古代インドを舞台に、寺院の舞姫ニキヤと戦士ソロルの禁断の恋、二人を取り巻く愛憎にまみれた人間模様を描くグランド・バレエ『ラ・バヤデール』を、間もなく熊川哲也率いるK-BAKKET TOKYOが8年ぶりに上演します。
今回、初めてソロル役を踊るプリンシパルの堀内將平さんに、リハーサルの様子や作品の魅力について聞きました。
2本の動画、
①主役キャスト(岩井 優花さん、成田 紗弥さん、堀内 將平さん)のリハーサル&インタビュー
②「影の王国」コール・ド&ソリストのリハーサル
と併せてお楽しみください。
動画撮影・編集:古川真理絵(バレエチャンネル編集部)
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- 堀内將平 Shohei Horiuchi
- 東京都生まれ。2008年ジョン・クランコ・バレエ スクールに留学。2012年よりルーマニア国立バレエ団に在籍。2015年にKバレエ カンパニーに入団し、2020年にプリンシパルに昇格。バレエ公演のプロデュースも手がけるなどプロデューサー、振付家としても活躍している。
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- 今、リハーサルで苦心しているのはどんなところでしょうか?
- 堀内 ソロルは強い戦士で見せ場も多く、カッコいい役ではあるんですが、同時に一番ろくでもないキャラクターといいますか……(笑)。
- ニキヤと愛を誓っていながら、領主の命令に逆らえず、その娘ガムザッティと婚約してしまう。『ジゼル』のアルブレヒトもそうですけれど、二人の女性の間でフラフラする優柔不断な男性って、バレエによく出てきますね。
- 堀内 僕はアルブレヒトよりソロルのほうがひどいんじゃないかなと思います。アルブレヒトのほうは少なくとも、ジゼルの死に立ち会っておろおろするシーンがある。でも、ソロルは死にゆくニキヤを見捨てて、その場からいなくなってしまいます。そんな自分勝手さがあるのに、後で後悔のあまり阿片中毒になって苦しんでいたりとか。いったいどうやって演じたらいいんだろうって、役作りには悩んでいます。
- 役作りは、いつもどのように?
- 堀内 古典バレエ作品ってたいてい構成が薄くて、現代劇みたいにかっちりしていません。『バヤデール』も、ガムザッティとの出会いは描かれているけれど、ニキヤとどんなふうに愛を育んだかはわからない。舞台が始まる前に、ここには描かれていないニキヤとソロルの物語があって、それが最初のパ・ド・ドゥに繋がっていると考えて作っていかなきゃいけないなと思います。
熊川版では、毒蛇にかまれたニキヤが、ガムザッティに「あなたが蛇を入れたんでしょう!?」と詰め寄るシーンがあって、ガムザッティのニキヤへの殺意は明確に描かれているので……。たぶんソロルはガムザッティが人間として好きというよりは、その地位や権力が好きなんだろうなと。ニキヤのことは本当に好きだけれど、地位や権力には代えられないから乗り換えたのかなと思っております(笑)。
- 今回の相手役は岩井優花さんのニキヤ、成田紗弥さんのガムザッティですね。ニキヤは、ソロルと別れるようにと迫るガムザッティに向かって、ついナイフを振り上げてしまう……。そんな激しさもある女性として描かれています。
- 堀内 昨日、その対決シーンのリハーサルを見ていたんですが、成田さんのガムザッティが気持ちいいくらい性格悪くて、思わず笑ってしまいました。この作品はニキヤが虐げられるという構図が大事で、周囲がひどければひどいほど、ニキヤのかわいそうさが引き立つんじゃないかと。岩井さんのニキヤは、芯は強いけれど可憐さがあって。ガムザッティと頑張って闘おうとするんだけどやっぱりやられてしまう、そんな感じがぴったりだと思います。
- ガムザッティの演じ方にもいろいろありますね。ソロルへの恋心ゆえに残酷になるピュアなお嬢様、という解釈もあるし、ニキヤは憎いけれど、本当に殺そうとは思っていなかったという演出もある。
- 堀内 今回の公演では違うかもしれませんが、過去の映像で見た浅川紫織さんのガムザッティは、ニキヤへの嫉妬が前面に出ていました。いっぽう、成田さんのガムザッティはニキヤに対してすごく上から目線で、ああ、この人本当に「悪い」なと(笑)。
- ニキヤとガムザッティ、対照的な二人のヒロインの間でソロル像がつくられていく感じでしょうか?
- 堀内 そうですね、「自分はこういうアプローチで行くよ」と各々の解釈を持ち寄って、「そう来るなら、こっちはこうしようかな」というふうにつくっていきます。
写真提供:K-BALLET TOKYO
- なるほど。観客としては、踊っていない時の演技を見るのも楽しいです。ガムザッティに対しては、キャストによって違う解釈になりますね。
- 堀内 古典バレエは100年以上前につくられたものなので、今とは大きく価値観が違っていて、当時のままだと伝わりづらいことも多いです。例えば身分の差とか……。だから、どうすれば現代のお客様に共感していただけるかはいつも考えますね。
ただし、この作品では、ソロルに共感するより「最低だな」と思って観てもらったほうが、ニキヤの悲劇がきれいに引き立ってくるのかなと。僕は悪役を踊るのが好きなんですけど……あ、ソロルは悪役というよりダメ人間ですね。
- 芸術監督の熊川さんには、どのように指導されていますか?
- 堀内 ソロルはカッコいい役だけれど、『海賊』や『ドン・キホーテ』のバジルとは違う。あくまでクラシックだから、クラシック・バレエの型やノーブルさを大切にするようにと言われています。僕はどちらかというと柔らかく踊りがちなので、ソロルはかなり強めに造形しています。
海賊には野蛮さが、バジルには少しチャラさがあるけれど、ソロルは本当に強くてカッコいい戦士なんですよ。それなのに、ものすごくダメな人(笑)。その二面性は好きですね。ソロルの魅力は、まさにそのダメ人間なところかもしれません。
- 熊川版『ラ・バヤデール』の魅力はどんなところでしょうか?
- 堀内 激しいドラムダンスや終幕のスペクタクルなど、Kバレエらしいエンタテインメントはたっぷりと織り込まれていますが『くるみ割り人形』や『眠れる森の美女』に比べるとオリジナルの展開は少なくて、古典を踏襲したオーソドックスな振付です。でも、ディレクターの演技や音楽へのこだわりはすさまじいものがあって。ディレクターは「指揮者」ともいえますよね。指揮者が違うと、オーケストラの表現がまったく違うように、ディレクターの美学がダンサー一人ひとりから引き出されて、Kバレエにしかできない表現になっている。リハーサルのたびにそう感じます。
- クラシック・バレエの美しさを心ゆくまで見せる方向ですね。
- 堀内 僕は、この『ラ・バヤデール』という作品が大好きなんですよ。
例えばニキヤの登場のソロは、大僧正にヴェールを取られた後、音楽とともにゆったりと腕を動かすだけ。長いカウントを費やして、ほかに何もしていない。それなのになんであんなにきれいなのかなと。
- 『瀕死の白鳥』もまさにそれですよね。パ・ド・ブーレ(トウで小刻みに進むステップ)しながら羽ばたくだけ。ディレクターが振付けた『蝶々夫人』も、蝶々さんがただ正座して深々とお辞儀をするシーンが最も印象深かったりします。回ったり跳んだりしなくても、しぐさだけで人を感動させることができる。ということは、ステップを詰め込むより、音楽を使って身体表現をする「余白」がすごく大事なんだなと、振付を手がけるようになって気づきました。
- 最近の作品って、たいていステップが多いんです。クラシック・バレエだと、つなぎのステップの後に大きな技がきますが、今は技と技がどんどんつながっていく傾向がある。そこが素敵ではあるんだけれど、余白があまりないんです。演劇だって、言葉が多ければいいわけじゃなくて、「間」に言葉以上の表現が込められていたりしますよね。
実は今、8月の「Ballet the New Classic」に向けて、あえて余白の多い、極端に動きの少ないパ・ド・ドゥを振付けているんですよ。
- それはチャレンジですね。
- 堀内 『ラ・バヤデール』では「影の王国」の一つ目のパ・ド・ドゥが、まさに余白の多い踊りで好きです。『白鳥の湖』や『ジゼル』の2幕のパ・ド・ドゥに近いかもしれません。ああいう作品で、二人きりで息を合わせて踊っていると、過集中のような不思議な状況になることがあります。
- 観客としては、息をつめて見つめてしまうシーンですね。
- 堀内 『ジゼル』2幕には、アルブレヒトはジゼルの気配を感じるだけで姿は見えていないという表現がありますが、今回、「影の王国」のパ・ド・ドゥの冒頭にも、少しそのニュアンスを取り入れてみようかなと。
『ジゼル』よりアルブレヒトを踊る堀内さん ©瀬戸秀美
- ソロル役はニキヤ、ガムザッティとのパ・ド・ドゥがあり、難易度の高いヴァリエーションもあって、非常にハードですよね。その上「Ballet The New Classic」のプロデュースの仕事もあって忙しいと思うのですが、身体のメンテナンスのために気をつかっていることは?
- 堀内 僕、ほぼ何にもしないんです。お風呂にゆっくり入るくらい。あと、野菜をいっぱい食べてます。4年前にお肉を食べるのを止めてから身体が軽くなりました。とはいえ、ジョコビッチみたいに栄養士さんがついているわけじゃないから、気分転換に少しずつ知識を仕入れつつ。実家が野菜の仲卸をやっているので、いろんな野菜が身近にごろごろあって……「野菜生活」ですね(笑)。
- では、あまりストレスを感じることもない?
- 堀内 いや、たくさんあります! 新作の振り渡しの朝なんか、緊張のあまり悪夢を見て飛び起きて。もう無理無理、と思って、チョコを食べながらバレエ団に来ました(笑)。
僕は本番前にものすごく緊張するほうなんです。バレエを止めたいと思うくらい舞台に立つのが怖かったので、数年前にカウンセリングに行き始めました。今も毎週通っているので、困った時の処方箋みたいなメモがたくさんあります。
- 例えばどのような?
- 堀内 バレエには、完璧さ、理想のラインという「枠」があります。その枠にはまろうとすればするほど、制約が増えて緊張するし、ストレスになることがある。もちろんレッスンで理想に近づこうと努力するのは大切です。でも、本当は表現って枠を壊して「その次」に行くことだから。
4回転を正確に成功させようと思うと緊張でできなくなってしまうことがある。でも本番前はいかにのびのびと、自分らしく踊れるかを心がけて出ていくと、結果的に4回転もきれいに回れたりするんです。
振付も、おしゃれなもの、今っぽいものをつくらなきゃと思うと身動きがとれなくなるけれど、音楽を感じてインプロ(即興)のつもりで動くと、頭で考えてつくるより自分らしい表現ができるようです。気持ちをうまく切り替えることが大事ですね。
- まさに「枠」の先の表現ですね。
では最後に、今回の舞台で特に大切に踊りたいと思っているところを教えてください。
- 堀内 まず、ガムザッティとのグラン・パ・ド・ドゥを踊り終えた後、ニキヤが登場するシーンですね。ソロルとして、ニキヤとガムザッティにどう対応するのか。そしてニキヤが死ぬところまで、大切に気持ちをつくっていきたいと思います。
もうひとつは先ほどお話しした「影の王国」のパ・ド・ドゥです。互いの呼吸を感じながら丁寧に踊っていきたいなと。頑張ります!
『ラ・バヤデール』より「影の王国」のシーン ©小川峻毅
公演情報
K-BALLET TOKYO『ラ・バヤデール』
日程 |
2024年
6月1日(土)18:30
6月2日(日)13:00
6月2日(日)16:30
6月8日(土)18:30
6月9日(日)13:00
6月12日(水)18:30 ※大阪公演
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会場 |
[東京]Bunkamura オーチャードホール
[大阪]フェニーチェ堺 大ホール
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詳細・問合せ
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K-BALLET TOKYO 公演サイト
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上演時間 |
約2時間25分 (予定・休憩含む) |