夢に向かって邁進する遅咲きのインド人バレエダンサー、マニーシュ・チャウハンの半生を追ったドキュメンタリー『コール・ミー・ダンサー』が、2024年11月29日より新宿シネマカリテほか全国で順次公開中です。
マニーシュは2020年Nerflixで公開された映画『バレエ 未来への扉』(監督:スーニー・ターラープルワーラー)にも本人役で出演していますが、今作は彼の半生を追ったドキュメンタリー映画。2023年の公開後、バンクーバー国際映画祭 ドキュメンタリー国際長編部門で観客賞、北米最大の短編映画祭であるパーム・スプリングス国際映画祭で観客賞/最優秀フェスティバル賞を獲得するなど、数々の映画賞に輝いています。
日本での一般公開を直前に控えた11月25日、先行上演会とトークイベントが開催されました。トークゲストにはコンドルズ主宰/ダンサー・振付家の近藤良平が登場。映画の感想に始まり、近藤さんがダンスに憧れたきっかけや“師匠”の話、日本のダンス事情とコンテンポラリーダンスについて等、30分間たっぷり語ったトークのもようをお届けします。
- STORY
- ムンバイに住むインド人の青年マニーシュは、ボリウッド映画を観てダンスに興味を持ち、独学でストリートダンスを学び始める。ムンバイのダンスワークス・スクールに通い始めたマニーシュは、そこでイスラエル人のバレエ・マスター、イェフダ・マオールに出会い、バレエの魅力にとりつかれる。優れた運動神経と柔軟性を持つマニーシュは短期間で驚くような成長を見せるが、バレエダンサーとして活躍するためには、彼はすでに歳を重ねすぎていた。マニーシュの想いに答えるため、共に苦悩し、努力を続けるイェフダ。自分たちが<何者であるのか>を探し求めながら、互いの人生を変えていくふたりを追ったドキュメンタリー。
監督・プロデューサーは、元バレエダンサーでイェフダのレッスンを受けたこともあるというレスリー・シャンバイン。長きにわたりドキュメンタリー映画を撮り続けてきたピップ・ギルモアが共同監督を務めている。
©2023 Shampaine Pictures, LLC. All rights reserved.
公開直前トークイベント「近藤良平(コンドルズ)が語るダンスの世界の裏側」
トークゲスト:近藤良平(コンドルズ主宰/ダンサー・振付家)
聞き手:奥浜レイラ(音楽/映画パーソナリティ)
近藤良平(振付家・ダンサー)ダンスカンパニー「コンドルズ」主宰。NHK『サラリーマンNEO』『からだであそぼ』などに振付・出演として携わるほか、連続テレビ小説『てっぱん』のオープニング、氣志團やYUKIのMV振付も担当。第4回朝日舞台芸術賞寺山修司賞、第67回芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。2022年4月より彩の国さいたま芸術劇場第2代芸術監督に就任。 ©Ballet Channel
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- 『コール・ミー・ダンサー』、ご覧になっていかがでしたか?
- 近藤 ドキュメンタリーならではのピュアな部分も多くて、メッセージ性がある作品だなと思いました。
- 近藤さんが「グッと来た」シーンはありましたか?
- 近藤 マニーシュのおばあちゃんの存在かな。マニーシュが家族にプロダンサーになることを説得するため、自分が踊っている動画を見せるところ。「これがバレエだよ」と説明しても、よくわかっていないみたいな反応でね。その感じもいいですよね。あと、お母さんがマニーシュのバレエシューズを縫っているシーンですね。あの表情や雰囲気も好きでした。
- 今日は主人公のマニーシュがダンサーを目指していく過程を追いながら、近藤さんのキャリアについても聞いていきたいと思います。まずはダンスに興味を持ったきっかけを。マニーシュは、ボリウッド映画のアクロバティックな動きに憧れてダンスを始めましたが、近藤さんはどんなきっかけでダンスに興味を持ったのですか?
- 近藤 僕もきっかけはマニーシュと一緒なんですよ。高校生の時、少年隊のバク転・バク宙に憧れて「とにかくこれを極めよう!」と。ダンスを本格的に始めたのは大学に入ってからです。勝手にマイケル・ジャクソンを師匠にしてね(笑)。
- 大学時代にはどこで、どんなダンスを?
- 近藤 ダンス部に入って、モダンや創作系のダンスを中心に始めました。踊っていた場所は、学校の体育館の脇。当時はダンススタジオも少なくて、外で踊っている人がたくさんいたんですよ。銀行のガラス扉を鏡の代わりにして、ブレイクダンスを踊っている人もよく見かけました。
- プロダンサーになるためのオーディションを受けたり、ダンスで海外留学をした経験はありますか?
- 近藤 僕はダンサーであると同時に振付家でもあるので、彼のように海外のバレエ団を目指そうと考えたことはないです。ただ、自分の振付けたダンス作品を海外に持っていって、観てもらった機会は何回かありました。そうだ、ダンスの系統は違いますけれど、もしかしたらこの先、マニーシュが僕の作品を踊ることがあるかもしれませんね。
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- 「ダンスで経済的に自立すること」について近藤さんはどう思いますか? 映画でもプロになると決意したマニーシュが、周囲の理解を得るために努力する場面がありますが、インドでの舞踊はあくまでも富裕層の趣味であって、多くの人がダンサーを職業として認知していません。
- 近藤 インドはボリウッドダンスも盛んで、踊りが好きな国という印象がありますけれど、商業としてお金を取るダンスとなると、ヨーロッパやアメリカのほうが圧倒的に多い。じつは日本でもそこは同じなんです。ダンスを楽しむ人は増えてきているけれど「ダンスを観る習慣」は定着していない。その中でプロの舞台芸術家というポジションを得るのは簡単なことではありません。また、最近はストリートダンスなどの影響で男性のダンサーも増えてきましたけれど、プロの男性舞踊手、とくにバレエダンサーは決して多くないと思います。
- もしかしたらこの映画を観て、挑戦を続けるマニーシュの姿に背中を押されバレエダンサーを目指す男の子がいるかもしれません。
- 近藤 そうだといいですね。僕もマニーシュが屋上で練習するシーンでは、ダンスへの情熱は踊る場所を選ばないんだ!と熱い気持ちになりました。 彼のダンスからはまっすぐな思いが伝わってくる。素直にどんどん吸収して、みるみる上手くなっていく。ダンスを始めるのが遅かったぶんを取り戻すために、スピードを上げて一気に駆け抜けようとしているみたいに見えました。彼と師匠との関係もいいですよね。
- マニーシュの才能を見出して育て上げるイェフダ先生。近藤さんにも彼のような先生はいますか?
- 近藤 僕の師匠は今でもマイケル・ジャクソンです。一度もあったことはないですけれども(笑)。
- イェフダ先生がマニーシュのほかに才能を認めたのが、若い青年、アーミル。映画の中でもマニーシュは努力型、対するアーミルは天才型のダンサーだと称され、マニーシュよりも先に留学、しかも英国ロイヤル・バレエ・スクールにインド人として初の入学を認められます。映画公開時、多くの記者から「アーミルに対して嫉妬心は湧かなかったのか?」と聞かれたマニーシュは「彼とはバレエを始めたタイミングが違っただけだから気にしても仕方がないこと」と答えたと聞いています。
- 近藤 ダンスの世界でも「ガラスの仮面」みたいに(笑)「アイツめ……!!」と嫉妬心を向けることが多いんですけれどね、でも彼にはそういうものが感じられないですね。本当にまっすぐ生きていて、まっすぐ悩むというか。
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- クラシック・バレエのダンサーを目指してレッスンを始めたマニーシュは、年齢的なこともあって、イェフダ先生からコンテンポラリーダンスに転向を勧められます。彼には大きな葛藤があったと思うんですけども、近藤さんはどう感じましたか?
- 近藤 あの場面は、自分の経験から見てとても面白かったですね。ダンサーにとって、クラシック・バレエダンサーだけを目指そうと決意するのも持続するのも、すごく勇気がいることなんですよ。コンテンポラリーダンスの世界はクラシック・バレエの近くでいつもチラチラ見え隠れしているから、行こうと思えばいつでも行くことができます。けれどバー・レッスンから始まるクラシック・バレエとは違って、コンテンポラリーダンスの世界では正確なポジションを必要としないことも多い。それはバレエダンサーにとって、いままでとまったく違うことを要求されているようなものです。日々のバレエレッスンで培ってきたものが急に崩れてしまうことになるわけですから。だからマニーシュがクラシック・バレエからコンテンポラリーダンスに転向を決意してから踊るあの場面には、これが正解だと思ってきたことが一旦崩れ、変化していく瞬間がとらえられているんですよ。
- クラシック・バレエを学んだことが、彼のプラスになる部分もあると思うのですが。
- 近藤 もちろんです。彼の場合はすごい身体能力があるわけだし。でもオーディションを受ける上では、学校やバレエ団によってダンスの方針は違いますから、行く先でまたいい先生に出会えたら、彼の人生もまた変化するかもしれない。そう考えたらこの映画はまだ終わっていない。マニーシュが挑戦し続けている今も、ずっと続いていくわけですね。
上映情報
『コール・ミー・ダンサー』
2024年11月29日(金)より新宿シネマカリテほか全国で順次公開
※劇場情報はこちら
【スタッフ】
監督・プロデューサー:レスリー・シャンパイン
共同監督:ピップ・ギルモア
【出演】
マニーシュ・チャウハン
イェフダ・マオール ほか
原題:Call Me Dancer
2023年/米/84分/5.1ch/シネマスコープ/カラー/デジタル
字幕翻訳:藤井美佳
配給:東映ビデオ
©2023 Shampaine Pictures, LLC. All rights reserved.
▶オフィシャルサイト
https://callmedancer-movie.com/