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【インタビュー】ミュージカル「アルジャーノンに花束を」長澤風海~身体をとおして心を届ける。その時、僕は透明になる。

若松 圭子 Keiko WAKAMATSU

©️Shoko Matsuhashi

ダニエル・キイスが1959年に発表したベストセラー小説によるオリジナルミュージカル『アルジャーノンに花束を』。その5回目の再演が2023年4月27日(木)から東京と大阪で上演されます。主演のチャーリイ・ゴードン役は浦井健治(うらい・けんじ)。そして白ネズミのアルジャーノン役を、ダンサーの長澤風海(ながさわ・かざみ)が演じます。

稽古開始直前の2023年3月上旬、アルジャーノン役の長澤風海さんに、作品について、役柄について、ダンスの世界に入ったきっかけなどを聞きました。

ミュージカル『アルジャーノンに花束を』STORY
32歳になっても幼児の知能しか持たないチャーリー・ゴードン(浦井健治)は、パン屋の店員として穏やかな日々を送っていた。ある日、大学の偉い先生が読み書きのできる知能を得るための手術をしてくれるという話が舞い込み、「かしこくなりたい」と願うチャーリーはこの申し出を受ける。白ネズミのアルジャーノン(長澤風海)を競争相手に連日検査を受けたチャーリーは、アルジャーノンと同じ手術により天才的な能力を手に入れるのだが……

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ミュージカル『アルジャーノンに花束を』の出演は、2017年、2020年に続いて3度目だそうですね。
長澤 ミュージカル『アルジャーノンに花束を』は、僕にとって特別な作品です。とくに新型コロナウイルス感染症の流行まっただ中だった2020年は、ダンサーとして、エンターテインメントに携わる者として考えさせられることがたくさんありました。自由に外出もできず鬱屈した生活の中で、僕たち表現者も心に何かを抱えたまま本番への準備を重ねていました。全員でPCR検査を受け、ひとりでも陽性反応が出たら中止になってしまうとドキドキしながら稽古を続ける日々。「芸術は不要不急ではない」とも言われましたよね。僕は絶対そう思わなかったけれど……。無事に初日の幕が上がった時は、舞台に戻ってこられたという幸福感でいっぱいになりました。「当たり前のようにステージに立ってきたけれど、それは当たり前じゃなかったんだ」と。僕が舞台で感じているこの幸せを、自分の身体をとおしてすぐにでも観客のみなさんに伝えたくなったのは、あのタイミングで『アルジャーノン』を上演できたからだと思っています。不安や、そこから生まれる黒い心が、コロナ禍で大きく膨らんでしまった。でもこの作品が持つすべてを浄化させてくれる強さが、僕たちを支えてくれました。
その日々を乗り越えての今回の公演。小説「アルジャーノンに花束を」は世界じゅうで読まれている大ベストセラーで、原作のファンも多いと聞きます。長澤さんが初めて読んだのはいつでしたか?
長澤 23歳の時でした。山手線の中で読みながらボロボロ泣いちゃって恥ずかしかった思い出があります。
幼児並みの知能だったチャーリイ・ゴードンは、脳の手術によって、瞬く間に天才になっていきます。原作は彼が書いた経過報告という形で記されていますが、舞台での演出が楽しみです。
長澤 小説だと知能が高くなるにつれて、ひらがなばかりだったページに漢字が増え、文章も難しくなっていくんですよね。そして彼は嫉妬や憎しみといった悪の心を感じとれるようになってしまい……最後は少し残酷でつらい結末が待っています。でもこのミュージカルは、つらさの底には優しさが隠れているのかもしれない、と感じさせてくれる。登場人物の中にはひどいことを言う人が出てきますし、現実でも気持ちがつらすぎて過ちを犯したり、わざと間違ったことをしてしまうことがあるけれど、アルジャーノンを演じていると、そんな人の隣で微笑んであげたくなるんです。
長澤さんが演じるアルジャーノンは、チャーリイと同じ脳の手術を受けた実験用のマウスという役どころですね。
長澤 (少し考え込んで)生霊のような感じだと思うんですよね。ネズミのアルジャーノンは小さい箱に入っているんですけれど、僕はそのネズミの動きをするわけではなくって。チャーリイの心象風景や感情、あるいは彼を取り巻く人たちの思いを、僕の身体をとおして観客に届けるという役割でしょうか。だからアルジャーノンとして舞台上にいるときの僕はいつも透明なんです。決して前に出ず、自分の気持ちを乗せず、空気みたいな存在でありたい。チャーリイの心を感じて受け止める瞬間にふわっと香る空気、そんなふうに演じたいです。
稽古場で取り組みたいと思っていることはありますか? どんな解釈で演じるか事前に打ち合わせをするのでしょうか?
長澤 稽古場は準備したものを発表するところでなく、そこで創っていくためにあります。『アルジャーノン』で浦井健治さんとの共演は初めて。ですがアルジャーノンとして彼を感じ、心を通わせていれば、浦井さんがどういうチャーリイを演じるかは次第に分かってくるはず。稽古場でもチャーリイの感情や表現にそっと寄り添い、受け止める存在でいたいですね。

©️Shoko Matsuhashi

ところで長澤さんは、バレエやダンスとどうやって出会い、プロを目指したのでしょうか。最初は中国武術をしていたそうですね。
長澤 中国武術は4、5歳ごろから高校1年生ぐらいまで続けました。当時の僕の夢はアクションスターになることで、全国大会に出たり、武術協会の合宿で中国に行ったりと、かなり本気で取り組んでいました。
そこから、なぜバレエの世界に?
長澤 脚に大きな怪我をしたんです。全部の靭帯が切れ、剥離骨折もあって半年間くらい歩けなかった。もう武術を続けるのは無理だと思いました。アクションスターへの夢も遠ざかってしまって鬱々としていた時、舞台鑑賞の好きな母が「バレエ、観に行ってみない?」と。気乗りしないまま静岡から新幹線に乗って東京へ行き、大きな劇場の3階席からオペラグラスで観た初めてのバレエは、熊川哲也さんが踊る『若者と死』でした。凝縮された世界観と独特の空気、「これをやってみたい!」と強く感じました。それからバレエに関するDVDやビデオをたくさん観て「踊るためにはまず基礎からだ」とクラシック・バレエを習い始めました。高校3年生の時のことです。
18歳からのバレエレッスンはどうでしたか?
長澤 若かったし「身体能力もあるから簡単にできるはず」と妙に自信をもって臨んだけれど、現実は甘くなかったです。なにもかも武術と違うしバレエ用語もわからなくて、レッスンしながら「何語だろう?」って(笑)。

©️Shoko Matsuhashi

そこから長澤さんは真剣にバレエに取り組み、芸術系の大学へ。在学中にカナダへ渡り、オペラカンパニーのツアーダンサーを経験しました。そのなかで、プロのダンサーを目指そうと決めたのはいつだったのでしょうか?
長澤 きっかけは23歳の時に出演した舞台『DANCE SYMPHONY(ダンスシンフォニー)』です。バレエ、ヒップホップ、ジャズ、社交ダンス、アクロバット等の男性ダンサーによるエンターテインメント作品で、演出は荻田浩一さん。西島数博さんの紹介でバレエダンサーとして参加した僕は、ここでヒップホップやジャズダンスを初めて経験しました。他のダンサーのみなさんを間近で見ていると、なんでも踊れるし「自分の踊りはこれ!」というカラーもあって、めちゃくちゃカッコよかったんです。軸となるジャンルのダンスを極めながら、さらに幅広いツールを求めて学ぶ。それを全部繋げて、ひとつの大きな輪のように扱えるのがプロということなんだなと感じ、意識が変わりました。
仲間との思い出に残るエピソードや、学んだことはありますか?
長澤 いろいろな舞台で何度も共演させてもらった東山義久さん森新吾さん。ダンスも振付も演技もできて、ものすごいエネルギーがあるおふたりとの思い出は数え切れません。東山さんは「俺は自分の可能性がどれだけあるのか試したい。だから挑戦し続けるんだ。風海もいろんなことをやったほうがいい。経験を積み重ねていくことが、風海という表現者を作るんだよ」と、森新吾さんは「風海、作り続けることだよ。それが答えだ」と言ってくれました。今回、浦井さんは久しぶりのチャーリイ役ですが、前回浦井さんが主演した2014年にアルジャーノンを演じていたのは、今はもうこの世にいない森新吾さんでした。森さんと一緒に踊った日々、振付を作った日々、バカみたいにお酒を飲んだ日々は今でも僕の中に残っています。今度の公演では舞台の上で会えるような気がする。浦井さんもそう思っているかもしれませんね。
ありがとうございました。最後に、講師としてダンスやバレエの指導もしている長澤さんから、プロのダンサーを目指している若い人たちにメッセージをお願いできますか?
長澤 舞台はお客さまに芸術(アート)を届ける場所です。プロのアーティストを目指すなら、人に頼らず、自分で考える癖をつけること、感覚や自分の心の動きを大事にすることも意識して欲しい。振付どおりに踊ることや日々の努力はもちろん必要ですが、心のままに自由に表現する力は舞台人として欠かせないし、自分で探して手にしなくてはいけないものなんです。たとえば朝、「なんだかとっても気持ちがいいな」と感じたら、「気持ちいい!」という心のままアン・オーしてみるとか、悲しいことや苦しいことがあったら無理をして笑わないで、その感情のまま踊ってみるのもいい。いろいろ試してみてください。ダンスは心を豊かにしてくれる。踊っていることが楽しいと心から思えたらといいなと思います。

©️Shoko Matsuhashi

長澤 風海  Kazami Nagasawa
1987年生まれ。静岡県出身。幼少期から中国武術を始める。武術大会での優勝を最後に格闘技を辞め、クラシック・バレエを始める。大阪芸術大学在学中にカナダへ渡り、オペラカンパニーのダンサーとしてツアーに参加。帰国後はバレエを中心に、ミュージカル、ダンスショー等の舞台に出演。2014年には自らのカンパニーENTERTAINMENT DANCE ART COMPANY “HIGH BLUE HI”の旗揚げ公演『BLUE WHITE』で演出・振付・主演を務める。翌年には弟の長澤仙明、上山千奈とダンスアートグループ「anemoi」を結成するなど、作り手や指導者、講師としても活動の幅を広げている。
主な出演作品は『DANCE SYMPHONY』、DIAMOND☆DOGS「Super“D-☆”Cruising Show」シリーズ、『ニジンスキー~神に愛された孤高の天才バレエダンサー~』、東京シティ・バレエ団『L’ Heure Bleue』、同「シティ・バレエ・サロン Vol.4」、『メリー・ポピンズ』、『王家の紋章』、『キングアーサー』などがある。

公演情報

ミュージカル『アルジャーノンに花束を』

原作:ダニエル・キイス「アルジャーノンに花束を」(ハヤカワ文庫)
脚本・作詞・オリジナル演出;荻田浩一
演出・振付:上島雪夫
音楽:斉藤恒芳

出演:浦井健治
大山真志、長澤風海、若松渓太、大月さゆ、藤田奈那、渡来美友
東山義久、北翔海莉

 

【東京公演】
2023年4月27日(木)~5月7日(日)
会場:日本青年館ホール
問合せ:Mitt 03-6265-3201(平日12:00~17:00)

★アフタートークショー
・4月30日(日)17:00回(登壇:浦井健治 東山義久 北翔海莉)
・5月5日(金祝)17:00回(登壇:全キャスト)

【大阪公演】
2023年5月13日(土)~5月14日(日)
会場:COOL JAPAN PARK OSAKA WWホール
問合せ:キョードーインフォメーション 0570-200-888(11:00~18:00 日祝除く)

※オフィシャルウェブサイト
https://www.algernon-musical.com/

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