Videographer:Jin Kakizaki(Award of Life)
2022年10月12日(水)〜16日(日)、東京バレエ団がクラシック・バレエの名作『ラ・バヤデール』を上演します。
古代インドを舞台に、神に仕える舞姫ニキヤと戦士ソロルの禁断の愛、聖職者でありながらニキヤに恋慕の情を抱く大僧正(ハイ・ブラーミン)、ソロルと結ばれるためなら手段を選ばない藩主の娘ガムザッティ……愛憎と陰謀の人間ドラマがスピーディに展開する第1幕、古典バレエの群舞の極みと称される第2幕「影の王国」、そしてあっと驚く結末が訪れるスペクタクルな第3幕。
同団が上演するナタリア・マカロワ版は、そのスピーディでドラマティックな演出と美しい振付によって、世界で高い評価を受けている名バージョンです。
今回はこの東京バレエ団『ラ・バヤデール』を全5回にわたって大特集!
まずはヒロイン・ニキヤ役を演じる3人のバレリーナのスペシャルインタビューをお届けします。
第1回は同団を代表するプリンシパル、上野水香さんの登場です。
上野水香 Mizuka Ueno Photo:NBS/東京バレエ団
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- 今回の東京バレエ団『ラ・バヤデール』、今回は初役キャストも多いなか、水香さんはバレエ団初演時からヒロインのニキヤ役を踊っていますね。
- 上野 そうですね。初演が2009年で、その後は2011年、2015年、2017年と踊らせていただいて、直近が2018年のオマーン公演。ですから今回は4年ぶりのニキヤ役になります。
- 初演時には、このバージョンの演出・振付を手がけたナタリア・マカロワ自身から直に指導を受けられましたね。
- 上野 私はもともとマカロワさんの大ファンで。彼女の踊りにある、あの独特のエキスみたいなものが大好きだったんですね。そのエキスが凝縮されているのが、『ラ・バヤデール』第1幕3場のソロ。私たちが「スネーク」と呼んでいる、ソロルとガムザッティの婚約式でニキヤが花かごを持って踊る場面です。あの踊りをご本人から本当にみっちり教えていただけた経験はいまでも私の宝物ですし、直伝していただいたエキスをしっかり表現できる存在でありたいと、初演以来ずっと思ってきました。
その初演時以降ずっと振付指導をしてくださったゲスト教師のオルガ・エヴレイノフ先生も、素晴らしかったですね。マカロワさんがこの作品に求めていることは何かを120%理解されていて、それをそのまま私たちに伝え、身体に叩き込んでくださいました。本当に厳密なご指導で、いまもリハーサルしていると「オルガ先生ならここでこうおっしゃるはず」っていうのが、お顔と声と動きで全部脳内再生されるくらいです(笑)。
- 今回は元アメリカン・バレエ・シアター(ABT)プリンシパルのフリオ・ボッカが指導にあたっているそうですが、リハーサルで重点を置かれるポイントに違いはありますか?
- 上野 違いますね。もちろん基本的な部分は同じですけれど、ボッカさんは「最近ナターシャ(編集部注:ナタリアの愛称)はこういうふうに変えたんだよ」と、振付や演出の面でアップデートされたことを具体的に指示してくださっています。そしてやはり男性なので、男性目線からのアドバイスをくださるのがすごく新鮮です。例えばパ・ド・ドゥの場面では、男性の立場から「自分がサポートする時はこうしていたよ」とご自身の経験を交えて教えてくださるんですね。するとパートナーの柄本弾さんもすごく楽になるみたいだし、私もぐっと動きやすくなる。これまで女性目線から教わってきたことと、今回の男性目線からのご指導と、両方向から攻めていただいているかたちなので(笑)、とても助かっています。
東京バレエ団『ラ・バヤデール』のリハーサル風景より 上野水香(ニキヤ)、柄本弾(ソロル) ©️Shoko Matsuhashi
- 先ほど「マカロワさんのエキス」というとてもおもしろい言葉がありましたが、それは具体的にはどのようなことなのか、さらにくわしく聞かせていただけますか?
- 上野 例えば「スネーク」にも、背中を後ろに反らせる動きが何度も出てきますよね。あの動きがマカロワさんの踊りの本当に美しいところのひとつですけれど、そういったポーズにたどり着くまでに、どういう軌跡を描いて動くのか。そこに彼女のエキスの正体があると思います。それから、どんなシンプルな動きに対しても「レジスト(抵抗)」をかけるということ。例えば手を差し出すだけ、足を一歩踏み出すだけでも、サッと簡単に出すのではなく、何かの力を押し戻すように、動きに濃厚な粘りを持たせるんです。ニキヤの登場シーンで、最初に歩いて出てくるその一歩から、レジストが見えなければ何度でもやり直し。そのくらい厳しく、細かく指導されました。
- これまでも踊ってきたニキヤ役ですが、今回ならではの気づきや、解釈を新たにしたことなどはありますか?
- 上野 ニキヤは本当に演じがいのある役で、掘り下げれば掘り下げるほどいろいろな発見がありますが、私が一貫してイメージしているのは「芯の強い女性」だということです。ガムザッティと較べると、ニキヤってどうしても「儚い」とか「可哀想」という印象をもたれやすいですよね。でも彼女はやはり自分の人生を生き抜いた女性であって、その生きざまというものはきちんと説得力を持って演じたいと、ずっと思ってきました。
そういうふうに考えてきたなかで、今回自分のなかにくっきりと浮かんできたのが「人間力」という言葉です。バヤデール、つまり神に仕える舞姫の身でありながら、インドのカーストの頂点であるハイ・ブラーミン(大僧正)から見染められ、やはり上位に位置する戦士ソロルからも愛されるーー身分や階級を超えても人を魅了してしまうほど、魔的な魅力を持つ女性、それがニキヤなのだと。そしてガムザッティに愛する男性を奪われるとなれば、それこそ自分よりはるかに位の高い相手なのに、「私のソロルは渡さないわ!」と短剣を振りかざす。本当に強いですよね。ニキヤは、地位とか、お金とか、そういうものでは測れない、見えざる力を持つ女性。そして最後には寺院を崩壊させてしまうくらいの存在です。そのエネルギーを表現できたら、『ラ・バヤデール』というドラマが観客のみなさんにとって腑に落ちるものになるのでは……と考えています。
- ニキヤを「人間力」という言葉で語るって、とてもユニークでおもしろいです。水香さんならではの解釈ですね。
- 上野 じつを言うと、私にとってニキヤは演じるのがすごく難しい役だとずっと思ってきました。自分自身の性格とは似ていないので、役に心を寄せる手がかりを見つけにくかったというか。でも、すべては彼女の人間力ゆえの運命だったのだと考えたら、私自身スッと腑に落ちた気がしました。
- そのニキヤは、第1幕3場「スネーク」のソロの最後に、花かごのなかに仕込まれていた毒蛇に喉を噛まれて命を落とします。ニキヤ、ソロル、ガムザッティ、ガムザッティの父親のラジャ、そしてハイブラーミンという主要人物たちそれぞれの感情が絡み合う名場面ですが、その人間ドラマの真ん中で、水香さんのニキヤはどんな気持ちで息を引き取るのでしょうか?
- 上野 最期の瞬間のニキヤは、もう死にたかったのだと思います。生きていてもしょうがない、もう生きていたくない、って。
- 悲しいですね。
- 上野 彼女にとっては、ソロルだけが希望だったから。そんな気がします。
- そうして命を落としたニキヤがソロルの幻影のなかで現れるのが第2幕「影の王国」。そしてマカロワ版では第3幕でふたたび場面が現実世界に戻り、ソロルとガムザッティがいよいよ婚礼……というところで再びニキヤの幻が現れますね。そこがこの版の最大の特徴だと言われますが、あの場面、水香さんはどのような心情で演じていますか?
- 上野 第3幕のニキヤは、もうガムザッティを憎んでいるとか、ソロルを恨んでいるとか、そういう気持ちではないと思うんですね。彼女にあるのは、大好きな彼を連れて行きたい、彼と一緒にいたいという一途で純粋な思いだけ。ただそのためだけに現れるのだと考えると、私自身はすごく納得がいきます。
- ニキヤをそこまで一途にさせてしまうソロルの魅力とはいったい何なのでしょうか……。
- 上野 まったく酷い男性ですよ(笑)。でも困ったことに、彼には抗い難い色気みたいなものがあるのだと思います。ニキヤにとっては、もはや好きとか嫌いとか関係なく、どうしようもなく惹かれてしまう人なのではないでしょうか。そしてその意味で言うと、じつはニキヤも非常に色っぽい女性ですよね。第1幕の登場シーンの振付からして色っぽいですし、その色気を出せなければ、作品の面白味が半減してしまう気がします。
- まさに! しかしそれにしても『ラ・バヤデール』とは、芝居とドラマティックな踊りで紡ぐドロドロの愛憎劇であるいっぽうで、第2幕ではクラシック・チュチュで古典バレエの極みを見せるという、非常に振り幅の広い作品ですね。水香さんにとって、全幕中最も難しい場面といったらどこになりますか?
- 上野 それはもう、圧倒的に「影の王国」です。本当に難しい。何度やっても難しい。テクニック的にも難易度が高いのですが、それ以上に、ピュアなクラシック・バレエとしての真の美しさを見せることが難しいです。例えば『白鳥の湖』であれば、腕や脚のラインの伸びで表現できるところがあるので、私のようなタイプのダンサーにとっては踊りやすい面もあるんですね。でもこの作品はもっと抑制的というか、カチ、カチ、カチと型を見せていかなくてはいけません。テクニックを無事にこなしていくだけでも大変なのに、息が詰まるような緊張感もあり……。それでも今回フリオさんのご指導で、いままでよりは少し身体を伸び伸びと使えるようになってきたような気はしています。
東京バレエ団『ラ・バヤデール』第2幕より 上野水香(ニキヤ)、柄本弾(ソロル) ©️Kiyonori Hasegawa
- 水香さんがとりわけ大事に演じたいと考えている場面はありますか?
- 上野 もちろんすべてですけれど、まず第1幕の「スネーク」から息絶えるところまでの演技も本当に大切にしたいですし、やはり「影の王国」も。最近すごく実感していることなのですが、キャリアを積めば積むほど、クラシック・バレエってよりピュアになっていく気がします。以前は「あのテクニックはこう見せたい」「私はこう踊りたい」等とあれこれ考えてばかりだったのに、そういうぐちゃぐちゃとしたものが削ぎ落とされていって、自分がどんどん透明になっていく。昔はいろいろなことが絡みついて見えなかった場所に、いまは到達しつつあるような感覚があります。そんないまだからこそお見せできる踊りがきっとあると思うし、複雑なドラマと真っ白なバレエのコントラストをくっきり表現できたら、それが今回踊らせていただく意味になるのかなと思っています。
- すごく素敵です。削ぎ落とされて初めて見えてくる結晶みたいなものが、ご自身の中で感じられるわけですね。
- 上野 余計なことは考えず、ただ純粋に作品の中に深く自分を投入するだけ。それはキャリアを積んできた先でしかできないことであり、これから私がクラシックを踊っていくなかでも、いちばんのテーマになっていく気がしています。
Photo:NBS/東京バレエ団
公演情報
東京バレエ団『ラ・バヤデール』
日程・主な配役 |
10月12日(水)18:30 (17:30開場)
ニキヤ:上野 水香
ソロル:柄本 弾
ガムザッティ:伝田 陽美
10月13日(木)13:00 *1 (12:00開場)
ニキヤ:秋山 瑛
ソロル:秋元 康臣
ガムザッティ:二瓶 加奈子
10月14日(金)13:00 *2 (12:00開場)
ニキヤ:中島 映理子
ソロル:宮川 新大
ガムザッティ:三雲 友里加
10月15日(土)14:00 (13:00開場)
ニキヤ:秋山 瑛
ソロル:秋元 康臣
ガムザッティ:二瓶 加奈子
10月16日(日)14:00 (13:00開場)
ニキヤ:上野 水香
ソロル:柄本 弾
ガムザッティ:伝田 陽美
上演時間:約2時間50分(休憩2回含む)
*1 …10/13の公演は1階席が学校団体の貸し切り。2階席以降を一般販売
*2 …10/14の公演は1~2階席が学校団体の貸し切り公演。3階席をクラブ・アッサンブレ会員のみに販売
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会場 |
東京文化会館(東京・上野)
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詳細 |
NBS日本舞台芸術振興会WEBサイト |