
英国ロイヤル・バレエ「ロミオとジュリエット」金子扶生(ジュリエット)、ワディム・ムンタギロフ(ロミオ)©Tristram Kenton
ロンドンのコヴェント・ガーデンにある歌劇場「ロイヤルオペラ・ハウス」で上演されたバレエとオペラを映画館で鑑賞できる「英国ロイヤル・バレエ&オペラ in シネマ」。臨場感のある舞台映像はもちろん、開演前や幕間にはリハーサルの特別映像や舞台裏でのスペシャル・インタビューを楽しめるのも、“映画館で観るバレエ&オペラ”ならではの魅力です。
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2025年6月6日(金)から6月12日(木)までの1週間、TOHOシネマズ日本橋ほか全国の劇場で公開されるのは、英国ロイヤル・バレエによる『ロミオとジュリエット』です。
英国バレエを代表する振付家ケネス・マクミランの『ロミオとジュリエット』は、1965年に初演され、今年で60周年を迎えます。英国ロイヤル・バレエでは、ルドルフ・ヌレエフとマーゴ・フォンティーンによる初演から550回を超えて上演され、重要なレパートリーのひとつとして受け継がれています。
ウィリアム・シェイクスピアの傑作を、マクミランによる細やかな心理描写を盛り込んだ振付とプロコフィエフの壮大な音楽で描いた本作。ニコラス・ジョージアディスによる美術と衣裳は、ルネサンス期のヴェローナを鮮やかに再現しています。
主演を務めるのは、ともにプリンシパルの金子扶生とワディム・ムンタギロフ。ティボルト役の平野亮一(プリンシパル)、マンドリン・ダンスの五十嵐大地(ソリスト)など、日本人ダンサーも多く活躍しています。
今回は、高い身長を生かしたダイナミックなパフォーマンスに加え、繊細な演技表現に定評がある平野亮一に話を聞きました。

平野亮一 Ryoichi Hirano 兵庫県出身。4歳から母が主宰する平野節子バレエスクールでバレエを始める。2001年第29回ローザンヌ国際バレエコンクールでプロフェッショナル・スカラーシップ賞受賞。英国ロイヤル・バレエの研修生を経て、2002年に正式入団。2012年ファースト・ソリスト、2016年プリンシパルに昇格。 ©Johan Persson
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- バレエ『ロミオとジュリエット』は、ダンサーのテクニックや音楽性に加え、演技も重要なポイントです。ティボルトを演じるにあたり、どのように役作りに取り組みましたか?
- 平野 ティボルト役に限らず、僕は演じる人物の生い立ちを調べるところから始めます。歴史上の人物の場合は資料にあたり、フィクションの場合は、作品の舞台となる国や時代背景を参考にしながら想像を膨らませます。今回も、ティボルトの置かれている環境について思いを巡らせ、そしてある仮説に行きついた。それは「ティボルトには兄弟がいて、彼は弟だ」ということです。
- シェイクスピアの戯曲に、それを思わせる記述があるのですか?
- 平野 いえ、僕の頭の中で考えた、あくまでも想像の話です。ティボルトは跡継ぎがいないキャピュレット家の血を途絶えさせないために、ゆくゆくは自分が養子に入ることを理解しています。だから次男なのでは?と。長男には自分の家を継ぐという役割がありますからね。ティボルトは次男だ、という仮説から役を掘り下げていったら、彼の行動で引っ掛かっていた部分がクリアになった。例えば、彼はキャピュレット家の人たちに対しても上から目線というか、なんとなく偉そうですよね。ジュリエットのことは子ども扱いしているし、キャピュレット卿のことは「おじさん、もう歳なんだから俺がこの家を継いでやるよ。さっさとその座を譲ってくれればいいのに」と内心思っているはずです(笑)。でもその行為が、キャピュレット家では長男のように振る舞えるからだと考えれば、納得がいきます。自分の家に戻れば立場が弱い次男、でもキャピュレット家では自分は長男でいられる。その思いが彼の態度を大きくさせているのではないかと思うんです。

英国ロイヤル・バレエ「ロミオとジュリエット」中央・平野亮一(ティボルト)
- 第1幕と第2幕、街の広場で剣を交える場面(ソード・ファイト)は、ティボルトの演技の見せどころであり、とくに第2幕は物語の展開が一転する印象的な場面です。それぞれのシーンで、ティボルトは何を考えているのでしょう?
- 平野 第1幕では遊び半分でちょっかいをかけるイメージ。自分の右に立つ剣士はいないと思っているから、何人で向かって来てもどうってことはないし、暇つぶし程度に思っています。第2幕は、ロミオたちに喧嘩を売るため。第1幕の舞踏会の後から、ティボルトはずっとイライラしています。酒を飲んでも怒りが収まらず、酔いが冷めないまま彼らに剣を向けます。
- その時のティボルトの頭の中には、わずかでも殺意があったのでしょうか。
- 平野 殺しに行こうとは思っていなかったはずです。マキューシオが死んでしまったのも、ロミオがマキューシオを押したために、後方にいたティボルトの剣に刺さってしまったわけで、本当にたまたま起こってしまった事故だったのだと考えています。自分の剣がマキューシオに刺さった瞬間、ティボルトは状況が呑み込めず、マキューシオから剣を抜いたあとで彼らのそばをそっと離れます。でも街の人たちに自分の心情を悟られたくないし、「あいつは殺す気もなかったのに刺しちゃったんだぜ」と言われるのも我慢できない。さらに親友を殺され激昂したロミオが明らかに殺意をもって向かって来たことで、初めて本気で闘う覚悟を決め、剣を抜くのだと思っています。
- ティボルトは短気で喧嘩っ早いイメージがありますが、平野さんの演じるソード・ファイトでは、ティボルトの焦りや必死さも伝わってきました。
- 平野 確かにティボルトは喧嘩っ早い男ですが、僕は、彼がマキューシオたちにちょっかいをかけられた程度ですぐ怒るのは、モンダギュー家への憎しみだけでなく、彼の心に根付いている次男としてのコンプレックスも原因なのではと思うんです。馬鹿にされたくない気持ちから、虚勢を張ってしまうのかもしれない。剣には自信を持っていますが、それもキャピュレット家を継ぐために誰よりも強くならなくては、と頑張った結果かもしれませんしね。
- 役の解釈を、決められた振付の中にどうやって落とし込むのですか?
- 平野 ご存じのとおりソード・ファイトの場面は振付ですから、音楽に合わせて剣をどう打つか細かく決まっています。しかし、たとえ振付であったとしても、すべての動きには理由があるはず。どうして彼はここで振り返るのか?わざわざこんな振る舞いをするのはなぜか?と、一つひとつ探っていくのです。役の人物像を探る作業は、この時にも大きな手助けになります。ティボルトに見えている風景が、やがて僕の目にも映るようになってくる。そうすると舞台の上で自然なリアクションができるんですよ。もちろん、実際に動いてみたらなんだかしっくりこない、ということもあります。その場合は周りに僕の演技がどう見えているか、フィードバックをもらうようにしています。一度で上手くいかないことも少なくはありませんから、何度も工夫を繰り返します。
- ティボルトを演じる時、動きの面で大切にしていることは?
- 平野 重さですね。上体を引き上げるバレエの基本に逆らって、重心を下に低く保ちます。それこそ脚が床にめり込んでいくようなイメージです。歩き方も意識しています。歩数が多いと、ちょこちょこ動いて見えるため軽い印象になってしまう。彼のキャラクターを伝えるために、一歩一歩を大きく取って、堂々と歩くように心がけています。
- いっぽうで、ティボルトの心情はどう表現しようと意識していますか。
- 平野 それは意識してやろうとしなくても、ティボルトの気持ちに同化していると、彼の感情に左右されて自然と体が動いてしまうんですよ。感情を膨らませるための練習としてよくやるのは、頭の中で、その感情をストレートに喋ってみることです。例えばマキューシオに向かって「なんやお前、殺したるぞ!」とか(笑)。悔しいと思ったら頭の中で「くそっ!」と叫ぶ。そうすると身体のほうも自然と「くそっ!」という感じの動きになるんです。
そして重要なのは、僕たちはその感情を、舞台の上で毎回、新鮮な気持ちで再現できなくてはいけないということ。感情表現がうまくいった時の気持ちの流れを分析し、記憶する。それをいくつストックしてどこまで使いこなせるかが、プロのダンサーとしての課題でもあります。ボディ・ランゲージは僕たちの言語。ボキャブラリーを増やし、日常会話のようにペラペラになるまで使いこなせば、演技の幅も広がります。
- 平野さんは舞台に立つ時、どこをスタートに役に入っていくのでしょうか。
- 平野 メイクを始めるところから、でしょうか。衣裳を着て、ティボルトだったら髭をつけるとスイッチが入ります。舞台袖で出番を待っている間は、80パーセントくらい役に近づいた状態。舞台に出た瞬間に自分がゼロになり、舞台上ではティボルトとして物語の世界を生きています。

英国ロイヤル・バレエ「ロミオとジュリエット」中央左よりフランシスコ・セラノ(マキューシオ)、平野亮一(ティボルト) ©Tristram Kenton
- プライベートについての質問を。平野さんは多くの趣味を持ち、アウトドアなどアクティブに活動していますね。
- 平野 自分が楽しいと感じることを全力でやるのって、すごく健康的なことですし、思いっきり楽しむことは感情を豊かにします。バレエだけでは得られない経験をたくさん積んで、そのたびに本気で笑ったり泣いたりする。そのすべてが表現力を豊かにし、よりリアルな演技をすることに繋がっていると思うんです。
バレエ団の仲間たちに声を掛けて、一緒に楽しい時間を過ごすこともあります。バレエ団のチームワークにも役に立つんですよ。僕たちはひとりで舞台を作っているわけじゃない。コミュニケーションを取ることで、周りの人のことも考えて行動する意識が育ちますからね。
- 休みの日に、自宅でゆっくり過ごすこともありますか?
- 平野 僕たちダンサーはある意味アスリートなので、休むのもトレーニングのひとつなんです。以前は踊れば踊っただけ身につくという考え方もありましたが、ただただ長時間踊るのは現実的ではない。集中力も保てないし、身体が疲れていくばかりで何も身につきません。やる時は集中して100パーセント出す。休む時はしっかり休む。これは肉体だけに限ったことではありません。バレエを踊るための信号はすべて脳から発信されています。だから脳みそも疲れているはずですよね。
- この作品は日本各地の映画館で上映されます。地方でバレエを学んでいる人や、プロのバレエダンサーを目指して頑張っている子どもたちに向けてメッセージをお願いします。
- 平野 バレエダンサーは、人の心に触れ、夢を与えられる素晴らしい仕事です。もしこの世界に自分の将来の目標を見ているのなら、全力で突っ走ってほしいと僕は思います。バレエを続けている限り、この先みなさんの前には少なからず壁が現れます。時には厚い、高い壁もあるでしょう。その時は「私、僕はどうしてバレエをやりたいと思ったんだっけ?」と自分に聞いてみてください。初心に立ち返ればきっと大丈夫。「バレエが好き。だから踊っているんだ」と心に刻んだら、思い切って壁に挑んでください。バレエだけに偏らず、いろいろなものを見たり聞いたりし続けることも大事です。たくさん刺激を受け、それを自分の中でどんどん、どんどん膨らませていってください。
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上映情報
英国ロイヤル・バレエ&オペラ in シネマ 2024/25
ロイヤル・バレエ『ロミオとジュリエット』
2025年6月6日(金)~6月12日(木)TOHOシネマズ 日本橋 ほか1週間限定公開
★上映館、スケジュールなど詳細は公式サイトをご確認ください
【キャスト】
ジュリエット:金子扶生
ロミオ:ワディム・ムンタギロフ
マキューシオ:フランシスコ・セラノ
ティボルト:平野亮一
ベンヴォーリオ:ジャコモ・ロヴェロ
パリス:ルーカス・B・ブレンツロド
キャピュレット公:ベネット・ガートサイド
キャピュレット夫人:クリスティーナ・アレスティス
エスカラス ヴェローナ大公:ハリス・ベル
ロザライン:アネット・ブヴォリ
乳母:オリヴィア・カウリー
ローレンス神父/モンタギュー公:トーマス・ホワイトヘッド
モンタギュー夫人:ララ・ターク
3人の娼婦:イツァール・メンディザバル、マイカ・ブラッドバリー、レティシア・ディアス
マンドリン・リードダンサー:五十嵐大地
【振付】ケネス・マクミラン
【音楽】セルゲイ・プロコフィエフ
【美術】ニコラス・ジョージアディス
【照明デザイン】ジョン・B・リード
【ステージング/マクミラン財団芸術監修】ラウラ・モレーラ
【リハーサル監督】クリストファー・サウンダース
【シニア・レペティトゥール】ギャリー・エイヴィス、ディアドラ・チャップマン、サマンサ・レイン、サミラ・サイディ
【プリンシパル指導】アレクサンダー・アグジャノフ
【指揮】クン・ケッセルズ
【コンサート・マスター】セルゲイ・レヴィティン
【管弦楽】ロイヤル・オペラ・ハウス管弦楽団