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【特集】東京バレエ団「ラ・バヤデール」vol.3〜秋山瑛インタビュー “ただ愛されるだけじゃない。敵意も憎しみも向けられるから、ニキヤ役はおもしろい”

阿部さや子 Sayako ABE

Videographer:Jin Kakizaki(Award of Life)

2022年10月12日(水)〜16日(日)、東京バレエ団がクラシック・バレエの名作『ラ・バヤデール』を上演します。

古代インドを舞台に、神に仕える舞姫ニキヤと戦士ソロルの禁断の愛、聖職者でありながらニキヤに恋慕の情を抱く大僧正(ハイ・ブラーミン)、ソロルと結ばれるためなら手段を選ばない藩主の娘ガムザッティ……愛憎と陰謀の人間ドラマがスピーディに展開する第1幕、古典バレエの群舞の極みと称される第2幕「影の王国」、そしてあっと驚く結末が訪れるスペクタクルな第3幕。
同団が上演するナタリア・マカロワ版は、そのスピーディでドラマティックな演出と美しい振付によって、世界で高い評価を受けている名バージョンです。

今回はこの東京バレエ団『ラ・バヤデール』を全5回にわたって大特集!
前半はヒロイン・ニキヤ役を演じる3人のバレリーナのスペシャルインタビューをお届けします。
第3回は、舞台のたびに新たな顔を見せてくれるプリンシパル、秋山瑛さんです。

秋山 瑛 Akira Akiyama Photo:NBS/東京バレエ団

△▼△▼△

大変遅ればせながら……プリンシパル昇格、おめでとうございます。
秋山 ありがとうございます。
プリンシパルとなった瑛さんの踊りは、さらに芯の強さやしなやかさを増したように感じます。
秋山 本当ですか? 踊りの面での変化は自分ではわかりませんけれど、責任感みたいなものは少し感じています。斎藤友佳理芸術監督は、「プリンシパルだからといって責任感を感じる必要はないのよ。肩書きの重圧であなたが踊りにくくなることは望んでいない。だから身構えなくていいのよ」と言ってくださるのですが。
秋山瑛さんというバレリーナの魅力のひとつは表現に自由な羽ばたきがあることだと思うので、監督のその言葉は素晴らしいですね。
秋山 そうですね。私らしさを失わないように、って。とてもありがたい言葉だと思っています。
そして今回の『ラ・バヤデール』では、初役でニキヤを踊ります。これまで瑛さんが演じてきた役とはまったく違うタイプのヒロインですね。
秋山 本当に初めてのタイプです。これまでは『くるみ割り人形』のマーシャのような少女の役か、『かぐや姫』や『ロミオとジュリエット』のように、少女が物語の中でだんだん成長していく役が多かったんですね。でもニキヤは最初から大人の女性。しかも巫女という……。
巫女……確かにかなり特殊な設定ではありますね。
秋山 はい……。でも、私はニキヤの登場シーンに特別な印象を持っていて。以前巫女のひとりとして舞台に出ていた時――その時は上野水香さんがニキヤ役だったのですが、ベールで顔を覆ったニキヤがゆっくりとした歩みで出てきて、立ち止まって、そのベールが取られた瞬間を見て、ハッとしたんです。「ああ、大人の女性が立っている」って。あの時のイメージが、いまでも強く心に残っています。
ベールに覆われていたニキヤがサッと現れた時に、「ああ、大人の女性だ」と感じたと。おもしろいですね。
秋山 「何かあるな」と感じさせるものがあったというか。いま私もフリオ・ボッカ先生にご指導いただいているのですが、先生がおっしゃるには、「ただ歩くだけではないよ」と。ベールで顔も見えないけれど、自分で心の中に何かを持っているかどうかで、観ている人が受け取るものはぜんぜん違うのだと。それから、目線の上げ方も。ベールを取った時に、それまで伏せていた目をどう上げていくかというところも、本当に細かく注意をいただいています。大きな劇場で、目元の微妙な動きまではお客様に見えなかったとしても、そのニュアンスは不思議と伝わりますよね。
確かにニキヤの登場シーンは、派手な動きは何もないのに、ものすごくインパクトがあります。例えば『眠れる森の美女』のオーロラやそれこそ『ロミオとジュリエット』のジュリエットと同じように、登場の瞬間がそのヒロイン像を決定的に印象付けてしまうというか。
秋山 そうですよね! 本当にそこで決まると思うので、大事にしたいなと思います。
瑛さんがニキヤに対して思い描いている「大人の女性らしさ」を表現するには、どんなことが鍵になると思いますか?
秋山 やはり「立ち居振舞い」でしょうか。身体のパーツを細かく動かしすぎない、首を大きく傾けない、相手を見るにも視線をゆっくり向ける、ハイ・ブラーミンに対峙する時は目線を下げない等、本当に小さな動作や表情の積み重ねによってその人物像が形作られていくのかな……と。そのあたりをいま勉強しているところです。

東京バレエ団『ラ・バヤデール』のリハーサル風景より 秋山瑛(ニキヤ)、秋元康臣(ソロル) ©️Shoko Matsuhashi

瑛さんがドラマティックな持ち味のバレリーナであることは『ロミオとジュリエット』のジュリエット役などで証明済ですが、ニキヤも非常にドラマのある役ですね。
秋山 どんな作品も踊るのは楽しいですし、やりがいもありますけれど、やはりドラマティックな役を演じると、深い気持ちになります。「生きたな……」って思う。とくに『ラ・バヤデール』がおもしろいなと思うのは、ニキヤって周りの人物から向けられる感情が複雑なんです。例えばジュリエットやジゼルは基本的にみんなから愛を向けられている存在なので、私はその愛を受け入れるか、それとも拒絶するか、という演技が多かった。ところがニキヤの場合は、ソロルやハイ・ブラーミンからは愛を向けられるけれど、ガムザッティやラジャには敵意や憎しみを向けられます。しかも憎悪の感情のほうが、それぞれの人の演じ方の違いが、より大きい気がするんですよ。すると当然、こちらの演技も大きく変わってくる。いろんな人のいろんな感情がぶつかってきて、それを受けたり撥ね返したりするというのはいままでにない経験で、すごくおもしろいです。
なるほど! しかも瑛さん自身、第1幕2場では、ソロルをめぐってガムザッティと女同士のバトルを見せることになりますね。
秋山 相手を傷つけようとするくらい攻撃的な気持ちになる役というのも、なかなかないですよね。でも、マカロワ版『ラ・バヤデール』は本当に物語がよくできていて、あの場面になると自然に激しい感情が湧いてくるので……やはりすごい作品だなと思います。
この可憐な瑛さんが……想像がつかなすぎて、本番が本当に楽しみです(笑)。
秋山 (笑)。私自身も実際に本番で自分がどういう気持ちになるのかはわからないのですが、でもガムザッティ役の二瓶加奈子さんが、リハーサルでも毎回本気で感情をぶつけてきてくださるんですね。あの視線と気持ちの強さに対して、私も感情を返す! という感じ。相手ありきで毎回演技が変化する場面です。
そして次の第3場、ガムザッティとソロルの婚約式の場面で、ニキヤは前半のクライマックスを迎えます。花かごを持って踊る、ドラマティックなソロの踊りです。
秋山 我ながらなんて可哀想な場面だろうと思います……。でも、本当に素敵な踊りです。
あれだけエモーショナルに身体をしならせながら踊るのは、やはり技術的にも難しいのでしょうか?
秋山 難しいです。ただ、もしあのソロを無感情で踊るなら、もっと大変だろうと思います。実際には感情の波があるので、それに助けられているところが大きいのかなと。最初は悲しみで始まって、花かごがソロルからのプレゼントだと告げられたところから希望が生まれて彼への愛の踊りになる。ところが中に仕込まれた蛇に噛まれて、混乱して、ガムザッティと一緒に去っていく彼の背中を見て絶望して……と、とても演じがいがあって、大好きな場面です。
その死を迎える場面について。毒蛇に噛まれたニキヤに大僧正が解毒剤を差し出しますが、ニキヤはそれを受け取らずに息を引き取ります。このくだりのニキヤの心情を、瑛さんはどう解釈していますか?
秋山 ソロルが去ってニキヤは希望を失うけれど、ただ無力に死ぬわけではなくて、自分で選んで死んでいくという感じがします。例えばジゼルも恋人に裏切られて死んでしまうけれど、彼女の場合は打ちのめされて弱っていき、心臓が止まってしまいます。でもニキヤは違う。ずっと強い女性のままで、自分の最期も自分で決めたんだと思います。
そして第2幕は「影の王国」。第1幕のドロドロした愛憎ドラマとはあまりにも対照的な純白のクラシック・バレエの世界ですが、短い幕間休憩だけで心身を切り替えるのは難しくないのでしょうか?
秋山 「影の王国」はアヘンを吸ったソロルの幻影で、彼にはニキヤの姿が何重にもなってぼんやり見えている、という場面。ですからコール・ド・バレエの全員がニキヤの影であり、空気というか、雲みたいなイメージを持って踊るようにと教わりました。最初にコール・ド・バレエのダンサーたちが、一人、また一人とアラベスク・アロンジェを繰り返しながら坂を降りてくる。そして全員が揃うと空気がしん……となって、素晴らしい群舞が始まります。あの音楽を聴きながら、コール・ド・バレエの醸す雰囲気を感じていると、私の気持ちも自然と整うんです。みんなの集中力に引っ張られて、第1幕でのことはいったんスッと抜けてしまいます。

斎藤監督はよくこうおっしゃいます。「これはとても精神性の高い群舞なの。その真ん中に立つということは、あなたはみんなよりもさらに高いところに精神を持っていかなくてはいけないのよ」と。本当に、あの場面はリハーサルの段階から空気感がまったく違います。音楽が始まると、誰もおしゃべりしなくなりますし、男性ダンサーたちもスタジオに入ってこられないような雰囲気になるんですよ。

古典の群舞の最高傑作とも言われる「影の王国」の、あの息をのむ美しさがどこから生まれているのか、秘密を伺った気がします。
秋山 もちろん純粋なクラシック・バレエをお見せするシーンですから、踊りはすごく難しいです。でも不思議なんですけど、私はコール・ドのみんなが周りにいる時のほうが、気持ちが強くなる気がします。みんながいる、その空気の中で踊るということが、私を支えてくれているんです。
そしてマカロワ版の最大の特徴と言える第3幕、ソロルとガムザッティがいよいよ婚礼の儀式を行うというところで、再びニキヤが現れますね。あの場面のニキヤは何者なのか? なぜ現れたのでしょうか?
秋山 第3幕のニキヤもソロルの幻なのだと私自身は思っています。ニキヤ自身が怨念とか愛情とか主体的な気持ちを持って戻ってきたわけではなくて、ソロルの罪悪感から彼だけに見えている存在なのだと。この幕のクライマックスで、ニキヤとソロルとガムザッティとラジャの4人で踊るパ・ド・カトルがあるのですが、その時ソロル役の秋元康臣さんは、私を「直視」することなく踊ります。ガムザッティは肉体のある現実の人間としてそこにいるけど、ニキヤは幻。存在は感じるけれども見えてはいない、触れているはずなのに触れられない。そんなニキヤとソロルの関係が表れる踊りです。だから私自身は「影の王国」の延長みたいな気持ちで、感情をぶつけるのではなく、精神を高いところに置いたまま踊りたいと思っています。

Photo:NBS/東京バレエ団

公演情報

東京バレエ団『ラ・バヤデール』

日程・主な配役

10月12日(水)18:30 (17:30開場)
ニキヤ:上野 水香
ソロル:柄本 弾
ガムザッティ:伝田 陽美

10月13日(木)13:00 *1 (12:00開場)
ニキヤ:秋山 瑛
ソロル:秋元 康臣
ガムザッティ:二瓶 加奈子

10月14日(金)13:00 *2 (12:00開場)
ニキヤ:中島 映理子
ソロル:宮川 新大
ガムザッティ:三雲 友里加

10月15日(土)14:00 (13:00開場)
ニキヤ:秋山 瑛
ソロル:秋元 康臣
ガムザッティ:二瓶 加奈子

10月16日(日)14:00 (13:00開場)
ニキヤ:上野 水香
ソロル:柄本 弾
ガムザッティ:伝田 陽美

上演時間:約2時間50分(休憩2回含む)

*1 …10/13の公演は1階席が学校団体の貸し切り。2階席以降を一般販売

*2 …10/14の公演は12階席が学校団体の貸し切り公演。3階席をクラブ・アッサンブレ会員のみに販売

会場

東京文化会館(東京・上野)

詳細 NBS日本舞台芸術振興会WEBサイト

 

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