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【インタビュー】「Camille カミーユ・クローデル」中村恩恵 ”アーティストには、絶対に手放さなくてはいけないものがある”

阿部さや子 Sayako ABE

『Camille カミーユ・クローデル』ある日のリハーサル風景。写真左から首藤康之、中村恩恵、中島瑞生 ©︎Ballet Channel

ネザーランド・ダンス・シアター(NDT)など海外のカンパニーで長くキャリアを積み、現在は日本を拠点に振付家・ダンサーとして幅広く活躍する中村恩恵(なかむら・めぐみ)さん。

この夏、これまでにも数多くの創作をともにしてきたダンサー・首藤康之さんと一緒に、彼女はまたひとつ新たな作品を創り出そうとしています。

『Camille カミーユ・クローデル』
類まれな才能と美貌をもち、かのオーギュスト・ロダンの弟子であり愛人でもあったことでも知られる、フランスの女性彫刻家、カミーユ・クローデル。
40代にして心を病んで以降は精神病院に入れられ、そのまま孤独に78年の生涯を閉じたカミーユの人生を、同じく芸術家であり女性でもある中村さんは、どう描くのでしょうか。

公演は2019年8月11日・12日。
本番を約3週間後に控えたある日、中村さんにお話を聞きました。

首藤康之さんはじめ出演者のコメントも掲載しています。併せてお楽しみください

***

Photos:Ballet Channel

今回の作品『カミーユ・クローデル』には、中村恩恵さんご自身と首藤康之さん、そして新国立劇場バレエ団プリンシパルの小野絢子さんと、同じく新国立劇場バレエ団から中島瑞生さんが出演されますね。
中村 昨日はちょうど小野さんが踊るソロを創っていたのですが、私が思っていた小野さんとはまた異なる側面が醸し出されてきて。まだこれからどんな表現が出てくるのかがとても楽しみです。彼女は本当に綺麗で、細くて、腕を握ったら壊れてしまうのではと最初は怖かったのですが、じつはとても強い。身体も強いし、ダンサーとしての取り組み方の安定感という意味でも強いんです。若手の中島さんもとても素敵なダンサーで、彼にはカミーユの弟のポール・クローデル役を踊ってもらいます。
カミーユ役は、小野さんと中村さんのどちらになるのでしょうか?
中村 小野さんと私のふたりでカミーユを演じます。カミーユが鏡のようにふたつに分裂しているような感じ、と言えばよいでしょうか。例えば大江健三郎の小説で、年老いた自分が若い頃の自分に出会ったり、逆に若い自分が年老いた未来の自分に出会うような状況が描かれますよね。年老いた方の自分は、その若い自分が“自分”だとわかるけれども、若い自分には年老いた方が“自分”だとはわからない、というような。ちょうどそのような感じで、実在している人物としてのカミーユを生きるのが小野さんで、私は小野さんがカミーユであることをよくわかっているもうひとつの自我――そんな風になるのかなと、現時点では考えています。

カミーユ・クローデルは、自分自身をモデルにした作品というのをたくさん作っているんですね。つまり、“作家としての自分”と、“自分によって作られた自分”というものがある。そして作られたほうの自分は時間を経てもずっと変わらないのに、実在の自分だけがどんどん変わっていくんです。作品は外の世界を一人歩きしているけれども、実在のカミーユは病院の中に閉じ込められて、じっくりと死を迎えていく……そういうことを考えながら、いま作品を創っています。

先に構想をがっちり決め込まずに、本当に現場でカミーユという人を生きるような感じで創作しているのですね。
中村 今回に限らず、いつも創り始める時点では、構想はかなりクリアなんです。「こんな作品に出来上がります」とクリアに説明できる状態でスタジオに入るのに、いざ創り始めるとどんどん暴走し始めて、作品に振り回されてしまう(笑)。眠っている時、自分が見ているはずの夢なのに、自分ではコントロールできないのと同じような感覚です。
今回の作品は、弟のポール・クローデルが姉カミーユについて書いた本がインスピレーションの源になっていると伺いました。具体的にはどのような部分にインスパイアされたのでしょうか?
中村 カミーユ・クローデルの死は、必ずしも美しいものではありませんでした。溢れる才能を開花させながらも壊れていき、病院に収容され、そこから出たいとどんなに訴えても、弟のポールを中心とする家族の意思で、決して外には出してもらえないまま亡くなってしまった。つまりポールは姉の悲惨な死に直接関わっていて、そのことによって彼自身も、癒されない傷のようなものを負ったのではないでしょうか。だからカミーユが芸術家として残したものや、彼女の芸術家としての生き方に、自分の筆でもう一度光を当てて、姉の生と死に意味を与えたのではないかと思います。それは苦しく醜く悲惨だったものを浄化する“鎮魂”のようなもので、それによって彼自身が立ち直っていく契機になったのではないかと思うんですね。今回はカミーユという題材を借りているけれども、生きているすべての人たちは、誰もが何かしら“失ったもの”や、“これからも繰り返し失っていくもの”を抱えています。そうしたものに対して勇気を持って立ち向かえるような作品になるといいなと思っています。

ポール役の中島瑞生さん

ポール・クローデルは劇作家であり詩人であったと同時に、外交官でもあったことで有名な人物ですね。
中村 その二面性も、とても重要なところだと思っています。芸術家でありながら外交官という、一見相容れないような立場というか、アーティスティックであることとディプロマティックであることが、ひとりの人間の中で上手に調和しているのがポールという人なんですね。いっぽう姉のカミーユにはディプロマティックなところが極端に欠けていて、彼女はとても生きにくい人生を生きた人。けれども彼女には、芸術家として、自分の人生を捧げてもつかみ取りたい真実があった。そういうものに対して本当に真摯に純粋に、使命感をもって向き合った人だったということを、ポールが弟の視点からきちんと認めて書いているところにも、心を動かされました。

カミーユ・クローデルについて描いた他の映画や舞台などを観ると、ロダンとの関係も含め、彼女が芸術家であり“女性”でもあったがゆえに起こった悲劇、という面がとくに印象に残る気がします。そのあたりについては、中村さんはどのように思われますか?
中村 今回の舞台は、まず8月9日・10日に「語りと音楽『Rei Camoi 鴨居玲という画家がいた』」を上演して、翌11日・12日に「ダンスと音楽『Camille カミーユ・クローデル』」を上演する、という趣向なんですね。それで、鴨居玲は男性の洋画家、カミーユ・クローデルは女性の彫刻家。このふたりの芸術家の最期が、とても対照的なんです。男性である鴨居は自分で自分の命をサッと絶ち、突然いなくなってしまったのに対し、女性であるカミーユは、もしかしたらもう死んだほうが楽だったかもしれないような人生を、じりじりと最後まで生き抜いた。これは私の勝手なイメージですけれど、男性はある日突然ぽっといなくなってしまうのに、女性はその後もずっとずっと生きて、老いの苦しみを味わい尽くさないと死ねないような印象があります。
確かに……平均寿命にしても男性よりも女性の方が長いですし、そのパターンはとても多いように思います。
中村 そうですね。ですから今回“女性”ということにフォーカスするならば、若さも出会いも愛もあった時期から、だんだんと老いて、ゆっくりと死んでいくということ。女性としてどうやって生きて、どうやって死んでいくのかというところは、ひとつの大きなテーマになるのかもしれません。

そのように考えると、最初に中村さんがおっしゃったことが余計に悲しく感じられます。自分が作った彫像としてのカミーユはずっとそのまま残っているのに、カミーユ本人は苦しみの中で老いていき、その距離がどんどん離れていくという……。
中村 そのことは、ダンサーである自分たちも同じだと感じます。ダンサーのキャリアというのは18歳くらいから始まって、そこから上り坂があったり安定期を迎えたりするわけですけれども、ある時点で自分の身体が急激に変わってくるのを実感するし、自分が踊ってきたものを次の世代にバトンタッチしなければいけない時がくるんですね。私自身が、いままさにそういう時期を生きていて。少し前の映像を見たりすると、そこにはすごく若かった自分がいて、その作品は自分のために振付られたり、自分が生み出したものだったりする。けれどもいまの私はそれを他者にバトンタッチする側に回らなくてはいけなくて、その作品は自分のものであり続けると同時に、他者のものにもなっていくんです。これはダンサーであれば誰もが対峙することであって、決して逃げることはできません。私たちには、絶対に手放さなくてはいけないものがある。カミーユはそれを手放すのが下手な人だったから、あそこまで苦しまなくてはいけなかったのかもしれません。
ダンサーもまた、作品やそれを踊った自分はずっと残るのに、現実の自分自身はそこからどんどん離れていかざるを得ないわけですね。
中村 ひとつ違うのは、彫刻は作った作品がそのまま残るけれども、私たちの作品、つまり踊りは、誰かが踊ってくれないと消えてしまうということ。そういう意味では、カミーユと自分にはパラレルなところもあるのかな、と思います。

今回の公演は、鴨居玲のほうが「語りと音楽」、カミーユのほうが「ダンスと音楽」と題されていますね。両者に共通する“音楽”は、どのようなものになるのでしょうか?
中村 今回の企画は、ダンサーの首藤康之さんとヴァイオリニストの郷古廉さんが芸術家としてのお互いをものすごくリスペクトし合っていて、何か一緒にできないか……と考えたところがスターティング・ポイントです。ですから音楽はすべて郷古さんのヴァイオリンによる演奏で、イザイやバッハ、ラヴェルの曲が予定されています。ラヴェルについてはおもしろい話があって、郷古さんが「『ヴァイオリンとチェロのためのソナタ』をダンスと一緒に演奏してみたい」とおっしゃったんですね。それで詳しく伺ったら、ラヴェルはその曲をドビュッシーのために作ったというのです。ドビュッシーは一時期カミーユ・クローデルと恋人同士だったのですが、彼はカミーユが自分に対しては魂を全面的に開いてはくれないことをわかっていた。それでますます彼女のことを苦しいほどに愛していたといいます。そんなふうにいろんなことがどんどんリンクして、作品のかたちが育ってきました。

ヴァイオリンというのは、音の芯が出てくるまでに少し時間がかかるような、独特な音色を持っていると思います。そうした音の特徴も、振付に何らかの影響を与えますか?
中村 それは、初めて聞かれた質問かもしれません。私は父が弦楽器を作る人で、ヴァイオリンの音というのは、まるで冷蔵庫の音のように(笑)、家のなかでいつも鳴っているものだったんですね。ひどい時には朝6時から夜10時くらいまで弾いていたりして、我が家にとっては“生活音”のひとつでした。しかも、完成した楽器の音だけではなくて、作りたてでまだニスを塗っていない白木の状態の音や、これから彫ろうと思っている木をコンコンコン、コンコンコンって叩く音、弦を弾く音……ヴァイオリンの音というのは、本当に何から何まで肌に馴染んでいます。ですから私にとっては、弦楽器の音色こそが“音の代表”という感じがするんですよ。

 

出演者インタビュー 1 首藤康之 Yasuyuki Shuto

今回の公演では、[Program A]語りと音楽『Rei Camoy 鴨居玲という画家がいた。』(8月9・10日/3回公演)と[Program B]ダンスと音楽『Camille カミーユ・クローデル』(8月11・12日/3回公演)というふたつのプログラムが用意されています。
その両方に出演するのが、ダンサー首藤康之さんと、ヴァイオリニスト郷古廉さんです。

同企画が生まれるきっかけとなった郷古氏との出会いや、『Rei Camoy 鴨居玲という画家がいた。』という作品について、首藤さんにお話を聞きました。

***

郷古廉さんというヴァイオリニストと出会ったのは2014年。初めて彼のヴァイオリンで踊った瞬間、自分の身体のなかを戦慄のようなものが駆け抜けていくのを感じました。それまで僕が抱いていた音楽に対する思いや価値観などが一気に崩され、新しい領域を見た。当時の郷古さんはまだ19歳という若さでしたが、そんなことは関係なく、彼の演奏は僕に「芸術には確かに人を支える力がある」とあらためて確信させてくれました。

そしてその翌年に、鴨居玲没後30周年の個展「踊り候え」を見たのです。どの絵も暗く、ユーモアがあって、さらに奥を覗くともっと暗い。「踊り候え」というのは直訳すれば“踊ってください”という意味になりますが、僕にはそんな単純なことのようには思えませんでした。悲しみや創ることの苦しみに美しさを見出して描き続けた鴨居玲という芸術家から、「あなたもその肉体を通して踊っていってください」とメッセージを受け取ったような気がしました。

放浪癖があって酔いどれでもあった鴨居玲は、世間的に見ればどうかはわかりませんが、僕は彼のすべての絵、残したすべての言葉、すべての行動、その人生のすべてについて、あまりにも正しいなと感じます。

そして鴨居が残した言葉のひとつに、こんなひと言があります。

「努力だけで達成できることに一生をかけるのは無駄なことだ」

もちろん努力はとても大切で必要なこと。けれども努力だけではどうにもならないもの、努力で手に入る範疇を超えた何かが、郷古さんのヴァイオリンにはあると感じています。

 

出演者インタビュー 2 中島瑞生 Mizuki Nakajima

僕が踊るのは、カミーユの弟・ポールです。まだ作品が完成していないので(編集部注:取材は7月中旬)自分なりに役柄を探している途中なのですが、ポールは登場人物のなかで唯一“生き残っている存在”という役どころでもあります。ですから“カミーユの弟”であるということと、“生身の人間”であるということ。その両方を感じながら踊っています。

中村恩恵さんと首藤康之さんが作品を一から創っていくプロセスに参加させていただくというのは、緊張もプレッシャーもありますが、とても勉強になります。とにかくおふたりは、どんな小さな矛盾も絶対に見逃さない。そして徹底的に考え抜いて、どう表現するべきかを見つけ出していくんです。その熱意には、本当に凄まじいものがあります。“ダンサーとはこうあるべきなんだ”というものを日々目の当たりにしていて、僕にとって今回はとても重要な経験になるだろうと感じています。

 

公演情報

公演日程
[プログラムA] 語りと音楽『Rey Camoy 鴨居玲という画家がいた。』
2019/8/9(金)   19:30開演
2019/8/10(土) 14:00開演/18:00開演
[プログラムB] ダンスと音楽『Camille カミーユ・クローデル』
2019/8/11(日) 14:00開演/18:00開演
2019/8/12(祝・月) 14:00開演
会 場
スパイラルホール(スパイラルビル3F)
詳 細 http://www.sayatei.com/news/

 

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