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【第64回】鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-四角に並ぶ

海野 敏

文/海野 敏(舞踊評論家)

第64回 四角に並ぶ

■群舞で描く図形

一つの場面で、コール・ド・バレエの隊形、つまりフォーメーションがまったく変わらないことはありません。フォーメーションは変化してゆきます。しかし、ある程度の時間フォーメーションを維持して踊るときには、客席から見て安定した図形を描くことが多くなります。例えば、四角形、三角形、円形、半円形、十字またはX字形などの図形です。

なかでも四角形に並ぶフォーメーションは一番の基本でしょう。横4列×縦3列=12人、横6列×縦4列=24人、横8列×縦5列=40人など、舞台に広がり長方形に並んで踊る場面は、どの古典全幕バレエでも見つけることができると思います。

しかし、これまでの連載でも説明した通り、コール・ド・バレエの振付は主役やソリストの踊りよりもバレエ団・振付家ごとの差が大きいので、ある作品のどのヴァージョンにも現れる、定番と言えるような四角形のフォーメーションは意外に多くありません。そんな中、私が定番と考えているものをいくつかご紹介します。

■『ラ・バヤデール』「影の王国」の群舞

私が四角に並ぶコール・ド・バレエと言って真っ先に思い浮かぶのは、『ラ・バヤデール』第3幕、「影の王国」です。これは19世紀末にクラシック・バレエを完成させたマリウス・プティパの振付においても特筆すべきバレエ・ブランの傑作です。その冒頭で、舞姫たちが坂道に1人ずつ登場して1列で進む振付については、「第59回1列で進む(2)」でたっぷり説明しました。今回はその続きの場面です。

コール・ド・バレエの人数はバレエ団によって異なり、32人や24人の場合がありますが、およそ全員が坂を降りるまでに5分かかります。そして最後のダンサーが坂を下りきったところで全員が素早く流れるように移動し、横8列×縦4列または横6列×縦4列の長方形に整列します。そこから約3分の踊りが続くのですが、この3分間は、「コール・ド・バレエの鑑賞のポイント」(第58回)の1番目に挙げた「ユニゾンの美しさ」をたっぷり堪能できる名場面です。

まず全員が、その場でしばらくパ・ド・ブーレ・クーリュ(第24回)をした後、踵を下ろしてから左脚を軸とし、一斉に右脚を伸ばして高く上げます(デヴェロッペ・エカルテ・ドゥヴァン 第26回)。ここで全員がしばらく静止する瞬間は圧巻の見どころ。ここはバレエ団の実力が問われる瞬間でもありますが、全員のつま先の方向が揃い、ぐらつくことなくポーズする姿はぞくぞくする美しさです。

続いて全員がアラベスクでポーズし、さらに床に左膝をつけて右脚を前へ伸ばして、身体を後ろに大きく反らし(カンブレ)、再びしばらく静止します(注1)。ここも幻想的でフォトジェニックなユニゾンです。そして床から立ち上がると、腕を優雅に動かしながらパ・ド・ブーレ・クーリュで立ち続け、一斉にポーズを変えてゆきます。この後もユニゾンの演技は続き、終盤、横1列ずつパ・ド・ブーレ・クーリュでゆっくり後ろに下がってゆく場面も、神秘的な美しさを湛えた見どころです。

★動画でチェック!★
英国ロイヤル・バレエ『ラ・バヤデール』のリハーサル映像より。1分19秒から一連の場面を観ることができます。
★動画でチェック!★
K-BALLET TOKYO『ラ・バヤデール』のリハーサル映像より。1分37秒から一連の場面を観ることができます。

■幕切れで四角に並ぶ作品

さて、定番と言えるような四角形のフォーメーションは多くないと申しましたが、全幕作品の幕切れの場面で、出演者全員が勢ぞろいして四角に整列する演出が定番の作品はいくつかあります。

まず『ドン・キホーテ』第1幕の幕切れ。キトリとバジルの華麗なパ・ド・ドゥの後、引き続いてのコーダでは、メルセデスと街の踊り子たち、エスパーダとマタドールたち、キトリの友人たちや街の人々が、バルセロナの広場に長方形に広がって踊ります。前後にステップしながら、スペイン舞踊風の動きを取り入れた振付が多いです。みんなが楽しく踊る中、父親にガマーシュとの結婚を押し付けられそうになったキトリは、バジルと一緒に逃げ出してゆきます。

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英国ロイヤル・バレエの『ドン・キホーテ』の映像より第1幕の幕切れ。にぎやかな群舞は、3分59秒から観ることができます。

『眠れる森の美女』第3幕、つまり最終幕も、フィナーレで四角に整列することが多い作品でしょう。主役オーロラ姫とデジレ王子のグラン・パ・ド・ドゥの後、全員によるコーダでは、おとぎ話の登場人物たちも宮廷の貴族たちも一緒に、主役2人を最前列中央にした四角のフォーメーションになって、同じ振付で楽しげに踊ります。この後、トランペットの高らかな響きに続いて短いアポテオーズの場面があり、幕が下ります。

★動画でチェック!★
ローマ歌劇場バレエ団の『眠れる森の美女』の映像より。第3幕のコーダは2時間30分から。

古典作品ではありませんが、ジョージ・バランシン振付の『ウエスタン・シンフォニー』の幕切れも、私の好きな四角形のフォーメーションです。この作品は、開拓時代のアメリカ西部が舞台で、カウボーイたちと踊り子たちが陽気に踊る全4楽章の1幕物バレエ。第4楽章のエンディングは、36人のダンサーが横6列×縦6列の四角に並び、男女ともリエゾン・ド・ピルエット(第5回)の回転を反復し、幕が下りるても全員が回り続ける楽しい幕切れになっています(注2)

★動画でチェック!★
ニューヨーク・シティ・バレエの『ウエスタン・シンフォニー』の映像より。開拓時代のアメリカ西部を舞台にした世界観と陽気なダンスをぜひお楽しみください。

(注1)アラベスクでポーズしたあと、上体を少し前へ傾けるアラベスク・パンシェ(第27回)をするバレエ団もあります。

(注2)『ウエスタン・シンフォニー』のニューヨーク・シティ・バレエによる初演は1954年です。日本ではスターダンサーズ・バレエ団の人気レパートリーで、再演を繰り返しています。なお、全員が回り終えてポーズをした後に幕が下りる演出もあります。

(発行日:2024年11月25日)

次回は…

第65回は、三角形に並んで踊るコール・ド・バレエです。発行予定日は2024年12月25日です。

【鑑賞のためのバレエ・テクニック大研究!-総目次】
http://bibliognost.net/umino/ballet_tech_contents.html

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うみのびん。東洋大学社会学部メディアコミュニケーション学科教授、情報学研究者、舞踊評論家。バレエ、コンテンポラリーダンスの舞台評・解説を『ダンスマガジン』、『クララ』などのマスコミ紙誌や公演パンフレットに執筆。研究としてコンテンポラリーダンスの三次元振付シミュレーションソフトを開発中。著書に『バレエとダンスの歴史:欧米劇場舞踊史』、『バレエ パーフェクト・ガイド』、『電子書籍と電子ジャーナル』(以上全て共著)など。

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