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【動画レポート】東京シティ・バレエ団「Wind Games」リハーサル&振付家パトリック・ド・バナ インタビュー“白いサメのようなダンサーたちと共に”

阿部さや子 Sayako ABE

Videographer:Kenji Hirano, Kazuki Yamakura

2020年7月11・12日に上演が予定されていた、東京シティ・バレエ団「トリプル・ビル2020」
振付家のパトリック・ド・バナが同バレエ団に初めて振付け、世界初演となるはずだった『Wind Games(ウィンド・ゲームス)』など、早くから注目を集めていた公演でした。

この公演もまた、新型コロナウイルスの世界的流行によって、本当に残念なことに上演中止となってしまいました。
しかし私たち〈バレエチャンネル〉では昨年末、ド・バナが来日して東京シティ・バレエ団とリハーサルを行っていた現場を取材していました。

その場、その瞬間に、次々と生み出されていく新たな振付。
それらを自らの身体に染み込ませていくダンサーたちの、充実した表情ーー。

この7月の公演は中止となってしまいましたが、いつかこの作品の幕が上がる日を楽しみに待ちながら、ぜひ上記の動画や、パトリック・ド・バナへのインタビュー(下記)をお楽しみください。

Photos:Ballet Channel

【Interview】振付:パトリック・ド・バナ

今回の『WIND GAMES』とはどのような作品ですか?
ド・バナ 音楽はチャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲ニ長調 作品35」。第1楽章と第2楽章はそれぞれかつてウィーン国立バレエと上海バレエに振付けたのですが、最終楽章である第3楽章は、今回初めてこの東京シティ・バレエ団のために作ります。とはいえ、第1・第2楽章も、以前とはまったく別物にするつもりです。カンパニーやダンサーはそれぞれが唯一無二の個性をもっているのだから、あるカンパニーの振付を別のカンパニーにコピーしたくはありません。今回は第1楽章と第3楽章を東京シティ・バレエ団が踊り、第2楽章はボリショイ・バレエのスター、オルガ・スミルノワとセミョーン・チュージンが踊ります。つまり、今回の『WIND GAMES』はこの東京シティ・バレエ団が世界初演する、ということです。
今作について、パトリックさんは「この作品のコンセプトはロシアだ」とおっしゃっていますね。
ド・バナ クラシック・バレエの世界において、その中心地は間違いなくロシアです。そこはアーサー王にとってのキャメロット城のようなもの。ロシアとはバレエの魔法が生まれ出づる場所なのです。
そのロシアが生んだ偉大な作曲家チャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」を聞いた時、いくつかのイメージが連鎖的に脳裏に広がりました。まず思い浮かんだのは、ブリヤート人やカザフスタン人のような、かつて遊牧民だった人々のイメージです。彼らはあの雄大な平原を馬に乗って駆け抜け、鷹を放って狩猟を行っていたという。チャイコフスキーのあの音楽は、空に放たれた鷹の姿を思い起こさせました。鷹は時に翼を羽ばたかせることをやめ、その身をただ風に運ばせながら、悠々と地上を見下ろしている。まるで、風と遊んでいるかのように。だからこの作品を『Wind Games』と名付けました。その他にも、ロシアの国章に描かれた双頭の鷲や、僕自身がロシアを訪れる時にいつも機上から眺めている広大な大地やシベリアの針葉樹林なども、作品のイメージのなかには含まれています。つまり、この作品は母なる自然へのオマージュです。

今回の作品を含めて、パトリックさんが作品を作る際、まず音楽がインスピレーションの源になるのでしょうか?
ド・バナ 音楽は確かにインスピレーションをもたらしてくれますが、僕の場合はまず「テーマ」ありきです。最初に「こういうテーマで作品を作りたい」というアイディアが生まれ、それが創作の出発点になります。僕が描きたいテーマは、いつも人生とつながっています。人生というのはいろいろな次元で捉えることができるもので、この世でもあり得るし、魔法の世界でもあり得るし、“あの世”つまり霊的な世界でもあり得るわけですが。そうして人生につながるテーマを見つかったら、次に音楽を探します。そして音楽まで決まれば、あとは自分のなかでイメージが広がるのを待つだけ。僕の心は、まるで鷹のように羽ばたきます。そう、だから僕のインスピレーションの源は「人生」ということになりますね。

今日のリハーサルではダンサーたちに振り写しをしているような場面もとてもスムーズに進んでいるように見えましたが、あの振付は事前に考えてきていたのですか?
ド・バナ いいえ! 僕は決して、スタジオに入る前に振付を考えることはありません。あくまでも目の前にいるダンサーたちを見て、その瞬間に浮かんでくるものを形にしています。時には音楽すら全曲は聴かずにスタジオに入って、ダンサーたちに振りを付けながら初めてすべてを聴く、ということもあるくらいです。というのも、僕は最初の32カウントを聴けば、その曲が自分にふさわしいかどうかがわかるので。
すごいですね!
ド・バナ 振付家には2種類のタイプがいます。非常に知的に、頭で考えて振付を作っていくタイプと、いまこの瞬間、自然に湧き上がってくる自分の気持ちにただ耳を傾けて動きを作っていくタイプ。僕は明らかに後者です。なぜなら僕にとって「振付ける」という行為は、ダンサーと自分との交感だから。僕はダンサーに自分の動きをコピーしてほしいとは思いません。コピーしてもらうくらいなら、僕が自分で踊ったほうがいい。自分で作ったステップなのだから、自分がいちばん上手く踊れるに決まっているでしょう? そうではなく、僕は作品をダンサーと一緒に成長させたい。モーリス・ベジャールはいつも僕らにこう言いました。「振付を作ることは、愛を交わすことと似ている」と。振付は計画的に生み出すものではなく、生まれてしまうものなのです。

東京シティ・バレエ団は、どんな特徴・個性をもつバレエ団だと感じますか?
ド・バナ 踊ることに対する姿勢や意識が非常にプロフェッショナルで、とても成熟しています。身体の動きも素晴らしく、クラシック・バレエの基礎を盤石に身につけています。実際、僕はいつも強靭なクラシックのベースを持つダンサーを必要としています。スヴェトラーナ・ザハーロワ、オルガ・スミルノワ、セミョーン・チュージン、フリーデマン・フォーゲル、オーレリ・デュポン、そしてマニュエル・ルグリ……みんな、非常に強いクラシック・バレエの基盤の持ち主ですよね。僕自身の振付や求めるものの源流には明らかにクラシック・バレエがありますから、東京シティ・バレエ団のダンサーたちとは、とても心地よく仕事ができています。
また、僕は夢を見ることを恐れないダンサー、醜くなることを恐れず、身体を自在に変化させられるダンサーを求めています。そして僕のためにではなく、音楽や作品世界を表現するために、自ら“楽器”になることを厭わないダンサーが必要。そうした面においても、東京シティ・バレエ団のみなさんは申し分ない。素晴らしいカンパニーです。

そしてゲストにはオルガ・スミルノワとセミョーン・チュージン。とても豪華ですね。
ド・バナ オルガとセミョーンは、純然たるクラシック・バレエを体現できるダンサーであり、人間性も素晴らしい。僕個人にとっては大好きな友人でもあります。今回はこのふたりが“ゲスト”ですが、しかしだからといって、彼らが“主役”というわけではありません。これは、日本の観客のみなさんにぜひ伝えたいとつねづね思ってきたことですがーー日本のバレエ団の公演を観ると、しばしば海外からのゲストダンサーが中心に据えられ、日本人ダンサーたちはまるで“動く背景”のように後ろに控えている、ということがあります。しかし僕自身は、そのようなスタイルを望みません。オルガとセミョーンと東京シティ・バレエ団のダンサーたち、全員が溶け合ってひとつの絵ができあがる。そのほうが作品としてはずっと美しいと僕は思います。海外のスターだから日本のダンサーよりも優れているということは決してありません。実際に今回の作品では、東京シティ・バレエ団のダンサーたちのパフォーマンスに、日本の観客のみなさんはびっくりすることになりますよ!
今日のリハーサルでも、途中でダンサーたちが正座をし、ふっ……と静かに口元に手を当てるなど、とても日本的な美を感じさせる場面がありました。あのような表現ができるのは、日本人ダンサーの強みであり個性ですね。
ド・バナ その通りです。じつはあの場面は、僕が敬愛してやまないスーパースター、坂東玉三郎へのオマージュなんですよ。彼の舞台を観ていると、時間が止まったように感じます。静かなのに衝撃的、宇宙を感じさせるパワー……もはや鼓動さえ止まってしまうような感覚に陥ります。あまりにも美しい。

あの場面を踊る女性ダンサーたちがとても美しくて、感動的でした。そして今日のリハーサルで使用されていたCDもそうですが、今回の公演でヴァイオリン協奏曲を演奏するのは、人気ヴァイオリニストの三浦文彰さんですね。
ド・バナ 文彰とは昨年3月に別の舞台で共演した際に知り合いました。彼の演奏を初めて聴いた瞬間、僕はそのヴァイオリンの音色の虜になってしまった。本当に、大・大・大好きなヴァイオリニストです。文彰と一緒にまた何か作品を作りたいと思ったのが、今回のクリエイションのきっかけになったとも言えます。
最後に、日本のバレエファンにメッセージをお願いします。
ド・バナ まず、東京シティ・バレエ団の舞台をいつもご覧になっているファンの方々には、これまで観たことのない彼ら・彼女らの姿をお目にかけます。みなさんはきっと、自分たちの宝物――つまり東京シティ・バレエ団のダンサーたちを、ますます誇らしく思うことでしょう! 幕が降りた瞬間には、この作品に全身全霊を捧げてくれたダンサーたちに、どうか大きな拍手を送ってください。
先ほど「東京シティ・バレエ団の特徴・個性は?」という質問がありましたが、もうひとつ、端的な言葉でお答えしましょう。このカンパニーのダンサーたちは、白く美しいサメのようです。滑らに、力強く、悠々と深海を泳ぎ回る白いサメ。みなさん、また劇場でお会いしましょう。

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