ATPシニアプログラムのバレエクラスショーイングより
東京のオープンクラス制のダンススタジオ、スタジオアーキタンツは、2020年より、海外のバレエ学校やカンパニーを目指す若いダンサーのための育成プログラム「アーキタンツ・トレーニング・プログラム」(ATP)を開講しています。
ATPの教育内容とは? 3月20日に行われた、学期末試験をしめくくるショーイングの模様と、ATP受講生で2024年2月のローザンヌ国際バレエコンクールで9位に入賞した利田太一さん(15歳)のインタビューをあわせてお送りします。
バレエ、キャラクター、コンテンポラリー…
1年間の学びをしめくくるショーイング
スタジオアーキタンツは、国内外の著名な指導者、振付家やダンサーを招き、バレエをはじめ、様々なスタイルやレベルのオープンクラス・レッスンを提供しているダンススタジオ。海外の振付家を招いてのワークショップや自主公演もしばしば行われています。ATPは、アーキタンツの創設者・故福田友一氏の「この環境を若いダンサーの育成に生かしたい」という思いから出発し、2020年9月に開講。バレエ学校への留学を目指すジュニアプログラムに加え、21年には国内外カンパニーへの入団を目指すシニアプログラムも開講しました。
ATPでは平日5日間レッスンがあり、毎日2時間のバレエクラスと、1時間半の日替わりクラスで構成されています。日替わりクラスでは、コンテンポラリー・ダンス、キャラクター・ダンス、ヴァリエーションやパ・ド・ドゥ等を毎週学ぶことができます。心身の健康とけがの予防のため、正しい身体の使い方とケアの方法を学ぶボディ・コンディショニングクラスも月に数回もうけられ、特別講義として栄養学やメンタルトレーニング、バレエ史、日本の伝統文化なども取り入れられています。
「地元のお教室を『母校』とすれば、ATPの位置づけはいわば『予備校』。『こんなダンサーになりたい』『そのステップとしてこのバレエ学校に行きたい』といった一人ひとりの目標をサポートし、そこまでの課題を生徒と一緒に考えて『送り出す』ことをミッションとしています」と話すのは、プロデューサーの佐藤美紀さん。生徒たちの母校とは提携校として関わり、希望があればアーキタンツの招聘講師の派遣、コンクール出場時に連名にすることやインスタグラムへのメンションなども行っているそうです。
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さて、取材したのは学期末試験の最後をしめくくる、スタジオでのショーイング。指導者や保護者たちが見守る中、受講生たちが1年間学んできた成果を発表します。
ピアニストが『眠れる森の美女』第2幕パ・ド・ドゥの夢見るような旋律を弾き始め、ジュニア「バレエクラス」のパフォーマンスが始まりました。
ジュニア バレエクラス
ATPでは、1〜2週間ずつ同じ振付のバー・レッスンやセンター・レッスンに集中して取り組み、動きの質を高めていく方法を取っています。この日のパフォーマンスは、その一部を抜粋したもの。全身をのびやかに使い切るアダージオ、身体の向きを切り替えながらシャープに脚を出すタンデュ、回転、ジャンプ……と、切れ目なく続きます。音楽は、いずれも『眠れる森の美女』から。第1幕のワルツの曲で、メリーゴーランドのように大きく円を描いて踊る舞台さながらのシーンも。心弾む音楽に乗って次々とフォーメーションを変えてゆく生徒たちの表情にも、自然と笑みがこぼれます。
ジュニア バレエクラス
ジュニアプログラムの専任講師は、ボリショイ・バレエ、ウィーン国立バレエ等でプリンシパルとして活躍、アントワープ・ロイヤル・バレエ学校の芸術監督を務めた経験を持つマイケル・シャノン氏。現在は数多くのコンクールで審査員も務めています。
「今学期のバレエクラス試験のテーマは『眠れる森の美女』。振付に作品のエッセンスを取り入れています。今日のパフォーマンスはその集大成。生徒たちが1年間頑張ってきた努力のたまものです」(シャノン氏)。
ジュニアプログラムの受講生であり、YGP 2024 NYファイナル出場の村山來見(むらやま・くるみ)さんは、『眠れる森の美女』第1幕のヴァリエーションを披露しました
シニアプログラムの「バレエクラス」は、クラスレッスンの抜粋というよりは、ラフマニノフの名曲「パガニーニの主題によるラプソディ」に振付けられた小品のような見応えがありました。大きく背を反らせて回転するランベルセ、空中に残像を残すような連続ジャンプなど華やかなテクニックとともに、全員ですっと静止したときの首筋や背中の美しさが印象的です。
シニア バレエクラス
シニアプログラムは、カンパニーのオーディションやリハーサルを想定した、より実践的なカリキュラムとのこと。シニアプログラムの専任講師は、英国バーミンガム・ロイヤル・バレエでプリンシパルを務め、現在は日本を拠点に指導者、ダンサーとして活躍する佐久間奈緒さんです。
「かなり密で難易度の高いプログラムになりましたが、みんなが自分のフィーリングを生かして踊りきってくれました。この1年で、20人の生徒一人ひとりが成長したと思います」(佐久間さん)。
シニアプログラムの受講生たちが披露したバレエレパートリー『眠れる森の美女』第2幕より
ヴァリエーション、キャラクター、コンテンポラリー……踊る作品によって生徒たちの動きの質は大きく変わり、個性も際立ってくるよう。ジュニアプログラム受講生の利田太一さんは、ローザンヌ国際バレエコンクール2024で踊った『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』よりコーラスのヴァリエーションを披露しました。
また、ジュニアの受講生が披露したキャラクター・ダンスは、鋭いリズムのスパニッシュ、軽快でスピード感のあるタランテラ、濃厚な情熱を感じさせるチャルダッシュなど、それぞれスタイルが大きく違う楽曲。受講生たちは上半身を使いながら手足を打ち鳴らすなど、難しそうな動きも楽しそうに踊りこなしていました。キャラクター・ダンスの講師のムラショフ・フョードル氏は「キャラクター・ダンスは身体に覚えさせるのに時間がかかりますが、音楽性や全身のコーディネーションなど、たくさんのことを習得できます」と語りました。
ジュニアプログラムの受講生のみなさん
コンテンポラリー・ダンスは、専任講師のキミホ・ハルバートさん振付による『Tears of a Mermaid』の抜粋(ジュニア)、『Divided』(シニア)、特別講師として来日したヨンスン・ホ氏振付の『The Train2』(ジュニア・シニア合同)と、スタイルの異なる3作品が披露されました。
『Tears of Mermaid』はアンデルセンの『人魚姫』をモチーフとしたドラマティックな作品、『Divided』はコロナ禍による分断がテーマで、各々の即興も織り込まれていました。
「みんなすごく集中して頑張ってくれました。エネルギーを注いだ分、一人ひとりが見違えるように成長したと感じます」(ハルバートさん)。
ジュニア コンテンポラリー・ダンス『Tears of Mermaid』
『The Train2』はドイツを中心に世界で活躍する振付家ヨンスン・ホ氏との、3日間のワークショップでつくりあげた作品。弦楽器がビートを刻むエモーショナルな音楽とともに、高いテクニックを駆使し、身体を投げ出すように踊る20人のダンサーたちは互いに息もぴったりで、「生徒」の域を越える迫力を感じさせ、スタジオは大きな拍手に包まれました。
ジュニア・シニア合同 コンテンポラリー・ダンス『The Train2』
Interview
利田太一(としだ・たいち)
第52回ローザンヌ国際バレエコンクール第9位入賞
- ショーイングお疲れ様でした。まずはATPに入ったきっかけを教えてください。
- 中1の時、前のスタジオを辞めることになって、スクールを探していた時に、ATPの公開ワークショップを母が見つけてくれました。最初のレッスンがマイケル先生だったんですけど、短期間に自分がどんどん伸びていく感じがわかって。何度か通っているうちに、マイケル先生が入学を薦めてくださったので、すぐ入りました。
- 中学に通いながら、平日は毎日通っていたんですよね。
- はい、毎日自転車で来ていました。
- 今日はバレエクラス、ヴァリエーション、キャラクター、コンテンポラリー2作品とフル出場でしたが、どれもすごく楽しそうでした。
- いやー、全部楽しいですね(笑)。
- マイケル先生の指導の魅力はどんなところですか?
- 「なんだこれ?」って思うような難しいテクニックを教わるときも、先生のアドバイスはすごく感覚的に入ってきます。「脚は前じゃなくて横! この方向に上げます」とか、「手が落ちてきちゃうと跳べないから。腕を使って、背中も一緒に跳んであげる!」とか。最初はできないけど、その「感じ」を自分で吸収して繰り返しやっていくと、できるようになっていく。マイケル先生は海外でプリンシパルとして活躍して、バレエ学校の校長先生もやっていたりするすごいダンサーだから。そういう先生に直接教えてもらえるのは、ATPならではだと思います。
- そのほかに、ATPに入ってよかったことは?
- コンテンポラリー・ダンスとキャラクターのクラスが両方、毎週あるのがいいですね。自分としてはもっと沢山レッスンしたいです。キャラクターはいろいろな型に慣れるまでが大変ですが、その型の中で表現するのがすごく楽しいです。コンテンポラリー・ダンスは、キミホ先生がいろんなレパートリーを持っていて、違うスタイルの作品を踊らせてくれます。
- そして、このたびはローザンヌ入賞おめでとうございます! 踊った演目は、先生と相談して選んだのですか?
- はい。先生方やスタッフの方たちに相談に乗ってもらって、自分に合うものを選びました。クラシックは最終的に『白鳥』の王子とコーラスの二択だったんですけど。『白鳥』は基礎の正確さや丁寧さを伝えられるのがポイントで、コーラスは雰囲気が自分に合っていると。ただし、コーラスは細かい動きが多いので、雑にならず、基礎を崩さずにちゃんと踊れるかが課題でした。だったら、その課題を乗り越えようってことで、決断しました。
第52回ローザンヌ国際バレエコンクールより。クラシック・ヴァリエーション『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』よりコーラスのヴァリエーションを踊る利田太一さん ©︎Rodrigo Buas
- コンテンポラリー・ヴァリエーションも、とても繊細で気持ちのこもった表現でしたね。
- コンテンポラリー・ダンスは好きだけれど、どれが自分に合うのかよくわからなくて。あれはキミホ先生が薦めてくださった作品です。踊っていくうちに、ああ、この作品は好きだな、自分が伝えたいことを踊りで表現できたらすごくいいなあって納得しました。
- 伝えたかったのはどんなことでしょうか?
- 日によって変えたりしていましたが、日々ご飯をつくってくれたり、バレエのためにお金を出してくれたりとか、見えないところで支えてくれている家族への気持ちを伝えられたらなって。
あの作品は、ABTのスタジオカンパニーにいる若い黒人のダンサーが振付けたんです。キミホ先生は、差別に関わる作品だという解釈で。題名が『Do you care?』だし。
- 「気にしてる?」「気づいてる?」みたいなニュアンスでしょうか。
- そうなんですよ。でも、僕自身は差別ってあまり感じたことがない。それなら、日頃感じている小さな違和感とか、うまく伝えられないことを伝える方向で考えてみたら、とキミホ先生にアドバイスをもらいました。自分では、行きたいんだけど、あ、行けない……みたいな。そんな感じを大切にして踊っていました。
第52回ローザンヌ国際バレエコンクールより。利田さんがコンテンポラリー・ヴァリエーションに選んだ作品は、2023年のローザンヌ国際バレエコンクールで「ヤング・クリエイション・アワード」を受賞したアレイシャ・ウォーカー振付『Do you care?』 ©Gregory Batardon
- この3月で中学校も卒業ですね。これまで、ATPでのレッスンと学業の両立で大変だったことは?
- ローザンヌでどこのスカラシップももらえなかったとしても、高校まではどうしても卒業したかったので、勉強はちゃんと頑張っていましたね。それがけっこう大変でした。定期テスト対策とか……(笑)。授業も、ときどき早退したり休んだりできたら楽なのですが、何とかうまく調節していました。
- 太一さんは何を踊っても楽しそうで、明るいエネルギーに満ちているように見えますが、時にはネガティブな気持ちになることもある?
- もちろんあります! 疲れちゃってストレスが溜まったり、うんと落ち込んだりもします。
- そんな時はどうしていますか。
- 今日みたいにお客様の前で踊るってことが、自分にとってはすごく楽しいです。それまでの苦しかったこと、頑張ってきたことを舞台の上でちゃんと出せて。お客様の拍手で、努力が全部報われる感じ。
あ、あとはYouTubeを見る(笑)。家では、バレエのことは全然考えません。動画見たり、寝たり。
- どんな動画を?
- ゲームとか。バレエは関係ない、中学生らしいやつ(笑)。スタジオに来たらバレエに集中します。そういうめりはりをつけてやっていますね。
- 今後の目標を聞かせてください。
- 留学先がハンブルクに決まりました。今年の目標は「決める!」だったので、本当に嬉しくて。ドイツに渡る9月までに、生活習慣を整えたいなと思っています。それと、近々日本で公演もあるので、コーラスの練習を頑張ります!
ワークショップ情報
【問合】スタジオアーキタンツ
ATP 春のシーズナルワークショップ2024
【会期】2024年5月5日(日)・6日(月祝)
【詳細】http://atp.a-tanz.com/event/3102/
APT 夏のシーズナルワークショップ2024
【会期】2024年7月29日(月)・30日(火)
【ゲスト講師】高田茜(英国ロイヤル・バレエ プリンシパル)
【詳細】http://atp.a-tanz.com/event/3172/