パリ・オペラ座バレエ「オネーギン」©︎Julien Benhamou
2020年2月27日(木)〜3月8日(日)、いよいよパリ・オペラ座バレエ日本公演が開幕します。
バレエをこよなく愛した”太陽王”ルイ14世により創設された、世界最古のバレエ団。
その歴史は359年もの時を刻み、誇り高き伝統と絶え間ない革新により、今なお世界最高峰のバレエ団として君臨し続けています。
現在バレエ団を率いる芸術監督は、美貌のエトワールとして日本でも絶大な人気を誇ったオーレリ・デュポン。
そしてこの度の日本公演で上演されるのは、19世紀にパリ・オペラ座で初演されたロマンティック・バレエの名作『ジゼル』と、20世紀の巨匠ジョン・クランコが振付けたドラマティック・バレエの傑作『オネーギン』です。
「オネーギン」のヒロイン、タチヤーナ(アマンディーヌ・アルビッソン)©︎Julien Benhamou
今回は『オネーギン』について、この作品をよく知らない人や、まだ観たことのない人、観たことはあるけどもっと深く知りたい人のために、基礎知識+ディープな見どころをご紹介。
解説は、バレエ評論家の長野由紀さんです!
最後にはなんと、今回のパリ・オペラ座バレエ公演のご招待券(S席)プレゼントも!
どうぞお楽しみください。
※この記事は、おとな向けバレエレッスン誌・季刊「クロワゼ」vol.60(新書館刊、2015年)掲載の連載「バレエ名作案内」を再編集しています。掲載号はこちら
あらすじ&場面の流れ
- 作品DATA
- 振付:ジョン・クランコ
音楽:ピョートル・チャイコフスキー
原作:アレクサンドル・プーシキン
初演:1965年4月13日 シュツットガルト・バレエ
構成:3幕
【第1幕】
19世紀初頭、ロシアの片田舎。タチヤーナはおしゃれよりも読書に夢中な少女。彼女の名の日の祝いを前に母と妹のオリガと乳母が夜会服を縫っていると、オリガの婚約者レンスキーが友人を連れて現れます。彼の名はオネーギン。都会での生活に飽き、気晴らしにやってきた彼の洗練された物腰に、タチヤーナは恋をします。
オネーギン(ユーゴ・マルシャン)©︎Julien Benhamou
その夜、オネーギンへの恋文を書き始めたタチヤーナがうとうととまどろんでいると、鏡のなかからオネーギンが現れて、優しく彼女を抱き締めます。タチヤーナは目覚めると一気に手紙を書き上げ、彼に届けてと乳母に託します。
【第2幕】
タチヤーナの名の日の祝宴。オネーギンも招かれますが、彼にとっては退屈な集まり。タチヤーナからの素朴な恋文でますます苛立ち、オネーギンはその手紙を彼女の目の前で破り捨てます。思わず泣き出したタチヤーナを見てますます立腹した彼は、憂さ晴らしにレンスキーが一緒に踊ろうとしていたオリガを横取り。軽い気持ちでその誘いに応じるオリガ。純情なレンスキーは激怒して、オネーギンに決闘を申し込みます。
第1幕のレンスキーはこんなに幸せそうだったのに……(レンスキー:ジェルマン・ルーヴェ)©︎Julien Benhamou
決闘の日。勝ったのはオネーギンでした。泣き崩れるオリガ、彼に非難の視線を向けるタチヤーナ。オネーギンはようやく犯した罪の重さに慄くのでした。
【第3幕】
数年後のペテルブルク。しばらく放浪の旅に出ていたオネーギンは、親戚のグレーミン公爵家で思いがけずタチヤーナに再会します。いまや美しく教養深い公爵夫人となった彼女の輝きに驚嘆し、今度は彼が恋文をしたためます。
第3幕、放浪の旅から帰ってきたオネーギン(ユーゴ・マルシャン)©︎Julien Benhamou
夜、自室でその情熱的な手紙を読み動揺するタチヤーナ。そこにオネーギンが飛びこんできます。後悔と愛を訴える彼の言葉に揺れる心……。それでもすがりつく彼の目の前で手紙を破り、「私は人妻です。出て行って!」と毅然として命じます。なすすべもなく立ち去るオネーギン。タチヤーナは激情のなか、ひとり立ち尽くすのでした。
〈場面の流れ〉
♪マークは踊りの見どころを示しています
第1幕 |
【ラーリン家の庭】
母、オリガ、乳母が裁縫をしながらおしゃべりしている。タチヤーナはひとりで読書に夢中。
近所の娘たちがやってきて、鏡に映った男性が未来の夫だという占い遊びを始める。
レンスキーに連れられオネーギンが登場。タチヤーナが見ていた鏡に映り込み、ふたりが出会う。
♪レンスキーのソロ
♪オリガとレンスキーのパ・ド・ドゥ
オリガとレンスキー(ナイス・デュボスク、ポール・マルク)©︎Julien Benhamou
♪タチヤーナとオネーギンの踊り
♪若者と娘たちの群舞
若者と娘たちの群舞 ©︎Julien Benhamou
【タチヤーナの部屋】
タチヤーナがオネーギンへの恋文を書いている。うとうととまどろむと、夢にオネーギンが出てきて彼女の思いを受け入れる。
♪鏡のパ・ド・ドゥ
目が覚めたタチヤーナは一気に恋文を書き上げ、乳母に託す。 |
第2幕 |
【ラーリン家】
タチヤーナの名の日を祝うパーティ。退屈で苛立つオネーギンはタチヤーナからの恋文を彼女の目の前で破り捨てる。
第2幕、タチヤーナの名の日の祝宴 ©︎Julien Benhamou
グレーミン公爵が登場。タチヤーナに好意を抱くも、オネーギンの仕打ちに傷心の彼女はそれに気づかない。
オネーギンがレンスキーからオリガを横取りする。
♪タチヤーナのソロ
レンスキーが激怒、オネーギンに決闘を申し込む。
【水車場】
決闘の場に到着したレンスキーは、自分の死を予感してひとり嘆く。
♪レンスキーのソロ
タチヤーナとオリガが到着。決闘を止めるようレンスキーを必死に説得するも聞き入れられない。
オネーギンも到着し、決闘。レンスキーは死に、オネーギンが勝つ。 |
第3幕 |
【ペテルブルクのグレーミン公爵邸】
数年間の放浪の旅から帰ってきたオネーギンが、グレーミン公爵家の舞踏会に訪れる。
グレーミン公爵にエスコートされタチヤーナが登場。優美な貴婦人となった彼女を見てオネーギンはショックを受ける。
♪タチヤーナとグレーミンのパ・ド・ドゥ
【タチヤーナの部屋】
「今夜はひとりにしないで」と懇願するタチヤーナをおいて、グレーミン公爵が出かけてしまう。
オネーギンからの手紙を手に動揺するタチヤーナ。そこにオネーギンが駆け込んでくる。
♪手紙のパ・ド・ドゥ
ひざまずき、情熱をぶつけるオネーギン。タチヤーナは彼の目の前で手紙を破り捨て、毅然として出ていくよう命じる。 |
「オネーギン」個人的にはココがツボ!
解説:長野由紀(バレエ評論家)
- いよいよパリ・オペラ座バレエ日本公演が始まります! 公演日程の前半は『ジゼル』、そして後半は『オネーギン』。『オネーギン』といえば言わずと知れた巨匠ジョン・クランコが振付けたドラマティック・バレエの傑作ですが、クランコを創設者とするシュツットガルト・バレエ以外のバレエ団の来日公演でこの作品が上演されるのは、今回が初めてとのことです。
- 長野 私も特別に好きな作品です。当然ツボもたくさんあるのですが、まずはタチヤーナがいわゆるヒロイン然とした美女ではないところ。田舎育ちで、本の虫で、プーシキンの原作には「器量が良くない」とはっきり書いてあります。そして最初にオネーギンに出会う頃は、まだ少女小説のなかでしか恋も男性も知らない女の子です。
- 確かに、ジゼルもオデットもオーロラ姫も、みんな類まれなる美しさで男性の心をつかみますね。
- 長野 そしてジゼルもオデットも恋愛である意味失敗をするけれど、タチヤーナは少し違います。彼女自身は決して過ちを犯さずに貞操を貫いて、オネーギンへの恋を自分の心の中だけの悲劇として終わらせてしまう。
第1幕。田舎育ちで純朴なタチヤーナは、都会の洗練した雰囲気をまとうオネーギンにひと目で恋をします(オネーギン:オードリック・べザール)©︎Julien Benhamou
- 同じ悲恋でも、タチヤーナは自分で恋を終わらせるところが他と違う、と。
- 長野 「死んで終わり」ではなく、かといって「駆け落ちして終わり」でもない。彼を拒絶しきって、また自分の人生を生きていくんですね。自分の人生はこれでいいという信念、あるいはそう信じる意志はたいへん気高く、一時の激情に溺れない貞淑さは、ほかのヒロインには描かれていない部分でしょう。
- その場面が第3幕の「手紙のパ・ド・ドゥ」。ガラ公演などで抜粋上演されても大喝采となるシーンです。
- 長野 いきなり終幕の話になりましたけれど、もちろんこの作品は第1幕から素晴らしい。幕が開くと、タチヤーナが床の上で静かに本を読んでいる。こんなふうにヒロインを登場させることじたいがまず斬新ですよね。そして隣では乳母と母と妹がお裁縫をしているのですが、そのテーブルの上に、さりげなく鏡が置いてあるんです。彼女たちはタチヤーナをその前に座らせ、「鏡を見て、そこに映った男性が未来の夫だよ」と古い言い伝えを教えたところで、オネーギンが背後からふっと鏡に映り込むというかたちで登場する。この場面、じつはプーシキンの原作とは少し違っているんですよ。つまり、ここはクランコによるオリジナルの演出ということ。印象的な出会いというのはこういうふうに作るのか……と、その天才的な手腕にいつも感動します。
第1幕、オリガとレンスキー。テーブルの上にはさりげなく鏡が……(レオノール・ボラック、ジェルマン・ルーヴェ)©︎Julien Benhamou
- 鏡といえば、何といっても第1幕のハイライト「鏡のパ・ド・ドゥ」ですね。
- 長野 鏡こそ、この作品のカギなんです。順番にお話しすると、まず「鏡のパ・ド・ドゥ」では、まだ少女のタチヤーナがオネーギンへの恋文を書きつつ思いを募らせ、眠りに落ちたかと思うと姿見の向こう側からオネーギンが現れます。高さのあるリフトや空を切るようなスピード感あふれる振付は、舞い上がる彼女の気分そのもの。何しろこれはタチヤーナの想像のなかの出来事ですから、この時のオネーギンは100%理想の彼氏。優しくて、エレガントで、自分を愛してくれて、彼女の恋はここでいったん成就するわけです。
第1幕のハイライト! 鏡のパ・ド・ドゥ(ドロテ・ジルベール、オードリック・べザール)©︎Julien Benhamou
- ただしそれは妄想ですよ、と(涙)。
- 長野 そうして熱に浮かされるように書きあげたラブレターは、のちに彼女の目の前で、オネーギン自身によって破り捨てられてしまうのですが……。いっぽう「手紙のパ・ド・ドゥ」は、いまや公爵夫人となったタチヤーナが、今度はオネーギンから届いた求愛の手紙を読んで戸惑っている。そこに彼が駆け込んできて踊りが始まるのですが、それは激情と苦悩が渦を巻き、断ち難い思いを引きずるような振付です。最後にタチヤーナはオネーギンの手紙を彼の目の前で引きちぎる。そして傍らにある机には、やはり鏡が置いてある。
- 何と……。
- 長野 こうして見ていくと、作品の二大ハイライトであるこれらのパ・ド・ドゥは、完全に表裏の関係であることがわかります。そして二人の間やその周りで起こった出来事の一部始終を、鏡が静かに見つめているわけです。
- 素晴らしすぎて鳥肌が……!
- 長野 あとは第2幕。ここがまた、ドラマが詰まっていて非常に見応えのある部分です。
- 先ほど話に出た、タチヤーナの恋文ビリビリ事件が発生する幕ですね(涙)。
- 長野 その場面は、もしも自分がそんな仕打ちをされたらと想像するだけでも、胸が締めつけられます。でもその後すぐにオリガをめぐるオネーギンとレンスキーのいざこざが起こって、タチヤーナは自分だって辛いのに、結局けんかを止めたりレンスキーを慰めたりする役回りになる。そんないかにも長女らしい性格が表現されているところも、クランコの鋭く温かい人間観察の眼を感じます。
第2幕の終盤はさらに重要で、レンスキーはオネーギンに決闘を申込み、結果はオネーギンの勝ち。泣き崩れるオリガをタチヤーナが慰めているところにオネーギンが戻ってきた時、タチヤーナは彼に非難の視線を向けます。それは「あなたの人生とは何なのか」という無言にして強烈なる批判で、その瞬間、オネーギンとタチヤーナの立場は逆転します。タチヤーナは、子どもだった自分に決別し、おとなになる決意をする。オネーギンは、高等遊民のつもりで生きてきた自分の人生の虚しさに気づかされる。一瞬にして、彼が自負してきたもののすべてが崩れ去るんです。
オネーギンとの決闘の場に到着したレンスキーが、死を予感して踊る悲壮なソロ。エモーショナルで素晴らしい振付(ポール・マルク)©︎Julien Benhamou
- 確かに、それまでひたすらニヒルで素敵だったオネーギンが、急に情けなく見えてしまう場面です……。
- 長野 タチヤーナにとっても、それまで恋い焦がれてきた彼の格好よさは、ただ上っ面だけのものだったと一気にわかってしまう。そこでいったん幕となって第3幕につながり、賢く美しい女性に成長したタチヤーナが、人生の核となるものを結局見つけられないまま年を経たオネーギンと再会するわけです。初恋を踏みにじられ、幻滅もさせられた相手なのに、どうしても嫌いになれない女性心理。最後に彼を追いかけることもできたけれど、決別を選ぶ気高い姿。見ているこちらにも、尊敬、感動、切なさ等、いろいろな感情が一体になって押し寄せてきます。
第3幕。胸中で嵐のように吹き荒れる激情を、気高くも堪えきるタチヤーナの演技にぜひ注目を!(ドロテ・ジルベール)©︎Julien Benhamou
ご招待券をプレゼント!
今回ご紹介したパリ・オペラ座バレエ日本公演『オネーギン』のご招待券(S席)を2名様にプレゼントいたします!
【対象公演】
2020年3月7日(土)18時 開演
会場:東京文化会館大ホール
【応募方法】
①〈バレエチャンネル〉公式Twitterアカウント(https://twitter.com/balletchanneljp)をフォローして……
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【応募期間】
2020年2月26日(水)〜3月1日(日)23:59 まで
【当選発表】
当選者の方にのみ、3月3日(火)までにTwitterのDMにてご連絡いたします
ご応募、お待ちしております!
公演情報
パリ・オペラ座バレエ日本公演2020