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小林十市 連載エッセイ「南仏の街で、僕はバレエのことを考えた。」【第32回】ダンサーって何だ?「素の自分」って何だ?

小林 十市

ベジャール・バレエ・ローザンヌ(BBL)のスターダンサーとして世界中の舞台で活躍。
現在はBBL時代の同僚であった奥様のクリスティーヌ・ブランさんと、フランスの街で暮らしている小林十市さん。

いまあらためて、その目に映るバレエとダンスの世界のこと。
いまも色褪せることのない、モーリス・ベジャールとの思い出とその作品のこと−−。

南仏オランジュの街から、十市さんご本人が言葉と写真で綴るエッセイを月1回お届けします。

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ダンサーはダンサーという生き物だと思っていたけれど、そのダンサーという鎧を剥がしてもダンサーだろうか? 踊りを始める前はそうではなかったはずだ。

そうではない「自分」それは意識的に出したり隠したりすることができるのか? 潜在意識の深いところに置いてあるのか?

一般人。
一般人とは?普通に会社で働いている人?
いや、今ここでは「ダンサー」という肩書きがない人を指すことにしよう。

子どもの時よりも大人になる過程で人は人と関わるのが怖くなるのではないだろうか? そして仮面をつけ鎧をつけて身を守る……そうするうちに自分でも本当の自分が見えなくなってきたりするのかもしれない。

身体は嘘をつけない。
怖さと保身のため形を作るけど、失うものがない人は構えない。そのまま、ありのまま。そしてその「人」を強く醸し出す。それが例えば洗練されたダンサーの動きよりも、強く人の目を惹きつけたりするのだ。

個人差はあるかもしれない。
「人」を強く醸し出すような人が好きという人とそうでない人。「素の自分」をさらけ出したい人とそうでない人。

僕は頭では理解できるけど、「素の自分」をさらけ出すってなかなか辿り着けない境地だと思う。自分はまだ構えちゃうし、やろうとするし、わからないことが多い。失いたくないものもたくさんある。執着……手放せない色々。大体「素の自分」って何だ? 誰だ? そんなのはっきりわかっているわけでもないのにと思うこともあるけど……。

予定調和じゃない、その時、その瞬間に各自から生まれ出たものを伊藤郁女さんはキャッチしようとしているようだった。

それでもやはり「無力」な自分を感じてしまう。正解を追うとそれは掴めず遠くに行ってしまうような感じ。疑わずとりあえずやってみることが必要。

郁女さんと。グループのみんなとは別の振付を一人で踊る自分

フランスでは「元ベジャールダンサーです」というと2つのリアクションがある。

1つ目は肯定的な「いいね、すごいね~」タイプ。2つ目は否定的な「へ~、ああ~」タイプ。2つ目はなんていうのか嫉妬的要素もあるのかもしれない? よくわからないけどベジャールと聞いて良いイメージを持たない人っているんだけど、何が原因でそうなのか? 実際よく分からない。なので、正直こういった現場でも特別扱いはしてもらいたくはないし「元ベジャール」だからといって優れているとは限らないのだし、自分も他の人同様に与えられたことを模索し試して動いてあーでもないこーでもないとやっているのだから……。

でも郁女さんは僕をダンサーたちとアマチュア枠の人たちの中間へ位置付けしてきた(汗)。少し困ったと思いながらも自分の出せる全力で稽古をする。そして多分なんだけど通い始めて感じるのは割とみんな好意的に見てくれているということ。そしてダンサーの中にルードラで学んだ男性が1人いて(今バレエ団にいるドノヴァン・ヴィクトワールと同期っぽい)、そして彼の弟が何と! 一昨年からBBLにダンサーとしている!

なんて狭い世界だろう(笑)。それがわかったのが、郁女さんが出題した「激しく動くインプロ」で、その男性が大の字で反って跳ぶのを見てベジャール版『春の祭典』を思い出し、自分も何となくそのインプロに『春の祭典』の動きを取り入れたら、彼がそのまま振付を踊り出したので「え!? 知ってるの? 踊ったことあるの?」と聞いてみたらそういうことだったのだ。びっくり。(ちなみに猫のフェリックスファン❤︎

Equipe de Nuitの人達と

アマチュア枠の人たちは職業も年齢も様々で、それでもやはり「モーリス・ベジャール」は知っているわけで、僕が参加することには好意的な雰囲気。そして我々の稽古はいつも夜なので、アマチュア枠から夜チーム(Equipe de Nuit)に名前を変更した(笑)。

ちなみにダンサーたちは昼チーム(Equipe de Jour)。

自分を3つの動物で表すとしたら? みなさんはどのようにどんな動物を描くだろうか?
僕は頭が犬で体がラマで手足が猫な生き物、動物……(実際絵に描いて提出した)。

頭が犬っていうのは、昔、とある芝居の現場で「十市は怯えた犬のような顔をしているよ」と言われたのが印象に残っていて、実際いつも不安だから。体がラマっていうのは、「十市は首が長くてラマみたい」って言われたことがあったから。手足が猫は、それはベジャールさんが僕に3回も猫役をくれて、「着地が猫のように音がしないね」って誰かに言われたことがあるから。

Les Animaux Bizarres」奇妙な動物たち……とでもいうのかな? 今回の公演のタイトル。

そう、それで今言ったような、自分の思う、自分で自分を表した動物となって、例えば熱い鉄板の上を走る、逃げ回る感じに全身を使って走り回り、あるきっかけで片側が傷つく、傷つきながらも走る……とか。そんなことを繰り返し、少しずつ構築していく。最初の週は毎日体が痛かった。僕は2週目に入り落ち着いてきたけど、夜チームの数人は結構大変そうだった。あと郁女さんは全員に6歳の時の自分に今の自分が何か言うとしら? というのを書かせた。それをそれぞれが喋って、それに合わせて動いたりとか。あと二人一組になってインプロしたりとか。僕には新しいことばかりで最初戸惑ったけど楽しい作業だった。そして2週目の後半全員がやっと慣れてきた感じの時に2週間のオフに入った(郁女さんは自分のカンパニーの公演がある)。

4月に入ってから最初の週はまだ肌寒く、とくに僕はバイクに乗るのでいつ頃からヒートテックを着ないようにするか? は毎年の問題だった(笑)。

作品稽古がなくてもたまに個人レッスンの予約が入ったりしたので、まったく動いていないわけではなかったけれど、自主練はほとんどやる気が起きず、稽古中に二人一組でやった、片方の人が目を閉じて、もう片方の人が手で触ったところに吸収されるように動いたり、逆に押されるままに動いたりと感覚を研ぎ澄ますような練習を一人でも想像し動いてみるとか、上半身を正面から見て9つのポイント定め、それを崩していく動きとか、宿題的に練習しようと思ったけど、まったくしなかった……。

夏休みの宿題を慌てて最終日にやるような子どもはまだそのまま自分の中にいる……。

個人レッスン。バー・エクササイズを終えてストレッチをするオランジュバレエスクールの元生徒たち。それぞれ別の日のレッスンの様子

稽古休みの最初の週末にアヴィニョンで何人かの夜チームの人たちと会った。
作品について語り合ったり、こういう仲間意識を持ってテーブルを囲むのは楽しい。  

そして僕の住む地域は2週間のイースターホリデーに入った。

娘は17歳になり、フランスの大体の子どもがするように仮免許運転練習中でクリスティーヌを横に乗せ、免許証を取るまで3000kmという距離を走らなければならない。

そんなことに付き合ったり、アヴィニョンや近くの町にある美術館に行ったり、昼ごはんを食べに行ったりと家族の時間を過ごす。

ニュースを見るたびに落ち込む。コロナに戦争に物価高騰、それに日本では地震の心配も……それでも自分のできることをしなければならない。家族を大切にする。それぞれの家庭の大黒柱が己の家へ帰り、家族を大事にすれば世界は平和なんだ。
そんなことを思う。

そして、稽古再開!

肩幅に開いた両足で真っ直ぐ立って、木の根が張るように足の裏から地中に広がり、周りの土を回して動かすイメージをしながら上半身に向かってスパイラルして硬直していく(表情も含め)。
まるで舞踏のような?感じで体を捻りながら、今にも泣きそうで泣かない時の声のような音も発しながら全身を捻り硬直させていく……。
それの応用で5段階に分けて床から徐々に立ち上がっていく。体のどこかから発進させて硬直して行き、パッと一瞬で脱力し、違う部分からまたスタートさせる。

郁女さんが説明しながら見せると細かい筋肉の動きまでよく見える。でも実際自分でやってみるとなかなか上手くいかない。見てすぐに真似て大雑把にどんな感じなのかを身体に覚えさせる。そこから繰り返す作業。

昼チームと既に稽古をしていた郁女さんはいくつかの動きを変えたり付け足したり、演出部分も変わっていたところがあり、それを夜チームと一緒に確認する作業だった。

夜チームといると昼チームがいかにダンサーっぽく構えてしまうのがよくわかる。
普通の人間の体がニュートラルに正面を向いて真っ直ぐ前を見据えた形が欲しいのに、それがダンサーにはできない、と郁女さん。

僕は、20代でクラシックベースのダンサーたちならばそれはしょうがないよなって思うんだけど、引き上げるのがバレエだし、普通にしてと言われても、ダンサーとしての日常でこれが普通なんだから……って20代の頃の自分を想像するとよくわかる。ブレイクダンスをする人は、バレエダンサーとは違う。ストリートダンスとか、本当に道端で踊ってしまうし、踊っていないと普通の人っぽい。でもやはりバレエは違う。バレエを踊るために鍛えてきた人たちは、「普通」を求められることがない。

でも今の時代、そういった身体の使い分けができないと、「ダンサー」「表現者」「舞台人」と言えないのではないだろうか? ある意味、昔よりもタフで厳しい世界になってきているのかもしれない? そんなことを思った。踊る側も観る側も数あるスタイルから選んでいるのだろうけど色々な世界があることを幅広く経験し知っておくことは悪くない。年齢とともに身体の動ける範囲は狭くなっていくのだから……。

夜チームに昼間やった事を見せる昼チーム

Maître de cérémonie  式典マスターというか、そんな感じの役回りかな? と、自分の立ち位置を客観視して思う。あとベジャールさんの持っていたジャポニズム的な感じを有効に使うというか、「あ、こういうの初めてじゃないな」っていう。ある種の部分で郁女さんとベジャールさんの求めるところの共通点的なものを感じ面白かった。一度役回り的なことがわかってくると稽古が非常に楽しい。

とはいえ、動きが増すと身体が辛い時があるのは事実で、筋肉痛はいいとしても首の筋の張りが取れなかったり腰が痛くなったり、激しいのかなあやっぱりって(笑)。

作品稽古3週目の最終日。

細かい調整をして練習をして、変更部分が出て、また練習して、休憩して、練習して

そして通した!

よりいっそう昼チーム夜チームの間に一体感が出てきた感じもするし、作中に力強い繋がりのようなものを皆感じているようだった。
とくに夜チームのみんなの間では仲間意識的なものが強くなった気がする。

お芝居の現場みたいに良い座組っていう感じ♪

明日、24日はフランスの大統領が決まる日。
そして週明けは、僕がアヴィニヨン・オペラ座のクラスを受け持つことになっている。
なのでダンサーたちには少し違う色の自分を見てもらうことになるのかなあ……。

この座組との旅はもう少し続くのでありました。

今月もお読みいただきありがとうございます!

小林十市

★次回更新は2022年5月27日(金)の予定です

この記事を書いた人 このライターの記事一覧

元ベジャール・バレエ・ローザンヌ、振付家、俳優。 10歳より小林紀子バレエシアターにてバレエを始める。17歳で渡米し、スクール・オブ・アメリカン・バレエに3年間留学。20歳でスイス・ローザンヌのベジャール・バレエ・ローザンヌに入団。以後、数々の作品で主役をはじめ主要な役を踊る。2003年に腰椎椎間板変性症のため退団。以後、世界各国のバレエ団でベジャール作品の指導を行うほか、日本バレエ協会、宝塚雪組などにも振付を行う。また舞台やテレビ、映画への出演も多数。 2022年8月、ベジャール・バレエ・ローザンヌのバレエマスターに就任。

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