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【特別寄稿】乗越たかお〜名作を未来へ。マギー・マラン「May B」は、コンテンポラリー・ダンスの怪物的作品だ!

乗越 たかお

 1970年代後半より、フランスの「コンテンポラリー・ダンスの旗手」として数々の衝撃作を発表し続けている振付家マギー・マラン
クラシック・バレエのアカデミックな教育を受け、モーリス・ベジャールの学校ムードラに学び、ベジャールの20 世紀バレエ団でダンサーとして活躍後、自身のカンパニーを設立。
彼女が1981年に振付けてダンス界に衝撃を巻き起こしたのが、傑作『May B(メイ ビー)でした。

マギー・マラン Maguy Marin ©Michel Cavalca

激震と共に、その名をダンス史に刻みつけたマランの代表作『May B』。
初演から40年以上経った今なお世界中で上演され続けているこの作品が、2022年11月19日(土)・20日(日)埼玉会館、11 月 23 日(水・祝)北九州芸術劇場で上演されます。

しかしバレエファンである私たちの中には、マギー・マランについて知らない人もたくさんいるのではないでしょうか……?
そこで今回は、大人気連載「バレエファンのための!コンテンポラリー・ダンス講座」でもおなじみの乗越たかおさんに、マギー・マランと『May B』について特別寄稿していただきました!

『May B』 ©️Hervé Deroo

文/乗越たかお(作家・ヤサぐれ舞踊評論家) Norikoshi Takao

白いゾンビ!? 異様な集団が踊り出す

大勢の、ゾンビのような人々がゆったりとした衣裳で踊る。顔や手足には白い泥状の物が塗られ、ひび割れ、動くたびに剥がれ落ち、白いホコリが立つ。
いったい彼らはなんなのか?
生きながら死んでいるような、それでいて時に激しく生々しい感情を剥き出しにしてぶつかり合う。しかしそのあまりにも必死な姿に、いつしか観客の心は掴まれてしまうのである。

これがコンテンポラリー・ダンス黎明期を代表するマギー・マラン『May B』である。初演は1981年、初来日公演が1984年。現在に至るまで世界中で上演を続け、来日公演も重ねている。
筆者を含め日本のダンス関係者がこの作品を初めて見たときの衝撃は、ちょっと今からは想像できないかもしれない。まだ「コンテンポラリー・ダンス」はもちろん「ヌーベル・ダンス」という言葉もほとんど馴染みのない段階である。そのころ日本で知られていたアメリカのポストモダンダンスや、ヨーロッパのバレエをベースにしたベジャールやプティなどとは全く違う。美しさとグロテスクさが混在し、ダンスでありながら生々しい迫力で迫ってくる。「フランスでは、いったい何が起こっているんだ!?」と慄(おのの)かせた。 そして世界の人々に「ダンスの新しい波がくるな……」と確信させた作品のひとつなのである。

『May B』 ©️Hervé Deroo

マランは、この作品についてベケットの身体性に基づくと言っている。タイトルの『May B』のBはベケット(Samuel Beckett)を連想させるし、「メイビー(たぶん)」という読み方は、あくまでもインスピレーションだといっているようでもある。
不条理演劇と言われるサミュエル・ベケットの作品は、当たり前にあると思われていた様々な価値観や常識を鋭く静かに剥ぎ取っていく。「生きているような死んでいるような身体」はまさに不条理な存在だろう。しかし本作ではさらに、どうしようもなく駆り立てられる人間の奥底に蠢(うごめ)く情動が先鋭化されているのである。

とくに『May B』におけるユニゾン(集団で同じ動きをする)は不思議な魅力に満ちている。吐息と掛け声が混ざったような「フッ、フッ」と低く腹に響く声を出しながら、不釣り合いなほどの優美さで同じ動きを揃えて見せる。そして次の瞬間には荒々しく床を踏みつけ、身体中から白いホコリを舞い上がらせて感情を爆発させるのだ。
白塗りに関してはヨーロッパでは土葬する時、有毒な病原菌の発生を抑えるために死体の周りに石灰を撒いていたイメージにも重なる。舞踏の影響をいう人もいるが、ポーランド演劇の鬼才タデウシュ・カントールによる『死の教室』を思い浮かべる人も多いだろう。
さらに異性を誘惑するようなセクシャルなシーンもあるのだが、どうにも見た目が「死体」なのでエロティシズムは成り立たず、そのことごとくが不毛に終わる。そして切なさだけが置き去りにされていくのである。

異形の者たちのダンス

マギー・マランは1951年フランスのトゥールーズ生まれ。両親はスペイン内戦(1936-1939)を避けてフランスにやってきた亡命者である。『May B』の登場人物が終盤でこの閉塞状況から逃れようとする姿に、亡命者を重ねることもできるだろう。
マランはバレエを学びパリのバレエ団に入ったものの、新しい表現を求めてモーリス・ベジャールがベルギーに作った舞台芸術学校ムードラに入った。その後ベジャールの20世紀バレエ団でダンサーとして活躍後に独立。78年に『Nieblas de Niño』でバニョレ国際振付コンクール優勝後、81年の『May B』で一躍ブレイクし、続く85年には『サンドリヨン』でその名声を不動のものにした。

リヨン・オペラ座バレエに振付けた『サンドリヨン』はつまりシンデレラのことだ。『May B』と並び世界中で上演回数を重ねているが、多くの論議を呼んだ作品でもあった。というのもダンサーにブヨブヨの身体の着ぐるみを着せ、顔にはフランス人形のような被り物をすっぽりとかぶせたのだ。外見は古ぼけた人形のように薄汚れていて、髪が抜け落ち不気味な面相になっている。命がけで究極の美を磨いてきたバレエ・ダンサー達にすれば受け入れられるものではなく、出演拒否するダンサーも出たという。
しかしマランの「被り物」はこれだけではない。『エデン』(1986)もほぼ全裸のアダムとイブが土人形のような被り物をしていたり、『グロスランド』(1989)ではムッチリした着ぐるみにサスペンダー、チョコンと黒い帽子を被ったアニメのお笑いキャラのような出で立ちで群舞を踊らせた。

これらが単に見た目の奇矯さだけではないことを示したのが『レボルシオン それが私になんの関係があるのさ!?』(1989)だった。これはフランス革命200周年祭記念事業参加作品として作られたもの。いわば国家事業であり、マランへの評価の高さがうかがえる。ちなみに『レボルシオン(革命)』とは日本公演時のタイトルで、原題は『それが私になんの関係があるのさ!?(Eh qu’est-ce-que ça m’fait à moi !? )』のほうである。
移民の子供であるマランにすれば200年前のフランスの革命なんて知らないよ、というのはわからなくもない。ただ自分が生まれた国の記念事業なんだから、もう少し言いようってもんがあるんじゃないの、と思うかもしれない。しかしこれはかつて「ナショナリズムの強化が招く戦争にダンスが利用されてきた歴史」に対する、アーティストとして真っ当な危機感の表明ととるべきだろう。
『レボルシオン』で「支配者」は「手足が大きく肥大した身体」をしている。そして革命を単純に美化するのではなく、「弾圧に抵抗して革命を成し遂げた者が、今度は弾圧する側に回る」という革命の本質を描きだしたのだ。「支配への抵抗」はマラン作品の大きな背骨を成しているのである。

『May B』 ©️Hervé Deroo

いま来日公演する深い意義

『May B』は40年を経て古びることのない、怪物的な作品である。人間の本質をえぐり出し、時の荷重に耐え、今日の我々の魂にも深く訴えかけてくる。
だがなぜ、いまこの作品を来日上演するのだろうか?
じつはヨーロッパではここ10年ほど、コンテンポラリー・ダンス黎明期のマスターピースを積極的に再演する流れがある。
むろん人気と評価が高いからだが、その他にも「新作に偏重してきたコンテンポラリー・ダンスの歴史を見直して、名作を未来に踊り継いでいこう」という問題意識のゆえである。
ヨーロッパには比較的過去作品の映像資料が残ってはいるが、それだけで本質を伝えきれるものではない。特に黎明期の作品は、時代の空気をまとった独特の魅力がある。今ならまだギリギリ、作品を作ったアーティスト本人が現役で活躍しており若いダンサー達が直接指導を受けて再演することができるのだ。
これらを「アーリー・ピース」と呼んでいる。トリプルビルなら1本はそういう作品を入れることが多い。これは義務感ばかりではなく、若いプロデューサーやアーティスト自身が「あの伝説の作品を、生で見たい!」とワクワクしながらブッキングしているのである。

いっぽう今の日本はどうだろうか。90〜2000年代の黎明期の日本のアーティストの作品を今日上演する機会はほぼゼロである。映像のアーカイブも乏しい。若いダンサーはほんの20年前の日本のダンスすら知る術がなく、断絶している。世界でも高く評価された日本の名作の数々は踊り継がれることなく、世代間の溝の向こうに消え去ろうとしているのである。これは国民的財産の損失だろう。
回顧などという後ろ向きの話ではない。「未来に向かってコンテンポラリー・ダンスを踊り継ぐ」という意識を日本に目覚めさせるためにも、この『May B』の来日公演の意義は、とても大きなものだ。

とくにコロナ禍を経て、人に会わず部屋の中で半分死んだような生活を送ってきた我々にとって、またウクライナ危機で世界大戦を身近に感じている我々にとっても、この生への執着に満ちた白い亡者達のダンスは、新たな衝撃をもたらすに違いない。そして、
「40年も前に、こんなぶっ飛んだダンスを創ってたの!?」
という驚きと共に、現在の観客の胸を新鮮に打ち抜くことだろう。

『May B』 ©️Hervé Deroo

公演情報

マギー・マラン『May B

日時

2022 年

11 月 19 日(土)15:00 開演

11 月 20 日(日)15:00 開演

上演時間:約 90分(途中休憩なし)

会場

埼玉会館 大ホール

詳細

公演公式WEBサイト

問合せ

SAFチケットセンター 0570-064-939

10:0017:00/毎週月曜日および休館日を除く)

【その他全国公演】

北九州公演
2022年11 月 23 日(水・祝)14:00開演
会場:北九州芸術劇場 中劇場
問合:北九州芸術劇場   093-562-2655(10:00~18:00)

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作家・ヤサぐれ舞踊評論家。株式会社JAPAN DANCE PLUG代表。 06年にNYジャパン・ソサエティの招聘で滞米研究。07年イタリア『ジャポネ・ダンツァ』の日本側ディレクター。19年スペインMASDANZA審査員。 現在は国内外の劇場・財団・フェスティバルのアドバイザー、審査員など活躍の場は広い。 『コンテンポラリー・ダンス徹底ガイドHYPER』(作品社)、『ダンス・バイブル』(河出書房新社)、『どうせダンスなんか観ないんだろ!? 激録コンテンポラリー・ダンス』(NTT出版)、『ダンシング・オールライフ〜中川三郎物語』(集英社)、『アリス〜ブロードウェイを魅了した天才ダンサー 川畑文子物語』(講談社)他著書多数。

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