動画撮影・編集:古川真理絵(バレエチャンネル編集部)
バレエを中心とした“劇場”での演奏をメインに活動する「シアターオーケストラトーキョー」のソロ・コンサートマスター、ヴァイオリニストの浜野考史(はまの・たかし)さん。『白鳥の湖』第2幕のグラン・アダージオや『ラ・バヤデール』のニキヤの花かごのソロなど、「ここぞ」というバレエの名場面で心震えるヴァイオリンソロを響かせているトッププレイヤーです。
バレエ音楽を知り尽くし、劇音楽を愛してやまないという浜野さんは、2023年3月29日(水)、東京・中央区の浜離宮朝日ホールにて、一夜限りのヴァイオリンリサイタルを行います。ピアニストのタカヒロ・ホシノさんと共に、チャイコフスキー作曲「白鳥の湖」の楽曲や、ショーソン「詩曲」など、ヴァイオリンの名曲をたっぷり堪能できるプログラムが用意されているとのこと。開催を前に、バレエ音楽のことやヴァイオリンという楽器のこと、そして今回の演奏する楽曲のこと等について話を聞きました。
3月中旬、Kバレエカンパニー『白鳥の湖』のリハーサルで演奏する様子を撮影した上記動画と合わせてお楽しみください。
浜野考史 ©️Choel Nam
ヴァイオリニストにとっても「白鳥の湖」は特別な曲
- バレエ公演でオーケストラピットの中をのぞいてみると、他の楽器は1〜数名なのに対して、ヴァイオリンは十数名以上がずらりと並んでいます。そして浜野考史さん自身がそうであるように、オーケストラのまとめ役であるコンサートマスターは、第1ヴァイオリンの首席奏者が務めるのが一般的と聞きます。つまりバレエ音楽においてもオーケストラにおいても、ヴァイオリンは中心的な存在の花形楽器という印象なのですが、実際にそうなのでしょうか?
- 浜野 確かに、そう感じられると思います。ヴァイオリンは重要なメロディや華やかなパートを弾くことが非常に多いですからね。そしておっしゃるとおりヴァイオリンは人数が多く、みんなで一緒に同じ旋律を弾くわけですが、その弾き方は奏者それぞれで違います。ひと色ではない様々な個性が混ざり合うことで、ストリングスの華麗なサウンドが立ちのぼってくる。それがオーケストラにおけるヴァイオリンの魅力であり、バレエ音楽ではそれがとくに効果的に響くように思います。
- まさにバレエ音楽においても大活躍のヴァイオリンですが、その中でも首席奏者である浜野さんは、「ヴァイオリンソロ」の演奏を任されていますね。ヴァイオリンソロが印象的なバレエ曲というと、どんな作品が挙げられますか?
- 浜野 まずはやはり「白鳥の湖」でしょうね。第2幕のグラン・アダージオ、第3幕のルースカヤや黒鳥のパ・ド・ドゥのアダージオ、王子のヴァリエーション、それからブルメイステル版などで使われている、『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』のアダージオとしておなじみの曲もヴァイオリンソロです。他には「眠れる森の美女」のアントラクト(間奏曲。劇の幕と幕の間や、一幕中の小休止に演奏される曲のこと)とか、「ラ・バヤデール」のニキヤのソロ、「ライモンダ」のアントラクトとして書かれたグラン・アダージオなど。「ドン・キホーテ」にも細かくいろいろと出てきますし、たくさんありますよ。
- 名曲ばかりですね……。それらの中でも、浜野さんが弾くたびに「いい曲だな」と感じるのは?
- 浜野 「白鳥の湖」は、やはり特別です。バレエの演奏はしないヴァイオリニストでも「白鳥の湖」の曲はアルバムに収録したりするくらい、まさに珠玉の名曲だと思います。
- 3月29日に行われる浜野さんのヴァイオリンリサイタルでは、その「白鳥の湖」からも選曲を?
- 浜野 もちろんです。シアターオーケストラトーキョーのコンサートマスターを務める僕にとって、「白鳥の湖」を弾くことは、自分の仕事の中核だといっていいくらい重要です。リサイタルをするとなって真っ先に選んだのが「白鳥の湖」で、今回は情景集として、バレエファンのみなさんにはおなじみの曲をいくつかお届けします。具体的にどの曲を弾くかは、ぜひコンサート当日を楽しみにしていただきたいと思います。
- 「白鳥の湖」以外にはどんな曲を演奏する予定ですか?
- 浜野 僕が現在拠点を置いているフランスの音楽は、ぜひ演奏したいなと。フランス音楽の薫りをギュッと凝縮した曲、それはやはりエルネスト・ショーソンの「詩曲(ポエム)」だと僕は思う。ですからまず「ポエム」は演奏することにして、このショーソンを軸に考えていくと、「詩曲」を初演したヴァイオリニストで作曲家のウジェーヌ・イザイの曲も演奏したい、そしてイザイが推した作曲家といえばギヨーム・ルクーだから彼の曲も弾こう……と、人間模様の糸をたどるようにして選曲しました。
- いちバレエファンである私は、いつもはオーチャードホールなど大きな劇場のオーケストラピットから響いてくる演奏をバレエと共に楽しませていただいているわけですが、今回はヴァイオリンの音色そのものをたっぷり堪能できるわけですね。
- 浜野 共演はピアニストのタカヒロ・ホシノさんのみというシンプルなコンサートですから、まさにそれぞれの楽器の音色そのものを味わっていただきたいです。日本有数の室内楽ホールである「浜離宮朝日ホール」で聴いていただけるというのも、特別な体験になると思います。このホールはウィーン楽友協会と同じシューボックス型で、音の響きも素晴らしいし、内装も美しい。そうした雰囲気と共に、生の音楽を楽しんでいただけたらと思っています。
ロックやポップスよりも、ヴァイオリンを選んだ理由
- ところで、浜野さんは何歳の時、どんなきっかけでヴァイオリンと出会ったのですか?
- 浜野 母親の話によると、4〜5歳の時に出かけたコンサートで、江藤俊哉さんがオーケストラをバックにヴァイオリンコンチェルトを弾いていたと。それを観て、僕が「ヴァイオリンをやりたい!」とせがんだのだそうです。僕自身はぜんぜん覚えていないのですが(笑)。
- 自分から習いたいと! ということは、もう幼い頃から熱心に練習を?
- 浜野 それはそうでもなかったですね(笑)。最初は駅前の楽器店がやっていた音楽教室で週1回程度習っていたのですが、1〜2年経った頃「この子はなかなか器用に弾くようだ」ということで、専門的に教えてくださる先生のところに通うようになって。その先生が非常に厳しい人で、練習して行かないとこっぴどく叱られるから、それなりに練習するようになったという具合です。
- 子ども心に好きだった曲や作曲家は?
- 浜野 メロディが綺麗な曲や楽しそうな曲、あるいはすごく難しそうに聞こえる曲が好きでした。そして大編成のオーケストラの曲やコンチェルトよりも、小品が好きだった気がします。よく覚えているのは、ロシアのヴァイオリニスト、ヤッシャ・ハイフェッツが演奏する小品集のLPを持っていて、それを好んで聴いていたこと。そこにはリッカルド・ドリゴの「セレナーデ」なんかも入っていました。
- 例えばバレエだと、昔は男の子がバレエを習っていると友達にからかわれるから、学校では内緒にしている……みたいなことがよくありました。ヴァイオリンはどうでしたか?
- 浜野 小学生の時は、やはり気恥ずかしくて隠していましたね。ただ、当時僕は師事していた先生の意向で、毎年「全日本学生音楽コンクール」に出ていました。これが毎日新聞社主催のコンクールで、入賞すると新聞に載るんです。そこで先生にばれて、「お前、ヴァイオリンをやってるのか?!」「はい、まあ……」と、そんなこともありました(笑)。
- そんな浜野少年が「僕はヴァイオリンで生きていこう」と心を決めたのはいつですか?
- 浜野 音楽高校に進学した時でしょうか。じつは中学生の頃は、ロックやポップスが好きだったんですよ。ビートルズとか、YMOとか、坂本龍一さんとか。それで音楽高校に行ってヴァイオリンの道に進むか、それともロックやポップスを愛好しながら普通の高校に進むか……と迷い始めた時に、試しにポップスの曲を自分で書いてみた。そうしたら、ぜんぜん大した曲が書けなくて。「これはヴァイオリンの道を選んだほうがいいな」と思って、音楽高校進学を決めました。
- 自分で曲を書いてみて決めた、というところが、さすが音楽家です(笑)。
- 浜野 ですからポップスやロックはいまだに好きですよ。専門外だから無責任に楽しめますし(笑)。
- 音楽高校、そして音楽大学へ進学。そのあたりからはもう迷うことなくヴァイオリニスト目指してまっしぐらでしたか?
- 浜野 そうですね。ただ、子どもの頃は練習でもコンクールでも弾くのはソロやコンチェルトの曲ばかりだったのですが、音楽高校や大学に入ってからは、室内楽の楽しさに目覚めました。ヴァイオリンとチェロとピアノとか、ヴァイオリン2本とヴィオラとチェロのカルテットとか。みんなで弾くと、「相手がそうくるなら自分はこう弾こう」というセッション的な楽しさが生まれる。それこそ中学生時代にロックやポップスを聴いておもしろいと思っていたことが、クラシックの世界にもあると気づいたんです。それを知ってからは、音楽家として目指したいものの範囲が広がりました。
- そして大学卒業後には、弱冠24歳で初のリサイタルを行ったそうですね?!
- 浜野 いま考えると、非常に恐ろしいことをしました(笑)。きっかけは、大学時代の先生から言われた「きみ、ヴァイオリニストとして社会でやっていくならリサイタルくらいできないとだめだぞ」という言葉だったのですが。僕自身、それなりの自信を持っていたのだとは思いますが、まったく怖いもの知らずでしたね……。でもなぜかその初リサイタルでも、僕はショーソンの「詩曲」を弾いていたんですよ。
- なんと!
- 浜野 ええ、不思議なことに。音楽家にはその年齢ならではの感性というものがあって、人によっては若い頃のほうが技術的に器用に弾ける場合もあるけれど、音楽的な内容という意味では、やはりキャリアを重ねた演奏家の深みには敵わない。僕はいま51歳。24歳だった頃の自分には出せなかった音を、今回のリサイタルでは奏でられたらと思います。
- キャリアを重ねることでしかたどり着けない領域があるということですね。
- 浜野 そうですね。もちろん演奏するということは、腕を不自然な方向に捻ったり長い弓を大きく振ったりと、肉体的な要素も大きいんです。だから20代の時と同じような弾き方をしていたら、当然ながら身体を壊してしまう。年齢を重ねても進化し続けるには肉体改造も必要だし、自分なりの弾き方をつねに模索していかなくてはいけない。そこはバレエと同じだと思います。
舞台上のダンサーたちとセッションしながら
- 浜野さんは、ヴァイオリンという楽器のどういうところに魅力を感じていますか?
- 浜野 僕は、ヴァイオリンの「音」が好きなのだと思います。弓をどう引くかで音色が変化するし表現も変わる。同じ楽曲でも演奏者によってまったく違う曲に聞こえるのもおもしろくて、ヴァイオリニストが100人いたら、本当に100通りの音になるんです。それから、ヴァイオリンにはいろいろな奏法があって、なんだかんだと細かい技や工夫ができるところも楽しい。永遠の少年心をくすぐられるというか(笑)、どれだけ弾いていても飽きることがありません。
- バレエ鑑賞中に時々オケピに目をやると、ヴァイオリンのみなさんが弓を大きく引いたりキキキキキ……と細かく動かしたり、あるいは指で弦をはじいたりボディを叩いたりと、本当にいろんなテクニックを駆使しながら演奏しているのがわかります。
- 浜野 そうですね。他には弓の木の部分で弾く奏法なんかもありますよ。ただこれはバレエ音楽ではめったに使われない奏法で、ぱっと思いつく限りではKバレエカンパニーの『クレオパトラ』に少しだけ出てくるくらいです。
- 『クレオパトラ』が次に再演される時にはチェックしてみます! もうひとつ伺いますが、浜野さんにとって、バレエ公演で演奏することの魅力やおもしろさとは何ですか?
- 浜野 バレエ公演では、舞台上でダンサーたちが踊り、その下のピットでわれわれオーケストラが演奏しています。つまりお客様の目は舞台上に向けられていて、音楽はその舞台を下からぐんと盛り上げる存在。音楽が盛り上がれば盛り上がるほど、舞台上で起こっていることも燃えるように見えてくるわけです。そこが、バレエで演奏する時ならではのおもしろさのひとつだなと思います。
そしてヴァイオリンソロを弾く時、僕は舞台上のダンサーたちとまさにセッションをしていると言えます。コンサートマスターの位置からは、舞台が見えるんですよ。舞台上のダンサーたちがどんな仕草で出てきて、どんな感情で踊ろうとしているのかと、楽譜に書かれている音符の意味と、僕自身のイメージと。その三者をどう融合させるかを瞬時に判断しながら弾いていく。僕はやはりセッションすることが大好きなので、これはまさにヴァイオリンソロの醍醐味ですね。
- 最後に今回のリサイタルについて、バレエファンのみなさんだからこそ楽しんでほしいポイントなどがあれば教えてください!
- 浜野 バレエという言葉のない世界に親しんでいらっしゃるみなさんは、自分の想像力をふくらませながら芸術を楽しめる人たちだと思うんですね。今回のリサイタルには華麗な踊りも色とりどりの舞台美術もないけれど、ヴァイオリンとピアノが奏でる音楽に耳を傾けながら、ぜひ自分なりのヒーローやヒロイン、あるいはどこかの街角や日常のふとした瞬間のことなど、自由に想像を広げていただけたら嬉しいです。また、今回のプログラムにはワルツを入れていたり、バレエ作品でもおなじみの「タイスの瞑想曲」を演奏したりと、じつはダンス的な要素も組み込んでいます。バレエと同じく、音楽は生ものです。僕とホシノさんの、その日、その瞬間だけのセッションを、ぜひ目撃しにいらしてください。
- 浜野考史 Takashi HAMANO
- 1971年生まれ。
1984年より全日本学生音楽コンクールにて7度にわたり上位入賞。
1995年、第2回大阪国際室内楽コンクール弦楽四重奏部門ファイナリスト(YAMATO弦楽四重奏団として)。
東京音楽大学卒業、二村英之、林茂子、岡山潔、松原勝也の各氏に師事。マスタークラスにてパウル・クリング、イヴリー・ギトリス、フランコ・グッリ、ライナー・キュッヒル、ヘンリク・コワルスキ、コパーシュ・ゲザ、他、各氏の指導を受ける。 20年以上の日本での演奏活動の後、2014年よりフランスに留学、パリ・スコラカントルムにて、パトリス・フォンタナローザ氏に師事、2つのディプロムを取得(Virtiosite、Concertiste) 。現在、パリにてオリヴィエ・シャルリエ氏に師事。
現在、シアターオーケストラトーキョー(K-BALLET)、シンフォニエッタ静岡(客員)、カメラータ・ジオンのコンサートマスター、菖蒲弦楽三重奏団ヴァイオリン奏者。
フランス・ヴェルサイユ在住。
公演情報
浜野考史 ヴァイオリンリサイタル
〜シアターオーケストラトーキョー ソロ・コンサートマスターが奏でる珠玉の「白鳥の湖」とヴァイオリンの名曲〜