鑑賞ファンにも、バレエ留学を志す若いダンサーたちにも、圧倒的に人気のある国ーー英国。
現地で話題の公演や、街の人々の”バレエ事情”などについて、ロンドン在住の舞踊ライター・實川絢子さんに月1回レポートしていただきます。
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バーミンガム・ロイヤル・バレエ『ラズリ・スカイ』トリプル・ビル
7ヵ月以上閉鎖されていたロンドン・サドラーズ・ウェルズ劇場に、2020年10月29~31日、ついにバレエが戻ってきた。上演されたのは、ロックダウン初期からライブパフォーマンスにこだわってきた、カルロス・アコスタ新芸術監督率いるバーミンガム・ロイヤル・バレエ(BRB)のトリプル・ビル。3月のロックダウン以来ロンドンで初めて一般客を入れたバレエ公演は、アコスタが芸術監督として初めて手がけたプログラムというだけでなく、初のコミッションとなるウィル・タケット振付の新作『ラズリ・スカイ』が上演されるということもあって、そんな〈初めて〉づくしの公演に大きな注目が集まった。
Lazuli Sky Performance Preview from Birmingham Royal Ballet on Vimeo.
筆者にとっても約8ヵ月ぶりとなる劇場でのバレエ鑑賞だったので、期待と緊張の入り混じった複雑な気持ちで劇場に向かったのだが、着いてみると劇場自体は拍子抜けするほど以前のまま。2回制で指定された入場時間に来るように事前にメールで連絡があり、長く待たされることもなくスムーズに入場できた。スタッフも観客もマスクを着用し(※)、消毒ジェルが入り口に置かれて一方通行のサインがあった以外は、驚いたことにバーも開いていて、人々の期待が充満する開演前の雰囲気に思わず懐かしさがこみ上げた。一瞬、現在世界で起こっていることや、長い間劇場が閉鎖されていたことはみんな夢だったんじゃないかと思ってしまうくらいだったが、通常の30%の収容率でまばらな客席の様子を目の当たりにするとまたすぐに現実に引き戻されてしまった。
(※)ロンドンでは、未だに屋外でマスクを着用していない人が多数います
「私たちが生きる今という時代を物語るような作品を作りたかった」というアコスタ芸術監督の狙い通り、『ラズリ・スカイ』は、1メートル四方の格子状の照明の中にそれぞれ配置された12人のダンサーがほとんど接触しないで踊るという、ソーシャル・ディスタンシングが日常になった今を文字どおり体現するようなシーンから始まった。カウントなしには踊れないような、ジョン・アダムズによる弦楽七重奏版『シェイカー・ループス』の脈打つように細かく刻まれる音が繰り返される中、小さな四角い枠の中で踊るダンサーたちの姿に、自宅やパソコンのモニター画面のフレームの中に囚われていた私たち自身の強烈な体験を重ねずに観ることは難しいだろう。
そして、冒頭でダンサー同士の接触が限りなく制限されていたからこそ、女性ダンサーが男性ダンサーの手をとった一瞬が、そこだけ流れる時間がゆっくりになったかのように、どこまでも崇高な瞬間として空間の中に焼き付けられた。同時に紗幕が上がり、観客は、それまで見ていた色が、ずっとスクリーン越しの色だったことにはっとさせられる。風にそよぐ木々や鳥の群れ、葉の色、空の色。振付のタケットが作品のインスピレーションについて、「(ロックダウンで)飛行機が飛ばなくなり、空はどんどん青くなっていきました。大きな代償を払って、私たちは再び青い空を発見したのです」と語っていたが、当たり前にあった自然や他者との繋がりをいとおしむかのように、12人のダンサーたちが自然の映像とともに生き生きと踊る姿が清々しい。ダンサーの動きを追跡するリアルタイムグラフィックツールを使用した映像が、ダンサーたちの身体とインタラクティブに戯れるようにして溶け合っていく点も新鮮。フィジカルな世界とデジタルな世界が溶解していくのを目の当たりにして、客席にいた筆者も、劇場で生の舞台がもたらす高揚感や祝祭感にひたる自分自身と、8ヵ月の間自宅に閉じこもって画面の中の世界に没入しようと努力していた自分とがようやく歩み寄れたような、不思議な感覚に陥った。
衣裳デザインを手掛けたサミュエル・ワイヤー自身が〈ポータブルスクリーン〉と呼んでいた中盤で登場した白いスカート(?)も、ソーシャル・ディスタンシングを意識した独創的な衣裳。扇子や花、船の帆のように開いたり閉じたりする衣裳は、他者を寄せ付けず、再び身体と身体の間の距離を強調する舞台装置のような役目を果たす。身体同士の距離が縮まったり離れたりするさまは、制限と緩和を繰り返す英国政府のガイドラインに合わせて右往左往する私たちを揶揄しているようでもあった。
「ラズリ・スカイ」 © Johan Persson
「ラズリ・スカイ」栗原ゆう、トム・ロジャーズ © Johan Persson
この作品は、ロックダウン“について”の作品ではないし、そこには一貫して身体や自然への讃歌のようなポジティブなムードが流れている。ただひとついえるのは、舞台上のダンサーもそれを観る観客も、外出禁止措置による物理的制限とヴァーチャル世界の再発見という強烈な体験を共有していることが前提となった、今でなければ決して生まれることはなかったタイムリーな作品だということだ。終幕、円形に並んだ12人のダンサーたちが手を前に差し出すと、中央から闇が広がってヴァーチャルな世界にのみ込まれていく場面は、フィジカルとデジタルの境界が曖昧になりつつある舞台芸術の今後を象徴しているようでもある。
ダンサーたちにモチベーションを与えるためにロックダウン初期に構想されたという『ラズリ・スカイ』だが、振付を開始した当時は、現在のように定期的な検査や〈バブル〉システムでダンサー同士の接触を可能にするという発想もなければ、劇場で上演可能かどうかも定かでなく、ダンサー間の接触のまったくないバレエを駐車場のような屋外スペースで上演する可能性すら想定していたという。そのような先の見えない状況の中にあっても、今の私たちの姿を映し出すような新作を上演しようと前向きに挑戦していく姿勢、そしてそんな新しい表現を模索していく試みそのものがアートなのだと再認識させられた作品だった。
中心のカップルを踊ったのは、入団3年目で抜擢された栗原ゆうとソリストのトム・ロジャーズ。栗原はフレッシュな魅力がこの作品のポジティブなムードに相応しく、BRBの次世代を担う存在として今後の活躍に注目していきたい。
『ラズリ・スカイ』と同時に上演されたのは、BRBの新たなレパートリーとなったヴィチェンテ・ネブラダ振付『我々のワルツ』(1976年初演)とヴァレリー・パノフ振付『愛の死』(1998年初演)。今回のトリプル・ビルは十分な準備期間のなかったプログラムだったかもしれないが、これまで英国ではほとんど観る機会のなかった振付家の作品を積極的に取り入れていこうという新芸術監督の気概が感じられるセレクトといえるだろう。前者は、ピアノソロに合わせて色をテーマにしたカップルが登場し、ジェローム・ロビンズ振付『ダンシズ・アット・ア・ギャザリング』を彷彿とさせるオマージュ的な作品。BRBの新しい門出にふさわしい新鮮味を感じられる作品ではなかったのはやや残念だったが、冴え渡る技巧と表現でプリンシパルとして円熟期にある平田桃子を中心とする5組のカップルが、流れるようなステップで劇場そのものがまだ夢の中にあるような幻想的なイメージを紡ぎだした。
「我々のワルツ」レッドカップル 平田桃子、セザール・モラレス © Johan Persson
『愛の死』は、ワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』のドラマティックな音楽に合わせ、男性ダンサーが技術・表現ともに持てる全ての力をぶつけて踊るソロ作品で、ブランドン・ローレンス(29日夜)とツ・チャオ・チョウ(30日夜)、それぞれに見応えがあった。母親の胎内から光あふれる世界に出て恐る恐る一歩を踏み出し、自らの可能性を試すかのように飛翔して、再び眠りにつくまでの人間の一生がたった8分間のなかに凝縮されており、それを身体表現ひとつで表現しなければならない。長い四肢が目を引くローレンスの彫刻のような美しさと空間を支配するようなダイナミックな跳躍、無垢な魂が生きる喜びを全身で炸裂させているようなツ・チャオ・チョウの躍動感あふれる踊り、どちらも鳥肌が立つほどの名演で、カーテンコールでも観客の少なさを忘れさせるほどの拍手が送られていた。カリスマ的な男性ダンサーとして一時代を築いたカルロス・アコスタから指導を受け、BRBの男性プリンシパルたちがどのように変化していくのか、今後に注目したいと思わせてくれる作品だった。
「愛の死」ブランドン・ローレンス © Johan Persson
ロンドンでは、このBRBの公演を皮切りに、ロイヤル・バレエ、イングリッシュ・ナショナル・バレエと続いて一般客を入れた公演を開始していく予定だったが、BRB公演最終日の10月31日、英国政府は11月5日から4週間、イングランドで2度目のロックダウンを開始すると発表し、その間の公演はすべて中止となった。ロンドンのバレエシーンの華やかな再開というよりはむしろ、まだ夢の中にいるような雰囲気が終始漂っていた今回のトリプル・ビルだったが、そんなつかの間の夢を見られた幸運を後からあらためてかみしめることになった。