世界で起こっている問題に関して複雑な理解が得られたり、より多様な対話が生まれたりするのではないか。私たちはそのように考えています。

エミリー・モルナー芸術監督への単独インタビュー記事はこちら

公演情報

【日程・会場】
●群馬公演 ※公演終了

2024年6月30日(日)16時
高崎芸術劇場 大劇場(群馬県高崎市)

●神奈川公演 ※公演終了
2024年7月5日(金)19時
2024年7月6日(土)14時
神奈川県民ホール 大ホール(神奈川県横浜市)

●愛知公演
2024年7月12日(金)19時
2024年7月13日(土)14時
愛知県芸術劇場 大ホール(愛知県名古屋市)
★劇場と子ども7万人プロジェクト(小・中・高校生招待)対象公演
*12日のみ残僅
詳細・申込はこちら

【上演プログラム】
※各公演3作品を組み合わせて上演
Jakie ジャキー by Sharon Eyal & Gai Behar シャロン・エイアール & ガイ・ベハール
One Flat Thing, reproduced ワン フラット シング, リプロデュースト by William Forsythe ウィリアム・フォーサイス
Solo Echo ソロ・エコー by Crystal Pite クリスタル・パイト
La Ruta ラ・ルータ by Gabriela Carrizo ガブリエラ・カリーソ(Peeping Tom ピーピング・トム)
I love you, ghosts  アイラブユー, ゴースト by Marco Goecke マルコ・ゲッケ

企画制作・招聘:愛知県芸術劇場、Dance Base Yokohama
協力:オランダ王国大使館

【詳細】
公演特設サイト

【主催・制作・問合せ】
●群馬公演
主催・問合せ:高崎芸術劇場[公益財団法人 高崎財団] チケットセンター
TEL 027-321-3900(10:00~18:00)
https://www.takasaki-foundation.or.jp/theatre/index.php

●神奈川公演
主催:Dance Base Yokohama [一般財団法人セガサミー文化芸術財団]/神奈川県民ホール [公益財団法人神奈川芸術文化財団] 制作・問合せ:Dance Base Yokohama
contact@dancebase.yokohama
https://dancebase.yokohama/
https://www.kanagawa-kenminhall.com/

●愛知公演
主催・制作・問合せ:愛知県芸術劇場
TEL 052-211-7552
contact@aaf.or.jp
https://www-stage.aac.pref.aichi.jp

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