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【バレエ・アステラス2025】パリ・オペラ座バレエ学校ってどんなところ?〜日本人で初めて同校に入学した、小林ひかるさんに聞きました

阿部さや子 Sayako ABE

パリ・オペラ座バレエ学校 ©Agathe Poupeney / OnP

世界のバレエ団で活躍する日本人ダンサーが新国立劇場に集うガラ公演「バレエ・アステラス 2025」が、2025年7月18日(金)・19日(土)に開催されます。

2009年よりスタートし、今年で15回目を迎える今回は、5か国8バレエ団で活躍する16名のダンサーが出演。古典からコンテンポラリーダンスまで、ダンサーそれぞれの魅力や個性を味わえる作品が並びます。

また、「バレエ・アステラス」の大きな特徴は、ワガノワ・バレエ・アカデミーやミラノ・スカラ座バレエ学校など世界の名門バレエ学校を招聘して、次代を担う若いダンサーたちを紹介してきたこと。今夏はパリ・オペラ座バレエ学校が出演し、『ゼンツァーノの花祭り』よりパ・ド・ドゥと、『ナポリ』よりパ・ド・シスを踊ります。

今回は、日本人として初めてパリ・オペラ座バレエ学校に入学し、卒業後は英国ロイヤル・バレエのファースト・ソリストとして活躍した小林ひかるさんにインタビュー。「バレエ・アステラス2025」ではパリ・オペラ座バレエ学校招聘コーディネーターを務めている小林さんに、

  • パリ・オペラ座バレエ学校とはどんな学校?
  • 同校で学べたこと、驚いたこと、感動したことは?
  • 今回の舞台の見どころは?

など、いろんなお話を聞きました!

小林ひかる Hikaru Kobayashi  東京都出身。3歳でバレエを始める。15歳でパリ・オペラ座バレエ学校に留学。チューリッヒ・バレエ、オランダ国立バレエを経て、2003年から英国ロイヤル・バレエに入団。09年ファースト・ソリストに昇進。18年に引退。現在はバレエ公演のプロデュースを手がけるなど活躍中。

小林ひかるさんは、15歳の時に日本人で初めてパリ・オペラ座バレエ学校に留学。なぜ、同校で学びたいと思ったのですか?
私が子どもだったころは、いまのようにインターネットやYouTubeがなかった時代。海外のバレエ学校の情報を得るには、来日公演やビデオ、雑誌「ダンスマガジン」などが頼りでした。

当時はパリ・オペラ座バレエ学校がよく来日公演を行なっていたので、それを小さいころから何度も観に行っていました。そこで目にした生徒たちの洗練された身体の使い方、内側から放たれるエレガンスに圧倒され、「留学するならここしかない!」と、幼いながら心に決めていました。

そしてちょうど進路を考え始める年ごろになったときに、テレビで『エトワールへの道』というパリ・オペラ座バレエ学校のドキュメンタリーが放送されました。それを観て、「やっぱりこの学校だ!」と、あらためて確信したんです。

でも、当時はいまのように情報がない時代。どうやってパリ・オペラ座バレエ学校に入ったのですか?
そうなんです……。「パリ・オペラ座バレエ学校に行く!」と決めたはいいけれど、実際にどうすれば入学できるのかは、まったく分かりませんでした。周囲の先生方に聞いても、「前例がない」「東洋人は不可能」「英国ロイヤル・バレエ・スクールなら可能性があるけど、オペラ座は無理」と言われてしまいました。それに対して私は「ロイヤルは好きじゃないんです(笑)、オペラ座に行きたいんです!」と強く言い返したのを覚えています。
どうしてもあきらめきれなかった私は、「フランス大使館なら何か知っているかも」と、昔の電話帳「タウンページ」で番号を調べて、電話してみました。すると「前例がないので分かりませんが、学校の住所ならお伝えできます」と言われました。

また、ちょうどその頃に、留学に備えて勉強していた「NHKフランス語講座」のテキストの裏表紙に「海外留学サポート・お手紙を訳します」と書かれた広告が載っているのを見つけたんです。そこにお願いして、学校宛に「どうすれば入学できるか」を問い合わせてもらいました。

すると、学校からこんなお返事がありました。
「6月にオーディションがありますが、その前に審査をしたいので、日頃のレッスンを約20分撮影したビデオを送ってください」。そこで叔母にホームビデオで撮影してもらって送り返したところ、1ヵ月ほどして、クロード・ベッシー校長(当時)から直筆のお手紙が届き、「オーディションに来なくて構いません。9月からの入学を認めます」と書かれていたんです。その信じられない返信に本当に驚いて、翻訳者の方に何度も「本当にそう書いてあるんですか?」と確認したのを覚えています。まるで夢のようで、いまでもその時の気持ちは鮮明に残っています。
なんと……!(涙)いよいよパリ・オペラ座バレエ学校に入学して、おどろいたことや感動したことは?
入学初日、寄宿舎に入って荷物を整理していたときのことです。初めての日本人生徒だった私に、まわりの生徒たちはみんな興味津々で、次々と私の部屋に集まってきました。そして10、11歳くらいの小さな女の子たちのグループが近づいてきて、いきなり「つま先を見せて!」と言ったんです。私はまだフランス語は簡単なあいさつ程度しか話せなかったのですが、その言葉だけはすぐに理解できましたし、彼女たちも身振りでつま先を伸ばして「こうやって!」と示してくれました。

それが、彼女たちからの“はじめまして”の第一声でした。パリ・オペラ座バレエ学校といえば、甲の美しさ(足の甲のアーチ)が有名ですが、こんなに幼い子たちまでが、それを当たり前のように意識している。そのことにおどろくと同時に、この学校の美意識の高さを肌で感じた瞬間でもありました。

パリ・オペラ座バレエ学校の授業の中で、とくに心に残っているものは?
正直に言って、すべての授業が心に残っています。それぞれの先生の指導方法、空気感、クラスでの一瞬一瞬が、すべて鮮烈に記憶に刻まれています。バレエだけでなく、キャラクターダンスやコンテンポラリー、コンディショニング、解剖学、音楽の授業にいたるまで、「踊ること」に必要なあらゆる要素を、総合的に学べる環境でした。それはいま思い返しても、本当に特別なことだったと思います。

日々の中で、技術だけでなく「どう美しく在るか」を教わった時間だったと感じています。

オペラ座バレエ学校の先生方は、とくにどんなことを注意していましたか?
つま先の美しさはもちろんのこと、ターンアウト足さばきなど、とくに下半身の使い方を非常に厳しく指導してくださいました。そして動きの精度やラインの美しさを徹底的に追求するのがオペラ座ならではだな、と感じていました。

また、レッスンを受ける時の身だしなみにも厳しく、上級生になるとメイクアップも必要で、髪もきちんと整えるように言われていました。「いつ誰に見られてもいいように」「舞台に立つ時と同じ意識でいなさい」というのが、つねに先生たちから言われていたことです。

パリ・オペラ座バレエ学校時代。前列左から2番目がひかるさん 写真提供:小林ひかる

ひかるさんがオペラ座バレエ学校で得た、いちばん大きな学び・収穫とは?
すべてです。良い点も悪い点も含めて、それがいまの自分をつくっていると思います。技術的な成長はもちろんですが、異文化の中で生きること、自分の立ち位置をつねに考えながら日々を過ごすこと、そしてバレエという芸術にどれだけ真剣に向き合えるかを試される時間でもありました。
ひかるさんはその後、スイスのチューリッヒ・バレエ、オランダ国立バレエ、そして英国ロイヤル・バレエで活躍。各国のバレエ界を経験してきた視点から、あらためて思う「パリ・オペラ座バレエ学校ならではの特徴」とは?
他の国のバレエ学校やカンパニーも見てきた上で感じるのは、「オペラ座バレエ学校には独自の美意識と芸術性への強いこだわりがある」ということです。

技術を習得すること以上に、「どう美しくあるか」「どう品格をもって舞台に立つか」といった“見えない部分”の教育、そして“見える部分”である「脚のライン」「足さばき」といった細部への意識が、とても徹底していました。身体で表現する芸術として、バレエをどこまでも洗練させようとする姿勢が、オペラ座ならではの教育だと思います。

ひかるさんが在学していた当時と比べて、現在のパリ・オペラ座バレエ学校が変化したと思うことは?
時代とともに、やはり様々な面で変化していると感じます。
私が在学していたころに比べると、現在の生徒たちはより国際的で、多様な文化背景をもつ子たちが増えている印象があります。以前は“オペラ座らしさ”を保つために、ある意味で閉じた環境だったように思いますが、いまは外との交流や視野の広がりがより大きくなっているのではないでしょうか。いっぽうで、指導法や育成スタイルについては、オペラ座の伝統を受け継ぐ教師陣によっていまも徹底された教育が行われており、その本質は変わっていないと感じます。
今回の「バレエ・アステラス2025」に出演するのはどんな生徒たちですか?
今回は、パリ・オペラ座バレエ学校の最終学年である1年生の生徒たちが来日します。彼らは毎年の厳しい進級テストを突破してきた、将来有望な若手ダンサーたちです。彼らは全員、6月末にあるパリ・オペラ座バレエへの入団コンクール(彼ら専用に設けられたもの)に出場する予定です。そしてその後に2回ほど行われる一般オーディションにも参加する可能性があります。今回の来日が、彼らにとって大きな経験になると同時に、日本の観客にとっても貴重な出会いになるのではないかと思います。
楽しみです……! 今回披露するのは『ゼンツァーノの花祭り』よりパ・ド・ドゥ『ナポリ』よりパ・ド・シス。どちらもブルノンヴィル作品ですが、オペラ座バレエ学校の生徒たちは、ブルノンヴィル作品を日頃から学んでいるのでしょうか?
ブルノンヴィル作品は、巧みな足さばきを見せる振付が特徴的で、一見シンプルに見えますが、じつはいっさいごまかしのきかない難しさがあり、踊りがいのある作品です。

私が在学していた当時から、授業の中でブルノンヴィル・テクニックは頻繁に取り入れられていました。ですからオペラ座バレエ学校の生徒たちにとって、ブルノンヴィルの踊りは基礎の中に自然と根づいているように思います。

オペラ座バレエ学校の生徒たちのパフォーマンスを観るにあたって、バレエを習っている人たちがとくに注目するべきポイントは?
まずは、あまり構えずに、素直な気持ちで彼らのパフォーマンスを観てください。これはコンクールではなく“公演”ですので、評価する目で見るのではなく、自分の心が何を感じたかを大切にしてほしいと思います。

そして観終わったあとに、「どの場面が心に残ったか」「誰の何が印象的だったか」などを思い返してみてください。それが今後の自分の踊りに少しでも活かせるヒントになれば嬉しいです。

同じ教育を受けていても、一人ひとり表現の仕方は違います。
それぞれの個性や踊り方を楽しみながら観ることで、きっと新しい発見があると思います。

パリ・オペラ座バレエ学校「白の組曲(Suite en blanc)」 ©Svetlana Loboff / OnP

公演情報

バレエ・アステラス 2025
~海外で活躍する日本人バレエダンサーを迎えて世界とつなぐ~

日時 2025年
7月18日(金)14:00
7月19日(土)14:00
※予定上演時間:約3時間15分(休憩1回を含む)
会場 新国立劇場 オペラパレス
詳細・問合 新国立劇場 公演WEBサイト

 

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