バレエを楽しむ バレエとつながる

  • 知る

【特集・劇場の仕事】新国立劇場オペラパレス・劇場案内係~芸術を楽しむ環境づくりのエキスパート!

若松 圭子 Keiko WAKAMATSU

舞台芸術ファンにとって、劇場は特別な場所。私たちが踊りや歌を堪能できるように、日々環境を整え、鑑賞のひとときをサポートしてくれているプロフェッショナルたちがいます。それが劇場案内係のみなさん。2023年12月新国立劇場バレエ団『くるみ割り人形』初日を控えたオペラパレスで働く劇場案内係のみなさんにお仕事についてお話を聞きました。

写真:バレエチャンネル編集部

🎫

劇場案内係とは?

劇場案内係(レセプショニスト:サントリーパブリシティサービス株式会社での劇場案内係の呼称)は、劇場を訪れるお客様対応のほぼすべてを行う仕事。新国立劇場のレセプショニストは、首都圏の多くの劇場が業務委託している「サントリーパブリシティサービス株式会社」に所属しているスタッフです。

今回取材に協力してくれたのは、レセプションマネージャーの森華菜さんと、レセプショニストの組谷夏未さん・西村萌衣さんの3名。

【レセプションマネージャー 森華菜さん】
劇場スタッフを統括して指示を出す、レセプショニストの司令塔!

森さんは3年間のレセプショニストとしての勤務を経て、みずから希望し現在の役職に。「私はいつも、オペラパレスに入ってすぐ左側にあるインフォメーションにいます。困ったことがあれば声を掛けてくださいね」

※クリックで拡大します

【レセプショニスト 組谷夏未さん・西村萌衣さん】
チケットもぎり、クローク、プレゼント受付など……お客様の要望や質問に直接対応!

レセプショニストのアルバイト歴5年目を迎える組谷さん(写真左)と西村さん(右)。音大卒の組谷さんは在学中から勤務。現在は演奏者としての顔ももつ。 演劇が大好きだった西村さんは、劇場案内係の仕事がしたくて高校卒業と同時にこの世界へ。

🎫

まずはレセプショニストの仕事を拝見👀

お客様と接する仕事・キッズクッションの貸し出し

小さなお子様には、舞台が見やすくなるようキッズクッションの貸し出しを行っております

組谷さんが持っているのがキッズクッション。貸し出し所は劇場を入ってすぐ!

キッズクッションが必要になる子どもはどうやって見分けていますか?
劇場のホワイエに入る入口に、身長の目安になる白いマスキングテープが貼ってあるんです。子どものお客様がいらしたら、チケットもぎりのスタッフがチェックして、テープの位置よりも小さければ保護者の方に「左手のインフォメーションでキッズクッションをお受け取り下さい」とご案内します。
1~3階席のお子さんは120センチ以下。4階席は傾斜があるので、もう少し背が高めのお子さん(140センチ)まで貸し出します。

『ペンギン・カフェ』のオオウミガラスがお出迎え。くちばしの高さが120センチ、トレイの高さが140センチ。並んでもらえばひと目で身長がわかります

お客様と接する仕事・劇場の座席案内

劇場内でお客様をお席までご案内するのもレセプショニストの仕事です

会場が暗くなったら、ペンライトで足元を照らしながら客席に案内。明かりが漏れないように手を添えて……

**

開場前と終演後の仕事・座席チェック

開場前と終演後には、全部のお席をチェックします。背もたれのきしみがないか、座面のきしみがないか、両方を手で触って確認。座席の後ろや下に落とし物やお忘れ物がないか、座席とクッションに汚れがないかも見ます。

この確認作業の所要時間は、1階席なら5人で10~15分程度とのこと。早い!

座席にあるのは新国立劇場がエアウィーヴと共同開発した観劇専用の”劇場クッション”。タグの向きもそろえてきれいにセット。「座り心地抜群ですが、お持ち帰りはご遠慮くださいませ」

開場前に実施!避難訓練

開場前には避難訓練も。地震があった時の避難経路の確認や、観客を誘導する段取り、安全確認のために公演を一時中断する場合の対応など、さまざまな状況に合わせての流れを毎日繰り返し行います。

ヘルメットは薄い板状になっていて(右)ワンタッチで被れるように(左)。サイリウム(誘導灯)とまとめて箱に入れ、劇場内に置いているそう

お客様に安心して待機いただくために「劇場内は安全です。お客様はそのままお席でお待ちください」と大きな声でお声掛けする練習もします。

「この姿を見かけると、絶対に安心だと思える」と話すバレエ団スタッフも

🎫

つづいてレセプションマネージャーの仕事を拝見👀

これがマネージャー三種の神器!

【タイム表&ストップウォッチ】

タイム表は開幕からの所要時間をシーン別にメモしたもの。マネージャーは全作品のゲネプロを見て、拍手のタイミングや舞台転換など、遅れ客を案内するタイミングを確認。本番は常時ストップウォッチで時間を見ています。

新国立劇場バレエ団『くるみ割り人形』2023~24年版のタイム表と、森さん使用のストップウォッチ。「マネージャーは複数名いますので、これがあれば誰が担当しても同じタイミングでキュー(指示)出し可能です」(森さん)

【インカム】

インフォメーションに常駐しているマネージャーにとって、インカムはホワイエや劇場など離れた場所にいるレセプショニストとの大事な連絡ツール。

「声だけのやりとりなので、情報は一枚絵のように具体的にイメージしてから指示を出すようにしています」(森さん)

気になる「あの時」の対応、どうしてますか?

【遅れ客が来たら……】

開演後に来場した人、いわゆる「遅れ客」を席に案内する流れを教えてください。
 遅れていらしたお客様には、1階のホワイエのモニター前に集合していただきます。チケットもぎり担当のレセプショニストがお客様の人数とチケットの半券の数を照合し、入場の5分前には3階席、4分前に2階席、3分前ぐらいに1階席の後方扉の前へと誘導。1分前になったら、私がインカムで外扉を開けるキューを出します。
まずお客様には前室(外扉と内扉の間に設けた小さなスペースの部分)に入っていただきます。真っ暗な客席内に入る前に目を慣らしていただくため、また客席内のお客様のご迷惑にならないよう静かに速やかにご案内するためです。ホワイエが眩しかったり、お客様の人数が多い場合は、少し長めに前室待機していただくなど微調整もしています。
確かに突然暗い所へ入ると危険ですものね。
 内扉を開けたら、周りのお客様のご迷惑にならないよう、後方空席(空席がない場合はお立見)へ速やかにご案内します。

オペラパレスの会場案内図 ※クリックで拡大します

【「客席から身を乗り出す人」問題発生!】

座席から身を乗り出し、後ろの観客の視界を妨げてしまうトラブルをよく聞きますが、どう対応しているのでしょうか?
 おもにお声掛け対応になりますね。前列のお客様が大柄とか、ご注意申し上げても問題が解決しない場合は、空席があればお困りになっているお客様のほうのお席を振り替えることもあります。
声掛けは対象となる人に直接行うのですか?
 直接お声掛けするのは、周りの複数のお客様がご迷惑だと感じられている場合に限ります。多くの場合は、全体的にお声掛けする対応を取ります。
特定のお客様に届いて欲しいと思う時は、どこに立ち、どの方向に声を出すかまで細かく検討します。「お客様にお願い申し上げます。開演中は背もたれに背中をつけてご鑑賞ください」と全体にお声掛けしながら、そのお客様とアイコンタクトを取って気づいていただくように工夫しています。なるべくすべてのお客様が気持ちよくご鑑賞いただけるよう、出来る限りの対応をしています。
お客様同士のトラブルの場合、レセプショニストはお客様双方のお気持ちにも寄り添う必要があります。直接接客するレセプショニストは、目の前のお客様が泣いてしまったりご立腹だったりすると、どうしてもその感情に巻き込まれてしまいます。けれどマネージャーは感情的になってはいけないと思っています。意識的に感情の起伏を抑えていますね。
怒りの感情を直接受けるレセプショニストにも葛藤があるでしょうね。
 正しい主張をされているお客様には誠心誠意対応しますし、こちらがミスをしたのであれば心からお詫びを致します。ですが、お客様の中には、ご事情がおありで感情をレセプショニストにぶつけられる方もいらっしゃいますので、そういう時はあとで必ず「傷つかなくていいよ。あなたが悪いんじゃない」と声をかけるようにしています。

【いざという時のために……】

もしもに備えて準備しているグッズはありますか?
 コロナ禍を経て、マスクは個人判断での使用になりましたが、半数のお客様はマスク着用でお越しになりますし、近くに咳やくしゃみをするお客様がいると気にされる方もいらっしゃいます。なので、客席で急に咳込まれた方がいらした時などは一旦ホワイエに出ていただき、お渡しできるお水をご用意するようになりました。常温、冷蔵を準備しています。
ほかにはお客様がお怪我をされたり、嘔吐されたり、お飲み物で服を汚してしまった際にすぐ向かえるように、タオルや手袋などをまとめた「救急セット」を常備しています。また、エチケット袋、絆創膏、傘袋の入った「3点セット」はスタッフ全員がポケットに忍ばせていて、急を要する場合は活用します。

🎫

3人にお話を聞きました!

レセプションマネージャー 森華菜さん

このお仕事のいちばん好きなところは?
 まずは音楽やバレエなど、最高峰の芸術のそばにいられること。新国立劇場バレエ団の『くるみ割り人形』新制作のゲネプロを拝見させていただいたのですが、小野絢子さんの踊りに涙が止まらなくなりました。新国立劇場バレエ団はコール・ド・バレエの美しさも素晴らしいし大好きです。
もうひとつはレセプショニストが育っていく様子を身近で感じられること! マネージャーをやっていて一番嬉しく、やりがいを感じる瞬間です。
逆に、長年続けてきても難しいことは?
 お客様への対応には正解がないところです。同じ対応をしてもお客様一人ひとりの反応は様々ですから。
レセプショニストを束ねる立場として心がけていることは?
 レセプショニストがミスしないように、ミーティング(公演説明)をできるだけ分かりやすくすることを心掛けています。仕事内容だけでなく「なぜそうするのか」理由を話すようにしています。ミスが発生したら、そのたびに劇場支配人と対策を話し合い、アップデートしています。そう考えると、失敗の経験が活きていると言えますね。
レセプションマネージャーとして今後の目標は?
 マネージャーの後進を育てたい。舞台への愛と体力がある方、人を育てることが好きな方はこの仕事に向いていると思います。また、劇場運営のご相談に乗れるような、コンサル的なことにも挑戦したいです。

レセプショニスト 組谷夏未さん・西村萌衣さん

いままでで大変だった思い出、嬉しかった思い出を聞かせてください。
組谷 入社して1年も経たない頃、上演中の客席で急病人が出て、何もわからないまま助けに入ったことがありました。その時に学んだのが、誰かを呼んできちんと状況確認することの大切さです。何度経験してもトラブルの時はやっぱり焦るので、「自分ひとりで何とかしようとしない」と、自分に言い聞かせるようにしています。
西村 視覚障害を持つ方向けの演劇公演でサポートしたお客様が、お帰りになる前に「あなたがいてくれたから、安心して楽しめたわ。ありがとうね」って言ってくださったんです。演者のみなさんは素晴らしい世界を届けてくれますが、それを楽しく観るための環境を整えて差し上げられたことが、自信につながりました。
この仕事でいちばん好きなところと、難しいところは?
西村 カーテンコールの時に写真撮影している方がいないか確認する仕事があるのですが、前のほうまで行って客席側を振り返るとみなさん笑顔で拍手されていて、「今日も仕事を頑張ってよかったな」って思うんです。その瞬間が私は1番好きです。難しいのは、対「人」のお仕事なので、答えがひとつではないところです。
レセプショニストとしてこだわっている部分はありますか?
組谷 お客様と接する時は、穏やかな表情と聞き取りやすい話し方をするように気をつけています。特にご要望を聞く場面では、お客様にお話をしていただきやすいように会話に共感する事を意識しています。
ストレスが溜まってしまう時はありませんか?自分流の解消法を教えてください。
組谷 連日勤務が続くと、夢の中でもずっとチケットを切っているようなことはあります(笑)。けれど電車に乗って家に帰ったら、仕事場でのことはある程度忘れるようにしています。出社して、制服に着替えて、スカーフをいつものようにキュッと結ぶことで気持ちをリセットする感じでしょうか。
西村 私もこの前、別の公演チケットを切ってしまう夢を見て跳び起きました(笑)。もともと失敗を引きずらない性格なので、もしすごく怒られたとしても、今日の失敗はもう終わってしまったこと。次はやらないようにしようと気持ちを切り替えて、楽しく帰ります(笑)。

🎫

新国立劇場
〒151-0071 東京都渋谷区本町1-1-1
〈アクセス〉京王新線「初台駅」中央口直結
※ホームページはこちら

この記事を書いた人 このライターの記事一覧

NEWS

NEWS

最新記事一覧へ