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小林十市 連載エッセイ「南仏の街で、僕はバレエのことを考えた。」【第23回】スタジオとの別れ。ソロの公開リハーサル。そしてベジャール・バレエがオランジュにやってきた!

小林 十市

ベジャール・バレエ・ローザンヌ(BBL)のスターダンサーとして世界中の舞台で活躍。
現在はBBL時代の同僚であった奥様のクリスティーヌ・ブランさんと一緒に、
フランスの街でバレエ教室を営んでいる小林十市さん。

バレエを教わりに通ってくる子どもたちや大人たちと日々接しながら感じること。
舞台上での人生と少し距離をおいたいま、その目に映るバレエとダンスの世界のこと。
そしていまも色褪せることのない、モーリス・ベジャールとの思い出とその作品のこと−−。

南仏オランジュの街から、十市さんご本人が言葉と写真で綴るエッセイを月1回お届けします。

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スタジオとの別れ

体温が37度2分ある……。平熱が36度4分くらいなので僕にとっては熱があるほうなのだが、フランスでは心配されない(日本ではどうでしょう?)。今日は7月14日、フランス革命記念日だ。昨日、2回目のワクチン接種を終えた自分は寒かったり暑かったり節々痛かったりと、風邪を引いた時の感じがして注射を打たれた右腕が痛い。テレビでは長いことシャンゼリゼ通りのパレードが映し出されている。昨日マクロン大統領が演説し今後のことを語っていた。僕は元々ワクチンを打つつもりはなかったけど、これからDance Dance Dance @ YOKOHAMA 2021で多くの人に会うだろうし、移動も増えるし、何よりも実家の母に迷惑はかけたくないので打つことに決めた。
賛成派と反対派の意見が色々あるけれど、数年後どうなろうが、今、自分にとっては横浜がすべてなのだ。なので後悔はしていない。

さて、クリスティーヌと僕が営んできたスタジオを閉めて10日間が過ぎた。最後の週は学期の終わりで夏休み前だったこともあり、学校行事や家族ビジネスで休む子も多かった。けれど来る子に対してはいつも通りの通常レッスンで、最後まで稽古をした。最後の日は軽くお茶菓子などを用意して生徒やその家族たちと集まり、惜しまれながら5年間の幕を閉じた。

今後は生徒が住む家の近くやオランジュ市内の他のお教室、あるいはアヴィニョンのコンセルヴァトワールなどで、バレエを続けたい子たちは他の場所で踊り続ける。生徒たちの成長が見られないのは少し寂しいけれど、出会って別れてを今までも繰り返してきたので、これも人生の一部なのだと自分に言い聞かせる。あとは場所に執着しないということも……。このスタジオは大きくはないけれど、良い空間だと思っていた。それは生徒やその家族もみな思っていた。この場所がなくなるのが残念と数人に言われた。

いや〜僕だって残念です……。

まあ、とにかくそういうことなのだ。

翌日の日曜、そして月曜・火曜と3日間休んだ。そして再び「エリア50代」で踊るソロ『One to One』の自主稽古を始めた。教えをしなくなり曜日感覚がなくなったけど、スタジオへ行きとりあえず動くようにした。正直、つらい(笑)。いいのかどうかも判断できないけれど、それでも動いた。そんな時にワクチンの2回目接種して微熱のおじさん2日間休むの巻でありました……。やれやれ。しかし週末には再びアノネーへ行き、振付家のアブ・ラグラさんに稽古をつけてもらうのだ。しかも公開リハーサル! 14時と17時の2回も!! もはや稽古というかパフォーマンスなんだろうな……。

結局、ちゃんと自主練できたのは、これを書いている今日、7月17日の土曜日でした。来週から本格的にスタジオの床を剥がしたりバーを壁から外したり、引っ越し作業をする。だからスタジオを使って稽古するのも今日が最後かもしれない……。
そう思い、ピルエット納めをした。5年間ありがとう!と、スタジオに感謝の気持ちを込めて。(↓動画!! 見て〜)

そこまで感傷的じゃないけど(笑)回った、とりあえず。

そして、アノネーへ行く前の最終的なソロの稽古。といっても1回通しただけだけど……。

それから、床を支えている端っこを取り外した。自分……不器用です(汗)。

6月29日に生徒から貰った薔薇がまだ生きている……薔薇のヤツなんかやってるのか!?!

ソロ公開リハーサルのため、アノネーへ

午後2時過ぎに家を出た。風が結構強いので厄介……走行車線に気をつけて走る。

約160kmの旅。
日曜日だけどヴァカンスということもあり道は混んでいる。これで風がなければもう少し早く到着できたと思うけど、前回のように雨じゃないから良かった。雨の時に乗っていたらかなり大変だっただろうなと走りながら思った。

ホテルに着き、明日に備えて部屋でゆっくりする前に、バイクをホテルの駐車場へ移動することに。

ふと思いついて、アブ・ラグラさんのスタジオであるチャペルまで行ってみることに。
前回の滞在でアノネーの交通事情はわかっているので、迷うことなくすぐに着いた。
坂が多くて心配だったけど……大丈夫でした!

そして、明日稽古が終わってから給油するよりも今のほうが時間に余裕があるから、ガソリンを入れに行って、それからホテルの駐車場へ向かった。

さて、今日は7月19日、月曜日。
9時半に来てと言われていて、なぜそんなに早く?と思ったけど、着いてウォームアップして11時から稽古開始。音楽なしでセクションごとに、動き方、意味合い、力加減など調整してもらう。そして、最後に音楽で通した。
気がつけば13時!!
2時間もやっていたなんて信じられないくらいに時間を感じなかった。
振付けてもらってからずっと自主稽古でわからなくなってきた箇所もあったので、あらためて見てもらったのは本当に良かった。

そして昼ごはんを食べて衣裳に着替え、まずは14時からの公開リハーサル。小学生たちの前で踊る会だ。

食べたものを消化する時間がなく、少し苦しいまま(笑)。

軽く紹介してもらい、踊り、質問コーナー。子どもたちは騒ぐこともなく集中して観ていたので良かった。まずは成功だよ、とアブさん。
子どもたちにとっては、ダンサーが転ぶ(振りの中で)のがとても珍しいことのようでした。

約2時間後。
なんか疲れてボーッとしていた。観に来た人たちは、14時の時よりも人数的には少し少ないけど、大人ばかり。
踊る前に振りの注意すべきところを考えようとしたがうまく思考が働かず、あきらめてストレッチをする。

さっきと同じく、自己紹介、踊り、質問コーナー。
踊りは、14時の時よりも感情的になってしまった気がした。

14時と17時の2回踊ったわけだけど、2回ともすごく集中していたと思う。人との距離が近く、見えるけど見えない的な。僕は一度青山円形劇場で芝居をしたことがあって、その時はほぼ360度お客様に囲まれていたのに、集中しているとまったく気にならなかった。それと同じ感覚。

質問コーナーでは4人の人が「私はこう感じたんだけど……」と感想を話してくれた。それぞれに作品の解釈や作品を通して見えたことが違っていて、お客さんは僕というフィルターを通して自分の投影を見ている感覚になるのだろうか?と興味深かった。

アブさんはとても喜んでくれた! 横浜で僕の踊りを、お客さんの反応を観たい! と言ってくれたけど……今回は無理そう(泣)。

読者のみなさんにも、雰囲気だけでも観てもらえたら……少しだけ動画をどうぞ!↓

こんな感じでしたー!(あとは横浜&新潟で!!)

終わって、みんなにお礼を言って荷造りしてバイクに積んで出発!
今回は走りやすかった! 往路より30分も早く家に着いたのでした。

さて、次にソロを踊る時は、自分は日本にいるのだ!!

ベジャール・バレエ(BBL)がオランジュにやってきた!

翌日。
オランジュに戻ると……ベジャール・バレエがいた!!!(笑)
前回の『魔笛』以来3年ぶりの古代劇場での公演です。

本当なら去年だったんですが、延期になって今年になりました。
前回同様パスを作ってもらい、レッスンまで受けさせてもらえる自分。
いやあ楽しいです、正直、嬉しい楽しいです♪

久しぶりに会うダンサーたちに「ワクチンした?」「した〜! じゃあハグ」という感じで挨拶して(笑)。BBLではほとんどの人が接種済みらしいです。スタッフ2人、ダンサー2人以外は。なのでほぼ全員。(打つかどうかは個人の自由だと思います)
あとは、ゲネプロにもオランジュバレエスクールの生徒やその家族を呼んで良いと言われ、40人近い人が観に来ました。
ジル(・ロマン)に感謝です。

演目は『バレエ・フォー・ライフ』。

たぶん、クリスティーヌも自分も、バレエ団を辞めてから初めて観たのかなあ? 当時のいろいろなイメージが、一気にブワーッと浮かんできました。僕があまりノスタルジックな気持ちにならなかったのは、もちろん、今の自分には次に踊る作品があるからだと思います。クリスティーヌは(ジョルジュ・)ドンさんの映像を観て泣いていました……。僕が感じたのは、その時代ごとの踊りがあり、踊るダンサーが違えば作品も変化するし、同じ身体条件じゃないし変わって当たり前なんだということ。そんなことを思いながら観ていました。

オランジュバレエスクールのみんなは感動していましたね。もう20年以上経つのに色褪せないベジャールさんの作品。素晴らしいです。それとベジャールさんって、例えば振付けるダンサーの欠点を有効に使う人なんだな、と。だからそのオリジナルの人が踊って成立することが他のダンサーでは成立しないので、その時踊る人に合ったものに変えたりしていたんだと、あらためてそう思いました。そしてジルはもちろんそれを理解しているから、こうして作品を残していけるのだと。

それと、「あのソロとこのソロはクリスティーヌと僕に振付けられたんだよ」と生徒に言ったら感動してもらえました(笑)。

そして初演当時から今もなお踊り続けるジュリアン(・ファヴロー)とエリザベット(・ロス)に脱帽です!
エリザベットは僕と同じ1969年生まれの52歳。先日彼女のインスタグラムに『ブレルとバルバラ』のソロを踊っている動画がありました。初演が2001年でしたから、今年でまる20年経つわけです。「ソロを踊り続けてどういう変化があった?」と聞いたところ、「前は結果を気にして踊る前にストレスを感じたりしていたけど、今は純粋に踊ることが楽しめている気がする」と。僕が「エリア50代」で目指していることを彼女は体現しているんだなあと思いました。

ベジャール・バレエ公演、本番当日

今日は7月22日。
日差しが強い。暑い、とても暑い。

レッスンは午後5時半から7時まで。それから軽く昨日のダメ出しがあり、午後8時から劇場が開く。

観にくる人々はPCR検査の陰性証明か、ワクチン接種済みQRコードを持っていなければならない。なのでソーシャルディスタンスもなく座る。しかも石段にクッションなので、もちろん座席番号はあるけれどびっしり並んで座る感じ。

クリスティーヌと娘と自分はかなりいい席を確保してもらった! この劇場でこんないい席で舞台の本番を観るのは初めてのこと。

風の音、白いシーツ、雷鳴、音楽……作品にグッと引き込まれて、普通にお客さんのひとりとして観ている自分がいた。
途中、一瞬だけど「ああ、ベジャール作品を踊りたい」と思い、体の内側から舞台に立って踊っている感覚が感じられ身震いした。
昨日のゲネプロとは全然違う。ダンサーたちのエネルギー、作品が持つエネルギー、それを受け取る客席側のエネルギー、至福の時だった。

終演後、ジルやみんなにお礼を言い、別れの挨拶をした。
ほんの数分前までそこにあった熱狂から覚めた劇場を見ると、いつも空虚感を抱く……。踊りは生物(なまもの)。今ここに、心を込めて=「念」、念を入れて、その時その時を大切に踊ろう、生きようと思った。

今月もお読みいただきありがとうございます。

小林十市

★次回更新は2021年8月27日(金)の予定です

この記事を書いた人 このライターの記事一覧

元ベジャール・バレエ・ローザンヌ、振付家、俳優。 10歳より小林紀子バレエシアターにてバレエを始める。17歳で渡米し、スクール・オブ・アメリカン・バレエに3年間留学。20歳でスイス・ローザンヌのベジャール・バレエ・ローザンヌに入団。以後、数々の作品で主役をはじめ主要な役を踊る。2003年に腰椎椎間板変性症のため退団。以後、世界各国のバレエ団でベジャール作品の指導を行うほか、日本バレエ協会、宝塚雪組などにも振付を行う。また舞台やテレビ、映画への出演も多数。 2022年8月、ベジャール・バレエ・ローザンヌのバレエマスターに就任。

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