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【第7回】英国バレエ通信 英国ロイヤル・バレエ 「コッペリア」

實川 絢子

鑑賞ファンにも、バレエ留学を志す若いダンサーたちにも、圧倒的に人気のある国ーー英国。
現地で話題の公演や、街の人々の”バレエ事情”などについて、ロンドン在住の舞踊ライター・實川絢子さんに月1回レポートしていただきます。

英国ロイヤル・バレエ 「コッペリア」

Coppelia, The Royal Ballet, Swanilda: Francesca Hayward, Dr Coppélius: Gary Avis, Photographed by Bill Cooper

12月のロンドンでは、英国ロイヤル・バレエのプリンシパル、フランチェスカ・ヘイワード主演の映画が2本公開された。元バレエダンサーのマイケル・ナンとウィリアム・トレヴィットのコンビ、バレエ・ボーイズによる『Romeo and Juliet: Beyond Words』と、『レ・ミゼラブル』などで知られるトム・フーパー監督によるハリウッド大作『キャッツ』だ。今やすっかり時の人となり、プレミアイベントやインタビュー、ファッション撮影などで世界中を忙しく飛び回っているヘイワードだが、コヴェント・ガーデンでも相変わらずの活躍を見せてくれているのが、バレエファンにとっては嬉しいところだ。

ロイヤル・バレエは、例年人気のピーター・ライト版『くるみ割り人形』をあえてクリスマスに封印するという勇気ある決断をした今年、その代わりとなるファミリー向け作品として、同じく人形が登場する『コッペリア』を13年ぶりに上演。1954年に初演されたバレエ団創設者ニネット・ド・ヴァロワによる版は、レフ・イワーノフとエンリコ・チェケッティによるどこまでもクリーンなクラシックの振付を基にした、ロイヤル・バレエの遺産ともいうべき作品だ。オズバート・ランカスターによるレトロで色鮮やかな衣裳とレオ・ドリーブの美しい音楽が、絵本の中に入り込んだかような世界へと誘ってくれる。

Coppelia, The Royal Ballet, Photographed by Bill Cooper

ハリウッド映画に主演し文字通り女優ダンサーとなったヘイワードは、安定のパートナーであるアレクサンダー・キャンベルとともに、重責を担う初日11月28日の夜公演でスワニルダ役デビュー。辛辣な英国の映画評論家たちからも大絶賛された、ハリウッドスターに負けない存在感と自然な演技力を、『コッペリア』でも遺憾なく発揮してくれた。いわゆる完璧なお姫様とは正反対の、気の強いスワニルダ役は、浮気っぽい恋人フランツにプンプン怒ったり、機転を利かせていたずらしたりと短所もたくさんある、人間らしい魅力にあふれるキャラクター。ヘイワードはひとつひとつの所作が型どおりになることなくどこまでも自然で、その身体からセリフが聞こえてくるよう。怒ったり拗ねたりくるくる変わる表情が魅力的で、私も初めて見る彼女のコメディエンヌぶりからとにかく目が離せなかった。

Coppelia, The Royal Ballet, Swanilda: Francesca Hayward, Dr Coppélius: Gary Avis, Photographed by Bill Cooper

スワニルダ役には一見派手な振付はないものの、ほぼ舞台に出ずっぱりで、人形のふりからスペインやスコットランドの民族舞踊、結婚式の華やかなグラン・パ・ド・ドゥまで、様々なスタイルの踊りをこなすのは、ダンサーにとって大きな挑戦となる。そのハードさは、ロイヤルの往年の名プリマ、メール・パークが「『コッペリア』は私が踊った中で最もタフな全幕バレエ。『眠れる森の美女』の方がずっと簡単よ」と言っているほど。上体をスクエアに保ち、どこまでもクラシックな身体の使い方をする振付は、ただきれいに踊るだけでは面白みのない単調な踊りになってしまう危険性があるが、ヘイワードの場合、彼女のパーソナリティあふれる踊りがそこに現代的な新鮮味をプラスし、舞台全体をいきいきと輝かせていた。ポアントのまま移動する見せ場が不安定だったのは残念だったが、それ以外はロイヤル・バレエ学校仕込みの品を感じさせるしっかりとしたテクニックを、持ち前の優れた音楽性で魅せてくれた。

Coppelia, The Royal Ballet, Swanilda: Francesca Hayward, Franz: Alexander Campbell, Photographed by Bill Cooper

Coppelia, The Royal Ballet, Swanilda: Francesca Hayward, Franz: Alexander Campbell, Photographed by Bill Cooper

ヘイワードが信頼を寄せる相手役のキャンベルは、コミカルなやり取りの“間”が絶妙。浮気性のお調子者といういわゆる“ダメ男”のフランツ役を、チャーミングでどこか憎めないキャラクターに造形し、観客の同情を誘ってみせた。1幕でマヤラ・マグリと踊ったキャラクターダンスは、挑発的なまでに漲る自信が清々しく、3幕のソロでもダイナミックな跳躍で客席を沸かせていた。

Coppelia, The Royal Ballet, Franz: Alexander Campbell, Dr Coppélius: Gary Avis, Photographed by Bill Cooper

もうひとりの主役であるコッペリウス博士役を踊ったのは、ロイヤル・バレエのレパートリーにあるほぼすべての男性キャラクター役を踊ってきた名優ギャリー・エイヴィス。十八番である『くるみ割り人形』のドロッセルマイヤー役よりもダークでエキセントリックなコッペリウス博士役では、コメディーの中に、老人の孤独を感じさせる細やかな演技が光る。3幕のディヴェルティスマンでは、曙のヴァリエーションを踊った金子扶生が傑出しており、オーロラ姫さながらの華やぎを添えた。

Coppelia, The Royal Ballet, Swanilda: Francesca Hayward, Dr Coppélius: Gary Avis, Photographed by Bill Cooper

ドラマティックな雪の場面も、大きくなるクリスマスツリーもなく、『不思議の国のアリス』に見られるような現代技術を駆使した演出もない『コッペリア』だが、昔ながらのおとぎ話のバレエは、まるで絵本を読んでいるかのように、その余白が想像力を広げてくれる。映画『キャッツ』の対極にあるようなアナログ感満載の舞台に、想像力の入り込む余地のないほどに情報に溢れたスマホ世代の子供たちにこそ、こういう作品を観て欲しいと思わずにはいられなかった。

Coppelia, The Royal Ballet, Photographed by Bill Cooper

Column
ダンスをどう映像化するか、ということに関しては、昔からよく議論されてきたテーマだ。ひと昔前のように、舞台全体を真正面から引いて撮影するだけでは、ナマモノである舞台のエネルギーは、あっさり死んでしまう。映画的なリアリズムに、クラシック・バレエのような形式を重んじるダンスは特に馴染みにくいからだ。そこで、その境界を超えバレエ作品をどこまでも“映画”らしく撮ることを目指したのが、バレエ・ボーイズによる『Romeo and Juliet: Beyond Words』。大げさなマイムや舞台化粧などのいわゆる“バレエっぽさ”を可能な限り排除し、セリフではなく表情と身体だけで、より自然体、よりリアルな人間ドラマを描くことに焦点をおいたこの作品は、バレエ・ファン以外の幅広い層にもアピールすることを狙って制作されたもの。プロコイエフのバレエ音楽はところどころ省略されているだけでなく、舞台上演よりもかなり速いテンポで演奏され、よりスピーディーでドラマティックに物語が展開し、観客に一切飽きる隙を与えない(高速のマキューシオのソロは必見)。クロースアップを多用した様々なアングルのカメラで登場人物の繊細な表情を逃さず捉え、主人公ふたりの気持ちに寄り添うような仕上がりになっている。
一方『キャッツ』は、ミュージカルという形式に則りながら、どこまでも人工的な手段でより“リアル”な猫らしさを追求している。賛否両論あるデジタル・ファーのCG技術は、その猫のヒゲや毛並み、絶えず動いている尻尾など感心してしまうほどよくできているのだが、個人的には、そのリアルさが逆に、それが人間の身体の上にあることの“異質さ”をスクリーン上で際立たせているように見えてしまった。それはまるで、この“獣人”たちは決してリアルには存在しえないという事実をコンスタントに突きつけられているようでもあり、そういう意味では、原作の詩や舞台版ミュージカルに比べると詩的な奥行きは少ない。もちろん、スティーヴン・マクレイのタップ・ダンスシーンや、歌うヘイワードと大女優ジュディ・デンチの絡みなど、ダンス・ファンが楽しめる要素満載のエンターテイメントであることには変わりはないのだが、生の舞台と対照的な、人工的に作り込まれたリアルなCG技術は、時として観客の想像力を萎えさせてしまう危険性をはらんでいる気がする。
極端なまでに対照的な2作品だったが、ひとつ共通するのは、両者とも、スクリーン上で輝くヘイワードの魅力あっての作品だということ。女優としての道を切り開いたヘイワードが、これからどのように踊っていってくれるか、ますます注目していきたいと思う。

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東京生まれ。東京大学大学院およびロンドン・シティ大学大学院修了。幼少より14年間バレエを学ぶ。大学院で表象文化論を専攻の後、2007年に英国ロンドンに移住。2009年より舞踊ライターとしての活動を始め、シルヴィ・ギエム、タマラ・ロホ、ジョン・ノイマイヤーをはじめとするダンサーや振付家のインタビューを数多く手がけるほか、公演プログラムやウェブ媒体、本、雑誌などにバレエ関連の記事を執筆、大学シンポジウムにて研究発表も行う。長年会社員としてマーケティング職に従事したのち、現在は一児の母として育児にも奮闘している。

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