Alice’s Adventures in Wonderland© by Christopher Wheeldon 撮影:鹿摩隆司
ルイス・キャロルの児童文学を題材にして、英国人振付家クリストファー・ウィールドンが英国ロイヤル・バレエに振付けた大ヒットバレエ『不思議の国のアリス』(初演:2011年)。
新国立劇場バレエ団では2018年に初演され、チケット入手が困難になるほどの大人気レパートリーとなりました。
そしてファンが待ちに待った再演が、2022年6月3日(金)、いよいよ開幕します。
タイトルロールのアリスを始め、ジャック、白ウサギ、ハートの女王、マッドハッター、イモ虫、公爵夫人、料理女……と、ユニークなキャラクターがたくさん登場するこの作品。
しかしたくさんなのは舞台の上に出てくる役の数だけではありません。
舞台の下に広がるオーケストラピットの中をのぞいてみるとーー大小さまざま、おなじみのものからまったくおなじみでないものまで、数えきれないほどの楽器・楽器・楽器……!
なんと、打楽器だけでも43種類ほどあるのだとか。
そこで今回は、同作の魅力を支える音楽(作曲:ジョビー・タルボット)と、それを奏でる楽器の秘密に迫るべく、新国立劇場のオーケストラリハーサル室に潜入取材?
解説は、今回の上演でもタクトを振る指揮者の冨田実里さんです!
指揮者の冨田実里さん ©︎Ballet Channel
動画撮影編集:古川真理絵(バレエチャンネル編集部)
写真撮影・インタビュー・文:阿部さや子(バレエチャンネル編集長)
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- 冨田実里さん、今日はよろしくお願いします!
- よろしくお願いします! 何でも聞いてください。
- まずはバレエ『不思議の国のアリス』の音楽的な特徴を教えてください。
- ひとつ目は、多彩な音色(おんしょく)。たくさんの打楽器も登場しますし、弦楽器も「特殊奏法」、例えばハーモニクス(倍音を浮き立つように演奏する奏法)を使ってとても高い音を出したり、音をグイーーーンと上げていくような弾き方(グリッサンド)をしたりするような技術を駆使しています。管楽器でも特殊奏法はたくさん出てきますね。例えば巻き舌を使いながら吹くとか。そうすると、普通に吹くのとはまた違う音色が出てくるんです。
- 巻き舌をしながら吹くなんて、舌がこんがらがりそうです(汗)。
- さらには電子楽器も使って、包丁を研ぐ音だとか、人の話し声だとか、いわゆる「効果音」とされるものも「音楽」として使われています。つまり、クラシックの領域を超えた音色の幅広さが、大きな特徴のひとつかなと思います。
- つまり、弦楽器や管楽器などのクラシカルな音色と、電子楽器など現代的なテクノロジーを使った音色が融合しているということですね?!
- そうです! それからこれは少し専門的なお話になりますが、音楽の構成としては、「ミニマル・ミュージック」と呼ばれるスタイルがよく登場します。ミニマルは「最小限の」という意味。例えば「♪タンタタ」というひとつのリズムがあったとすると、「♪タンタタ、タンタタ、タンタタ、タンタタ、……」って、同じリズムをずっと繰り返すんです。その繰り返しの音楽が多用されているところが、『不思議の国のアリス』のもうひとつの特徴。
- ミニマル・ミュージックというと、コンテンポラリー・ダンス作品でしばしば使われる、スティーヴ・ライヒとかフィリップ・グラスといった作曲家の音楽が有名ですね?
- そうですね。演奏していると、時々メロディらしいメロディがなくなって、ただリズムだけを感じることもあります。まるでブロックをどんどん積み上げていっているような感覚で、ある種、機械的というか、ゲーム音楽的というか。それは例えばチャイコフスキーのようにメロディックな音楽とは大きく違うところであり、『アリス』の独特の世界を作っている重要な要素のひとつだと思います。
- 同じリズムを繰り返していると、どこを演奏しているのか見失ったり、音楽的にどう表現すればいいのかわからなくなったりしないのでしょうか?
- 演奏するのは、もちろん簡単ではありません。楽団員たちはみんなそれぞれ違う動きをしながら細かい音を出している箇所が多く、油断するとすぐに音がズレてしまいます。もちろんどの作品でも演奏には高い集中力が必要ですけれど、『アリス』はとくに慎重にやらないとだめ。弾くのも難しいし、合わせるのも難しい作品です。
- そのような音楽を指揮するにあたり、冨田さんはどんなことを大切にしたいと考えていますか?
- いまお話しした通り『不思議の国のアリス』の音楽は同じリズムの繰り返しが多いわけですが、同じことの繰り返しって、味気なくてつまらないものになるのも簡単なんです。でも、同じことを繰り返すからこそ生まれるグルーヴ感というものも、確かにあって。ですから今回は、そのグルーヴ感をしっかり引き出したいと思っています。
- グルーヴ感、楽しみです! ところで今回のオーケストラは何人で構成されているのですか?
- 58名です。
- それは、通常のオーケストラと比べて多いですか? 少ないですか?
- じつは前回の上演時と比べると、弦楽器の人数が少ないんです。コロナ対策として、楽団員どうしの距離を保たなくてはいけないので。初演(2018年)の時は、62名で演奏しました。
- でも、使用する楽器の種類はものすごく多いそうですね?!
- 先ほど数えてみたら、打楽器だけでも43種類ほどありました。
- 43種類!!!……ということは、全部数えると、いったい何個の楽器がオーケストラピットの中に置かれることになるのでしょうか?
- 数えるのが不可能なくらいです。というのも、たとえば打楽器奏者だけでなく、木管楽器奏者もほとんどの人が複数の楽器を持ち替えながら吹いていますし、金管楽器の人はいくつものミュート(弱音器)を付け替えながら音色を変えていきますし。
- カウント不能なレベル……。
- あと、コンサートマスターの人は、いつもと違う高さで調弦する「スコルダトゥーラ」という技法でヴァイオリンを弾いたりもするんですよ。それが、ハートの女王の音。通常よりも半音高く調弦することでキンキンした音を出し、彼女のあのギラギラ、キーキーしたキャラクターを表現しているんですね。
- 独特な魅力にあふれた『不思議の国のアリス』全幕のなかで、冨田さんが個人的に好きな曲を教えてください!
- 本当に個人的な趣味なのですが、私はトランプたちが踊るシーンが大好きです。あの場面の音楽は、もはやロックですよね。あのロック感、音のシャープさが、カードをシャッ!シャッ!と切るイメージと非常にマッチしていて素晴らしいと思うし、それこそメロディらしいメロディは出てこないのに、どんどんどんどん盛り上がっていく。そしてあの踊りとあの衣裳。本当に世界観が確立されていて、すごくかっこいい場面だと思います。
リハーサル室に潜入?『不思議の国のアリス』の楽器&音色をチェック!
- 壮観……! ここがオーケストラリハーサル室ですか。
- ではこれから、東京フィルハーモニー交響楽団ステージマネージャーの大田淳志さんと一緒に、この作品ならではのユニークな楽器をご紹介しましょう!
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【鍵盤楽器(ピアノ/チェレスタ/キーボード)】
オーケストラの中に3種類もの鍵盤楽器が入るのも『不思議の国のアリス』ならでは。ピアニストは時に右手はピアノ、左手はキーボードという「小室哲哉みたいな状態」(冨田さん)で弾くこともあるそうです。
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【ジャイアント・フロッグ・ギロ/ギロ】
カエルの置物かな?!と思いきや、こちらも立派な楽器のひとつ。木のギザギザをこすって音を出す楽器「ギロ」の仲間で、その名も「ジャイアント・フロッグ・ギロ」。音色もぜひお楽しみください。
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【ライオンズ・ロアーズ・ドラム】
まさに、「Lion’s(ライオンの)Roars(咆哮)」そのものの音! 音色はもちろん、その独特な演奏方法もぜひご覧ください。
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【トラッシュ・パーカッション/メタル・スマッシュ/ベル・ツリー/ウィンド・チャイム】
フライパン、やかん、バケツ。3つ揃って「トラッシュ・パーカッション」! その他のユニークな打楽器もまとめてどうぞ。
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【サンダーシート/ウィンド・マシーン】
このふたつもれっきとした楽器、しかも「リヒャルト・シュトラウス等、いろいろなクラシック音楽に出てきますよ」(大田さん)とのこと。音の出し方もおもしろい!
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【ダラブッカ】
エキゾチックなこちらの打楽器は、素敵な男性ダンサーが踊るあの人気キャラクターの場面で大活躍? 音色もリズムも何ともおしゃれ。観ているこちらもだんだん踊りたくなってきます。
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【ラムズホルン】
『不思議の国のアリス』のユニークな楽器の代表格、ラムズホルン(角笛)。音色を調整する指穴もない原始的な楽器に、マウスピースを手作業で取り付けているそうです。この音が、作中のどんな時に、どんなふうに聞こえてくるのか……その答えは動画でどうぞ。
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おもしろい楽器はまだまだいっぱい!さらに深掘りしたい人はどうぞ?
\こんな楽器が出てきます?/
♪ 00:00 チューブラーベル
♪ 00:44 ハンドベル
♪ 01:31 ラチェット(通常サイズ)/ラチェット(大)/ムチ
♪ 02:15 ティンパニー
♪ 03:20 「ミュート」祭り!
公演情報
新国立劇場バレエ団『不思議の国のアリス』
日時 |
2022年
6月3日(金)19:00
6月4日(土)13:00
6月4日(土)18:30
6月5日(日)14:00
6月8日(水)13:30
6月9日(木)13:30
6月10日(金)13:30
6月11日(土)13:00
6月11日(土)18:30
6月12日(日)14:00
★上演時間(予定) 約2時間50分〈休憩含む〉
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会場 |
新国立劇場 オペラパレス |
詳細 |
新国立劇場WEBサイト |