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東京バレエ団「ロミオとジュリエット」特集② 足立真里亜×池本祥真クロストーク〜ふたりは「悲劇の結末」ではなく「幸福な未来」に向かって生きた

阿部さや子 Sayako ABE

現在開幕中の東京バレエ団『ロミオとジュリエット』後半日程の3公演が、2024年6月7日(金)・8日(土)、9日(日)に上演されます。
同団が上演するのはジョン・クランコ版。主人公たちの感情やその変化が生き生きと伝わってくるパ・ド・ドゥや、事前にあらすじを読まなくともストーリーがわかる明快な演出、そして巨匠美術家ユルゲン・ローゼの装置や衣裳。数多の振付家が手がけてきた『ロミオとジュリエット』の中でも「名版」と賞されるにふさわしい演出版です。

今回の上演でロミオ役とジュリエット役を演じる3組のダンサーたちに、対談形式でインタビューする特集。
第2回は、ソリストの足立真里亜さんと、4月にプリンシパルに昇格した池本祥真さんです。

©︎Ballet Channel

🎭

池本祥真さんと足立真里亜さんは2019年の初演時にもロミオ役とジュリエット役を演じましたが、その時はお互い別のパートナーと踊りました。今回ふたりで組んでみて、あらためてこの作品が新鮮に感じられるところはありますか?
池本 前回のパートナーは秋山瑛さんだったのですが、確かに真里亜さんはまた全然違う印象のジュリエットです。ただ何が違うのかと言われると、言葉にするのはすごく難しい……。

足立 瑛と私は、少なくとも体格的には近いと思うんです。でも私の場合、前回のパートナーが秋元康臣さんだったので。祥真さんは体格も踊り方も全然違うタイプすぎて、ロミオといってもまったく別人みたいです(笑)。でも祥真さんのロミオは、2年前に瑛と踊った時と比べて、凛とした青年っぽさが増した気がします。想像していたよりも精悍な印象が強いです。

池本 年を取ったからかな(笑)。でも確かに相手によって変わるのはあるのかもしれない。真里亜さんのジュリエットは、演技がより積極的というか、グン!とくる感じがする。それに対して僕も無意識的に演技のバランスをとっているのかもしれません。

それぞれ、自身が思い描いているロミオ像、ジュリエット像を聞かせてください。
池本 じつを言うと、僕は踊っていても今だにわからないなと思うところがあるんです。自分が踊るようになる以前に漠然とイメージしていたのは、ロミオは一途で純粋で、初めての恋みたいにジュリエットのことが大好きになって、一気に感情が盛り上がっていくという人物像。でも実際に演じてみると、ジュリエットと出会うまではロザリンドに恋しているし、ティボルトを殺してしまってあれほど後悔するわりに、じつは第1幕第1場で敵方をひとり殺している。それを思うと、例えばその第1幕はどんな気持ちで相手を刺すのかな? とか、感情のつじつまを合わせていくのが難しいところがいくつもあって。
言われてみれば、確かに……。
池本 そんなふうに、実際の作品の中では、僕が理解し得ないこともたくさん起きている。だからあまり「これが僕のロミオ像だ」というものを固めずに、むしろそこにある作品や振付を信じて身を任せるのがいちばんいいのではと感じています。振付指導のジェーン・ボーン先生が演出や演技のことをすごく細かく言ってくださるので、まずはその一つひとつをしっかり守って、与えられた振付をきちんと踊りきる。そしてその中で生まれてくる一瞬一瞬の感情を出すことができたら、それが僕のロミオになるのではないかと思っています。

©︎Ballet Channel

足立 私は、祥真さんとは逆かもしれません。つまり、役をきちんと作りたいタイプ。たとえ“つじつま”的な部分でクエスチョンが浮かぶことがあったとしても、「彼女はこういう女の子だからこうする」「彼女はこう考えるからこれを選ぶ」というものを自分で持っておかないと、ジュリエットという一人の人格を演じる芯がなくなってしまう気がするんです。クランコ版って、この音でこの振付をするというのは決まっているけれど、フリーに演技できるところもあるでしょう? 例えば迷い方ひとつ、驚き方ひとつ、1幕の最初から3幕の最後まで「ジュリエット」として破綻のない演技をするには、私はやはり「ジュリエットはこういう女の子だ」というものを自分の中に持って、それに沿った仕草や表情を緻密に作っていきたい。その場その場に身を任せると、ジュリエットを見失ってしまいそうで怖いんです。
役作りに対するアプローチの仕方が真逆で、すごく面白いです。しかも、それなのに踊りも演技もちゃんと噛み合うという。
池本 お互い、初演でいちど経験しているのも大きいかもしれませんね。初演の時はリフトひとつにも苦労した記憶がありますが、今回は最初のリハーサルからうまく噛み合って、パートナリングに関しては不安がありませんでした。むしろサポートしたりリフトしたりしながらも、ロミオとしての居方を考えられるくらい、少し余裕を持てるようになった。その意味でも、同じ役を再び演じられるというのは本当にありがたいなと思います。

足立 祥真さんのパートナリングは、すごく安心感があるんですよ。手の握り心地といい、肩に乗った時の安定感といい。あと、胸が広い。すっぽり包まれる感じがあるので、本当に信頼して身体を預けられます。何というか……ベイマックスみたいです(笑)。

池本 ベイマックスとは褒め言葉なのか、それとも……。

足立 褒め言葉です!(笑) 安心ロボみたいな感じで、すごく好きです。

©︎Ballet Channel

それぞれ、とくに好きなシーンや、大切に演じたいシーンがあればぜひ聞かせてください。
池本 やはり第1幕第5場の、バルコニーのシーンでしょうか。そこに頂点を持っていきたいというのは、今回あらためて感じています。あの場面に至るまでに、ロミオはもうかなりたくさん踊っているんですね。ジュリエットはまだサラサラで綺麗なのに、僕だけがすでに汗だくという状態で(笑)パ・ド・ドゥが始まります。体力的には本当に正念場で、振付も難しいし、気を遣うリフトやサポートもいっぱいある。でもそこでもうひと踏ん張りして、いかにピークに持っていけるか。「この幸せが永遠に続くんだ」というくらいの幸福感を表現できたら、その後の悲劇性がさらに際立つと思っています。

足立 祥真さんがふたりで踊る場面のことを話してくれたので、私はひとりで演じるところのことを。第3幕第3場、仮死状態になる眠り薬を飲む場面は、やはり大切に演じたいです。あそこで物語のテイストをガラッと一変させるのが私の仕事。ジュリエットがあの薬を飲むと決断したことによって、ロミオも彼女自身も死んでしまうことになるわけですから。

薬を飲む前に、ジュリエットはものすごく躊躇います。仮死状態になるほどの劇薬ですから、それを飲むのはもちろん怖い。でもその時、ロミオのテーマが流れてくるんです。あの音楽を聴いて、彼女はロミオを思い出します。そして薬を飲む決心をする。ジュリエットが物語を大きく動かす、とても大事な瞬間だと思っています。

ジュリエットにとって第3幕は、踊り以上に演技で見せる場面が続きますね。しかも、たったひとりで。
足立 そうですね。第3幕は、幕が開いてロミオとの別れのパ・ド・ドゥを踊ったら、あとはもう最後まで演技だけ。バレエのお客様はやはり基本的には踊りを観たいはずですから、そこを演技だけでどれだけ引きつけられるか……怖い気持ちもありますし、だからこそ考えすぎなくらい考えて、役作りをしています。これは斎藤友佳理監督がおっしゃったのですが、「第3幕の薬を飲むところは、そこを演じるために第1幕と第2幕があるといっても過言ではないくらい、大きな場面なのよ」と。ですから本当に集中しなくてはいけないし、私自身がジュリエットから目を背けないようにしていきたいと思っています。
よくよく考えると、ジュリエットは生まれてからまだ14年足らずしか生きていない女の子。もしかしたら本当に死ぬかもしれない劇薬を飲もうとひとりで決断するなんて、どれほど怖かったことでしょうか……。
足立 あの薬は、希望なんです。自分を助けてくれるものはもうこれしかないという、最後の望みです。彼女はあの薬に、自分の幸せな未来を賭けた。だから私は悲劇に向かって飲むのではなくて、ロミオと一緒になれることを信じて飲みたいと思っています。そしてお客様にも、「彼女が悲しい結末に向かっていく」ではなくて、「彼女は希望を選択したんだ」と感じていただけるように演じたいです。

「ロミオとジュリエット」第3幕より 足立真里亜(ジュリエット) ©︎Shoko Matsuhashi

お話を聞いているだけで胸が締め付けられます……。しかし待っているのはやはり悲劇としか言いようのない結末。あのラストシーンは、どのような気持ちで演じているのでしょうか?
池本 そこがまた、難しくて。クランコ版のロミオは、死を決断する瞬間からナイフを胸に刺すまでの時間が、すごく短いんです。もちろん振付としては、この音で決断して、この音で刺す、というふうに決まっているので、その通りにやれば形にはなると思います。ただ、やはりその中でも自分の気持ちの整理はしっかりつけておかないと、説得力のある演技にはならない気がして。あの短い音楽のなかで、ちゃんと感情を運んで死を迎えるのは、本当に難しいです。

足立 確かに、ジュリエットとして寝ていても、額にキスされたと思ったらもうロミオが自分の上に倒れ込んでくる。すごく早い感じはします。

池本 これはもう60年以上も踊り継がれているバレエですから、僕は作品を信じて、振付と音楽に身を任せてやるしかない。でも、お客様に「もう死ぬの?! 早っ!」と感じさせてしまうのは違うと思うので、そこは自分なりに追求したいところです。

でもその死に急ぐ感じがロミオらしい気もしますね?
池本 そうですね。そもそも、冷静に考えればジュリエットと絶対にうまくいくわけがないのに、衝動的に行動してしまう。でも、そういうところが人の心を動かすのでしょうね。理屈で後先(あとさき)を考えず、ただ衝動的な熱量で突き進んでいくロミオ像のほうが、確かにドラマティックだし説得力もあるように思います。
ジュリエットはどうですか?
足立 ジュリエットは、隣に横たわるロミオが血を流して死んでいるのを見つけた時点で、自分の計画がうまくいかなかったことを知るわけですよね。あの薬は希望ではなかった。たったひと筋の光を必死にたどって、たどり着いた先が、いちばん想像していなかった、しかもいちばん最悪な結末だったのだと。もうその時点で、私の中の彼女は「死を選ぶ」ではなくて「もう死んでいる」。ジュリエットはすでに、肉体以外は死んでいるのだと思います。だから、たまたま目に入ったパリスの剣を取って、死ぬ。ロミオは死ぬまでの時間が短いという話がありましたけれど、ジュリエットは逆に死ぬまでの時間が長いとすら感じます。彼がいないなら、もう何の意味もない。彼のいない自分は、もう要らない。そのくらいジュリエットはロミオを愛しているのだと思いますし、それが表面の演技にならないように、祥真さんのロミオをしっかり見て、本当に愛おしく思えるところまでもっていきたいです。

「ロミオとジュリエット」第3幕より寝室のパ・ド・ドゥ 足立真里亜(ジュリエット)、池本祥真(ロミオ) ©︎Shoko Matsuhashi

『ロミオとジュリエット』には優れた演出版がたくさんありますが、なかでも「クランコ版のここが好き」と思うところを教えてください。
池本 おっしゃるとおり、『ロミオとジュリエット』にはいろいろな版がありますが、クランコ版はその後に生まれた多くの演出に影響を与えた「原点」みたいなバージョンだと聞きました。実際に演じていると、そのことがすごく腑に落ちます。無駄なところがすべて削ぎ落とされていて、とてもシンプル。バレエとしての美しい振付と、明確で理解しやすい芝居が絶妙にミックスされています。まさにバレエであると同時に演劇でもある、素晴らしいバージョンだなと感じます。

足立 クランコ版を踊っていてとても特徴的だなと思うのは、同じ音楽のフレーズで、同じ振付を踊る箇所がたくさんあることです。ロミオの肩に乗るとか、抱きしめて上を向くとか。ジェーン先生に「それはなぜですか?」と質問したら、「クランコの振付は、楽譜みたいにできているのよ」と。同じメロディは同じ音符で書かれるのと同じように、「音楽のこのフレーズは、この振りで表現する」というふうになっているのだと教わりました。そして同じ音楽・同じ振付だからこそ、そこに表れる感情の違いや心の変化が、はっきりと浮かび上がる。抱きしめ方ひとつでも、ちょっと恥じらって抱きしめるのか、それとも「好きで好きでたまらない!」という気持ちで抱きしめるのか。音楽や振付という器が同じだからこそ、そこにどんな感情を満たすかによって演技の幅を見せられるのだと、踊っていて強く感じます。

「ロミオとジュリエット」第1幕よりバルコニーのパ・ド・ドゥ 足立真里亜(ジュリエット)、池本祥真(ロミオ) ©︎Shoko Matsuhashi

いま音楽のお話がありましたが、『ロミオとジュリエット』は音楽を聴くのも大きな楽しみのひとつです。全幕中でとくに好きな楽曲はありますか?
池本 第1幕の最初、街に朝が来たシーンの音楽が好きです。幕が開いて、まだ人気(ひとけ)のない朝の街の片隅に、僕がひとりで立っている。そこからロザリンドに会いに行って、少しすると、人々が出てきて街が賑やかになっていく……その様子が、曲そのものによく現れていると思います。僕は子どもの頃に初めてDVDで『ロミオとジュリエット』を観た時から、あの曲が好きだったんです。人々がみんな生き生きと活気づいて、それぞれの朝が始まるワクワク感が楽しかった。まだ子どもだったから、そのあとに始まる恋愛のあれこれにはあまり興味がなかったというのもありますが(笑)。

足立 私はジュリエットのテーマがすごく好きです。彼女が初めて乳母と一緒に登場するシーンの曲。あの音楽に、ジュリエットの性格がすべて表れている気がするんですよ。「♪タンタララララララララララ……」というあのメロディみたいに、彼女はきっといつもパタパタパタ走っていて、落ち着きがなくて、ちょっと甘えん坊で、天真爛漫な女の子だったのだと思う。そしてその曲が、第3幕でもう一度出てくるところもすごく好き。ロミオが去ってしまった寝室に両親がやってきて、パリスと結婚しなさいと言われ、「いやよ!」と駄々をこねる場面。あそこでジュリエットのテーマが流れることで、彼女がどういう女の子だったかをあらためて思い出せるんです。

最後に、公演を楽しみにしているみなさんにメッセージを。
池本 一昨年の初演に続いて再演でもロミオを踊らせていただけることになって思うのは、今回はこのクランコ版『ロミオとジュリエット』という作品の良さを、しっかり表現したいということです。おこがましいかもしれませんが、僕なりに、クランコが描いたロミオのあり方というものをお客様にお伝えできたらと思っています。

足立 東京バレエ団が『ロミオとジュリエット』を上演するなら、確かにクランコ版がぴったりだとつくづく思います。というのも、ここにいるダンサーたちはみんな、躊躇いなく表現を外に出せる人たちばかりなので。祥真さんが好きな朝の街の場面も、第2幕のカーニバルも、一人ひとりに名前がついていてもおかしくないくらい、誰もがおもしろい演技をしているんですよ。

池本 そう、それぞれの人生を楽しみまくっている(笑)。

足立 本当に目が足りないと思いますけれど、そういうところもぜひ細かく観ていただけたら嬉しいです。そして私たち出演者だけでなく、観てくださるお客様にとっても、見どころばかりだし感情も揺さぶられるしで、体力を消耗する作品だと思います。ぜひたくさん食べて、いっぱい睡眠を取って、劇場にお越しください!

「ロミオとジュリエット」第1幕よりバルコニーのパ・ド・ドゥ 足立真里亜(ジュリエット)、池本祥真(ロミオ) ©︎Shoko Matsuhashi

公演情報

東京バレエ団『ロミオとジュリエット』

日時

2024年

5月24日(金)18:30

5月25日(土)14:00

5月26日(日)14:00

6月7日(金)18:30

6月8日(土)14:00

6月9日(日)14:00

※上演時間:約2時間45分(休憩2回含む)

会場

東京文化会館(上野)

詳細 https://www.nbs.or.jp/stages/2024/romeo/

 

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