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英国バレエ通信〈第35回・前編〉英国ロイヤル・バレエ「ダイヤモンド・セレブレーション」

實川 絢子

鑑賞ファンにも、バレエ留学を志す若いダンサーたちにも、圧倒的に人気のある国ーー英国。
現地で話題の公演や、街の人々の”バレエ事情”などについて、ロンドン在住の舞踊ライター・實川絢子さんに月1回レポートしていただきます。

ダイヤモンド・セレブレーション(前編)

11月中旬、ロイヤル・オペラハウスでは友の会である「フレンズ・オブ・コベントガーデン」設立60周年を記念して、「ダイヤモンド・セレブレーション」と冠したガラ公演が行われた。ロイヤル・バレエの伝統と革新を讃える、3部構成の盛りだくさんのプログラムで、筆者は初日の16日と最終日19日夜公演を鑑賞(日本では初日の模様が2023年2月に映画館で上映されるとのこと)。16日はミハイル・バリシニコフが来場したほか、クリストファー・ウィールドンや今回世界初演された新作の振付家たち(ジョセフ・トゥンガ、パム・タノヴィッツ、ブノワ・スワン・プフェ、ヴァレンティノ・ズッケッティ)もカーテンコールに登場し、華やかな夕べとなった。

第1部は、ロイヤル・バレエのレパートリーの核となる英国人振付家の作品を上演。友の会設立の2年前に初演されたフレデリック・アシュトン版『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』の、通称「ファニー・エルスラーのパ・ド・ドゥ」で爽やかに幕を開けた。16日に出演したのは、アンナ・ローズ・オサリヴァンアレクサンダー・キャンベル。ロイヤル・バレエには、ラウラ・モレーラ、崔由姫など、リーズ役でお手本のようなアシュトン独特のエポールマンをきっちり見せてくれるダンサーが多くいるので、オサリヴァンの上半身の動きには少し物足りなさを感じてしまったものの、足捌きは精緻で軽やか。キャンベルも陽気なキャラクターにぴったり。ただ、ダンスそのものはゲネプロと19日にコーラス役を踊ったアクリ瑠嘉と比べるとコンパクトに収まってしまった印象だった。アクリは、疾風のような回転やダイナミックなジャンプなど、クリーンなテクニックと上品でありながらスピードとキレのある大きな身体の使い方でアシュトン作品の醍醐味を見せてくれ、次回の上演では、オサリヴァン共々、きっと輝かしい全幕主演デビューを果たしてくれることだろう。

英国ロイヤル・バレエ『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』アンナ・ローズ・オサリヴァン(リーズ)、アレクサンダー・キャンベル(コーラス)©2022 ROH. Photograph by Andrej Uspenski

アシュトン作品に続くのは、やはりマクミラン『マノン』寝室のパ・ド・ドゥを高田茜と、デ・グリュー役初挑戦のファースト・ソリスト、カルヴィン・リチャードソンが踊った。ガラ公演でドラマティック・バレエのハイライトをいきなり踊るのはなかなか難しいが、高田はどの場面でも美しいラインを描きながら可憐な踊りで魅了し、たちまち『マノン』の世界に観客を引き込んだ。リチャードソンは、終始高田にリードされているように見えたが、それが魅力有り余るマノンに振り回されるデ・グリューの繊細さ、一途さを表しているようで新鮮。コンテンポラリー作品で並外れた表現力を発揮するリチャードソンは、先シーズンの『ロミオとジュリエット』以降、ドラマティック・バレエというオヘア芸術監督に与えられた新たな課題に果敢に挑んでいる。今回のパ・ド・ドゥも、次回の全幕主演デビューに向けた予行演習なのだろう。

英国ロイヤル・バレエ『マノン』高田茜(マノン)、カルヴィン・リチャードソン(デ・グリュー)©2022 ROH. Photograph by Andrej Uspenski

英国ロイヤル・バレエ『マノン』高田茜(マノン)、カルヴィン・リチャードソン(デ・グリュー)©2022 ROH. Photograph by Andrej Uspenski

『クオリア』(2003年初演)は、ウェイン・マクレガーが初めてロイヤル・バレエに振り付けた記念すべき作品(初演はエドワード・ワトソンとリャーン・ベンジャミン)。スキャナーことロビン・ランボーによる電子音楽にのせ、ハイパーエクステンションなどマクレガーのシグネチャー的な身体言語が頻出する、かつてダンスの新時代の到来を予感させた(今見るととても2000年代的な)作品だ。メリッサ・ハミルトンの長い四肢と柔軟性を見せつけるような振付に、初役のルーカス・ビヨルンボー・ブレンツロドがまるで駆け引きをするようにしてよく反応していた。

英国ロイヤル・バレエ『クオリア』メリッサ・ハミルトン、ルーカス・ビヨルンボー・ブレンツロド ©2022 ROH. Photograph by Andrej Uspenski

英国ロイヤル・バレエ『クオリア』メリッサ・ハミルトン、ルーカス・ビヨルンボー・ブレンツロド ©2022 ROH. Photograph by Andrej Uspenski

ロイヤルのレパートリーに欠かせない英国出身の振付家といえば、クリストファー・ウィールドン。今回ロイヤル・バレエで初演された『FOR FOUR』は、2006年に4人のスターダンサー(アンヘル・コレーラ、イーサン・スティーフェル、ニコライ・ツィスカリーゼ、ヨハン・コボー)のためにシューベルトの弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」に振付けられた作品。マシュー・ボール、ワディム・ムンタギロフ、マルセリーノ・サンべという絶大な人気と実力を誇るプリンシパルに加え、当初セザール・コラレスがキャスティングされていたパートをファースト・ソリストのジェームズ・ヘイが踊った。舞台奥に4人のシルエットが浮かび上がる冒頭から、ゆっくりとカノンで4人が動き出し、それぞれ異なるスタイルのソロを見せる。ボールは力強くカリスマティック、ヘイは軽やかなプティ・アレグロがアクセントに効いた静謐な祈りのような踊り、ムンタギロフは流れるように優美なアダージオ、そしてサンべは打ち上げ花火のような高い跳躍や竜巻のようなグランド・ピルエット・ア・ラ・スゴンドでエネルギーを炸裂させた。個性が見事にバラバラな4人が一緒に踊る部分は、ひとつのゴールに向かう同志のようであり、挑発し合うライバルのようであり、一瞬たりとも目が離せない、見応えのある〈四重奏〉となった。ちなみにこの作品は、2023年6月の英国ロイヤル・バレエ日本公演でも上演が予定されている。バレエ団の〈今〉を感じさせる個性豊かな男性ダンサーの競演が楽しめることだろう

英国ロイヤル・バレエ『FOR FOUR』マシュー・ボール、ジェームズ・ヘイ、マルセリーノ・サンべ、ワディム・ムンタギロフ ©2022 ROH. Photograph by Andrej Uspenski

英国ロイヤル・バレエ『FOR FOUR』マシュー・ボール、マルセリーノ・サンべ ©2022 ROH. Photograph by Andrej Uspenski

英国ロイヤル・バレエ『FOR FOUR』マルセリーノ・サンべ ©2022 ROH. Photograph by Andrej Uspenski

 

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(後編へつづく)

★次回更新は2022年12月30日(金)の予定です

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東京生まれ。東京大学大学院およびロンドン・シティ大学大学院修了。幼少より14年間バレエを学ぶ。大学院で表象文化論を専攻の後、2007年に英国ロンドンに移住。2009年より舞踊ライターとしての活動を始め、シルヴィ・ギエム、タマラ・ロホ、ジョン・ノイマイヤーをはじめとするダンサーや振付家のインタビューを数多く手がけるほか、公演プログラムやウェブ媒体、本、雑誌などにバレエ関連の記事を執筆、大学シンポジウムにて研究発表も行う。長年会社員としてマーケティング職に従事したのち、現在は一児の母として育児にも奮闘している。

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