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【特集「浜辺のアインシュタイン」】中村祥子インタビュー “いまの私は、まだ何者でもなかった頃の自分に戻った気持ちです”

阿部さや子 Sayako ABE

ミニマル音楽の巨匠フィリップ・グラスと鬼才演出家ロバート・ウィルソンによるオペラ『浜辺のアインシュタイン』。1976年に初演されるや、それまでの一般的なオペラの概念を一新してしまった伝説的な作品が、2022年10月8日(土)・9日(日)、神奈川県民ホールで上演されます。

1992年の日本初演以来30年ぶりとなる今回の上演で“日本オリジナル版”の演出・振付を手がけるのは、振付家・ダンサーの平原慎太郎氏。
そして主要キャストのひとりとしてバレリーナの中村祥子さんが出演することも、バレエ・ダンスファンの注目を集めています。

『浜辺のアインシュタイン』の説明、演出・振付の平原慎太郎の談話はこちら

平原氏はこのプロジェクトが始動してすぐの頃から、「ぜひ中村祥子さんに出演してほしい」と希望していたとのこと。「この役だから祥子さんにお願いしたい」ということではなく、彼女とクリエイションの時間を共にするなかで生まれてくる、「祥子さんだからこういう役まわりを演じてほしい」というもので組み立てていくと言います。

9月下旬の某日、いよいよ本格的なリハーサルが始まったばかりの中村祥子さんに話を聞きました。

中村祥子 Shoko Nakamura ©︎Hiromichi Uchida

◇◆◇

平原慎太郎さんと仕事をするのは、今回が初めてですか?
中村 初めてです。正確にいうと、昨年行われた草刈民代さんプロデュースの公演で少しご一緒させていただいたのですが、私自身は平原さんとそれほど関わるかたちではなかったので。本格的にお仕事をするのは、今回が初ですね。
祥子さんは、他のダンサーのみなさんよりも少し遅れて9月下旬からリハーサルに合流したそうですね。
中村 そうなんです。他のダンサーのみなさんはもうしっかり振りが入っている中に私が参加することになったので、平原さんから「祥子さんにはここから詰め込んでいきます」と言われました(笑)。
平原さんの振付の印象は?
中村 最初に踊りの通し稽古を見学したのですが、ダンサーさんたちの動きを初めて見た時にまず思ったのが、「私、ここに入って大丈夫かな……」ということでした。想像はしていましたが、私がこれまで踊ってきたものと、動きのスタイルがまったく違うなと。私自身はネオクラシックなども踊ってきましたが、8月に踊らせていただいた金森穣さんの作品や、平原慎太郎さんの振付には、それぞれのスタイルがかなりはっきりとあるのでとても興味深いです。『浜辺のアインシュタイン』に関しては、柔らかさや流れというよりも、人形のように少し動きにメリハリのあるテイストで、身体の表情にアクセントがあるという印象です。それが平原さんのスタイルでもあるのか、この作品においてそういうスタイルを作り出されているのかは分かりませんが。でもダンサーの方に聞いたところ、ダンサーは2グループに分かれているそうなんです。ひとつは人形のようにメリハリの動きがあるグループで、もういっぽうは逆になめらかな動きをするグループ。同じ舞台の上で違うテイストのダンスが繰り広げられるみたいで、それはすごく面白そうだなと思いました。短期間でスタイルと動きを体得するのはとても難しそうですが、学びつつ身体に入れていきたいです。
平原さんはリハーサルの現場で、ダンサーたち自身から生まれてくるものを生かしながら一緒に作品を作っていく創作スタイルだと聞いています。つまり最終的に祥子さんがどんな演技や踊りを見せてくれるのかは本番までわからないのだと思いますが、いま祥子さんはどのような振付や場面を稽古しているのですか?
中村 私自身は、花嫁さんの役らしくて。リハーサル初日は最初のシーンから始まったのですが、平原さんから求められたのは、踊りといった動きではなく、ただ感情を見せるということでした。
「ただ感情を見せる」?
中村 私が演じる女性はウェディングドレスを着ているけれど、女性としての不満をずっと抱えている存在なのだと。具体的な何かに対して怒っているとかそういうことではなく、この世界を生きる女性が抱えている不満。その感情を出して欲しいと言われました。動きもなく、ただ感情として存在する……それがもう、本当に難しくて。でもこの『浜辺のアインシュタイン』出演のお話をいただいた時、私は「これまでのキャリアなどは関係なく、とにかく学びに行く。そういう気持ちで臨もう」と決めていたんです。自分がどれだけ下手であろうと、リハーサルを通して挑戦するんだと。だから覚悟はできていたのですが、稽古の初日から想像以上にハイレベルで、「うわ、大変!」と思いました(笑)。
先日、平原慎太郎さんが「この作品は『感情』というものをできるだけ排除した作りを目指している。その中でも中村祥子さんが作中でいちばん感情的に見える役、つまり舞台に感情を持ってくる役にしたい」とおっしゃっていましたが、そう来たか!ですね(笑)。少なくとも冒頭の部分では、ダンサーというより役者みたいなアプローチが求められていると。
中村 平原さんに「祥子さん、演技のワークショップとか受けたことありますか?」って聞かれて、「えー! もっと早くにわかっていたらぜひ受けてみたかったです……」とお答えしました(笑)。でもその「『感情というものを排除した作り」というのはまさにそうで、ダンサーさんたちの動きを見てみると、「感情ではないもの」を作り出しているように見えます。感情というものはなくても、個々の動きから伝わってくるものはちゃんとある。それぞれのダンサーが、与えられた振付に対して自分なりの何かを出して、動きをどんどん広げていくんです。そして平原さんはそれを見て「あ、いまの面白いね」と作品を変化させていく。みんなで一緒にクリエイションを楽しみながら作品を作っている、という感じがすごくします。
これまで祥子さんが出演してきたどの舞台とも違う感じですね。
中村 そうですね。だから、これは私にとって挑戦なんです。平原さんには「人に『祥子さん大丈夫?』と思われるくらいやってもらっていいですから」と言われたのですが、本当にそこまで吹っ切らないと、今回の素晴らしいダンサーたちや、松雪泰子さん、田中要次さんといった実力のある役者さんと対峙することはできないと思う。とくに今回のような作品は、みんながお互いになじみ合ってひとつの世界を作るというよりも、個々の演者がそれぞれの持ち場でそれぞれの表現を爆発させてそれぞれの世界を作るくらいでないと、成り立たないのかもしれません。
例えばバレエやコンテンポラリーダンスでも、フィリップ・グラスのようなミニマルミュージックを使った作品はありますし、明確なストーリーのない抽象的な作品もあります。でも、そういう作品はたいてい長くても数十分。ところが『浜辺のアインシュタイン』はそれが3〜4時間続くということで、どう楽しめばいいのか想像がつかなかったのですが、いまの「それぞれの持ち場で……」のお話は、観賞する際のひとつの手がかりにもなりそうです。
中村 例えば全幕バレエも3時間くらいかけて楽しむものですけれど、それとはまた全然違った感覚で味わうものなのでしょうね。だから私自身の在り方や立ち位置も、全幕バレエとは全然違うのだろうと思っていて。バレエでは全員でひとつの世界を作るけれど、たぶん今回の作品は、それぞれの演者が、それぞれのスポットで、それぞれの世界を表現する。そしてそれらの世界が同時にひとつの舞台の上で進行していくから、お客様がどこに目を向けるかによって見えてくるものが変わるし、どこを見ても何らかの展開がある。そういう作品なのかなと感じています。
いま松雪さん・田中さんの名前が出ましたが、俳優さんたちと一緒に舞台に立った経験は?
中村 ないと思います。そもそもクラシック以外のダンサーさんたちの中で踊った経験も、裸足で踊ったことも数回ぐらいで、今回のような舞台じたいが本当に初めてです。
いま何気なくおっしゃいましたけど、今回はトウシューズではなく裸足で踊るんですね?
中村 平原さんは「トウシューズでも全然大丈夫ですよ」と言ってくださったのですが、通し稽古を観たらみなさん裸足で。その中にひとりトウシューズで……というのもなじまない気がしたし、私も裸足で踊ってみたいと思ったんですよね。何というか、これはトウシューズにこだわったり、つま先がどうだと気にしたりするような世界ではないなと。だから「とにかく一度裸足でやってみますから、それを見て判断してください」とお願いしました。

©Hiromichi Uchida

いまふと思ったのですが……先ほど「感情だけで表現すること」の難しさについてお話がありましたけれど、考えてみると、祥子さんはこれまでクランコ 振付『オネーギン』のタチヤーナやマクミラン振付『マノン』のタイトルロールなど、演劇性の高い役もいろいろと踊ってきています。その意味では、真実の感情をさらけ出して表現することじたいはたくさん経験してこられたのでは?
中村 そう思いますよね? でも今回やってみて思ったのは、バレエのポジションで演技をするのと、バレエのポジションを封じられた状態で演技をするのとは、全然違うということなんです。振付やポーズの延長で表現することはできるけれど、そういうもの無しで「じゃあこの感情でただ普通に歩いてきてください」等と言われると、そわそわしてしまうというか、歩き方すらわからなくなってしまうというか。バレエのパから出てくる感情表現と、今回のような場での感情表現って違うんだなと思いました。
それはすごく面白いお話ですね。
中村 やはり私たちバレエダンサーは、ステップやポジションやラインをどう見せようかとつねに考え抜いて舞台に立っていますし、歩くにしても走るにしても、バレエ特有の身体の運び方がありますよね。そういうことを子どもの頃からずっと訓練して身体に染み込ませてきたから、歩こうとするとついグリッサードしたくなったり(笑)、「不満を抱えている女性を」と言われたら、不満げなポーズで表現したくなってしまう。
でも、それはそうですよね。それこそがバレエダンサーが人生をかけて獲得する表現言語であるわけですから。
中村 もっと早くリハーサルに合流して、演技や動きの練習もたくさんしたかったと思うけれど、もしかしたら平原さんはまったく逆の考えだったのかもしれない、という気もしていて。つまり、私があまり早くからリハーサルに入ってしまうと、いろいろ考えて演技を作り上げてしまうから、むしろぎりぎりに稽古を始めて、形になる前の動きを出してほしいということなのかもしれないな、と。パやポジションという「決まり」がないところで、どう表現するのか。そこが私にとってはいちばん難しいところですけれど、他のダンサーのみなさんは、ちゃんと自分で消化して作り上げています。それがすごく勉強になりますし、こういう挑戦の場を与えていただけて本当にありがたいなと思っています。
今回はオペラということで当然ながら音楽も非常に重要な要素ですが、フィリップ・グラスのようにとても短いシンプルな音型が延々と繰り返されるミニマルミュージックで踊るのは、踊り手としてどんな感じがしますか?
中村 グラスの音楽で踊るのも初めてです。カウントを数えづらいという意味では、ウィリアム・フォーサイスの作品と少しだけ感覚が近いのかな?と。でも、フォーサイスのほうがステップをパキッ、パキッと音にはめていくから、まだつかみやすいような気がしますね。今回はもっと難しい。音楽というよりもただ時が刻まれていっているだけで、その時の刻みの中でつねに何かが起こっている、という感じがします。
「ただ時が刻まれている」、素敵な表現ですね。
中村 そしてそういう音楽のなかで、ダンサーのみなさんが思ってもみなかったような動きをするんです。クラシックは定められたポジションやラインがあるけれど、「そのポジションからそっちにもいけるんだ!」という予想外の方向に身体が動いていく。ダンスって本当に自由で無限だなと、あらためて思います。
祥子さんがフリーになって約2年、それまでとはまた全然違うかたちで、踊りの幅や世界が広がっているんですね。
中村 そうですね。やっと落ち着いて、そんなふうに思えるようになりました。やはりここまでキャリアを積んでくると、どうしても「中村祥子といえば、こういう踊りをする人」というイメージが出来上がっていたと思うんですね。私自身も、「いままでの自分がこうだったから、次もこうでなくてはいけないんだ。みなさんに期待されている自分を見せなくてはダメなんだ」と、自分で自分を縛っていたようなところがありました。でも、例えば夏に踊った金森穣作品や、今回の『浜辺のアインシュタイン』のように、「いままでの自分」では歯が立たない環境をいただくことで、その呪縛がどんどん解けていっている気がします。長い年月をかけて作り上げられてきたイメージはいったん置いておいて、この未知の作品に挑む、ありのままの姿をさらけ出そうと。いま、与えられた作品と向き合い、挑戦するのだと。そう思えるようになったら、気持ちがすごく楽になってきました。
この2年間、本当にあちこちの舞台で祥子さんの踊りを観てきましたが、ご自身のなかではそんなふうに葛藤していたのですね。
中村 少しおかしな言い方ですけれど、いまの私は、まだ何者でもなかった若き日の自分に戻ったような気持ちなんです。私というダンサーのことなんてまだ誰も知らなくて、自分自身も未完成で、怖いもの知らずで自由だった頃。あの頃は、努力も失敗も、自分のやることがすべて成長につながっていくのが見えて、未来に希望しかありませんでした。あれから長い年月とキャリアを積んできた末に、いまこうして自分が選んだ道で、もういちど「始まり」の頃の気持ちに戻ってこれた。それは本当にありがたいことだなと思っています。
最後に、『浜辺のアインシュタイン』を観たいと思っている方や、読者、ファンのみなさんにメッセージをいただけますか?
中村 クラシックやネオクラシックを踊るのも、今回のような作品に挑戦するのも、どちらも私自身がやりたいことであり、みなさんにぜひ観ていただきたい「中村祥子」の姿です。10月8日・9日に幕が上がった時、「バレエダンサーもこういう表現をするんだ」というものを、新鮮に楽しんでいただけたら嬉しいです。そしてもし「バレエダンサーにはバレエの舞台しか居場所がない」と思っている若いダンサーがいるとしたら、バレエにはもっとたくさんの可能性が広がっているんだということを、自ら望めばいろんな方向で自分を発揮できる可能性があるということを、感じてもらえればと思います。

©Hiromichi Uchida

公演情報

『浜辺のアインシュタイン』

公演日時

2022年10月8日(土)/9日(日)

各日13:30開演(12:30開場)

会場

神奈川県民ホール 大ホール

概要

音楽:フィリップ・グラス

台詞:クリストファー・ノウルズ、サミュエル・ジョンソン、ルシンダ・チャイルズ

翻訳:鴻巣友季子

演出・振付:平原慎太郎

指揮:キハラ良尚

出演:

松雪泰子

田中要次

中村祥子

辻 彩奈(ヴァイオリン)  他

詳細 「浜辺のアインシュタイン」特設WEBサイト

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