
英国ロイヤル・バレエ「ウルフ・ワークス」前田紗江 ©2026 Johan Persson
ロンドンのコヴェント・ガーデンにある歌劇場「ロイヤル・オペラ・ハウス」で上演されたバレエとオペラを映画館で鑑賞できる「英国ロイヤル・バレエ&オペラ in シネマ」。臨場感のある舞台映像はもちろん、開演前や幕間にはリハーサルの特別映像や舞台裏でのスペシャル・インタビューを楽しめるのも、“映画館で観るバレエ&オペラ”ならではの魅力です。
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2026年5月15日(金)から5月21日(木)まで公開されるのは、英国ロイヤル・バレエ『ウルフ・ワークス』。2015年の初演以来、オリヴィエ賞やナショナル・ダンス・アワードを受賞し、英国ロイヤル・バレエのみならずミラノ・スカラ座バレエやアメリカン・バレエ・シアターなどで上演されています。本作は、振付家ウェイン・マクレガーが、小説家ヴァージニア・ウルフの内面世界と意識の流れを舞台化し、「 I NOW, I THEN」、「ビカミングス」、「火曜日」の3部構成で描いた作品です。第1幕「I NOW, I THEN」は、小説『ダロウェイ夫人』への創作過程が描かれています。続く第2幕「ビカミングス」は、時代とジェンダーを乗り越えて300年生きた青年貴族を描いた小説『オーランドー』にインスパイアされた作品。第3幕「火曜日」では、小説『波』の世界が描かれ、ウルフが最後の旅路へと向かいます。
今回は第1幕と第2幕に出演の前田紗江さんにインタビュー。2024年にファースト・ソリストに昇格し、数々の作品で主演を務め、古典作品のみならず現代的な作品でも活躍中の前田さん。『ウルフ・ワークス』の見どころや、ウェイン・マクレガー作品の魅力について聞きました。

前田紗江 Sae Maeda
横浜市生まれ。7歳の時、マユミキノウチバレエスタジオにてバレエを始める。2014年第42回ローザンヌ国際バレエコンクール第2位入賞、英国ロイヤル・バレエ・スクールに入学。2017年に英国ロイヤル・バレエに研修生として入団、2018年に正規団員に昇格。2023年ソリスト、2024年よりファースト・ソリスト。第24回英国舞踊批評家協会賞新人賞受賞。©2024 ROH. Photographed by Andrej Uspenski
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- はじめて『ウルフ・ワークス』に出演したのはいつですか?
- 前田 3〜4年前、ロイヤル・オペラ・ハウスで上演した時にコール・ド・バレエとして出演しました。その時はオリジナルキャストのアレッサンドラ・フェリさんが主役を踊っていて、クラシックな作品とは異なるかたちで、ヴァージニア・ウルフの壮大な物語や登場人物の繊細な感情を伝えられることに感激しました。
今回上映される舞台では、私は第1幕と第2幕に出演しています。じつは第1幕の役は、前回の上演時にカバー(代役)に入っていたので、もし次の機会があればぜひ演じてみたいと願っていた役。夢が叶って本当に嬉しかったです。尊敬するダンサーの一人であるナタリア・オシポワさんとも共演できて、光栄でした。
- 作品の見どころは?
- 前田 幕ごとに雰囲気がガラッと変わるので、その違いを楽しめると思います。第1幕は二人の人物にまつわるそれぞれのドラマがあり、第2幕はウェイン・マクレガーさんならではのアクロバティックな動きと美しい照明、第3幕は美術・音楽・振付のすべてが波を感じさせる演出になっています。

英国ロイヤル・バレエ「ウルフ・ワークス」前田紗江、ウィリアム・ブレイスウェル ©2026 Johan Persson
- 前田さんが出演している第1幕はどんな物語ですか?
- 前田 第1幕は、主人公のクラリッサが昔愛していたピーターという男性と結ばれることなく、今の夫のリチャードと共に人生を歩む決断をしたことについて自問し、過去と現在の自分が交錯する物語です。私は、ナタリア・オシポワさん演じるクラリッサの若い頃(ヤング・クラリッサ)を演じました。幕開きはクラリッサとリチャードのパ・ド・ドゥで始まり、ビッグベンの鐘が鳴った瞬間、リチャードが彼女にキスをして仕事へと向かいます。残されたクラリッサは、ひとり孤独を感じながら昔の楽しい日々に思いを馳せる。そこからヤング・クラリッサが現れて踊り始めます。
- 第1幕でダンサーが舞台に置かれた木の枠に寄りかかって眺めているシーンが印象的でした。
- 前田 私が踊っている間ずっと、ナタリアさんが後ろに佇んでいるのですが、そのシーンでクラリッサは過去の自分を思い出しているんです。当時を懐かしむ気持ちで、あんなことがあったなと。
ヤング・クラリッサとピーターのパ・ド・ドゥの最後に、後に夫となるリチャードがヤング・クラリッサに花を渡す場面があります。クラリッサはそれを眺めながら、「リチャードと結婚して本当に良かったのかしら」と複雑な感情を抱いているんです。

英国ロイヤル・バレエ「ウルフ・ワークス」ナタリア・オシポワ、前田紗江、ウィリアム・ブレイスウェル ©2026 Johan Persson
- 振付のウェイン・マクレガーさんからはどのような指導が?
- 前田 ウェインさんからは、かつての恋人ピーターとの出会いや女友だちのサリーとの関係など、“クラリッサの物語”をしっかりと表現するように指導されました。彼は一つひとつの身体の動きについて、「どんな意味を込めて、何のために動かすのか」を追求する人です。たとえば、ヤング・クラリッサとピーターとのパ・ド・ドゥでは二人の関係の変化をていねいに描いています。最初から恋人関係だったわけではなく、しだいに打ち解けるなかで、クラリッサに「この人は信頼できるかもしれない」という気持ちが芽生えていった。その感情の変化を表情だけではなく踊りで表現するように言われて、すべての振付に意味が込められていると感じました。私は顔で踊りがちで、たとえば嬉しい時はとにかく笑顔で表現してしまうんです。でもリハーサル初日に、ウェインさんから「顔じゃなくて身体で表現しなさい」と注意をいただいて。それ以来さらに深く考えるようになり、全身で語りかけることを心がけました。クラリッサ役のオシポワさんとピーター役のウィリアムさんの表現を間近で見て学び、掛け合いの場面では助けていただきながら、このヤング・クラリッサを演じました。
- ウェイン・マクレガーさんの作品の特徴は?
- 前田 ウェインさんのリハーサルは、振付家が音の取り方を指定するのではなく、稽古を通してダンサーたちが自分で見つけていくやり方です。振付に対して音楽を細かく決めていないことが多く、その特徴がよく表れているのは『ウルフ・ワークス』の第2幕。舞台袖にダンサーが出るきっかけのタイムコードが書いてあるだけで、袖から一歩足を踏み出したら、どの音で踊るかは基本的に自由なんです。だから毎公演ごとに音楽の使い方が少しずつ違うんですよ。パ・ド・ドゥで組むダンサーとはアイコンタクトを取りながら、息を合わせて踊っています。

英国ロイヤル・バレエ「ウルフ・ワークス」前田紗江、ハリス・ベル ©2026 Johan Persson
- 『ウルフ・ワークス』出演にあたって挑戦したことは?
- 前田 二つあります。一つは第1幕で、登場人物との関係性をお客さまにわかりやすく伝えること。物語のなかで、ヤング・クラリッサと周囲の人物との関係が変化していく過程を見せるのに苦労しました。この作品を踊って、クラシック作品に比べてコンテンポラリー作品やネオ・クラシック作品のほうが、より自由に身体を使えるぶん表現の幅が広がると感じました。正確なポジションを求められるクラシックとは異なり、上半身を可動域のギリギリまで使ったり、やったことのない目線や首の使い方に挑戦したりと、全身で表現する方法を研究できたのが楽しかったです。
もう一つ難しかったのは、第2幕の“アクロバティックな動き”として見せる身体の使い方。第1幕とは打って変わって、感情の表現ではなく決められた振付をきちんと見せることが求められました。第2幕は重心をより下に意識し、自分が機械になったような感覚で身体のパーツを意識しながら踊りました。
- この作品を通して新たな発見はありましたか?
- 前田 どんな作品においても、自分が何を伝えたいのかが大事なのだとあらためて気づかされました。これまでもウェインさんの作品を踊る機会があったのですが、彼はリハーサルでファーストキャストとセカンドキャストでステップが違っていても咎めることはありませんでした。それよりも、「なぜあなたはそう動くのか」「その手と脚にはどんな意味があるのか」とダンサーに問うんです。何も答えられなかったら注意を受けますが、動きに対して明確な意思があれば尊重してくださいます。それはウェインさんがダンサーを信頼しているからこそ。私は『ウルフ・ワークス』が終わった後も彼の別作品に参加しているので、その信頼に応えられるように踊り続けていきたいです。

英国ロイヤル・バレエ「ウルフ・ワークス」前田紗江、ハリス・ベル ©2026 Johan Persson
- バレエを始めてから英国ロイヤル・バレエに入団するまでの歩みを教えてください。
- 前田 姉のバレエの発表会を観てクラシック・チュチュにあこがれ、7歳でバレエを始めました。地元のマユミキノウチバレエスタジオに通いながら、高校1年生まで学業と両立していました。転機が訪れたのは15歳の時。ローザンヌ国際バレエコンクールに出場し、スカラシップをいただいて、ロイヤル・バレエ・スクールに入学しました。
入学して3年目、毎年行われている英国ロイヤル・バレエへの入団試験にケヴィン・オヘア芸術監督がいらして、オファーをいただきました。最初の一年は研修生として入団し、翌年には正団員になって、今に至ります。
- これまで踊った中で印象に残っている作品は?
- 前田 一つに絞れなくて、二つあります。まずは、ピーター・ライト版『くるみ割り人形』のクララ。幼いころ、金平糖の精を吉田都さん、クララをアリーナ・コジョカルさんが演じたDVDをずっと観ていたんです。そんな私が最初にいただいた大きな役は、憧れのクララでした。クララとして舞台に立った瞬間、幸せがこみ上げてきましたね。今年は金平糖の精を踊ることができて、もう一つ夢が叶いました。
フレデリック・アシュトン振付の『ラプソディ』も忘れられない作品です。入団した時からこの作品のプリンシパルが大好きだったので、そのパートを踊れてとても嬉しかったです。
- 新しい振付や音楽を身体に落とし込む時、どんなことを心がけていますか?
- 前田 今はちょうどウェインさんの新作のリハーサルに参加しているのですが、彼は振付のスピードがものすごく早いんです。たった1時間の稽古で3分間のパ・ド・ドゥをゼロから作り上げてしまうんですよ。さらに終了間近の10分前に、じゃあ最初から通してみてと。ウェインさんの新作は、これまでロイヤル・バレエで踊ってきた中で、覚えるのがいちばん大変です。
だから私はリハーサルに行く前に、「この1時間集中して頑張るぞ!」と気合を入れています。それでも食らいついていくのに必死なのですが、とにかく振りを繰り返し反復して練習するようにしています。そしてリハーサルが終わった後も自習をして、すべての振付と音楽を身体に入れています。舞台上で振りのことを考えずに楽しく踊るために、必要なことです。
- 前田さんはまさに身体で音楽を奏でているかのように踊りますが、ご自身では音をどのように感じているのでしょうか?
- 前田 音楽の感じ方は個性そのもの。ダンサーは自分なりの音楽の使い方を考えて、踊りに落とし込まなくてはいけません。たとえば音を雰囲気だけで捉えてしまうと、平坦な踊りになるんです。私は動きに緩急をつけたり、お客さまに印象付けたいフレーズを強調して、自分らしい踊りを表現しています。先生方やスタッフの方から「ミュージカリティがいちばん大切だよ」と注意をいただくので、これからも音楽を丁寧に感じ取りながら音と振付が一体となるように心がけていきたいです。
- 今年、来日公演も控えていますが、日本で踊る時に楽しみにしていることは?
- 前田 お世話になった先生や、支えてくれた家族と友人の前で踊れるのは本当に幸せです。何よりもバレエを愛している日本のお客さまが集った空間で踊らせていただけることを、いつも心から楽しみにしています。ロイヤル・バレエのみんなも日本が大好きです。
- 最後に、上映を楽しみに待っている観客へメッセージを。
- 前田 日本では海外に比べて、全幕物のコンテンポラリー作品やネオ・クラシック作品の公演が少ないと思うので、ぜひこの機会に足を運んでいただきたいです。『ウルフ・ワークス』を通して、一人でも多くの方にウェイン・マクレガーさんの作品の魅力を伝え、クラシック・バレエとは異なる新しい表現や物語性を届けられたらと思います。すばらしい日本人のダンサーもたくさん出演しているので、いつもとは違う私たちのステージを楽しみにいらしてください。

英国ロイヤル・バレエ「ウルフ・ワークス」ナタリア・オシポワ、パトリシオ・レーヴェ、前田紗江、ウィリアム・ブレイスウェル、レティシア・ディアス ©2026 Johan Persson
上映情報
英国ロイヤル・バレエ&オペラ in シネマ 2025/26
英国ロイヤル・バレエ『ウルフ・ワークス』
2026年5月15日(金)~5月21日(木)※1週間限定
TOHOシネマズ 日本橋 ほか全国公開
★上映館、スケジュールなど詳細は公式サイトをご確認ください
【スタッフ】
演出・振付:ウェイン・マクレガー
音楽:マックス・リヒター
美術:Ciguë, We Not I、ウェイン・マクレガー
衣裳デザイン:モーリッツ・ユンゲ
照明デザイン:ルーシー・カーター
映像デザイン:ラヴィ・ディープレス
音響デザイン:クリス・エカーズ
メイクアップデザイン:Kabuki
ドラマツルギー:ウズマ・ハミード
ステージング:アマンダ・エイルズ、ミカエラ・ポリー、
ジェニー・タッターサル、アントワーヌ・ヴェレーケン
レペティトゥール:ジャン・アティムタエフ
主演指導:エドワード・ワトソン
【出演】
I NOW, I THEN「ダロウェイ夫人」より
ヴァージニア・ウルフ/クラリッサ:ナタリア・オシポワ
リチャード:パトリシオ・レーヴェ
若き日のクラリッサ: 前田紗江
ピーター:ウィリアム・ブレイスウェル
サリー:レティシア・ディアス
セプティマス:マルセリーノ・サンベ
レツィア:高田茜
エヴァンス:マルコ・マシャーリ
ビカミングス(「オーランドー」より)
アクリ瑠嘉、ハリス・ベル、リアム・ボズウェル、
クレア・カルヴァート、レティシア・ディアス、
金子扶生、前田紗江、マルコ・マシャーリ、中尾太亮、
マルセリーノ・サンベ、フランシスコ・セラノ、高田茜
火曜日(「波」より)
ナタリア・オシポワ、ウィリアム・ブレイスウェル、
クレア・カルヴァート、デニルソン・アルメイダ、
マディソン・ベイリー、ベサニー・バートレット、
ラヴィ・カノンニアー=ワトソン、マーティン・ディアス、
オリヴィア・フィンドレイ、リュック・フォスケット、
ハリソン・リー、キャスパー・レンチ、
エラ・ニューストン・セヴェルニーニ、アイデン・オブライエン、
ハンナ・パーク、マディソン・プリッチャード、
ケイティ・ロバートソン、佐々木須弥奈、ブレイク・スミス、
ジネヴラ・ザンボン、レオ・アルミタージュ、ウィリアム・クーパー、
マデリン・コープランド、ピッパ・レイク、ベルタラン・ヴィンツェ、
ダーシー=ローズ・ウォラル=ハルステッド
【上映時間】
3時間3分 ※2回の休憩あり
【上映劇場】
*札幌シネマフロンティア(北海道)
*フォーラム仙台(宮城)
*TOHOシネマズ 日本橋(東京)
*イオンシネマ シアタス調布(東京)
*TOHOシネマズ 流山おおたかの森(千葉)
*TOHOシネマズ ららぽーと横浜(神奈川)
*ミッドランドシネマ(愛知)
*イオンシネマ京都桂川(京都)
*大阪ステーションシティシネマ(大阪)
*TOHOシネマズ 西宮OS(兵庫)
*キノシネマ天神(福岡)