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【東京バレエ団「ザ・カブキ」】由良之助役・柄本弾インタビュー〜討ち入りの場面はやっぱり特別。いつか、塩冶判官も演じてみたい

阿部さや子 Sayako ABE

2025年6月27日(金)〜29日(日)、東京バレエ団が『ザ・カブキ』を上演します。会場は東京・初台の新国立劇場オペラパレス。

本作は20世紀を代表する振付家モーリス・ベジャールが、歌舞伎の『仮名手本忠臣蔵』をもとにして東京バレエ団のために創作した作品。現代の青年が 「忠臣蔵」の世界に迷い込み、四十七士のリーダー〈大星由良之助〉となって主君の仇討ちを果たすまでの物語です。由良之助役は同団プリンシパルの柄本弾(つかもと・だん)と宮川新大(みやがわ・あらた)のダブルキャスト、ヒロインの顔世御前は、ゲスト・プリンシパルの上野水香(うえの・みずか)、ファーストソリストの金子仁美(かねこ・ひとみ)、ソリストの榊優美枝(さかき・ゆみえ)がトリプルキャストで演じます。

今回は「柄本弾 芸術選奨文部科学大臣賞受賞記念」と銘打っての公演。初日と最終日の主役を務める柄本弾さんは、2010年に5代目由良之助として役デビューして以来15年間にわたってこの役を演じ続け、その成果によって令和6年度(第75回)芸術選奨舞踊部門文部科学大臣賞を受賞しました。

開幕が近づく6月上旬、リハーサルに大忙しの柄本さんに話を聞きました。

東京バレエ団「ザ・カブキ」由良之助を演じる柄本弾さん(2024年) photo:Shoko Matsuhahashi

15年間、由良之助を演じ続けて

「柄本弾 芸術選奨文部科学大臣賞受賞記念」と銘打たれた今回の『ザ・カブキ』。あらためて、令和6年度(第75回)芸術選奨舞踊部門文部科学大臣賞受賞おめでとうございます。
柄本 ありがとうございます。このように素晴らしい賞をいただけたのは僕にとって奇跡のようなことですし、東京バレエ団の歴代の先輩方が大きな賞を受賞した時と同じように記念の公演をしていただけるのも光栄で、感謝しています。ただ、「柄本弾受賞記念」と付くことで、他のダンサーたちが少しでも置いて行かれた気持ちになるのは絶対に嫌で。僕が受賞できたのは、いつも一緒に踊ってくれる仲間たちのおかげです。今回の公演が、みんなにとっての記念にもなるように、これまで以上に頑張りたいと思っています。
柄本さんは2008年に東京バレエ団に入団。同年に上演された『ザ・カブキ』には、四十七士の一人として出演していたのでしょうか?
柄本 はい、四十七士の一員として出演していました。ただ、その時は討ち入りの最初にちらっと出て走るだけのエキストラ役だったので、僕は四十七士として踊るパートは経験しないまま、2010年4月に由良之助役デビューすることになりました。
四十七士のエキストラからいきなり由良之助に!
柄本 そうですね……。あの時は、公演の半年前くらいにトライアウトみたいなものが行われました。第1幕の最後に由良之助が踊る7分半のソロ〈決意のヴァリエーション〉を、僕を含めた同期入団の4人が1週間くらい練習して、佐々木忠次さんや飯田宗孝先生、当時由良之助を踊っていた高岸直樹さん、そして他の団員たちがずらりと並んで観ている前で、順番に踊りました。もう、信じられないくらい緊張しましたね(笑)。
5代目由良之助に決まった時の気持ちを覚えていますか?
柄本 『ザ・カブキ』という作品が、東京バレエ団にとってどれほど大きな存在なのか。あの頃の僕は、そんなことに思いを致す余裕を1ミリも持たず、ただ目の前の一つひとつをこなすのに精一杯でした。直前には『ラ・シルフィード』での主役デビューも待っていましたし、本当にいっぱいいっぱいな状況で……主役に抜擢していただいたのはもちろん嬉しかったけれど、単純に「嬉しい」という気持ちだけでは進めない。そういう思いはありました。
しかし柄本さんは、そんなふうに「いっぱいいっぱいだった」とは信じられないほど、初めての由良之助を見事に演じきりました。
柄本 『ザ・カブキ』に限らず、役を理解するにはたくさんの時間とたくさんの経験が必要です。由良之助デビューの時の僕は、ダンサーとしての経験値もキャパシティもなかったから、先輩である高岸直樹さんの踊り方や間(ま)の取り方をひたすらコピーして踊った記憶があります。ただ、これは1986年の初演時に由良之助を演じた夏山周久先生がおっしゃっていたことですが、「ベジャールさんの作品は、ベジャールさんが作った型どおりに踊ればちゃんと“ベジャール作品”になる。自分から由良之助になろうと思わなくても、振付どおりに踊れば自ずと由良之助になる」と。初めて由良之助を踊った時は、ベジャールさんの振付そのものに助けられたのかもしれません。

2010年、5代目由良之助としてデビュー。精悍でどこか無垢な印象にホロリとさせられる由良之助でした photo:Kiyonori Hasegawa

それから15年間にわたり由良之助を踊り続けてきて、理解が進んだことや、演じ方が変わってきたことはありますか?
柄本 何よりも大きく変わったのは、僕自身の立場です。15年前は周りのほとんどが先輩で、自分なりにがむしゃらに突っ走っていたつもりだったけど、じつはみなさんに引っ張ってもらい、支えてもらっていました。しかし15年が経った今は、僕がみんなの“先輩”という立場です。初めて『ザ・カブキ』に出演するダンサーたちや、初めて由良之助を踊るダンサーたちと一緒に舞台に立つ。自分のことだけに集中すればよかったあの頃とは違い、今は少しでも良い舞台にするために、自分はどう行動し、何を伝えるべきかを考えながら、リハーサルしています。とくに現在はバレエ・スタッフという指導に関わる役目もいただいているので、主役として作品を引っ張るだけでなく、みんなで一つの方向に進めるように目配りしなくては、と思っています。
役の演じ方が変わったというよりも、その役を演じる柄本さん自身が変わったということですね。
柄本 自分が変われば、舞台で滲み出るものも変わります。そして自分の置かれた立場や周りのダンサーたちとの関係性なども、作品や役の見え方を左右する重要な要素の一つになる。だから周りのみんなが「弾さんのために頑張ろう。良い舞台を作れるように全力を尽くそう」と思ってくれるような空気を作るのも、主役を任された人間の責任だと僕は思っています。そのために自分がどう行動するかを考えていくことも、これからの自分の課題です。
由良之助という人物の解釈について。この作品は、現代の青年のリーダーが一振りの刀に手をかけた瞬間から時代がタイムスリップして物語が始まります。青年は、殿中で刃傷沙汰を起こしたために切腹を命じられた塩冶判官に遺言を託され、大星由良之助になっていく。彼は、何かの力によって由良之助の人生を“背負わされてしまう”のでしょうか? それとも、自分の意志で由良之助として生きる覚悟を決めるのでしょうか?
柄本 僕は前者のイメージです。由良之助の生きる道に、青年がねじ込まれていく。そして自分の意思を超えた力によって、由良之助がやることをやらされる。だからこそ彼は戸惑います。その戸惑いが、例えば〈決意のヴァリエーション〉などの場面によく表現されているように感じます。
〈決意のヴァリエーション〉は7分半ほどもある長いソロ。その中で由良之助の心が何度も行きつ戻りつしながら、徐々に固まっていくような振付ですね。
柄本 迷ったり、誰かに何かを囁かれているような気がしたり、討ち入りの意志を誰かに聞かれている気がしたり……葛藤や恐怖を抱きながら、それでも易きに流れず難きに挑む決断をする。それがあのヴァリエーションの本質だと思います。体力的にも本当に過酷なソロですが、単純にはいかない7分半を表現したい。あの時間の中で、由良之助の目に何が見えて、彼の耳に何が聞こえ、彼はどのように決断していくのか。それをお客様に感じ取ってもらえるように踊りたいと思っています。

「ザ・カブキ」第1幕の幕切れに由良之助が踊る〈決意のヴァリエーション〉。写真は2024年の舞台  photo:Shoko Matsuhashi

その〈決意のヴァリエーション〉を経たあと、つまり第2幕に入ったらもう、由良之助の胸には一点の迷いもないのでしょうか?
柄本 ベジャールさんから直接話を聞いたことがないので、あくまでも自分自身の解釈ですが――僕は、由良之助の心にはずっと微かな揺れが残っていて、それを最後に打ち破るのが討ち入りの直前の場面〈雪の別れ〉だと思っています。この場面で対峙する顔世御前からは、決意のようなものを強く感じます。仇討ちの表明をしない由良之助に対し、顔世は亡き夫(塩冶判官)の無念を切々と訴えます。その時、後ろに塩冶の亡霊が現れるのは、由良之助の中に残る一点の揺らぎを突破するためではないかと思うんです。
あの場面の顔世御前からは、鬼気迫る情念を感じます。真っ白に塗られた顔はずっと静かで、表情が少しも動かないにも関わらず。
柄本 顔世は出番も決して多くはなく、表情も動かさず、動きもただ摺り足で歩くだけなど究極まで削ぎ落とされています。それでも自分の演技によって、物語を大きく転換させなくてはいけない。演じるダンサー自身の内面の強さや力量が問われる、難しい役だと思います。
『ザ・カブキ』の中で、柄本さんがとくに好きなシーンや、大切にしているシーンはありますか?
柄本 討ち入りからラストシーンにかけては別格なので除外して考えると、判官切腹の場面が好きです。僕はずっと「いつか塩冶判官を演じてみたい」と憧れてきました。判官はシンプルな所作で説得力のある存在感を表現しなくてはいけない役。由良之助の主君であり、彼の切腹によって、登場人物たちの運命が大きく変わっていきます。由良之助を演じていても、あの切腹のシーンには物凄い緊張感がありますし、何といっても圧倒的に美しい。僕はキャラクター的に塩冶判官には合わないかもしれないけれど、もしもチャンスをいただけたら自分なりに挑戦してみたい……という気持ちは今も持っています。
柄本さんの塩冶判官、観てみたいです……! そしてやはり、討ち入りから朝日の中で最期を迎えるまでの場面は特別だと。
柄本 特別ですね。すべてはあの場面のためにあるとすら感じるほど、特別です。討ち入りに関しては、もはや由良之助が主役ではなく、四十七士の一人ひとりが主役だと思います。つまり47人もの主役が舞台上に並び立つわけですから、どう考えても最強です。
そんな四十七士たちが成す三角形の隊列の頂点に、たった一人で立つ心境は?
柄本 四十七士たちの凄まじい気迫を、背中にバチバチと感じます。覚悟を決めて仇討ちに向かう本気の気持ちが乗っていて、心強さも感じます。みんなのあの強烈なエネルギーは、やはり本番ならではのもの。もちろんリハーサルだってまったく手を抜かずにやっていますが、本番になるとギアが変わります。あの、背後からグワッと押し寄せる四十七士のエネルギーを、さらに大きく強くしてお客様へ飛ばしていく。それが先頭に立つ由良之助の役割だと思っています。

東京バレエ団による「ザ・カブキ」解説動画。判官切腹、決意のヴァリエーション、雪の別れ、討ち入り等の名場面も

「ザ・カブキ」以外のお話も…
柄本弾さんに聞いてみたかったことを聞きました

「弾」という素敵な名前の由来は?
柄本 両親によると、2つの意味が込められているそうです。ひとつは、「何事に対しても弾丸みたいに真っ直ぐ突き進んでほしい」。もうひとつは、「人生には落ち込むこともある。でも何があろうと必ず弾んで上がってきてほしい」。インパクトがあって人に覚えてもらいやすく、「ダン」という音は海外の人にも親しみやすい。この名前は自分でも気に入っています。
転機になった作品や役は?
柄本 たくさんありますが、強いて挙げるなら『ロミオとジュリエット』と『ボレロ』でしょうか。
まず『ロミオとジュリエット』から。柄本さんは東京バレエ団が2014年に上演したノイマイヤー版と、2022年にレパートリー入りしたクランコ版の両方でロミオ役を演じていますね。
柄本 ノイマイヤー版では「役そのものになる」という感覚を体験し、クランコ版では「自分が舞台に出ていない間にも進んでいく物語に、感情をどう追いつかせるか」を学びました。例えば第3幕、ジュリエットと初めての朝を迎えたロミオは、彼女を寝室に残して去っていく。そして次に舞台上に現れるのは、ジュリエットが眠る墓所に駆け込んでくる場面です。その間にロミオはどんな出来事や心境を経たのか……舞台上では描かれない部分を、自分の中で掘り下げ、真の感情を湧き上がらせて、墓所の場面に出ていかなくてはいけません。とても難しいことですが、これは『眠れる森の美女』のカラボスなど、ピンポイントで登場して物語を大きく展開させる役を演じる時にも通じるように思います。

ノイマイヤー版「ロミオとジュリエット」第3幕よりジュリエットの寝室の場面。沖香菜子(ジュリエット)、柄本弾(ロミオ) photo:Kiyonori Hasegawa

クランコ版「ロミオとジュリエット」第3幕よりジュリエットの寝室の場面。沖香菜子(ジュリエット)、柄本弾(ロミオ) photo:Shoko Matsuhashi

『ボレロ』はどんな転機になったのでしょうか?
柄本 『ボレロ』は、自分自身のダンサーとしての考え方を大きく変えてくれた作品です。僕がメロディを初めて踊ったのは2015年、〈横浜ベイサイドバレエ〉の野外ステージでした。じつはその公演の数日後に足首の手術も控えていて、自分の中では「この『ボレロ』が柄本弾の第一章の締めくくりだ」と、特別な意気込みを持って臨んだ舞台でもありました。ところが、当日はあいにくの小雨模様。濡れた円卓はとにかく滑りやすく、それまでたくさん練習したことが何ひとつできなくて――もう心がへし折られそうになったその瞬間、周りで動き始めたリズムのダンサーたちが、僕にパワーをくれました。踊りながら目を合わせるたびに、「お前は主役なんだから、しっかり頑張れよ!」と、無言の声が聞こえてきた。それまでの僕は、「自分が突っ走らなくちゃ、そしてみんなを引っ張らなくちゃ」と、自分で自分を追い詰めていました。でも、あのボロボロだった『ボレロ』が、「舞台はみんなで作るもの」という当たり前だけど何より大事なことを、僕に教えてくれました。

「ボレロ」メロディを踊る柄本さん(2018年)。モーリス・ベジャール振付『ボレロ』では、中央の赤い円卓に立って踊るダンサー(主役)を「メロディ」、周りを取り囲む男性群舞を「リズム」と呼びます photo:Kiyonori Hasegawa

15年間ずっと主役を踊り続けてきて、孤独を感じたことは?
柄本 ありました。むしろ孤独しか感じられない時もありましたが、でもそんなものは贅沢な悩みだから、絶対に口にするべきではないと思ってきました。
主役には背負わなくてはいけないものがたくさんあり、とてつもないプレッシャーを感じます。とくに以前は海外からのゲストダンサーと僕のダブルキャストという公演が多かったので、僕ひとりが別室でリハーサルをすることが多く、バレエ団のみんなと一緒に踊ったり、気持ちを共有したりする時間がほとんどありませんでした。その時は本当に孤独で、「みんなでひとつの作品を作っている」という充実感も感じられず、逃げ出したい気持ちになったこともありました。
だけど、最近はもうそんなことはありません。バレエ団のメンバーだけで複数キャストが組まれるようになり、お互いに悩みを共有することも、学び合うこともできます。今は本当にありがたい時間を過ごさせてもらっています。
いまの弾さんが、「バレエって楽しいな」と思う瞬間は?
柄本 今は何でも楽しいです。「今さらかよ!」と思うくらい基礎的なことに気づけた時。由良之助のように長く踊り続けている役でも、新たにデビューするダンサーから「そういう表現の仕方もあるのか」と学べた時。バレエ・スタッフとして指導にあたったダンサーが、素晴らしいパフォーマンスを見せてくれた時。とくに最近は、若手の育成に携われることや、彼らの成長を目の当たりにすることに、より大きな喜びを感じます。年齢的なことを考えても、自分があとどのくらい踊り続けられるのかはわかりません。でも踊れる限りは踊りながら、後輩たちに伝えるべきことを、身をもって伝えていきたいと思っています。僕がこれまでたくさんの先輩方に、そうしてもらってきたように。

公演情報

日時

2025年
6月27日(金)19:00
由良之助:柄本 弾
顔世御前:上野 水香

6月28日(土)18:30
由良之助:宮川 新大
顔世御前:金子 仁美

6月29日(日)14:00
由良之助:柄本 弾
顔世御前:榊 優美枝

上演時間:約2時間20分(休憩1回含む)

会場

新国立劇場オペラパレス

詳細・問合  東京バレエ団 公演WEBサイト

 

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