敵対する家どうしに生まれた若い男女の恋愛悲劇を、英国の巨匠振付家ケネス・マクミランが全3幕のバレエに仕立てた“ドラマティック・バレエ”の傑作『ロミオとジュリエット』。
1965年に英国ロイヤル・バレエが初演した際は40分ものあいだ観客の拍手が鳴りやまず、カーテンコールは43回も繰り返されたという。
同バレエ団での上演回数は400回を超え、今日もなお観る者の胸を打ちつづける同作品が、ダンサーたちとともに舞台を飛び出した!ーーセルゲイ・プロコフィエフの美しい音楽やバレエの名場面はそのままに、まったく新しい表現をもって映画のスクリーンに登場する。2020年3月6日より全国ロードショー。
Photos: © Bradley Waller
今回の映画でも、主要役にはロイヤル・バレエの次世代を担う若手ダンサーたちが選ばれている。
ジュリエット役を務めるのは、映画『キャッツ』主演でも話題となったプリンシパルのフランチェスカ ・ヘイワード。ロミオ役には、いま右肩上がりの勢いに乗るファースト・ソリストのウィリアム・ブレイスウェルが配役されている。またティボルトを演じるのは、バレエファンの熱い視線を集める若きスター、マシュー・ボール(プリンシパル)。そしてマキューシオ役のマルセリーノ・サンベ(プリンシパル)、ベンヴォーリオ役のジェームズ・ヘイ(ファースト・ソリスト)など、花も実もある豪華な顔ぶれが脇を固めている。
ティボルト役のマシュー・ボール(写真中央)。ロザラインを演じるのは、バレエ団公演で主役への抜擢がつづくファースト・ソリストの金子扶生。華やかな顔立ちと上品で凛とした雰囲気が、ロザライン役によく似合う
精巧なセットで再現された物語の舞台は、16世紀のイタリア・ヴェローナ。よく晴れた気持ちの良さそうな街ーーそれが冒頭のヴェローナの印象だ。劇場では真っ暗な空間のなかで舞台のみがライトアップされるため、”屋外の太陽光”の中にダンサーが現れることじたいがとても新鮮。小鳥のさえずりや遠くで聞こえる動物の鳴き声なども、この物語が「いまここで起こっているのだ」と、私たちに信じさせてくれる。
キャピュレット家の舞踏会。重厚な衣裳を身に纏った演者たちの厳かなダンスを、真正面からカメラがとらえる。大きなスクリーンで観ると、圧倒的な迫力!
本作でのロミオは、‟学校でクラスの真ん中にいるタイプ”のイメージだ。いつも男友達とふざけ合っていて、気になる美女・ロザラインへの気持ちすら、「本気の恋」というよりもむしろゲーム感覚で楽しんでいるように見える。シェイクスピアの原作に描かれているような“憂鬱”の気配はあまり感じられない、若者らしい晴れやかな自信に満ちた青年である。
いっぽうのジュリエットは、乳母と人形遊びに興じる無邪気な少女。両親からパリスを紹介され、手の甲にキスをされそうになると、思わずその手を引っ込めてしまう。恥じらいと、戸惑い。でもそこに拒絶や恐怖の色は見えず、「大人になること」への好奇心もうかがえる。いままさに花開かんとする、ふくよかな蕾。そんな年頃の少女の表情を、ヘイワードは瞳の揺らぎや微かな笑顔で、リアルに表現する。
舞踏会の賑わいのなか、出会ってしまった2人……。ロミオやジュリエットそれぞれの目線から相手をとらえるカメラワークによって、よりドラマティックに演出されている
上映時間は”幕間休憩”なしの95分。舞台で観る全幕バレエ以上のスピード感で物語が展開していく。その凝縮感と緊張感が、この運命の恋の高揚と儚さ、そして命のエネルギーを持て余し生き急いでしまう若者たちの哀しさを、どうしようもなく私たちに突きつけてくる。
親友マキューシオを刺し殺されたロミオは、激昂に駆られるままにティボルトに襲いかかる。空はみるみる暗くなり、激しい雨が悲劇に向かう若者たちを容赦なく急き立てていく……。
“別れの朝”のパ・ド・ドゥ。このデュエットが終われば、ロミオはティボルトを殺した咎により、ヴェローナを出て行かなくてはいけない……。「あの鳥の声はひばりではなくて、ナイチンゲールよ。まだ朝は来ていないわ」。どうか行かないでと泣くジュリエットを、ロミオが支え、やさしく抱きしめる
マクミラン版『ロミオとジュリエット』には、踊り手も観客も“名場面”と口を揃える場面がある。それは全幕の舞台で言うところの第3幕、ジュリエットがひとり自室のベッドに腰掛けて、高まる音楽のなかただじっと前を見つめているシーンだ。
この場面が、本作ではどう描かれているか。
これからご覧になる方のために、くわしく語ることは慎もうと思う。
ただひとつ言えることは、この重要な場面が、全幕バレエで観るときとはまた違う印象ではあるけれども、やはり強く心に残る名場面として、とても丁寧に描かれているということだ。
パリスとの結婚を受け入れられないジュリエット。父から強く咎められ、救いを求めて母にすがりつくが……
マイケル・ナン監督とウィリアム・トレヴィット撮影監督は、2人ともかつてロイヤル・バレエで活躍した元ダンサー。つまり、マクミラン版『ロミオとジュリエット』のことも、”バレエ”というダンスの特質についても、熟知している。主役2人のパ・ド・ドゥなど重要なダンスシーンの数々が、どのように物語のなかに息づいているか。ぜひみなさんの目で確かめていただきたいと思う。
上映情報
『ロミオとジュリエット』
●3月6日(金)TOHOシネマズシャンテ ほか 全国ロードショー
●公式サイト:https://romeo-juliet.jp/
【監督】マイケル・ナン
【撮影監督】ウィリアム・トレヴィット
【振付】ケネス・マクミラン
【音楽】セルゲイ・プロコフィエフ
【美術】ニコラス・ジョージアディス
【出演】
ロミオ:ウィリアム・ブレイスウェル
ジュリエット:フランチェスカ・ヘイワード
ティボルト:マシュー・ボール
マキューシオ:マルセリーノ・サンベ
ベンヴォーリオ:ジェームズ・ヘイ
パリス:トーマス・モック
キャピュレット卿:クリストファー・サウンダース
キャピュレット夫人:クリステン・マクナリー
乳母:ロマニー・パイダク
ローレンス神父:ベネット・ガートサイド
ロザライン:金子扶生 ほか